サーティ・プラスワン・アイスクリーム   作:ルシエド

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第19話

 和子は恋愛絡みの様々な話を聞き、ふと思った。

 

「サクヒ、うちのクラスで恋愛強者は誰かだいたい分かったけど、戦闘強者なら誰?」

 

 朔陽はほとんど考えることもなく、ノータイムで答える。

 

「張飛くん」

 

「誰?」

 

「不良っぽい人だよ。千ヶ崎張飛(ちがさき ちょうひ)くん」

 

「ああ、あのドラゴンを殴ってた人」

 

 和子の頭の中で、名前と顔が一致した。

 耳にやたら沢山ピアスを付け、染めた金髪を逆立てて、やたらと悪い目つきで四方八方を睨んでいた男だった。

 まるで世界中全てが敵に見えているかのように、周囲と協調する気配をまるで見せていなかったので、和子も"マジなヤンキーこわい"と思い覚えていたのである。

 

「かつて、冷戦があった。僕らの中学時代、学生間であった冷戦だ」

 

「冷戦……あったっけ?」

 

「僕らの中学校は関わりが薄かったけど、僕は色々あって県外の学校にも友達が居たからね」

 

「その県外の友達が巻き込まれたから知ってた、って感じ?」

 

「そういうこと。

 当時現場になった界隈では、ソビエトと合衆国の冷戦が引き起こされていた」

 

 教師の親と火星で決別し参戦した曽川、鉄血宰相ビスマルク、キラキラネームでいじられちょっとグレていた江ノ島天使、中国からやって来た元番長董仲穎。

 彼らの頭文字を取り、日本東側の中学生達が連合を組んだのがソビエト連邦。

 メリケンサック装備の不良学生二千人を動員したと言われる日本西側勢力がメリケン合衆国だ。

 不良を中心とした西側不連合が、国会議事堂を占拠しようとしたのに対し、それを不良の喧嘩の枠内に収めるべく東側不良連合が立ち上がった形になる。

 東側不良連合には、特に不良でない者も多くが助力していたそうだ。

 

 両派の抗争の影響は県外にまで及び、特に宮崎県、群馬県、福島県のきゅうり三大産地において地元ヤクザを巻き込んみ生物兵器まで使用される事態となった。

 これによりその年のきゅうり生産量は50%まで減少し、価格は高騰。

 後の時代にキューリ危機と呼ばれる、不良東西冷戦のピークである。

 国が動く事態になりかけたその時、千ヶ崎張飛は歴史の主舞台へと上がった。

 

 張飛は単独で一つの勢力として機能し、一週間のみの三国志が開始される。

 朔陽はこれを『張飛が三国志を始め、張飛が三国志を終わらせた』と表現した。

 

 西側不良をピンに見立て、車を投げてのボーリング。

 西側不良を百人以上積み上げてのジェンガの作成。

 西側不良を道頓堀に放り込み、道頓堀全てを堰き止める。

 当時の西側不良を全滅させた張飛の武勇伝は枚挙にいとまがないが、所詮は不良界隈の話だ。

 不良は誰もが張飛のことを知っているが、不良でないものはそうでもない。

 

 不良東西冷戦はソビエトの勝利に終わり、日本の民主主義は守られたのだった。

 

「彼の功績はとても大きかった。

 でも、東側の不良勢力はあまりにも無事過ぎたんだ。

 東側の不良達は東京になだれ込み、東京不良戦国時代が始まった。

 23区に23の不良勢力が出来、皆が覇を唱え始めたんだよ。

 日本全国から自分の限界に挑戦する不良達が集まる戦争。

 後に、挑戦戦争と呼ばれるようになる最後の大戦争が始まったのさ」

 

「戦争扱いかー……戦争扱いかー」

 

「メリケンの残党が北挑戦区画に流入して、新宿や練馬区などを抑えた。

 これに応じてソビエトも南挑戦区画の支援を開始した。

 最終的にまた張飛くんが暴れて、東側と言われたソビエト側の不良勢力も叩き潰されて……」

 

「うん、もういい、もういいよ、よーくよーくわかったから」

 

 歴史オタクの男子に興味のない歴史抗議を聞かされた女子のような顔を、和子はしている。

 和子は張飛の人柄を聞きたかったのであって、歴史講義を聞きたかったわけではないのだ。

 

「この後の中国地方東部鳥取での、砂にまみれた中東イラク戦争にならないと僕出て来な……」

 

「もう私お腹いっぱいだから」

 

 朔陽はまるで、英雄を語る語り部のようであった。

 人は英雄の人柄を聞かれた時、歴史を語る。

 英雄の人柄は歴史に記されているからだ。

 そういう意味では、千ヶ崎張飛は既に『伝説の不良』と化していると言える。

 

 ……現代で伝説の不良という肩書きを持つ者が居るという時点で、驚かれて然るべきことだが。

 

「張飛くんは良いところも悪いところもある人だよ。僕は好きだけど」

 

「サクヒは友達皆好きじゃん」

 

「好きだから友達やってんだからそりゃそうでしょ」

 

 良いところだけを見ているから友達というわけでもなく、悪いところがあるから友達を辞めるというわけでもなく。

 

「例えばほら、たつきさんの話は聞いてるよね?」

 

「うん、本人から」

 

「噂話を聞いて"女を弄ぶクズを殴る"って目的で張飛くんはたつきさん側に付いた。

 これは間違いなく良い部分だよ。

 でも誤解が解ける前に行動に出て、校舎を殴って消滅させた。これは悪い部分なんだ」

 

「……不良やっばい」

 

 朔陽が和子にそれを語ったのが、大体一ヶ月前のことだっただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朔陽がそれを和子に語った一ヶ月後、屋敷のソファーでうとうとしていた朔陽を、和子が揺り起こした。

 

「サクヒ! サクヒ!」

 

「……んにゃ……あれ、もう登校時間?」

 

 朔陽は寝起きで寝ぼけていた。

 頭の中を意味のない言葉がぐるぐると回る。

 アル中ってアルトリア顔中毒のことだっけ? アルコール中毒のことだっけ?

 ジャンキーって麻薬好きのことだっけ? ジャンヌオルタ好きの邪ンキーのことだっけ?

 ナポレオンは「私の辞書に不可能は無い」と言ったんだっけ? 「私の頭部にふか(もう)は無い」と言ったんだっけ?

 ナポレオンの頭にふかふか毛はあったっけ……ハゲを帽子で隠してたんだっけ……?

 そんな感じに寝ぼけていた。

 

「寝ぼけてないで! 事件事件!」

 

 だが、和子の鬼気迫った声に、一瞬で意識を正常なものに戻していた。

 

「状況説明お願い」

 

「街中で、前に話してた千ヶ崎さんが暴れてる!」

 

「どのくらい死んでる?」

 

「え? ま、まだ誰も死んでないと思うけど……」

 

「おかしい、異常事態だ。まだ誰も死んでないなんて」

 

「その判断基準はおかしくない?」

 

 おかしいのだがおかしくない。

 朔陽は基本的に個々人の行動原理や戦闘力を把握した上で発言している。

 

「和子ちゃん、先行して様子を見て来て。僕も全速力で現場に向かうから」

 

「基本目標は?」

 

「第一に死人を出さないこと。第二に怪我人を出さないこと。第三にそれ以外の被害の漸減」

 

「了解」

 

 和子が消え、朔陽が走り出す。

 最短の移動手段と最短の経路を選び、朔陽は現場に到着する。

 そして、状況を理解した。

 

 今日は東京タワーブレードを持っていない敬刀、螳螂拳の達人の男の娘たつき、魔将を太陽に投げ込んだ柔道部の辻が、不良の張飛を囲んでいる。

 これならば、死人が出ていなかったとしても何もおかしくはない。

 クラスメイトが不良の蛮行を止めていたのだ。

 

 そこで和子が跳び上がり、張飛の頭上から鉄板を投げる。

 鉄の板が張飛を囲み、ヤンキーの姿を覆い尽くして、その鉄板の上を和子の土遁壁が覆って包み『箱』を完成させる。

 捕らえた、と和子は思った。

 それは意味がない、と朔陽は思った。

 厚み3cmはあろうかという鉄板を、内側から不良の指が貫き貫通させた。

 ギギギ、と鉄板が引き千切られ、岩の土遁壁が砕け落ちていく。

 張飛が行儀悪く唾を吐き捨てると、吐き捨てられた唾が鉄板を貫通した。

 

 和子の息を飲む音が、無情に街中に小さく響いて消えていく。

 

「うわっ、マジギレ顔の張飛くんだ……」

 

 ただ、その不良が息を吸っただけで、その場の全ての空気が動いたかのような錯覚がある。

 その不良が息を吐いただけで、街中の空気が動いたかのような気すらする。

 遠目に戦いを見ていた王都の民は皆、その姿に圧倒された。

 国の騎士団が来てもこれは止められないのでは、と皆で思ってしまう程に。

 朔陽が走る。

 

 だが朔陽が彼を止められる位置に辿り着くまでには、たっぷり数秒は必要だった。

 数秒自由にできる時間があれば、格闘ゲームの勝敗なんて一瞬で決まってしまうというのに。

 

「どけ」

 

「事情を話す気は無いのか」

 

「てめえらのことなんざ知るか。

 ここにはスジを通してねえ奴が居る。

 オレが動くにはそれだけで十分だ。二度も言わせんな、どけ」

 

「それは無理な相談だな」

 

 そこからの攻防は、一瞬だった。

 攻防終了まで約五秒、刹那の交錯であった。

 

 屋根の上から攻めれば、家が邪魔になって見えないはず。

 そう考え、辻は手を柔道特有の構えにし、屋根の上から駆け下りるようにして張飛に飛びかかろうとした。

 だが、無駄。

 張飛は辻が乗っていた交番もどきを蹴り、辻を交番ごと雲の上まで蹴り飛ばし、辻という存在を根本から無力化してみせた。

 

 一秒が経過。

 

 蟷螂拳を振るうたつきは腕を捕まれ、地平線の向こうへと投げ飛ばされる。

 見かけが綺麗な女性であってもチンコが付いている存在に張飛が加減するわけもなく、たつきはあっという間に大陸上空を通過し、大陸も何も無い海上の空に到着してもなお止まらない。

 重力と遠心力が釣り合った人工衛星のごとく、たつきの体はこの星の周囲の周回を始めた。

 

 二秒が経過。

 

 和子は風より速く跳ぶ。

 忍者特有の身のこなしで『空間殺法』と称される類の立体的高速移動攻撃を仕掛けたが、張飛は眼前の空間に頭突きを行い、ただの頭突きで空間内を通る光を選択的に破壊する。

 光が破壊された範囲では、前など見えようはずもない。

 和子の足が止まってしまう。

 張飛は目の前の空間に噛みつき、首の力だけで広範囲の空間を引き寄せた。

 周囲の家の位置がズレる。

 遠方で子供が転ぶ。

 そして一番近くにいた和子は、すっ飛ぶように引き寄せられ、不良流ヤクザキックの直撃を受けてしまった。

 

 三秒が経過。

 

 気絶した和子がふっ飛ばされどこかにぶつかる前に、敬刀が竹刀を振り下ろす。

 彼が得意とする飛ぶ斬撃だ。

 されど張飛は拳を縦横無尽に振り回し、飛ぶ斬撃を片っ端から粉砕していく。

 鋼鉄の砲弾が、戦車の鋼鉄の砲弾を粉砕するような異様な音が、連続で鳴り響く。

 飛ぶ斬撃を全てくぐり抜けた張飛の拳が、鉄をも切り裂く竹刀と衝突。

 (ケン)(ケン)の鍔迫り合いが始まりを告げる。

 

 四秒が経過。

 

 0.01333333333秒の刹那を競う速度の世界で、その一瞬、張飛は敬刀を上回る。

 張飛は吠えた。

 それこそ、敬刀の後ろの地表が音波で砂状化してしまうほどの声量で。

 収束された大声は、敬刀の耳の穴から内部に入り、頭の中の器官をめちゃくちゃにして、敬刀に膝をつかせることに成功した。

 "音は竹刀では防げない"。

 いともたやすく行われる、常識外れの音量攻撃だった。

 

 五秒が経過し、戦いは終わる。

 

「……お、まえ。こんなに……強かったか……?」

 

「魔王軍よりは歯ごたえあったぜ、お前ら」

 

 張飛が親指で地平線の彼方を指差した。

 気絶しそうになっている頭を必死に動かし、敬刀はその方向を見る。

 すると、遠く遠く、国境と呼ばれる人と魔王の領域の境界の更に向こうに、塔のようなものが薄っすらと見えてきた。

 

「……ジェンガ?」

 

 ジェンガに見えたそれに目を凝らし、敬刀は息を飲む。

 それは、倒した魔王軍兵士の体を積み上げ、雲まで届きそうな程高くまで打ち立てたジェンガ。

 ジェンガのない世界に打ち立てられた、世界一高いジェンガであった。

 

 ジェンガの高さは大体400mほどだ。

 上に乗せられた兵士の重みで、下の兵士は押し潰され、大体厚み20cmほどになっている。

 下から上まで数えて約2000段。

 ジェンガは一段につき三つ積み木を置く玩具であるため、合計で約6000。

 不良に殴り倒された魔王軍兵士が六千以上積み上げられて作られた塔は、信じられないスケールをもって、大陸のどこからでも見えるモニュメントとして屹立していた。

 

 張飛がこの世界に来てから、彼が思うがままにブラブラとする過程で、一体何千体の魔物が彼に喧嘩を売ったのだろうか。

 一体何万体の魔物がこの不良の拳に殴り倒されたのだろうか。

 間接的被害も合わせれば、彼の拳に殴られた魔王の配下は十万単位に届くかもしれない。

 

 誰もが彼を放置した。

 不良の中の不良である彼を放置した。

 千ヶ崎張飛に首輪は付けられないと諦めていた。

 そうして放置されていた間、張飛は国境線や魔族領に思うがまま殴り込み、多くの人に正確に把握されないまま、無制限に無尽蔵に戦闘経験値を積み上げ続けた。

 

「そりゃ……ヤンキーのお前も、強くなるか……」

 

「……ふん」

 

 その結果がこれだ。

 不良は喧嘩をすればするだけ強くなる。

 クラスで一番喧嘩が強いのは不良だと、不良系漫画も言っている。

 日本において不良はだいたい無条件に強い。

 単純に、不良戦国時代においてイキっているだけの雑魚に分類される不良は、誰も最後まで生き残れなかったからだ。

 ある者は歴史の闇に消え、ある者は不良を辞め、ある者は最後まで強者として残り続けた。

 

 その頂点に伝説を残したのが、千ヶ崎張飛。

 一人で三国志を始め、一人で終わらせた伝説こそが彼なのだ。

 

 誰も張飛を止められない。

 このクラスの舵取りをずっとやって来た、朔陽一人を除いては。

 

「ストップ、張飛くん!」

 

「……」

 

 朔陽が歩き出す張飛の前に立ちはだかり、その歩みを止める。

 クラスメイトの稼いだ数秒がくれたチャンス……で、あったのだが、張飛は朔陽に攻撃せず、言葉をかけることもなく、無視してその脇を通り抜けようとする。

 

「待った! せめて、こういう行動を取った事情の説明を……」

 

「知るか」

 

 まるで聞く耳持たれない。

 他の人は張飛を暴虐の化身、何の意味もなく暴力を振るう人間だと思っているが、朔陽は違う。

 朔陽は張飛が何の理由もなく喧嘩をする人間ではないということを知っていた。

 だから止めねばならないと考える。

 されど張飛は止まらない。

 

 止めるには、相応の誠意と覚悟が必要だった。

 

「分かってる。君の流儀は分かってる。君はスジの通らないことはしない」

 

 朔陽は、懐より小刀を取り出し……自分の言葉に聞く耳持たない張飛の前で、自分の左手親指を切り落とした。

 

 古来より伝わる謝意と誠意の表明法の一つ、(エンコ)詰めである。

 

「―――!」

 

 張飛が不良顔でギョッとして、朔陽は苦悶顔で泣きそうになっていた。

 指を切り落とした痛みで叫びそうになるが、ぐっと堪える。

 張飛の足は止まり、張飛はもはや朔陽の言葉を聞かざるを得ない。

 

 指一本を犠牲にして、朔陽は彼の足を止めていた。

 

「だけど、ここは僕の指一本で我慢して、止まってくれないか」

 

 切り落とされた指は地に落ちて、ポタポタポタと、止めどなく血が指の断面から滴り落ちる。

 

「足りなければ、もう一本詰めるから。一度止まって、僕に事情を話してみない?」

 

「……お前」

 

 左の親指に続き、朔陽は人差し指まで切り落とした。

 言葉以上に雄弁な、『これ以上暴れるな』という警告である。

 朔陽は友情を信じた。

 張飛が自分を友人だと思ってくれていると信じた。

 これは"張飛の友"を痛めつけ、人質に取る行為であり、だからこそ張飛に対し有効な脅迫と成り得るものである。

 

「分かった、分かった! 分かったからやめろ!」

 

「僕とちゃんと話をするって、ここで約束するんだ、張飛くん」

 

「お前そんな青い顔でよくも……わぁった、約束してやらあ。だからまず止血させろ」

 

 "指を詰めて誠意を示さなければ、張飛は止められないのか?"

 そう問われれば、朔陽は迷いなく答えるだろう。

 "間違いなく止まらない"、と。

 朔陽がこのクラスの委員長をしているのには、相応の理由がある。

 クラスの皆がそれを望んだからだ。

 彼でなければ、このクラスの人間は統制できないからだ。

 

 指を詰めなければまず話も聞いてもらえない友人の手綱さえ握って、クラス全体の連携を取れないようでは、クラス対抗の体育祭で勝つことすらできないだろう。

 それが、委員長の果たすべき責務というものだ。

 

「傷口の根本を縛って……ああクソッ、落ちた指はどこに行った?」

 

「張飛くん、慌ててる時こそ探しものは見つからないものだよ」

 

「じゃあ落ち着いてるテメーが探せッ! テメーの指だろうがッ!」

 

 復帰してきた和子や、張飛の人柄をロクに知らない町の住民が目を丸くしている。

 ほんの少し前までそこに居た暴君が、いつの間にかどこかへ消え去ってしまったかのようだ。

 先程まで理不尽に暴力と破壊を振り撒いていた張飛が、今は必死に下に落ちて砂と土に混じった友人の指を探している。

 

 張飛が指を見つけた頃には、張飛に上に蹴り飛ばされて落ちて来た辻と、横に蹴り飛ばされて星の周りを一周してきたたつきが、空中で壮絶に激突していた。

 

「よし、見つかった……苦労させやがってクソが……!」

 

「で、張飛くんはなんでこんなことしたのさ?」

 

「……テメー本当に精神だけはとことんタフだな」

 

 朔陽はさっきまで必死で痛みを堪えていたくせに、もう微笑みを顔に浮かべられるようになっている。

 痛みが消えたわけではない。ただのやせ我慢だ。

 張飛から話を聞き出すためのやせ我慢である。

 不良らしくない溜め息を吐き、張飛は朔陽の向こう側の樽を指差した。

 

「オレは戦いの最中にもずっとそっちを見てたんだ。

 そこに今も隠れてんのは分かってる。さっさと出て来い、潰すぞ」

 

 ガタッ、と樽が揺れて、その後ろから太っちょの中年男が転がり出てくる。

 朔陽はその顔に見覚えがあった。

 黄泉瓜巨人軍の襲来の時、極めて早く集まった貴族の中の一人、朔陽のケツに熱烈な視線を送っていたホモの貴族であった。

 

「張飛くん、ホモ・ジェナイザーさんがどうかしたの?」

 

「誰だよ」

 

「今この国の貴族のトップ5には入る人だよ。

 人によって勢力の大きさの判断は分かれるけど……

 この人がトップをやってる貴族派閥が一番大きい、って言ってる人も居るね」

 

「大貴族様か」

 

「うん、その認識で間違いない」

 

「まあどうでもいいけどな」

 

 張飛は物陰に向けて手招きする。

 すると、ぐすぐす涙を流している小さな女の子が、泥と泥水と靴跡でぐしゃぐしゃになった画用紙を抱いて現れた。

 張飛はその子の肩に優しく手を置いて、ホモを睨む。

 

「二度は言わせんな。この子に謝れ」

 

 朔陽は靴跡を見て、ホモが履いている靴とその靴跡が一致するのをひと目で見抜き、状況を七割がた察していた。

 

「テメーは馬車から降りた時、風に飛ばされたこの子の絵を踏んだ。

 この子が親の顔を書いて、親にあげようとしてた絵だ。

 テメーは踏んだが謝りもせずどっか行こうとしてたな。

 だからオレは謝れと言ったが……テメー、無視して更に絵をグリグリ踏みつけやがったな?

 オレの指摘はさぞかし気に食わなかったんだろうがよ、だが、ガキの絵にやることじゃねえだろ」

 

「なっ」

 

 確かに、ホモには覚えがある。

 子供の絵をうっかり踏みつけた覚えもある。

 そこからガラの悪い男に絡まれて、"最近ヤクザ者がやっているという貴族相手の絡み屋か"と思って、わざわざ絵を踏みつけにしてやった覚えもある。

 謝れ、と言われた覚えもある。

 だが貴族の彼からすれば、そんな理由で特権階級である自分に喧嘩を売ってくる人間が存在することすら、信じられない。

 

「そ……それだけか!?

 それだけのために、これだけのことをやったのか!?

 儂の護衛を全て殴り倒し!

 街中でバケモノのように暴れ!

 同じ世界から来た数少ない同郷の同胞を、邪魔だからと攻撃したのか……!?」

 

「奴らには後で頭を下げておく。だが、テメーを逃したくはなかったからな」

 

 子供を泣かせたオッサンが、謝らずにどっかに行こうとした。

 それだけを理由に彼は喧嘩した。

 貴族の護衛を全て殴り倒し、騒ぎを聞きつけたクラスメイトを全員薙ぎ倒し、こうして大貴族の一人を追い詰めたのだ。

 

 彼は恐らく、この異世界で地球人というコミュニティから拒絶され、一人ぼっちになってしまうということすらも、恐れていないに違いない。

 

「悪いことをしたら謝れなんてのは、ガキでも知ってることだ。

 それを? いい歳したオッサンが? ガキ相手にやらかして?

 謝りもしないってのは『スジが通ってねえ』って言うんだよ、このデブ」

 

 気に入らないから暴れる。

 それは子供の理屈ではあるが、不良が血みどろになりながら貫く在り方でもある。

 

「てめえはスジを通さなかった。

 気に入るか、気に入らないか。

 俺達の判断基準なんてそんなもんだ。

 気に入った奴は(タマ)賭けてでも守る。

 気に入らねえ奴は何があろうと絶対に(タマ)取ってやる」

 

「ひぃっ」

 

「てめえが謝る気になるまで、殴ってやらあ」

 

 張飛が拳を振り上げると、朔陽が止めるべく割って入る。

 しかも指に小刀を当てていた。

 "暴れるなら切り落とす"という脅しに、張飛は苦い顔で拳を降ろす。

 朔陽は張飛が止まってくれたこの僅かな時間に、貴族の彼に謝罪を促した。

 

「ジェナイザー卿、あの子に謝って下さい」

 

「あ、謝れば良いのか!? よし……!」

 

「あ、そっちじゃないです。

 張飛くんじゃなくてあの子の方に謝って下さい。

 こういう時に謝る相手を間違えると、張飛くんは荒れ狂うので……」

 

「ええい、面倒な。金は払うと言ってもか?

 貴族がこういう非を認めるのは、後々少し厄介なことになるのだが」

 

 朔陽が首を横に振る。

 

「彼が求めていることは、金でも物でもありません。

 あなたを痛めつけることでも、あなたを惨めな姿にすることでもありません。

 あなたがスジを通すことです。それだけなんです。信じられないかもしれませんが」

 

「バカな、大義名分に隠して自分の実益を求めているのでは……」

 

「彼らは損得で動いてるんじゃないんです。

 先の事も考えてない。保身も利益も考えてない。

 彼が言っている通り、気に入らないから戦っているのです」

 

「それが地球人か?」

 

「それが不良なのです。彼は特別ですよ」

 

 にっちもさっちもいかなくなって、貴族は自分が踏みつけにした絵を抱きしめる、年齢一桁らしき女の子に頭を下げた。

 

「すまなかった。この通りだ、許してくれ」

 

 女の子は涙で濡れた顔を拭き、赤くなった顔で元気に許す。

 

「うん、いいよ!」

 

 あまりにも元気なその許しに、その子のために喧嘩したはずの張飛から、毒気もやる気も根こそぎ消えていくのが目に見えた。

 

「いいのか?」

 

「うん。ごめんなさいしたらゆるしてあげなさい、っておかーさんも言ってた!」

 

「……そうか」

 

 子供の純粋な言い分が、不良の戦闘意欲を削る。

 "ごめんなさいされたら許す"というその生き方が、張飛にはとても眩しく見えた。

 許された、と思った中年貴族がほっと息を吐く。

 朔陽は貴族に頭を下げて平謝りを始める始末。

 

「いかんな、これからはもっと気を付けて毎日を生きなければなさそうだ……」

 

「すみません、貴族の方にこんなご迷惑をかけてしまって。何とお詫びしたら良いか」

 

「いや、構わん。

 いい教訓になった。

 何事も争いや諍いにならないのが一番だ。今後も気をつけよう」

 

「本当にすみません。二度と同じことが起こらないよう、僕の方でも気をつけておきます」

 

 太っちょの貴族もまた朔陽と張飛を許し、困った顔で笑っていた。

 "これをネタにこの世界における地球人の立場が悪くなるのでは"と危惧していた朔陽もまた、少し安心してほっと息を吐いた。

 地球人は乱暴者で暴れ者、なんて噂を流されてはたまらないが、貴族の所作を見る限りその心配も杞憂のままに終わりそうだ。

 

 不良は気に入らない男だけを見ていて、女の子は自分の絵だけを見ていて、貴族は何を見れば良いのかようやく気付いて、朔陽は未来と社会を見ていた。

 ほっと息を吐く朔陽の脇を抜けるようにして、女の子が貴族に駆け寄った。

 

「紙、持ってる?」

 

 貴族は女の子の手の中でくしゃくしゃになった紙を見て、眉を寄せる。

 そして懐からやたら高そうな箱を取り出し、箱からやたら高そうな紙を抜き取り、子供に手渡した。

 

「これでいいか?」

 

「ありがとうおじさん!」

 

「ああ。……今度は、誰にも絵を踏まれないようにな」

 

「うん!」

 

 女の子が走り去っていく。

 貴族と女の子の今のやりとりを見て、張飛はたいそうふて腐れた顔をしていた。

 張飛が暴れて、朔陽が仲裁し、貴族が謝った。

 結果、絵を踏まれて泣いていた子供に笑顔が取り戻されたわけだが……あの貴族を顔面が変形するまで殴ろうと思っていた張飛からすれば、なんとも言えない気持ちなのだろう。

 

 あの貴族をボコボコにしていれば、この結末はなかった。

 グロテスクで血みどろな喧嘩に成り果てていれば、張飛が女の子を泣かせる側になっていたかもしれない。

 だから張飛は、ふて腐れた顔をするしかない。

 

「だから何事も暴力で解決するのはよくないって言ったじゃん、張飛くん」

 

「ちっ」

 

 ブレーキ役の委員長がそんなこと言うもんだから、張飛は舌打ちでしか返せなかった。

 

「テメーもやりすぎの部類だろうが。指捨てやがって」

 

「回復魔法で治るかもしれないじゃん?」

 

「治らないかもしれねえだろ」

 

「でもこうでもしないと君は絶対に足を止めなかったかもしれないし」

 

「そんなことしなくても止めてたかもしれねえだろ」

 

 かもしれない、かもしれない、の連続。

 ただ、こういう時の判断は往々にして、張飛より朔陽の方が正しかった。

 

「テメーはいつもそうだ。ダチの問題に余計に首突っ込んで、要らねえ苦労背負いやがって」

 

 人を殺しそうな目で朔陽を睨む張飛。朔陽の方は慣れたもので、その強烈な視線をゆるりと受け流していく。

 

「だからテメーは"ずっと"苦労をしょいこむことになる」

 

「"ちょっと"の苦労をしょいこむだけさ」

 

「そのくせ、"ちょっと"しか報われてねえ」

 

「いいや、僕は"ずっと"報われてるんだよ、張飛くん」

 

 過去から未来に至るまでの長い間(ずっと)、朔陽は報われている。

 少なくとも朔陽の主観ではそうだ。

 張飛はバカを見るような目をして、溜め息を吐いた。

 

「どうしたの?」

 

「なんでもねえ」

 

 朔陽もまた張飛を呆れた目で見て、この後のことを想像して苦笑した。

 

「おい、どうかしたか」

 

「なんでもないよ」

 

 また舌打ちする張飛。仲が良いのやら、悪いのやら。

 二人がその辺りのベンチに腰を降ろすと、ようやく騎士団やら姫様やらがやって来る。

 

「いつもいつも余計なことしやがって。気に入らねえ」

 

「余計なことしてるのは君の方だよ。こんな大騒ぎにしちゃって、もう」

 

 言葉とは裏腹に、二人の表情には敵意が見えない。

 気に入らねえ、という言葉には、朔陽への親しみがあり。

 こんな大騒ぎにしちゃって、という言葉には、褒めるような響きがあった。

 朔陽は張飛を止めた。

 だが、張飛は自分を止める友人を嫌うことはなく、朔陽は子供のためならどんな敵にも立ち向かって行けるこの不良が嫌いではなかった。

 

 優等生と不良の、奇妙な距離感の友情である。

 

「不完全燃焼に終わっちまったぜ、お前のくだらない横槍のせいで」

 

「じゃあ場所用意してあげようか?」

 

「ん?」

 

「実はさ、吸血鬼の国に行く話が出てるんだ。

 どうにも動きがきな臭いらしくてね。

 僕やヴァニラ姫が行くって話になってるんだけど」

 

「戦場か」

 

「まだ戦うと決まったわけじゃないけど、多分戦いになる。勘だけどね」

 

 朔陽と姫が行くとなれば、脳裏にちらつくのが竜王の助言。

 

■■■■■■■■

 

「そうだ、そこな姫。

 貴様らはフュンフの研究所から逃げた人間の行方を追っていたな?

 魔族領内の人間国の周辺を探してみると良い。

 吸血鬼の国を越え、国境を越え、魔族領を極力通らないのが吉である」

 

■■■■■■■■

 

 容易な道のりではなかろうが、それでも最善の道であることは保証されている。

 竜王の言葉を信じるなら、ではあるが。

 朔陽は直感的に、越えられない道程ではなくとも、戦いのある道程であるとは思っていた。

 

「相手は吸血鬼の王様と吸血鬼の国一つ。大暴れしてみる気はないかい?」

 

「上等」

 

 朔陽の呼びかけに、張飛は獰猛に笑んで答えた。

 「いてー」とぼんやり声に出している敬刀達を朔陽が見る。

 実は、吸血鬼の国に行くということで、朔陽が呼びかけて戦える数人を集めたがために張飛の足止めが成立していたのだが、結果はご覧の有様だ。

 柔道部も、螳螂拳士も、剣道部も、忍者も、ダメージは軽くないように見えた。

 

「……どのくらい加減したの?」

 

「ほとんど加減してねえな。回復魔法でどうにかなるといいんだが」

 

「……」

 

 後先考えない。

 暴力に躊躇いがない。

 そのくせ喧嘩がやたら強い。

 張飛がそういう人間だということは朔陽も分かっていたつもりだったが、このタイミングで連れて行こうとしていた仲間が全滅させられたのは、流石に頭を抱えてしまった。

 

「怒ってるか?」

 

「当たり前でしょうが。君が殴った数人は、僕の大切な友達なんだよ」

 

「悪かったよ」

 

「謝って、反省できたならいいよ。あの女の子もそう言ってたから」

 

「……テメー」

 

「後で皆にもちゃんと謝るように。

 あと、本当は僕が皆の手当手をしたいんだけど、ちょっとね。

 なんか血を流しすぎてフラフラしてきた。

 医者が来るまで、皆の手当ては張飛くんがやっておいてくれないかな」

 

「……ちっ」

 

「張飛くん。そこは舌打ちじゃなくて『はい』、ね」

 

「……はいはい」

 

 回復魔法が使えるヴァニラ姫の姿が見えて、ちょっと安心した朔陽は、切り落とした指を握りながら瞳を閉じた。

 

 

 

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