サーティ・プラスワン・アイスクリーム   作:ルシエド

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その2

 召喚にて勇者を呼ぶには、魔力と運と根気が要る。

 ソシャゲで狙ったキャラを呼ぶには、金と運と根気が要る。

 デリヘルを呼ぶには金があればいい。

 そういう点で見れば、勇者やソシャゲよりデリヘルの方が優れていると言えるだろう。

 ただし、もっとコスパがよくて確実性の高いものもある。

 信頼する部下を呼ぶことだ。

 ブリュレはスプーキー・パンプキンに部下として呼ばれ派遣され、今は朔陽の一時的な部下として従うよう言い含められている、頼りになる援軍である。

 

 白狼の騎士・ブリュレ。

 彼らはダッツハーゲン王国建国前より、人と共に歩んできた一族の者だ。

 初代王の隣にも、彼の祖先である犬の騎士が一匹、王と共に歩んでいたという。

 

 犬であり狼でもある彼らは、ダッツハーゲン初代王と契約を交わした。

 『獣は人の守護者となること』。

 『人は獣の庇護者となること』。

 この誓いが破られぬ限り、ブリュレの一族は人を守り続けるのだという。

 

 王国における教育と歴史の積み重ねが功を奏したのか、人と同等の知性と言葉を持つこの一族に対して、国民のほぼ全員が人間と同じような扱いをしている。

 迷子の子犬には人間の大人が手を差し伸べる。

 人間が犬の忠告を聞く。

 騎士見習いが犬の騎士に武術を指導される。

 異世界人である朔陽達と彼らの一族、どちらか片方しか命を助けられないとしたら、この国の人間は犬の命を選ぶだろう。

 

 義理堅い彼らの一族は、異世界から来て今この国に住んでいるだけの朔陽達も、命をかけて守るに値する者達であると認定してくれていた。

 

「よって敬語も必要ない。

 我らが求めるのは友誼と敬意。

 よき隣人であること。よき友であること。

 その誓いを守り続けるのであれば、其方(そなた)らは拙者が守るべきもので御座る」

 

「分かったよ、ブリュレさん」

 

 出立の朝から、朔陽とブリュレの間でそんな会話が交わされている。

 

「道順の再確認だけど、これで大丈夫かな?」

 

「肯定する。

 其方(そなた)は少し慎重が過ぎるで御座るな。

 この世界のことを知らぬがゆえに慎重になるのは分かるが……

 明確な理と計算に基づき経路を一度決めたなら、後に迷う必要はない」

 

「そう言ってもらえるとありがたいよ」

 

 言うべきことをきっちり言ってくれるこの狼は、犬畜生とバカにできない高い知性と、一歩引いた視点から冷静に忠告してくれる頼りがいを、確と感じさせる。

 朔陽と、和子と、寧々と、この犬で、いざや向かわんクーリッシュ村へ。

 

「おっはー、佐藤くん」

 

「おはよう寧々さん……懐かしいねおっはー。おはスタまだやってんのかなあ」

 

「あ、さっき和子ちゃんと会ったよ。ウチ伝言頼まれた。

 体調悪いから悪いけどついて行けない、だってさ。

 ちょっと生理がキツくなってきたみたいだねえ、なんか」

 

「え、本当に? 女の子は大変だなぁ……

 顔合わせるの恥ずかしいだろうし、さらっと行って何気なく帰って来るのが一番かな?」

 

 開く玄関扉。

 

「ふわぁ、寝坊した……サクヒ、おはよう。ニンニン」

 

「まあ、嘘なんだけど」

 

「なんで数秒で嘘だと判明するような嘘をついた! 言え!」

 

 男が踏み込みにくい生理関連の話題を混ぜて嘘とバレないようにするテクニックが、本当に小賢しい。

 数秒でバレる前提で完全に騙しに来ているのもまた憎らしい。

 総合的に言えば面倒臭い。

 これで子々津音々寧々(ねねつねね ねね)が朔陽を心配し、彼を心配してついて来ようとしていることも事実だというのだから、なおさらに処置に困るのである。

 

「まあいいか、出発しよう」

 

 とりあえずで彼らは旅立った。

 絵の具をぶちまけたような色合いの森の側を通り過ぎたかと思えば、無色透明な木々の森が目に入り、やがて地球でも見慣れた緑の木々も視界に入る。

 すれ違う商人は、馬車の上から人の良い笑顔で会釈してくる。

 野生のティラノサウルスが木陰で眠りについている。

 

(ここは異世界なんだって、外に出るたびに実感する)

 

 日本で見慣れた木々とは明らかに違う木々。

 車ではなく馬車が通る道。

 木陰では犬ではなくティラノサウルスが眠っている。

 どこを見ても、常識と不協和音を起こす光景だらけだ。

 見慣れない景色が並ぶ異常な世界は、新鮮さと不安感を朔陽の胸に呼び起こすのだ。

 

「佐藤くーん、あっちに魔物が居たけど、これ敵ってやつじゃない?」

 

「え!? どこから! 寧々さんは下がって―――」

 

「まあ、嘘なんだけど」

 

「外でそういうのやめようね?」

 

 困り顔の朔陽を見て、寧々は心底楽しそうに笑う。

 彼女の喜びの源は、彼の困り顔が好きだからか、自分の嘘が誰かを騙せたという達成感か、あるいは嘘をついているときだけは彼が寧々だけを見ているからか。

 ちなみに和子は「この人嘘つきだから」という理由で最初から信じておらず、ブリュレは自分の感覚で周囲に敵が居ないことを知覚していたため、無反応であった。

 この嘘に釣られたのは朔陽だけである。

 

「心中お察しする。サクヒ殿は苦労が多そうだ」

 

「ブリュレさんのその気遣いだけで救われてるよ……」

 

 忠犬という言葉がよく似合う生真面目さだ。

 発言のほぼ全てが嘘である寧々とは真逆で、ブリュレには他者に嘘をつきそうな気配が微塵もない。嘘は自分の生涯に必要ない、と言わんばかりである。

 朔陽は生まれて初めて、友人に対し"この犬を見習って欲しい"と思った。

 口には出さなかったが。

 そして口には出さなかったせいで、寧々はまた何かを言い出し始める。

 

「ねえあそこで何か動かなかった? 佐藤くん、見て来てよ」

 

「まーた真偽定からぬ発言を……」

 

 嘘かもしれない、と思いつつ確かめに行こうとする朔陽の服の裾を、和子が掴んで止めた。

 

「サクヒも毎回信じなくていいのに」

 

「んー、まあ、とりあえずは信じるよ」

 

 朔陽を渋々離す和子。

 一球の時と同じだ。

 和子は寧々のことを知らない。朔陽と寧々の間にある心の関係が分からない。

 だから彼が、何故彼女のことを信じているのか分からない。知らないから理解できない。

 寧々が指差した茂みの中に足を踏み入れていく朔陽の背中を、和子は不安そうに見送った。

 

「気をつけろ」

 

 茂みを覗く朔陽に、ブリュレが声をかける。

 気のせいで終わるか、それとも本当に何かが居るのか。

 警戒心を少し強めて茂みを見るも、特に怪しいものは見えない。

 

(やっぱり嘘なのかな……?)

 

 そうして、少年が息を吐いたその瞬間。

 

 茂みの向こうから、四体の『動く死体のように見える何か』が、朔陽に飛び掛かって来た。

 

「ゾンビ―――!?」

 

 驚いた朔陽が息を飲んだその一瞬に、四体の怪物の首が飛ぶ。

 二体はクナイに。

 二体はキバに。

 それぞれ首を刎ねられていた。

 

「ワンちゃん、すごい」

 

「そちらもな」

 

 ブリュレが咆哮し、咆哮を魔術が衝撃波へと変えた。

 衝撃は朔陽だけを避けて茂みを吹き飛ばし、その向こうに隠れていた怪物達の姿を露わにした。

 そう、怪物だ。

 それも魔物と呼ばれるであろう生物群。

 

 遠目には人間にも見えるが、ブクブクと膨らんだ腐敗肉、その体から漂う腐敗臭、腐ってべろりと剥がれた表皮と『異常に』新鮮に見えるその下の肉が、非人間であることを知らしめている。

 これは魔物だ。

 人間に似せた、あるいは人間を素体に作られた、醜悪な魔物。

 地球出身の者にすら、それがひと目で理解できるほどのものだった。

 

「中国のゾンビ……とかじゃないか。なんだろうこのデブっぽい怪物」

 

「サクヒ、下がって。このデブは暴れる気がする。やせ我慢の反対、デブ大暴れの予感」

 

 ブリュレと和子が首を切り飛ばした四体を差し引いて、残りは十二体。

 

「和子ちゃん気をつけて!」

 

「サクヒは心配症」

 

 とん、と和子が踏み込んだ。

 独特の歩法は目で捉えること叶わず、十二体の敵の間をくノ一の細身がすり抜ける。

 彼女が縫うようにして敵の合間を抜けた頃には、十二体全ての喉笛に鋼鉄のクナイが突き刺さっていた。

 だが、しかし。

 

 ぶくぶくと肥え腐った怪物達は、動きを止めない。

 

「!」

 

 隙を見せたくノ一の背中に襲いかかろうとする怪物達。

 されどその背中を、白狼の騎士が守りに動く。

 

「『ウィズマ』」

 

 ブリュレが詠唱を行い、風の中級攻撃魔法を解き放った。

 それが怪物の一体を粉微塵に切り刻み、風圧で他の怪物の動きを止める。

 狼は和子を守り、その横に駆け寄り、彼女と共に怪物に相対する。

 

「『これ』は我らの牙でも殺すには手がかかる。

 首か、脳か、心臓を潰せ。出来ねば胴の芯となる骨を折るで御座る」

 

「分かった」

 

 狼は跳び、"空中に着地"し、"空中を走り"ながら、爪と牙を振るう。

 怪物の首が三つ、宙に舞う。

 和子が懐から取り出した忍ワイヤーを振るう。

 怪物の首が三つ、宙に舞う。

 

(!? 今、空中を走った!?)

 

 朔陽はその光景にたいそう驚いた。

 忍者がワイヤーで首を飛ばす光景程度なら、現代日本でも時たま見られる光景だ。

 だが空中を魔法で走る犬など、日本ではまるで見られない。

 この世界独特のものに、彼は目を丸くする。

 

 逆にブリュレは、ワイヤーで怪物の首を刎ねるくノ一に新鮮味を感じたようだ。

 

「悪くない、ワコ殿」

 

「ありがとう、ワンちゃん」

 

 幼馴染が忍者だった朔陽とは違い、寧々にとっては和子の戦いもブリュレの戦いも等しく新鮮で見慣れぬもの。

 寧々の口から、感嘆の声が漏れる。

 

「すっげ……」

 

 特にブリュレの戦いぶりは、朔陽達から見たブリュレの評価を一変させるものだった。

 100kgはありそうな怪物の足首を噛み掴み、首の力でぶん回して大木にぶち当て、怪物をミンチにしながら大木をへし折る。

 空中を走りジグザグに跳ぶ。

 怪物が手に持っていた鉄の盾を噛みちぎる。

 そして、魔法を巧みに使う。

 

 ブリュレは白狼の騎士であると同時に、魔法騎士でもあるようであった。

 

(……こりゃ本物だ。パンプキン卿、これは本気の護衛だな……)

 

 そうして、事ここに至って朔陽はようやく、スプーキー・パンプキンが『どのくらいの強さの騎士を護衛に付けてくれたか』を、理解したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔物を全て地に転がし、安全が確保される。

 トラックに轢かれた猫のようになった魔物達を見下ろして、朔陽は少し気分が悪くなる。

 だが構わず、和子とブリュレに助けてもらった礼を言った。

 

「ありがとう、和子ちゃん、ブリュレさん。お疲れ様」

 

 和子は照れくさそうな様子で、ブリュレは毅然とした態度でその感謝を受け取る。

 続いて、真っ先にあの魔物の存在に気付いた寧々も褒めようとするが……

 

「寧々さん、珍しく本当のこと言ったね」

 

「ごめん、ウチ何か気付いてたわけじゃなくて適当ぶっこいてた。怪物いたのは偶然」

 

「なんだかなあ君は!」

 

 彼女はいつもの彼女であった。

 どうやら適当に嘘ぶっこいて朔陽を茂みに突っ込ませようとしたら、偶然そこに敵が居て、朔陽を守ろうとしていた和子とブリュレが倒したというのが事の真相の様子。

 魔物よりこっちの少女の方が厄介そうだ。

 

「僕だけじゃなく寧々さんまで危なくなりかねないんだから、嘘控えようよ」

 

「ウチに死ねと申すか」

 

「そのレベル? 君は泳いでないと死ぬマグロレベルの存在なの?」

 

「佐藤くんが困ってる顔が、なんだか嗜虐心を煽るから……」

 

「元の世界に帰ったら寧々さんのご両親に報告するからね」

 

「!?」

 

 寧々へのお仕置きが決定した。

 うなだれる寧々。

 朔陽の性格を考えれば、何を言おうと両親への報告は決定事項だろう。

 

 ちょっと落ち込んでいた寧々がふと顔を上げると、何故かそこには、敵意が垣間見える目で寧々を睨む和子が居た。

 口を開かせるまでもない。

 和子の実直すぎる目が、"よくも嘘で朔陽を危ない目に合わせたな"と語っている。

 目が口ほどにものを語っていた。

 

「サクヒに謝った方がいいよ、子々津音々さん」

 

「なんで?」

 

「……サクヒが許してくれるからって、そういうのはよくないと思う」

 

 笑えるくらいにまっすぐだ。

 朔陽を傷付ける人は嫌い、朔陽に嘘をつく人は嫌い、朔陽に迷惑をかける人は嫌い、でも朔陽が仲良くしようとしているから、できれば嘘だけでもやめて欲しい。

 そんな和子の本音が透けて見える。

 

 "そういうのはよくない"、なんてよく言ったものだ。

 "私がそれを嫌だと思ったからやめて"、というのが本音だろうに。

 本音の隠し方があまりにも下手すぎる。

 これがひきこもりの弊害と言うなら、きっとそうなのだろう。

 

「ウチみたいな嘘つきは素直に謝らないんだにゃあ、これが」

 

「……」

 

「怖い目するねえ、和子ちゃん」

 

「嘘をついて他人に迷惑をかけたら、まずはごめんなさいじゃないの?」

 

「子供の理屈だぁ」

 

 寧々は煽る。

 怒りを煽る。

 寧々が煽るたび、不器用な和子の目には敵意が宿っていく。

 自分に敵意が向くという現実が、寧々を上機嫌にさせていく。

 

 善意でも、好意でも、怒りでも、憎しみでも、嫌悪でもいい。

 彼女は他人が自分を見てくれているということに喜びを覚えている。

 和子の敵意すらも喜んでいる。

 とても幼稚で純粋で、傍迷惑な精神構造だ。

 そのくせ"悪意を向けられるより好意を向けられる方が嬉しい"という人としての当たり前を持ち合わせているというのだから、この嘘つき少女はややこしい。

 

 彼らのことをロクに知らないブリュレであったが、嘘をつかれても寧々に一切の敵意を向けず好意だけを向ける朔陽が、寧々になつかれている理由を、なんとなくに察していた。

 和子と寧々がやんややんやと言い争っている内に、朔陽はブリュレに問いかける。

 

「ブリュレさん、さっきの魔物は……」

 

「あれはヴルコラク。吸血鬼の一種で御座るな」

 

「ヴルコラク……?」

 

「吸血鬼の成体がストリゴイ。

 人体端末がヴルコラクだ。

 此奴らはヴルコラク。人間より高い身体能力を得ただけの血袋に過ぎん」

 

「得ただけ、って……」

 

 ヴルコラク、と呼ばれた先の怪物は、和子とブリュレにとっては二人の非戦闘員を守りながらでも容易に殲滅できる相手であった。

 ならば朔陽でも勝てる雑魚だったか、と言えばそうではない。

 戦いの中でヴルコラクが人間離れした挙動を見せたのを、朔陽は何度も見ていたからだ。

 

 片足だけで踏み切っての、10m以上の跳躍。

 喉にクナイを突き刺されても死なない生命力。

 目で追うのがやっとな速度で腕を振るう、薙ぎ払いの攻撃。

 手足をもぎ取られた程度では死ぬ気配さえ見せない、文字通りに人間離れした頑丈さ。

 

 朔陽であれば、アサルトライフルを持っても勝てるかどうか怪しいものだ。

 この世界の一般的な兵士が戦えば、かなり危険な相手であったことはまず間違いない。

 先の魔物……ヴルコラクを、朔陽は過小評価していなかった。

 

「ヴルコラクは人間の死体を素材に、ストリゴイが作成する吸血鬼で御座る」

 

「死体を素材に……」

 

「ヴルコラクになった死体はまず内蔵を全て吐き出す。

 そして人間を自動で襲い、その血を吸い、内蔵が抜けた空白に流し込むのだ。

 ゆえに大抵のヴルコラクは腹がでっぷりと膨らんでいる。

 そこに襲った人間の血を溜め込んでいるからだ。

 ストリゴイの下に帰ったヴルコラクは血を吐き出し、主に血を奉納するので御座る」

 

「それはまた、怖い」

 

「生体血液タンクに改造された人間の死体、とも表現できよう。

 奴らは体内に溜め込んだ血液の1%までならばエネルギーに転換できる。

 そうして人間の死体を素体としながらも、僅かながら人体を超越した身体能力を持つ」

 

 なるほど、そういう怪物なのか、と納得する朔陽の首筋辺りに蚊が近寄る。

 ぶぅん、という蚊特有の不快な羽音が朔陽の耳元にも届いた。

 瞬間。

 朔陽の視界からブリュレが消え、目にも留まらぬ速度で跳んだ白狼が、朔陽の首筋に近付いた蚊を爪で切り潰した。

 

「これもまた吸血鬼だ。モスキートという」

 

「え゛」

 

「人肉を素体に作られる、飛虫型のゴーレムのようなもので御座る。

 僅かな血を吸い、主であるストリゴイの下に持ち帰る。

 一体の吸血量で言えば、2mgほどだろう。

 だが千体居れば1gだ。吸血鬼の王であれば常時一億弱を稼動状態に置いているとも聞く」

 

「うわぁ」

 

「モスキートの体重は吸血量と同じ2mg。

 60kgの体重の人間の死体が一体あれば、大雑把に三千万体作成できる計算になろう」

 

 日本の人口一億二千万人という『餌』に対し、その餌に群がる日本の蚊は総数三億匹である……なんて、言われることもある。

 この世界における(モスキート)は何匹居るのか?

 吸血鬼の手駒はどれほどの数に及ぶのか?

 朔陽には想像も及ばない領域の存在であった。

 

 吸血鬼を増産するストリゴイ。

 人間型の吸血タンクシステムであるヴルコラク。

 虫型の吸血タンクシステムであるモスキート。

 その内二つが、こんなこところに居るということはどういうことなのか?

 

「そういうものが、ここに居るってことは、僕らが向かう先に……」

 

「肯定しよう。この先の村に、ストリゴイの吸血鬼が居る可能性が高い」

 

 きな臭くなってきた。

 

「僕らは吸血鬼に詳しくない。ブリュレさん、ここは引き返すべきかな?」

 

「……ストリゴイの強さの格にも依るで御座ろう。

 個人的な意見を言わせてもらうなら、せめて村の様子だけでも探りたい。

 だが拙者の任務は其方(そなた)らの護衛だ。危険は避け、引き返すべきだとも思う」

 

「……いや、行こう。もう少し何か探った方がいいっていうのは、僕も同意見だ」

 

 スタンスの違いが、ブリュレと朔陽の判断を違える。

 そして白狼の騎士は無言で頷き、人の意志を優先させた。

 寧々が余計なことを言おうとして、和子が喋らせまいと妨害している。

 女子二人がわちゃわちゃしているのを横目に、ブリュレはふと何かに気付いた。くんくんと、周辺の地面を嗅ぎ始める。

 

「どうしたの? ブリュレさん」

 

「人の匂いがする」

 

「え?」

 

「ここか。……表のヴルコラクは倒した。五秒数える内に出て来い」

 

 そしてある場所で止まり、地面に呼びかける。

 すると突如地面が盛り上がり、地面の下から泥まみれの少女が飛び出して来た。

 

「お、あいつら居なくなった? ラッキーラッキー」

 

「!?」

 

 朔陽はぎょっとする。その少女に、見覚えがあったからである。

 

「このみさん!?」

 

「はいはいこのみさんですよ、わっはっは。いいんちょさんは今日も元気みたいね」

 

 出席番号10番。手料理部の部長、恋川(こいかわ)このみその人であった。

 泥だらけの服と砂だらけの髪を、少女の小さな手がパンパンと払う。

 きらきら光るこがね色のヘアピンが、土砂に汚れた彼女の風体の中で一際目立っている。

 だが、小柄で短髪の黒髪という身体的特徴も、髪で輝くヘアピンも、朗らかで愛嬌のある笑顔という一番に目立つ特徴ほどには目立たない。

 

「なんでここに……手料理部のあなたが一人で危険な場所に居るというだけでも問題なのに」

 

「いつの間にか危険な場所になってたのね、ここ。

 十日前に日本式の干し魚の試作を村に依頼しに行った時はこんなんじゃなかったんだけど」

 

「……あ」

 

「わっはっは、今日来るんじゃなかったかなー」

 

 このみの発言から、朔陽はスプーキー・パンプキンが言っていたことを思い出す。

 村の名はクーリッシュ村。人は多くないが、川魚と野菜が美味しいことで有名な村。

 ならばこれも当然か。

 料理人でもあるこの少女は、自然の成り行きで食材が上手い村を見つけていたというわけだ。

 

 村に送られた騎士達が行方不明になったのは一週間前、と言われていた。

 十日前に村を訪れていたならば、その時に村が無事だったとしてもなんらおかしくはない。

 恋川このみも、運が良いのか、悪いのか。

 

「でもなんでわざわざ地面の下に?」

 

「汗の匂いとか体温とかを基準にあたし探してるんだと思ったからさー。

 だから鍋で穴掘って埋まってれば見つかんないかなって。実際見つかんなかった」

 

「やっぱうちのクラスの女の子は女子力(隠喩)高いね……」

 

 十日前にクーリッシュ村に依頼した試作干し魚を今日取りに行こうとして、吸血鬼(ヴルコラク)に見つかり、咄嗟に地面を掘って潜ってそこに隠れていたようだ。

 十代の女の子の発想ではない。

 勿論彼女に戦闘力はなく、普段は土に汚れるのも嫌がる普通の女の子だ。

 彼女は咄嗟に思いついて、すぐさま実行しただけ。

 地面を掘り返されて殺される可能性もあっただろうに。

 

 この決断力こそが、義務教育に求められたもの。

 『NOと言える日本人』の育成ということなのかもしれない。

 ……いや、それはないか。

 

「よかった、干し魚につけようと思ってたタレの瓶も無事ね」

 

「このみさん、その小脇に抱えた瓶は……というか、タレ?」

 

「うな重とかにかかってるあのタレよ。こっちの食材で再現したやつ」

 

「!?」

 

 クラスの皆は自分の得意分野で好き勝手に動いている。

 それは、彼女も例外ではなく。

 

「ウナギも見つかってないのに……

 うん、でも分かる。あのタレ美味しいよね」

 

「あれはウナギの油が溶けてるのもあるんだけどね。

 ただ、あのタレが美味しいというのも事実。だから作ったの。

 このタレは干し魚用に調整した物だからご飯とはちょっと合わないけどね」

 

「なるほど」

 

「ずっと前から思ってたのよ。

 ウナギの絶滅が恐れられてるのは、このタレの存在があるからなんじゃないかって。

 ウナギの絶滅より、このタレの絶滅の方が悲しまれるんじゃないかって。

 あたしは手料理部として、ウナギよりこのタレの方を評価すべきなんじゃないかって……」

 

「ウナギ単品が好きで絶滅回避しようと頑張ってる人に謝ろう、このみさん!」

 

 同行者が一人増えました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白狼の騎士ブリュレ。

 嘘つき寧々。

 くノ一和子。

 料理人このみ。

 リーダー朔陽。

 メンツだけを見れば『愉快な仲間達』と言って差し支えない者達の行軍は続いていく。

 

 ところが道中、彼らは何度もヴルコラクと邂逅してしまう。

 その度に戦闘になり、時間は削られ、彼らは結局道中で野宿することになってしまった。

 夜は吸血鬼の時間であり危険だと、ブリュレは語る。

 と、同時に、「夜道を無理に進んで吸血鬼に奇襲されるのは一番怖い」とも語る。

 周囲を警戒しながらの野宿の開始、というわけだ。

 

(道中のご飯が美味しくなったのは良い誤算。

 戦えない同行者が増えたのは悪い誤算かな……)

 

「はいはいどんどん食べてねー。大丈夫、おかわり欲しければまた作るから!」

 

 朔陽はこのみ特製の夕飯を口に運びながら、現状の良い部分と悪い部分を思案する。

 

(夜が、本当に不気味だ)

 

 この世界の月は二つ。

 太陽の光を反射するのではなく、衛星魔力で自ら輝く衛星だ。

 だがその光は昼間の空にはっきりと見えるものでありながら、夜の世界を明るく照らしてくれることはない。

 人工の光もほとんど見えないこの世界。

 作られた光が街に輝く日本の夜と、この世界の夜はあまりにも違う。

 

 その不気味さが、朔陽の心中に不安をよぎらせる。

 

 少年の頭の中を、嫌な思考がぐるぐる回る。

 このみさんは返したほうがよかったんじゃ?

 ―――いや、吸血鬼がうろついている地域を一人で帰らせる方が危険だ。

 危険を承知でスプーキーさんの頼みを聞くべきじゃなかったか?

 ―――あの時断らなかった時点で、今更だ。

 僕は危険な目にあってもいい。僕の選択の自己責任だ。

 ―――じゃあ、彼女らが危険な目にあうのは?

 頭の中をぐるぐる回る嫌な思考を、朔陽は首を振って断ち切った。

 

(……今更うだうだ悩んでも、仕方ないか)

 

 朔陽は一緒に晩御飯を食べている、三人のクラスメイトの顔を見る。

 明るい笑顔で料理を配っているこのみ。

 周囲への警戒を疎かにして、はぐはぐと目の前のご飯だけを見ている和子。

 "どんな嘘で騙してやろうか"と言わんばかりの顔で不敵に笑う寧々。

 顔を見ているだけだと全員が何も考えていないアホ面に見えて来るから困る。付き合いの浅いブリュレにもそう見えていることだろう。

 

 僕がしっかりしないと、と、朔陽は心から不安を追い出した。

 

「食べ終わったなら、交代で見張りをしつつ睡眠を取るのが良いで御座ろう」

 

 ブリュレに促され、交代交代で見張りながら皆で睡眠を取ることに。

 

「拙者は小さな物音でも起きる。

 人間種ほどに多くの睡眠時間も必要無い。

 一人あたり見張りは二時間、睡眠は六時間というところで如何(いかが)か」

 

「うん、それで行こう。みんな、僕らはそれでいいよね?」

 

 女子達を寝かし、朔陽は手慣れた様子で小枝を組み上げる。

 そして恋川このみが料理に使っていた火から種火を回収して放る。

 慣れた手つきで、あっという間に焚き火を完成させる朔陽。

 小さな火を眺めながら、遠くも見渡せない夜の闇の中、枝を薪として放っていく。

 

「……」

 

 彼が火を見つめ始めてから、どのくらいの時間が経っただろうか?

 静かに、闇の中からブリュレが姿を現した。

 焚き火に白毛を照らされた狼が、朔陽の横にゆったりと腰を下ろす。

 

女子(おなご)は皆寝たで御座る」

 

「ブリュレさん」

 

「手持ち無沙汰であるなら、少々この若輩との談笑に付き合ってくれると嬉しい」

 

「喜んで」

 

 どうやら、朔陽の話し相手になりに来てくれたようだ。

 

「一つ、これだけは言わねばならぬと思っていたことがある。

 其方(そなた)はあの娘子の虚言癖を何故放置しているのだ?

 あまり宜しいことではないように思える。拙者とて、人の機微は分かるでな」

 

 だが、ブリュレは予想以上に真っ当な性格をしていたらしい。

 談笑の前に、朔陽にストレートに忠告を叩きつけて来た。

 

「人が成長に伴い嘘をつかなくなるのは、嘘のデメリットを理解するからで御座ろう?」

 

「まあ、ね」

 

「ゆえに子供は気楽に嘘をつく。

 大人は嘘をつかなければならない時も、そのメリットとデメリットを考える。

 デメリットがなければ、人は嘘をやめはしない。嘘をついても損が無いからだ」

 

 嘘をついて怒られた。

 嘘をついて信用を失った。

 嘘をついて嫌われた人を見た。

 そういった"嫌な記憶"が、子供を『何の意味もない嘘をつかない大人』に仕上げる。

 それが人間というものだ。

 意味もなく嘘をつく少女の性格を、ブリュレはそのままでいいとは思わない。

 その嘘のせいで朔陽が苦労しているのなら、なおさらに。

 

其方(そなた)のその苦労は、其方(そなた)自身の行動にも原因がある。

 他人の在り方を否定することは悪ではなく、寛容であることが善であるわけでもない」

 

「うん」

 

「間違いは否定し、矯正するべきだ。

 間違いを指摘することは悪ではない。

 自分の間違いを指摘されてもなお、改善しないのであれば、それこそが……」

 

「ブリュレさん。僕の友達を、あんまり悪く言わないで欲しいな」

 

 朔陽とて分かっている。

 ブリュレが自分のことを思って言ってくれていることも。

 寧々のためを思って言ってくれていることも。

 分かってはいるが、それでも友達を悪く言う言葉は、あまり好きにはなれなかった。

 

「分かってるよ。

 彼女の嘘に大した意味は無い。

 寧々さんは息をするように嘘をつく。

 嘘をついて周りの気を引こうとする困ったちゃんだ」

 

「……」

 

「『佐藤朔陽ならどうせ許してくれる』って思ってるフシもあるよね」

 

 焚き火を見つめながら、朔陽は困ったように苦笑する。

 

「僕の役目は、誰も見捨てないことさ。

 皆が笑って卒業できるように。皆がクラスに居場所を見つけられるように……

 それが、クラス委員長であるということなんだと、僕は思う」

 

 枝を拾って、パキリと折って、火の中へ投げ込む。

 

「変わりたい人、変わりたくない人。

 変わるべき人、変わるべきでない人。

 人には色々居るけれど、僕が何か言って変えられるのは、"変わりたい人"だけだ」

 

 朔陽の言葉にブリュレは目を細める。

 

「拙者は彼女を変わるべき者である、と思ったが……

 ネネ殿は変わりたくない者であるがために、変えられんということか」

 

「こればっかりはね、時間かきっかけが要ると思ってる。

 人が人を自由に変えられるなんてこと、あるわけがないし」

 

 それに僕は嘘が全否定されるべき物だとは思ってないよ、と朔陽は言う。

 

「嘘が悪いんじゃない。

 嘘で他人を陥れようとするのが悪いんだ。

 世の中には優しい嘘だってあるんだから、嘘が全部嫌いとまでは言えない」

 

「……」

 

「彼女は良くも悪くも、善悪どっちにも寄ってない嘘つきだしね」

 

 善意で嘘を言うわけでもなく、悪意で嘘を言うわけでもなく。

 ただ息をするように嘘をつく。

 そんな少女をどう扱うか? 朔陽は付き合いが長い分、ブリュレより色々と考えているらしい。ブリュレはそれを察したようだ。

 

「結構。拙者の問は不躾以上に無粋であったな」

 

「嘘が嫌いなのは、あなたの気質が真面目なんだからだと思う。それはいいことだよ」

 

「気遣い感謝する」

 

 この二人の間には……否、この一人と一匹の間には、確かな敬意があった。

 

 ブリュレの四足は土にまみれている。

 朔陽の横に腰を降ろす直前まで、この周辺を歩き回って安全確認をしてくれていたのだろう。

 その気遣いと警戒心が、朔陽の心中に敬意と感謝の感情を生む。

 

脚が狼を養う(Волка ноги кормят)って言葉を体現してるね、ブリュレさんは」

 

「それは……其方(そなた)の世界の格言か何かで御座ろうか」

 

「うん。ロシアって国のことわざさ。

 狼は自分の脚で歩いて餌を探すものだ。

 良い物を得たいなら、まずは自分から動くべし……っていう教えだね」

 

 まずは自分で動くこと。自分にできることをすること。

 大事なのはそこだ。朔陽もブリュレも、そこは意見が一致するところだろう。

 朔陽の言葉に、ブリュレはうんうんと頷いている。

 

「興味深い。差し支えなければ、其方(そなた)のする話をもっと聞かせ願いたい」

 

「え? 僕の話なんて大抵つまんないよ?」

 

「否」

 

 ブリュレが足元の小枝を咥え、首を振って焚き火の中に放り込む。

 

「信とは互いを知る事から生まれるもの。

 恋には一目惚れもあろう。

 だが信頼に一目惚れは無いと、拙者は考えているで御座る」

 

「……うん、そうだね。その通りだ」

 

 "人の言うこと"と書いて『信』。

 信頼とは通常、人と人が言葉を交わすことで生まれるもの。

 誰かに信じて欲しいなら、そのために最も相応しい選択は、ひたすら会話を積み重ねることだ。

 

「ブリュレさんは、僕に何か聞きたい話はある?」

 

「そうで御座るな……なら、小話でも」

 

「小話かー。じゃあ、狼少年の話でもしようか」

 

 朔陽は日本では多くの者が知る、狼少年の短い物語を語る。

 その語り口は柔らかく、暖かで、細かな部分から彼の性情が透けて見えるような語りであった。

 

 狼少年。

 嘘つき子供、等の呼称も持つイソップ童話の一つだ。

 物語として語られるものであると同時に、『嘘はいけない』という教訓を子供に教え込むための童話でもある。

 

 羊飼いの少年が、「狼が来た」と嘘をつき、大人達を大慌てさせる。

 大人達は最初の頃は騙されていたが、次第に少年の言葉を信用しなくなる。

 だが本当に狼が来てしまい、少年は大慌てで「狼が来た」と大人達に触れ回るが、既に少年を信じる者はなく……という物語だ。

 

 嘘をつけば、他人に信じてもらえなくなる。

 嘘つきは周りから信じてもらえない。

 信じてもらいたければ、正直で居るのが一番だ。

 この物語はシンプルであるがゆえに、とても分かりやすく子供に教訓を浸透させる。

 

「ただ、僕が知る限り、この物語には大雑把に分けて二つの結末が存在するんだ」

 

「ほう、二つ」

 

 一つは、発祥の地にて原典から生まれた、『狼が村の羊を全て食べてしまった』という結末。

 狼少年の嘘は、周囲にまで大きな被害をもたらしてしまった。

 少年の嘘は周囲にまで大迷惑をかけてしまったが、少年は生き残るという結末。

 

 そしてもう一つが、何故か日本で流行した『狼少年が食べられてしまった』という結末。

 嘘をつけば自分に最悪の形で返って来る、という結末。

 要するに嘘をついて一番損をするのは嘘をついた本人である、という結末だ。

 

「その二つだと最後に得られる教訓が全く違うと思うんだ。

 前者だと最終的に『他人に大迷惑がかかるから嘘はつくな』になる。

 後者だと最終的に『自分が一番損するんだから嘘はつくな』になる。

 どっちにしても、嘘をついちゃいけないっていう教訓にはなると思うけどね」

 

「成程な」

 

 ブリュレは興味深そうに地球の童話を聞いて、聞き終わるなりふっと笑った。

 

「ふっ、狼少年か。この状況で話す小話としては、なんとも相応しい」

 

 嘘つきと狼を一行に加えているこの状況で、狼少年の話をするのは、ちょっとばかり小洒落た悪戯心が感じられた。

 

「狼の騎士に狼少年……いや、この場合は狼少女で御座ろうか。

 奇妙な縁と巡り合わせもあったものだ。これもまた運命やもしれぬ」

 

「偶然だからそんなに深く考えなくてもいいと思うよ、うん」

 

 子々津音々寧々(ねねつねね ねね)は嘘つきで、ブリュレは狼の騎士。

 狼少女に対し「嘘はつかない方がいい」と思う狼……というこの構図。

 "奇妙な巡り合わせ"とブリュレが言うのも頷ける。

 

「拙者ばかりが話を聞かせて貰うというのも寝覚めが悪い。

 何か聞きたいことはあるか? この世界のことでも、何でも良いぞ」

 

「それなら……そうだ、吸血鬼について教えてくれないかな」

 

「吸血鬼、か」

 

 妥当な要望だ。

 何せ現在、彼らが戦うであろう想定敵は、吸血鬼なのだから。

 

「ヴルコラク、モスキートの話はしたか。

 これらを生み出す知性の高い吸血鬼がストリゴイ。

 そしてストリゴイを従える、『吸血鬼の王』と呼ばれる最上位のストリゴイが在る」

 

「王?」

 

「吸血鬼の王は二人居る。

 一人は人類圏である南の大陸に国を持つ君臨者。

 こちらは一つの国を統べ、人間の国とも国交を持っている中立国の王だ。

 だが、もう一人は明確に人類に敵対しているで御座る。

 魔王に心酔し、魔王に付き従う魔将の一人ツヴァイ・ディザスターがそれだ」

 

「ツヴァイ……」

 

 魔王に付き従う最高幹部十六魔将。

 その力は凄まじく、それぞれが別分野に秀でた力を持つという。

 朔陽が関わりを持ったのは打倒済みの『不死身』、巨人を消した『消葬の双子』。『吸血鬼の王』も魔将の中の一人であるわけだ。

 

「魔将は魔将と成った時より、自分を捨てる。名を捨てる。

 魔王より授かった名を名乗り、魔王と同じ家名を名乗る。

 (アインス)が最も下位であり、十六(ゼヒツェン)が最も魔王に近い」

 

「ああ、名前はそういう?」

 

 ディザスターは魔王の家名。

 序列の基準は不明だが、幹部は序列順に名を名乗っているようだ。

 それが、十六魔将の命名法則。

 

「話を戻そう。吸血鬼は人の血を食料とする。

 そして吸った血を消費することで、凄まじいエネルギーを得ているので御座る」

 

「そこは僕の中のイメージと変わらないね」

 

「目立った弱点もない。

 身体能力や魔法能力、知性も優秀。

 強いて言うなら、人間種に依存するその生態が弱点で御座ろうな」

 

 人の血を吸い、人より強い力を発揮する生命体。

 総じて吸血鬼とは、どんな生物でも持っている『捕食した生物の肉体をエネルギーに変える』能力が飛び抜けて高い生物である、と言える。

 かつ、捕食対象は人間。

 単純に食物連鎖の観点から見れば、吸血鬼は人間の上位の生命体であるというわけだ。

 

「勝てる?」

 

「並のストリゴイならば、何体来ようと駆逐してみせよう。それはワコ殿にも可能だ」

 

「そっか、じゃあ……

 このみさんと寧々さんをお願い。できれば極力あの二人の傍に居て欲しい」

 

其方(そなた)は……いや、これも無粋か」

 

 朔陽にも護衛は必要だ。

 が、朔陽の中には『優先順位』がある。

 自分よりも優先するものがある。

 そしてブリュレには、その意を"ある程度であれば"汲む気概があった。

 

「承知した、これを誓約としよう。

 コノミ殿とネネ殿は何があろうと傷一つ付けさせぬ。

 この誓約が破られし時、拙者はこの首を刎ねて其方(そなた)に捧げると誓う」

 

「そこまでしなくても!」

 

「破られし時に重い罰があってこそ、約束事はその重みを増すので御座る」

 

「お、重い……!」

 

 大昔の盟約に基づき、人の最も親しき隣人として在る隣人。

 『獣は人の守護者となること』。

 『人は獣の庇護者となること』。

 この誓約こそが、ブリュレの一族の誇りであり在り方だ。

 

「やだやだ、真面目な人はこれだから。

 重たい約束事は相手の重荷になるってことをまるで分かっちゃいないわ」

 

「あ、寧々さん。起きたんだ」

 

「そろそろ見張り交代の時間でしょ。うとうとしてたら二時間なんてすぐだもの」

 

 起き抜けにすぐこれだ。寧々はブリュレの真面目なところを馬鹿にして、ブリュレは寧々の虚言癖を馬鹿にしている。

 そういう関係であるらしい。

 にゃあー、と意味もなくブリュレを煽りに行く寧々。

 無視しているがムッとした様子のブリュレ。

 どうにもこの狼少女とこの狼は相性がよろしくない様子だ。

 

 寧々は人二人分の距離を空けて、朔陽の隣に座る寧々。

 これが和子だったなら、僅かな隙間も空けずピッタリくっついて彼の隣に座っただろう。

 恋川このみであれば、人一人の半分くらいの距離を空けて彼の隣に座っていただろう。

 この距離感がそのまま、彼らの関係性である。

 

 人二人分の距離ゆえに、手を伸ばしても触れることはない。

 

「寧々さん、僕らはブリュレさんに守ってもらってるんだから敬意を払わないと」

 

「だってウチ犬派じゃなくて猫派だし」

 

「そうなの!? あ、そうかあのにゃあって口癖……いやその理由はちょっと」

 

「まあ、嘘だけど」

 

「このやろう」

 

 基本的に信じる朔陽に、騙すたびに嬉しそうに微笑む寧々。

 

「そういえば、寧々さん将来は詐欺師になるの?」

 

「そんな『将来の夢は犯罪者ですか?』みたいなこと聞かれてもウチ困る」

 

「それもそっか」

 

「ってか、ずけずけ言うよね佐藤くんは。

 そういうのさらっと言うし、普段から優しくもあるし、気安く接してくれるよねえ」

 

「友達ってそういうもんじゃないかな」

 

「……んにゃあ」

 

 普段は煽り・誤魔化し・小馬鹿にし・煙に巻く意図で使われている寧々の『にゃあ』の声色が、一瞬だけ上ずった。

 

「こう見えてもウチの小学校の時の夢はお嫁さんだったんだにゃあ」

 

「え゛」

 

「おいその『え゛』はどういう意味なのかウチの目を見て言ってみろ」

 

 この嘘つきが抱える夢にしては純朴すぎる。

 が、虚言癖を除けば子供のような性格をしているのがこの少女だ。

 ある意味妥当な夢なのかもしれない。

 

「なんで諦めたのさ。僕から見れば、諦める必要なんて無いと思うけど」

 

「諦めた……というか、自覚しちゃったんだよね」

 

「何を?」

 

「ウチは結局、気に入った人を自分の思い通りにするのが好きなんだってこと。

 赤の他人を思い通りに動かすのも好きだけど……

 やっぱり好ましく思う人が自分の思い通りに動いてくれるのが、嬉しくて楽しいんだ」

 

「それは……それなりに普通の感性だと思うよ」

 

 彼女の夢見たお嫁さんは、『旦那様のための存在』で。

 彼女が望む未来の自分は、『他人を自分のために騙す存在』で。

 その二つは、あまりにも違いすぎた。

 嘘つきという変えられない気質が、お嫁さんという綺麗な夢を汚している。

 

「普通じゃないよん。ウチは悪い子で、君は良い子だからね」

 

「普通だよ。君は嘘が好きなだけで、嘘つきって欠点があるだけの、普通な女の子だ」

 

 自嘲気味に笑う寧々が朔陽に向ける感情は、きっと一言で言い切れない。

 

「他人に自分の思い通り動いて欲しいって気持ちは、僕の中にもある。誰にだってあるよ」

 

「よく言うよ、良心の塊みたいな佐藤くん」

 

 朔陽が寧々を信じ、寧々は嘘をついて騙す。

 朔陽は呆れた風な顔をして、寧々は恋する少女のような微笑みを浮かべる。

 朔陽の善意に、寧々は歪んだ好意を返す。

 

 騙されている間だけ、佐藤朔陽は寧々の思い通りに動かされている。

 彼女はそこに嬉しさを感じる。

 彼がかまってくれる。

 彼が自分を見てくれる。

 彼が自分の思い通りになっている。

 そう思えば、心が満たされる。

 

 薄目を開けて横目に二人を見るブリュレは、この二人の関係性をようやく把握した。

 

 善意と信頼と良心が、嘘を成立させる。

 何も信じない人間と嘘つきの間に、嘘は成立しない。

 その嘘が信じられないからだ。

 周囲がそれを信じなかったがゆえに狼少年は、最後に嘘を語ろうと真実を語ろうと同じだった。それが、嘘の成立しない環境というものだ。

 ゆえに寧々と朔陽のこの関係は、朔陽の善意によってのみ成立している。

 

 嘘という悪の多くは、信頼という善に寄生してこそ生きられる。

 

 『誠意』と『正直』という概念において、この少年と少女は正反対であることを、それが共存していることが既に奇跡であることを、ブリュレは実感していた。

 

 

 


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