サーティ・プラスワン・アイスクリーム   作:ルシエド

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出席番号24番、狼少女・子々津音々寧々の場合

 王都の命運を懸けた一打席勝負の後、ダッツハーゲン王国では空前絶後の野球ブームが始まっていた。

 「やっぱ今の時代は野球やな!」を合言葉に草野球が大流行。

 ボールが飛んで、バットが振られ、地は裂け、空は混ざる。

 自分の練習も兼ねて野球教室を始めた一球だが、おかげでこれもブームに乗った大当たりとなっていた。

 

 大人の騎士や騎士志望の子供達、ある程度生活に余裕のある農家の次男坊以下など、男性を中心に広まる野球ブームは留まることを知らなかった。

 一球が基本を仕込んだ者達をいくつかのチームに分け、聖騎士リーグのセ・リーグとパラディンリーグのパ・リーグの二つのトーナメントを開催しても、まだ人に余裕があるほどだ。

 おかげで侵略者のせいで低下した地球のイメージの回復、資金リソースの確保、コネの獲得などの様々なプラスを生むことに成功していたのである。

 

 それはそれとして。

 朔陽はこの国最強の騎士と言われる男、スプーキー・パンプキン卿に呼び出されていた。

 

「急に呼び出してすまないね」

 

「いえ、大丈夫です。

 この前の巨人の件で助けていただいたことのお礼もしたかったので、ちょうど良かったです。

 では改めて。この前の会議で僕らの意を通していただいて、ありがとうございました。

 これはこちらの世界で再現した引越しそばです。お礼も兼ねて、お収めください」

 

「ヒッコシ=ソバ……興味深い。今ここで食べても?」

 

「え? ど、どうぞ」

 

 引越しそばをもらったそばから食べる(激ウマギャグ)騎士の姿に、朔陽は思わず呆気に取られるが、うめえうめえと食っていくパンプキン卿は気にもしない。

 そばは初めて食べるはずなのに、食べる姿が妙にサマになっているのは、この騎士の育ちがいいからなのだろうか。

 言葉の発音も、一回か二回聴けばきっちり寄せて来る。

 

「この醤油とやらも引越しそばとセットで貰っていいのかい?」

 

「はい、どうぞ。

 厳密には地球の醤油やそばとは違うんですけどね。

 うちのクラスの料理が得意な子が、この世界の食材で再現したものなので」

 

「異世界を行き来する技術が確立されれば、日本とこの国で国交もするだろう。

 そうなった時、君達の世界からどんなものを得られるのか、とても楽しみだ」

 

「もうそこまで見据えているんですか?」

 

「そう考えてるのは私だけじゃないだろう。

 この国だけで地球との国交を独占しようと考えている貴族も居るんじゃないか?

 地球産の物品や技術をこの国が得た後、他の国に売れば凄まじい高値で売れるはずだ」

 

「うわぁ」

 

「勿論、この国だけでずっと独占するのも手ではあるがね。

 スパイや地球と他国との直接交渉で諸々流出するのは時間の問題だろう。

 ならこの国の貴族の基本方針は、そうだな……

 手早く大きな利益を得てから、地球への窓口としての立ち位置を確立することか」

 

 この騎士は何故か、朔陽達の味方になってくれている。

 その思考は単純な兵士としての騎士というより、貴族が義務を果たすためにノブレス・オブリージュを志すタイプの人間のそれに近い。

 確かな教養と、未来を見据える知性が見て取れる。

 

「私は未知との遭遇がいいことだけを引き起こさないと思っている。

 そしてそれをよりよきものにするために、君と話してみたいと思っていたんだ」

 

「恐縮です」

 

「また時間を見つけて君と話したいと思っているが、その時は君も時間を作って欲しい」

 

 朔陽が目的としているのはシンプルで、仲間達の地球への帰還だけだ。

 が、帰還の後にも問題はある。

 二つの世界の相互認識と交流は、二つの世界に莫大な利益をもたらすだろう。

 だが世界間で貿易摩擦が起きれば?

 この異世界の国家間にあったバランスがその貿易で崩れてしまえば?

 そうなればどうなる?

 

 この異世界の人類圏が地球のせいで戦乱に巻き込まれるだけならまだマシだ。

 最悪、地球とこの世界の世界間戦争に発展しかねない。

 魔王という脅威が目の前に居るのに人間は勝手に自滅していきました、が普通にありえるのである。

 逆に地球からの援軍で魔王も倒せました、もありえる。

 今のところ、これはどう転がるか分からない案件であると言えるだろう。

 

 朔陽からすれば、こっちの世界側で問題を防ごうとしてくれる人が居るならば、その人に協力するのはやぶさかではないのだ。

 

「君からすれば、利権を見て動いている貴族達は不快きわまりないだろう。

 ただ、ヴァニラ姫様だけは純粋な善意で動いている。

 そこだけは誤解しないで欲しい。

 君達を無事に帰してあげたいというあの人の気持ちだけは、疑わないでくれ」

 

「疑うわけがありませんよ。あの人のあの善意は、少し危なっかしいですし」

 

「危なっかしい、と来たか。

 いや結構。その感想が出てくるようなら、私も君を信じられる」

 

「え?」

 

「君の他にも地球の子達に少し話を聞いてみたのだが……

 頭の良さそうな子は手堅く、姫様のことを褒めていたよ。

 そうした方が騎士(わたし)の好感を手堅く得られる。実に賢明だ。

 姫様を褒めるより先に心底心配している言葉を口にしたのは、君だけだね」

 

「……不快にさせてしまったでしょうか」

 

「いや、ゆえにこそ私は君を信じよう。

 姫様と話していれば、いずれその理由も分かる」

 

「?」

 

 どうにもこの騎士の本音が見えてこない。

 朔陽からすれば利権で動く人間の方が分かりやすくて扱いが楽だ、とさえ感じる。

 だが、そこは今踏み込むべき内容でもない。

 

「さて、今日は実は君に頼みたいことがあったのだが……

 この世界に来た君達の人数は、合計29人でよかっただろうか?」

 

「はい。本来は30人と担任1人で構成されるクラスです。

 曽山先生と火神楽火切(ひかぐら ひきり)という子がこちらに来ていないので、29人です」

 

「何人引き連れてもいい。ある村を調査して欲しいのさ」

 

「調査?」

 

 パンプキン卿曰く。

 一週間前から、ある川沿いの村で異変が起きているらしい。

 

 村の名はクーリッシュ村。

 人は多くないが、川魚と野菜が美味しいことで有名なのだとか。

 クーリッシュ産の川魚です、と一言付け足してから料理を出すことで、貴族も納得するような中堅上位のブランド感が出せるらしい。

 

 ここに一週間前に送られた徴税人が、そのまま行方不明になった。

 その徴税人を探しに騎士が一人この村に送られたが、その騎士も行方不明に。

 村からは一切の異変が伝わって来ておらず、この二名の行方不明者の存在さえなければ、パンプキン卿も怪しむことすらなかっただろう。

 彼の依頼は、この事件の調査。

 事件の解決ではなく、調査であった。

 

「……それは、僕らも危険なのでは?」

 

「勿論危険だ。

 だが、だからこそ意味があるのさ。

 私が出した危険な任務を君達が達成する。

 私は『とても危険な任務を彼らが達成してくれた』と誇張して吹聴する。

 前回の巨人騒ぎと合わせ、これで貴族の大半を一気に味方に付ける……というわけだ」

 

「あ、なるほど」

 

「勿論依頼達成の報酬は期待してもらっていい。

 君達の中にはとても強い者が居るのだろう?

 先日の野球勝負は胸が踊ったよ。君達であれば、魔将級の敵であっても問題は無いはずだ」

 

「……」

 

「どうかしたのかい? あまり気乗りしていないようだね」

 

「いえ、その……」

 

 危険が0の依頼を振るのではなく、危険が1の依頼を振って、成功後にそれを最大限に誇張して吹聴するという策。

 悪くない案だ。

 朔陽達は周囲からの評価を得て、パンプキン卿はこれを機に彼らと依頼を通した上下関係――信頼関係と同義の関係――を構築しようとしている。

 現状、双方に損は無い。

 だが、朔陽は乗り気ではなかった。

 この話に危険性が見えるからではない。

 

「……今すぐに動ける僕のクラスメイトに、戦闘力を持っている人がほぼ居ないんです」

 

「……」

 

 どこかに行ってる奴と仕事をしている奴を除くと、戦える人間が居なかったのだ。

 無理すれば都合をつけられる面子の中から探しても、呼べそうなのが高校生現役アイドルの子や、ただの保健委員の女の子くらいしか居ない。

 皆が戦えるわけではないのだ。

 クラスの喧嘩の強い不良をライオンとすれば、朔陽達のようなクラスの弱い者達はダンゴムシ程度がせいぜいである。

 

 ダンゴムシしか仲間に連れていけないとなれば、スプーキーの方が逆に困ってしまう。

 苦肉の策で、スプーキーは一名、戦闘力の高い者を彼に付けることを決めた。

 

「……私の配下の中で最も強い者を一人、手配しておく」

 

「すみません、一から十まで世話になってしまって本当すみません……」

 

「まあ肝心なのは危険な任務を達成したという事実だけだ。

 細かいところの情報は私が誤魔化しておけばいいか……」

 

 朔陽と、朔陽が連れて行く誰かと、スプーキーが手配した部下。

 今回はこのチームで、スプーキーの依頼に挑むことになりそうだ。

 

「いいかい?

 戦う必要はない。私の依頼は解決ではなく調査だ。

 解決が最上の結果ではあるが、この際手堅く行こう。

 村で騎士達が行方不明になった原因を特定できたら、すぐに戻ってきなさい」

 

「はい!」

 

 スプーキー・パンプキンが去っていく。

 朔陽は魔法の手帳をペラペラとめくって皆の予定と現在位置を再確認するが、やはり今現在連れて行けそうな戦闘力持ちは居ない。

 皆死ぬほど忙しそうだったり、死ぬほど忙しい仕事の合間の休みの日だったり、魔王軍の領地に一人で殴り込みに行ったりしていた。

 全員の現状を理解しているのは流石の委員長といったところか。

 もっとも、現状あまり喜ばしいことではないが。

 

 眉間を揉む朔陽が足音を聞いて振り返ると、そこには息を切らせたヴァニラ姫が居た。

 

「あれ、ヴァニラ姫? おはようございます」

 

「おはようございます。その……ここに、パンプキン卿がいらっしゃいませんでしたか?」

 

「今さっきまでいらっしゃいましたよ。何か御用ですか?」

 

「用と言うほどのことではないのですが、少し話をしたいと思っていました」

 

 息を切らせた姫の頬は上気していて、滲んだ汗が美しい銀の髪を頬に張り付かせている。

 彼女が身に着けている薄青のドレスも体に張り付き、体のラインが出てしまっている。

 男であれば誰もがスマホで撮影しエロ画像フォルダに入れようと思うであろう、自然で過剰な色気であった。

 これを"女性をそういう目で見るのは失礼だから……"という思考だけで平然とやり過ごしている朔陽は、傍目にはホモにしか見えない。

 彼の理性の強さも相当なものだ。

 

「その……変な勘繰りをしているわけではないのですが、彼とはどういうご関係なのですか?」

 

 ヴァニラ・フレーバーは落ち着いた雰囲気の少女である。

 以前雑談した時、朔陽は彼女が自分と同い年であることを確認しているが、それでも時々自分より年上に見えてしまうのが彼女だ。

 そんな彼女が、"少し話をしたい"程度のことでこんな必死に走ってくるものなのだろうか?

 朔陽はそこに疑問を持った。

 

 話の内容が重要だったのか、それとも……ヴァニラ姫にとって、スプーキーが重要だったのか。

 その辺が少し気になって、朔陽は探りを入れている。

 

 半分はこの先の方針を決める判断材料にしたい、という気持ち。

 半分は週刊少年ジャンプのラブコメも読んでいる朔陽が、"ちょっと恋バナ聞きたい"と思ってしまったがゆえの、ちょっとよこしまな気持ち。

 二つ合わせて、佐藤朔陽少年の本音である。

 

「関係……ええと、私は、その……」

 

「……」

 

 言い淀む姫。

 朔陽は顔に出さないだけで、ちょっとばかり興味津々だ。

 中世っぽい異世界ファンタジーの世界。

 そこで繰り広げられる姫と騎士の間の秘め事。

 そんなもの、日本じゃ絵物語の中でしか見られない。

 許嫁?

 恋人?

 騎士の誓い?

 淡い想い?

 朔陽が小学生の頃、図書室で読んだ様々な本の『姫と騎士の関係』が彼の脳裏を駆け巡る。

 

「スプーキー・パンプキンは……その、私の兄です」

 

「ぶっ」

 

 そして、予想は全部ひっくり返された。

 

「兄……お、王子様ってことですか!?」

 

「いえ、王子ではありません。兄はさっさと王位継承権を放棄してしまったので……」

 

「元王子様で最強の騎士……」

 

 その上イケメンで、聖剣と対になる魔剣持ち。属性を盛りすぎだ。

 朔陽はようやく理解した。

 スプーキー・パンプキンは朔陽達に好意的なのではない。

 朔陽達の味方をしているヴァニラ姫を、兄として援護しているだけなのだと。

 

「『私は歴史に残る賢王ではなく、伝説を残す騎士になりたいんだ』と兄は言っていました」

 

「王族が言っていい台詞じゃなさすぎる……」

 

「『最強の騎士に俺はなる!』と叫び、その後騎士団に身一つで飛び込みまして」

 

「王族がやっていいことじゃなさすぎる……」

 

「お兄様は騎士団でとても強くなりました。

 国で最も強い戦士の一人に数えられるほどに。

 その後宝物庫に忍び込み、主を選ぶ呪われた魔剣を強奪して装備。

 騎士団長と魔王の弟の一騎打ちに乱入して二人まとめて打倒。

 魔王の弟の首を刎ね、"私が最強"だと名乗りを上げてから、騎士団長を連れて帰ったそうです」

 

「王族がやらかしていいことじゃなさすぎる!」

 

 国の中での最強を証明するにしても、もうちょっとやり方はどうにかならなかったのだろうか。

 

「そんなお兄様だからこそ、戦いの中でお兄様だけが生き残ってしまったのです。

 騎士団長は不死身の魔将と三日三晩戦い、討ち取られてしまいました。

 至高の魔法使いは、人を見ただけで殺す魔将に殺されてしまいました。

 お兄様が背中を預けた弓の達人は、パルム王国と一緒に蒸発させられてしまいました」

 

「……」

 

「お兄様は仲間を求めています。

 たとえ一時でも、信じて背中を預けられる、戦死しそうにない仲間を」

 

「僕らはそういうものを求められてる、ということでいいんでしょうか?」

 

 ヴァニラ・フレーバーは、真剣な面持ちで頷いた。

 

「あの癖の強い集団をまとめておられるのは、サクヒ様でしょう?

 お兄様はそこを評価すると同時に、危惧しています。

 29人を『集団』として機能させているサクヒ様が、一番の弱点なのですから」

 

「まあ、確かに……僕を殺すのは手軽に大きな効果を得られるでしょうね」

 

「ゆえに、サクヒ様の自衛は急務です。

 サクヒ様の身を守る手を、私もお兄様もいくつか考えています。近日中には答えが出るかと」

 

 朔陽のクラスは我の強い者や自分のルールに従って生きている者が多い。

 誰かに指示を出されないとしっかりやっていけない、和子のような弱い子も多い。

 朔陽がまとめているからこそ集団として機能しているのであって、朔陽が死ねばさっさと分解する集団だ。ならば、敵が朔陽を狙わない理由がない。

 クラスを一つの人体に例えるならば、朔陽は脳にあたるわけだ。

 

 いや、軽く叩くだけで潰せて全体を機能不全に陥らせるということができるという意味では、股間のアレにあたると言えるかもしれない。

 朔陽は魔王軍から見れば頭蓋骨ほど硬いものではなく、むしろ股間のアレに例えるべき弱さと脆さを備えた、打たれ弱いパンピー少年なのだから。

 

 サクヒに求められているのは、強い力で大活躍することではない。

 殺されないことで、死による余計なマイナスを発生させないこと。

 つまり走り回って逃げ回って物陰に隠れて、ゴキブリのようにしぶとく生き残り続けることだった。

 姫の話はもっともで、朔陽の自衛手段の模索は朔陽にとってもありがたい話であったが、朔陽としてはそれより注力して欲しい事柄がある。

 

「いや、僕の身を守る手段より元の世界に帰る手段を探して欲しいのですが」

 

「ごめんなさい……

 本当にごめんなさい……

 一向に地球への帰還方法の研究が進展してなくてごめんなさい……

 それを誤魔化すためにサクヒ様達のご機嫌取りするみたいなことしてごめんなさい……」

 

「そ、そんなに気にしなくても!

 姫様達事実上無償で僕らのために研究してくれてるじゃないですか!」

 

「地球の悪の組織はもう侵略に使えるレベルで技術を確立していて、もう本当に……」

 

「どこ行ったんでしょうね、黄泉瓜巨人軍の残党……」

 

 可愛い顔でしょんぼりする姫と、慌てて励ます朔陽。

 

 彼らは巨人軍の末路を知らない。

 世界を渡る技術が魔王軍に渡ったことを知らない。

 ゆえに、その点においては不思議がることしかできない。

 人類圏での出来事でありながら、魔王軍の方がフットワークが軽いというのは、将来的な不安を内包する問題だった。

 

「と、そういえば」

 

 朔陽はそこで、スプーキーから受けた依頼の話をした。

 

「お兄様の任務、ですか」

 

 別の話題を振って気分を変えさせようとした朔陽の気遣いに心中感謝しつつも、姫は兄の性格を鑑みて複雑そうな顔をする。

 

「お兄様の目は節穴ではないのですが、その、期待が大きいと言いますか……」

 

「それは、なんとなく分かります」

 

「懸命が悪辣を両断する。

 偶然が必然を突破する。

 奇跡が妥当を凌駕する。

 意志が摂理を破壊する。

 それこそが、お兄様が戦友として信頼する者に求めるものです」

 

「僕に無いものですね」

 

「戦う力が人の価値の全てではないと、私は思いますよ」

 

 本当に危険性が大きいなら、姫はここで止めていたはずだ。

 逆に朔陽の想定以上にこの一件が安全なら、姫はこういう顔をしていないはず。

 パンプキン卿の依頼は、やはり危険とも安全とも言い切れないラインの上にある様子。

 

「ともかく、気を付けてください。

 お兄様が最強の騎士と呼ばれているのは、彼が一番強かったからではありません。

 ……お兄様と競えるほどに強かった方達が全員、殺されてしまったからなのですから」

 

 消去法の最強ってなんか嫌だな、と、朔陽は思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スプーキーは特に期限は区切らなかった。

 だがだらだらと先延ばしにしていいことでもないだろう。

 朔陽は明日朝に出立することを決め、とりあえず今日のところは姫と親睦を深めることにする。

 現状、見返りを求めず自分達に好意的な権力者など彼女しか居ないので、彼女と仲良くしておかなければ、と考えたのが理由一つ。

 そしてもう一つの理由が、彼女がただ話しているだけで楽しい気持ちになれる、そういうタイプの人間であったからだ。

 

 食べ物の話をして、交通機関の話をして、学校の話をして、家族の話をして、漫画の話をして、スポーツの話をして、二人は盛り上がる。

 

「日本のマンガというものは凄いのですね。

 その高橋留美子さんという方のマンガの主人公は、水を被ると性別が変わるのですか」

 

「その女性になった男主人公が一番人気だったこともあったと聞きますね」

 

「ええぇ……地球には変態さんしか居ないのですか?

 普通、元男性という要素があれば不人気になりそうなものなのですが……

 最初から女性で今も女性のヒロインが不動の人気を築くものではないのですか?」

 

「僕にも詳しくは分かりませんが、その辺りはなんというか……水掛け論なのでは」

 

 ヴァニラ姫は聞き上手で、地球や日本のことに興味津々な少女だった。

 朔陽がそれなりに会話に長け、相手の反応を見て相手が喜びそうな話題を察することを特異としていることも相まって、楽しく会話に花が咲く。

 

「そ……それで!? その女の子の告白はどうなったのですか、サクヒ様!」

 

「主人公はボーッとしてて聞こえてなかったんですよ、ヴァニラ姫」

 

「また難聴落ちですか、日本人の方はそういうのがお好きなのですか?」

 

「好きなんじゃないでしょうか。僕は特に好きってわけでもないですけど」

 

 特に【未亡人ヒアリ「主人がオオアリクイに殺されて1年が過ぎました」】というヒアリの女性を主人公にした小説の話は概要だけでも大受けで、朔陽は姫の性格への理解を深めていった。

 普通だ。

 王族らしい責任感や、知識の深さ、年齢不相応に大人びた部分もある。

 だが面白い創作の話――特に恋愛系――に興味を示し、一喜一憂する表情を見ていると、朔陽の持っていた認識以上に、この少女にも『普通の少女らしい』ところがあるのが分かる。

 

 普段王城などで会う時は、人当たりいい社交的で綺麗な笑顔を浮かべている姫が、今は自然で可愛らしい笑顔を浮かべていて、朔陽はなんだか楽しい気持ちになっていた。

 

(この人、こんなに可愛いところもあるんだな)

 

 予定の詰まっている姫が帰り、朔陽一人だけがそこに残されても、彼の思考は止まることなく続いていた。

 

(お姫様とは、それなりに仲良くなれたかな……

 善意で協力してくれているし、いい人だし、この仲を継続したいところだけど……)

 

 可愛くて美人でおっぱいが大きい姫と、素直に個人的感情だけで接することができないのが、今の朔陽の辛いところである。

 

(今のところ、素の自分を出せるくらい仲良く出来てる偉い人はヴァニラ姫だけ。

 他の偉い人ともこのくらい仲良くするべきなんだろうか?

 でもなあ、それで僕が情や色恋に流されて判断を誤ったら?

 ハニトラとか怖い。過剰に恩を着せられるのも怖い。

 僕がリーダー役をやってる以上、僕の判断ミスはそのままクラスの危機に直結だ)

 

 古来より、人間関係は武器に使うことができ、情は交渉材料とすることができる。

 なので朔陽はちょくちょく考えながら動かなければならない。

 普段上手くやってなければ、この前の一球の一件のように仲間に無茶をさせたくても、朔陽の嘆願を誰も聞いてはくれないだろう。

 クラス委員長は大変なのだ。

 

(例えば貴族の人と仲良くするとする。

 その人の利益や損害が見えてくる。

 でもその人に損害が生まれるから、とクラスメイトを蔑ろにした選択をしちゃいけないし……

 クラスメイトより貴族の方を優先したら、クラスの絆に亀裂が入る。

 かといってその貴族の人を露骨に蔑ろにしたら、今度はそこの交友が上手く行かない。

 クラスの利益を優先しつつ、問題を起こさない程度に外側との交友も上手くやって……)

 

 この国の人と仲良くなれなければ話が始まらない。

 仲良くなりすぎれば問題が発生する。

 クラスの手綱を握りつつ、自分は死なないようにして、時にちょっと危険でも最強の騎士様の任務を達成して……面倒臭さが倍々で増えていく。

 まことクラス委員長とは死狂いなり。

 

(姫様と最強の騎士さんは僕らの味方、と今は見ていい。

 貴族の人達が"損得で見て現状維持が最善"と見てくれている現状を維持しないと。

 できれば損得勘定だけでなく、感情的にも僕らを排除しにくい状況に……

 この国にちゃんと僕らが受け入れられて、国の一員として認められる状況にしたい)

 

 そんな風に考え込んでいる朔陽の背後から、忍び寄る人影一つ。

 

「いやー美人だねー、あの人。

 あんだけ魅力的な容姿があればいい結婚詐欺師になれそうだにゃあ」

 

「うわっ!?」

 

 いきなり耳元で喋られて、びっくり仰天の朔陽は跳び上がる。

 振り向けば、ニカっと笑う小柄な少女。

 見覚えのあるその顔に、肩口辺りまで伸びるポニーテールと、ポニーテールをまとめる鈴付きのヘアゴムが視界に入ってきた。

 

「寧々さん、いつからこっちに?」

 

「んー、今さっきね」

 

 子々津音々寧々(ねねつねね ねね)

 クラスで一番名前が呼びづらく、クラスで一番会話したくないと評判の少女である。

 

「……戻って来る日時でまた嘘ついたんだね」

 

「にゃっははー。驚いた?」

 

「そりゃもう」

 

「うん、その顔が見たかった」

 

 愉快そうに笑う寧々。

 そう、この少女は嘘つきなのだ。

 好きなこと、嘘。趣味、嘘、ライフワーク、嘘。

 主に被害者は朔陽である。

 

 彼女は息をするように嘘をつき、嘘をつくたび彼女の周りから人は離れ、今や何度騙されても彼女に親身になってやっているのは、クラスに朔陽ただ一人だけだった。

 今や彼女の同年代の友人は片手で数えられるほどしかおらず、その友人達も寧々の言うことは適当に聞き流しているので、騙され役は朔陽しか居ない。

 よって被害が集中する。

 朔陽は昔校外学習の時、8時集合だったのに7時集合と彼女に騙され、同じく7時に来ていた寧々に散々プギャーされた挙句、一時間も彼女のおしゃべりに付き合わされたことがあった。

 

「実は今日佐藤くんがしてた話は最初から聞いてたのよ。佐藤くん、苦労してるんだね」

 

「……ん、クラスの皆のためだからね」

 

「まあ嘘なんだけど。話なんて全然聞いてなかったし。だから教えて?」

 

「素直に何話してたのかを聞けばいいんじゃないのそれ!? 嘘つく理由は!?」

 

 バカやアホのクラスメイトも中々困りものだが、こういうタイプも中々に苦労させられる難物である。

 なんでこんな好き勝手に生きてる奴らのために僕はこんな苦労してるんだろう、と、朔陽は一瞬心底疑問に思ってしまった。

 

「へー、危険かもしれない任務ね……」

 

 子々津音々寧々が嘘つきなのは、彼女が基本的に鬱陶しいくらいの構ってちゃんだからだと知っているのに、朔陽は彼女の嘘をまともに受け取ってしまう。

 それは、朔陽の根が善良であるからなのだろう。

 

「じゃあウチもついて行くよ」

 

「え? でも寧々さんか弱いタイプのような……」

 

「嫌って言われてもついて行くってば、佐藤くんが心配だもの」

 

「寧々さん……」

 

「心配っていうのは嘘だけどね。ただ、面白そうだったから」

 

「僕の感動を返して!」

 

 二人は街に歩き出す。

 朔陽は夕飯のための買い出しをするため、寧々は朔陽について行って食事をたかるため。

 深夜を除けばいつも人が絶えない王都の中を、二人で任務の相談をしながら、ゆったりと歩いて行く。

 

「戦闘面では心配ご無用。

 ウチ、この世界に来てから頑張ってこの世界の魔法覚えたからね!」

 

「おお!」

 

「まあ嘘なんだけど」

 

「ええ……」

 

「冗談よ冗談。

 私みたいな普通の女の子が即戦力になるにはどうするのが一番だと思う?

 武器よ、武器を持つのよ。だから持つだけで強くなれるような魔法の武器買ってきたの!」

 

「おお!」

 

「まあ嘘なんだけど」

 

「ええ……」

 

「そういえばさっき遠出してたはずの和子ちゃん見かけたよ」

 

「……」

 

「これは嘘じゃないよ?」

 

「!?」

 

 と、その瞬間、人混みの中からぬっと和子が現れた。

 

「あ、サクヒー」

 

「え、あれ!? いつ戻って来てたの!?」

 

「サクヒのピンチを感じたから……と、言いたかったけど、違う。

 なんだか面倒臭くなっちゃって予定伝えるのサボってて、ごめんね」

 

「……スケジュールはちゃんと伝えようね。

 僕らは誰か一人この世界で行方不明になったら、最悪そのままなんだから」

 

「ん」

 

 "気付いたらクラスの仲間が何人か減っていた、どこで消えたかも分からない"という状況が発生してしまうことを、朔陽は最大限に警戒している。

 皆の所在と現状を常に把握しようとしているのはそのためだ。

 心配性、と評価されても仕方ないだろう。

 子供の頃からしょっちゅう迷子になっていたこのポンコツ忍者が幼馴染なら、このくらい心配性になるのは自然なことなのかもしれないが。

 

「和子ちゃんさ、報告、連絡、相談。ほうれんそうを大事に、ね?」

 

「私、ほうれん草嫌い」

 

「好き嫌いも直そうね」

 

「んー」

 

 好き嫌いの件を話題にしたくないのか、この件でお説教されたくないのか、和子は話題逸らしに朔陽に抱きつき、頭をぐりぐりと押し付ける。

 中学生レベルの話してるにゃあ、と寧々が人知れず呟いた。

 

「直そうね、好き嫌い」

 

「サクヒが私の代わりに食べればいい」

 

「僕が食っても栄養は和子ちゃんの方に行かないよね?

 和子ちゃんの代わりに食べて栄養渡せてたのって、妊娠期のお母さんだけじゃないかな」

 

「サクヒはもう私のお母さんみたいなもんだよ」

 

「ああ言えばこう言う……」

 

 和子ちゃんうちのクラスに相応しい逸材だなあ、と寧々は思った。

 呆れる朔陽だが、これ以上ここで何か言っても無駄だと判断し、スプーキーからの依頼の件を打ち明ける。

 

「分かった、私も同行する」

 

「ありがとう、助かるよ」

 

「そこは『頼りになる』とか嬉しい一言を付け加えてくれると私嬉しいな」

 

「ほうれん草も嫌わず食べられる人なら頼りにできるのになあ」

 

「む」

 

 これでとりあえず今日の夕飯ではほうれん草食べてくれるだろうな、と朔陽は幼馴染の思考を読みきった予測をする。

 

「それで、パンプキンさんが送ってくれた援軍ってどういう人なの?」

 

「僕も詳しくは知らない。でも、夕方までには顔見せてくれるって言ってたよ」

 

 出立は明日の朝。

 なら今日中に顔見せに来るのは間違いないはず、と朔陽は読んでいた。

 パンプキン卿が信頼して送り出すほどの部下。

 果たして、どれほどの強さを持っているのだろうか?

 

「あ、ウチ先にその人見たよ。

 スプーキー・パンプキンの横に居た人だよね、多分。強そうな騎士だったね」

 

「強そうな人……それなら僕も安心かな」

 

「まあ、嘘なんだけど」

 

「会話が先に進まない!」

 

 この嘘つき、どうしてくれようか。

 

「……とにかく、帰ろう。もしかしたら他の人も帰って来てるかもしれないし」

 

 帰宅。

 食事。

 そのまま就寝……と行ければよかったが、和子の入浴中に寧々が「風呂空いたよ」と朔陽に嘘をついたせいで風呂場にて裸の和子と朔陽がばったりエンカウントしてしまう。

 「女性らしい体になったなあ」と現実逃避しする朔陽に「イヤーッ!」と女性らし悲鳴を上げる和子。投げられた桶を顔面に食らい「グワーッ!」と倒れる朔陽。

 寧々はその後、簀巻にされ一晩中床に転がされたという。

 とにかく騒がしい夜であった。

 そして、月が煌めくその夜に。

 

「約束の刻限より、大幅に遅れて申し訳無い。これも拙者の不徳の致す所で御座(ござ)る」

 

 パンプキン卿が手配した戦士が、彼らの邸宅にやって来た。

 

「拙者はブリュレと申す者。パンプキン卿の命により、其方(そなた)らを守りに来た」

 

 それは、月の光を受けて白銀に輝いているようにも見える、純白の体毛を身に纏った―――人の言葉を話す、白狼だった。

 

「……わんちゃん?」

 

「わぁ……人の言葉、喋ってる!」

 

「僕もこれは流石に、予想してなかったな……」

 

 最強の騎士が最大の信頼をもって送って来たのは、犬の騎士だった。

 

其方(そなた)らが知らぬのも無理はない。

 ここダッツハーゲン王国東部には、人と同等の知性を持つ狗が生息している。

 我らは遥けき大昔の盟約に基づき、人の最も親しき隣人として、手を貸しているのだ」

 

「それはまた……凄い話ですね。よろしくお願いします、ブリュレさん」

 

「ああ、拙者は其方(そなた)を守ると誓おう、サクヒ殿」

 

「……少し、不思議な気分です」

 

「慣れるといい。我らは祖より人と共に歩んできた一族の裔。

 其方(そなた)を裏切ることは決して無く、其方(そなた)より後には死なぬと誓う」

 

 しかもやたらと話し方に風格がある。

 相手は犬だというのに、話している内に朔陽は思わず背筋を伸ばしてしまっていた。

 この風格は、どこかヴァニラ姫のような王族が持つ『ひとかどの人物が持つ雰囲気』に近しい、カリスマのようなものを感じさせる。

 が、そういう反応をしているのは朔陽だけで。

 簀巻にされたままの寧々は目を輝かせ、和子はキラキラした目でワンちゃんの頭を撫でに行こうとしていた。

 

「ね、ね、ワンちゃんは犬なの? 狼なの?」

 

「犬でも、狗でも、狼でも、好きに呼べば宜しい。

 其方(そなた)らの世界ではともかく、この世界では同一種の別名称でしかないものだ」

 

 和子が恐る恐る手を伸ばし、ブリュレはその撫でる手を受け入れる。

 簀巻にされた寧々も撫でようとするが、床を転がることしかできない。

 朔陽には白狼にしか見えなかったが、人によっては狛犬にも見えるだろう。

 いずれにせよ、2mを超える巨大な犬種だ。

 地球の常識でカテゴライズすること自体が間違いなのかもしれない。

 

「では、僕らで部屋を用意しますので、ブリュレさんもどうぞ」

 

「結構。拙者はこの屋敷の門前で、万が一に備え警備の任に就かせていただこう」

 

「ですが……」

 

「拙者の喜びは暖かな部屋で眠ることではない。

 其方(そなた)らが無事であることなのだ。分かって欲しい、サクヒ殿」

 

 昔々。

 数百年ほど前のフランスには、『犬と狼の間(entre chien et loup)』の時間という表現があった。

 昼と夜の間、黄昏時のことである。

 慣れ親しんだ(いぬ)の時間から、少し危険な(おおかみ)の時間に変わる時。

 犬と狼の見分けがつかなくなる、街が薄暗い時間帯。

 昔は使われていた言葉。

 今は使われていない言葉。

 『電灯』が夜の闇を払うようになって、地球では使われなくなってしまった言葉だ。

 

 この言葉も、地球のような電灯が普及した世界とは違う"この異世界"では、きっとまだ使うことができる言葉だろう。

 パンプキン卿が約束した夕方の時間を過ぎ、犬と狼の間の時間の終わり際にやって来た、犬なのか狼なのかよく分からない、武士口調の白狼の騎士。

 

 なんか凄い頼りになるワンちゃんが来たなあ、と朔陽は心中にて頼りがいを感じていた。

 

 

 


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