サーティ・プラスワン・アイスクリーム   作:ルシエド

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その4

 黒い泥、草木の断片、敵と自分の血にまみれながらも、ブリュレは駆ける。

 戦闘中に死ぬ気で捻出した時間に、風の上級攻撃魔術の詠唱を終えた。

 詠唱終了と同時に、眼前のストリゴイに叩き込む。

 

「『ウィズレイド』ッ!」

 

「グギャアッ!」

 

 鋭い風の刃だけで構成される乱気流の魔術。

 ミキサーの中に入れられたクッキーのようにストリゴイの肉体が切り刻まれ、ブリュレ最強の風魔法はそのまま一直線にツヴァイに向かう。

 敵を一体仕留めつつ、敵の体を使って魔法の初動を隠そうという小細工か。

 されどもツヴァイは、余裕をもって火の中級魔術を発動する。

 

「『フレルマ』」

 

 火が風を焼き尽くし、風の刃が一つだけそり立つ火の壁を突破する。

 風の刃は吸血鬼の頬を切り裂くが、吸血鬼はニタリと笑って頬の傷を指でなぞった。

 人がまばたきを一度する程度の時間で、頬の傷は完治する。

 ストリゴイと比べても非常に高い再生能力は、小さな傷の積み重ねすら許さない。

 

 結果だけ見れば、風の上級魔術を火の中級魔術でほぼ相殺された形だ。

 それがそっくりそのまま、この二人の魔術技量と魔力量の差を表している。

 

「いい眼だ。死を覚悟している。犬畜生にしては悪くない」

 

 ツヴァイが見下しながらもその健闘を称えれば。

 

「十年で尽きる命が、百年を生きる命を守る。

 それだけで価値があろう。

 それだけで意味があろう。

 それだけで未来があろう。

 彼らの明日を守れるのなら、この命を賭けるに値するで御座ろうよ!」

 

 ブリュレは喜ぶこともなく、ツヴァイに猛然と飛びかかる。

 急所を堅固に守るツヴァイの手足をすれ違いざまに爪で抉るが、その傷も一秒後には全快してしまっていた。

 

「悪くはない、が」

 

 カウンターとばかりに、ツヴァイのゆったりとした予備動作から神速の腕振りが放たれる。

 直接命中はしなかったが、腕振りだけで発せられた衝撃波が、ブリュレの体を強烈に打ち据えていた。

 高層ビルの上から飛び降りて水面に叩きつけられるような、体の一面を叩きつつも全身に響く衝撃ダメージ。ブリュレは吹き飛ばされ、転がされてしまう。

 

「ぐっ……!」

 

「貴様の種族で最強を名乗れるほどではないな。

 この程度であれば、百年前に戦った銀狼の方がまだ強かった」

 

 しまいには長命種特有の思い出話で、同族と比較され罵倒されるという始末。

 白狼の爪も、牙も、吸血鬼の王には届いてはいる。

 だが肉を敵に切らせることを躊躇わず、重傷以外の傷はすぐ治ってしまうツヴァイが相手では、決定打が足りない。

 せめて、首を食い千切るくらいの決定打が欲しい。

 

 一瞬飛びかけたブリュレの意識に、朔陽の言葉が蘇る。

 

―――このみさんと寧々さんをお願い。できれば極力あの二人の傍に居て欲しい

―――……すみません、弱くて。ご迷惑……おかけします。皆を、お願い、します

 

 彼の願いは、一貫していた。

 戦えない仲間を守って欲しいと、一貫して言っていた。

 守って欲しい『誰か』の中に、朔陽は自分を入れていなかった。

 そんな彼に、ブリュレは誓いを捧げたのだ。

 

■■■■■■■■

 

「承知した、これを誓約としよう。

 コノミ殿とネネ殿は何があろうと傷一つ付けさせぬ。

 この誓約が破られし時、拙者はこの首を刎ねて其方に捧げると誓う」

 

■■■■■■■■

 

 ゆえに和子を最後の守りとし彼女らの下に置いて、ブリュレは一人ここに来たのだ。

 朔陽が守ろうとしたものを戦場から遠ざけた。

 朔陽が守ろうとしたものを傷付けるものを倒しに来た。

 全ては誓約を果たすため。

 血を踏み締める犬の足に、力が入る。

 

「……白狼を舐めるな。我らが、人と交わした誓約を破ることはない!」

 

 ブリュレは跳び上がり、頭上よりツヴァイとの距離を詰める。

 吸血鬼の王は腰だめに引いた手に魔力を込め、空のブリュレに向かって振るった。

 

「『血漿斬』」

 

 魔術が飛ぶ。

 白狼が跳ぶ。

 空中で回避行動を取ったブリュレに当たらなかった血漿斬は、空まで届き空の雲を両断した。

 両断された雲の細い切れ目から、小さな星が顔を覗かせている。

 

 血漿残を回避したブリュレはそのままの勢いで、ストリゴイの一体に突撃。

 ストリゴイが放った火の魔法に真正面から突っ込み、突き抜けた。

 全身を焼かれながらも全体重をかけた頭突きにて、ストリゴイの胸部肋骨を粉砕する。

 

「ぐっ!?」

 

 更にはストリゴイを組み伏せ、ひと噛みで胸の肉と骨を噛み抉り、二度目の噛みつきで吸血鬼の頑丈な心臓を念入りに噛み砕く。

 こうでもしなければ吸血鬼は死なない。

 極めて鮮やかな手並みで、一瞬にて致命の傷を叩き込む。

 

「ぐあああああっ!」

「クソ、こ、こいつ! 往生際が悪い!」

「固まれ! ツヴァイ様の足手まといにはなるな!」

 

 ストリゴイは残り二体。

 だがその後ろに控えるツヴァイを倒さなければ、状況は好転しないだろう。

 ブリュレは今一度奮い立つ。

 

「地に還りたい者からかかって来るが良い!」

 

 人との約束を忘れぬブリュレは、忠犬を形にしたような男であった。

 

 死闘は続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森の中で一人、寧々はうずくまる。

 

「……っ!」

 

 胸をかきむしるような後悔があった。

 

「こんな風になって欲しかったわけじゃ、なかったのに……!」

 

 嘘で騙すことで他人が傷付く可能性を、彼女が知らなかったわけではない。

 ただ、こういう結末にはならないよう、寧々は気を付けられる範囲ではいつも気を付けてきた。

 村に来るまでの道中といい、この一件といい、寧々のそういった警戒はことごとく的を外してしまっている。

 

 それも当然だろう。

 真実を語ろうが、嘘を語ろうが、結果として最悪の現実がやって来ることはままあるものだ。

 嘘を語ったがために、彼女は大きな罪悪感に潰されそうになっている。

 倒れた友がその罪悪感を倍増させる。

 自業自得だ。

 狼少女の嘘のツケは、周囲の誰かが支払った。

 罪は消えず、罪悪感は消えず、時計の針は戻らない。

 

「ウチは……ウチはっ……!」

 

 寧々は嘘をつき、朔陽を騙し、それでも朔陽に許容されていた。

 言い換えれば、寧々は嘘をついたという罪を朔陽に許し続けられていたからこそ、朔陽に善意を向けられていたと言える。

 

 好きだから許せる、好きじゃないから許せない、というパターン分けは人間にも多い。

 寧々は許されることで、彼にとって特別に大事な人間になった気分を得ていたのだ。

 たとえ、それが幻想でも。

 朔陽にとって一番に大切な人ではない、と理解しつつも。

 彼に許されることで、彼からの親しみ・友情・好意を確認していたのだ。

 それがこの現状を招いたとするのなら、寧々は自分を許せない。

 

「和子ちゃんが許さないのなら……ウチだって、もうウチのこと、許しちゃダメだよね」

 

 一生自分を許さない気持ちが、彼女の中で固まりそうになったその瞬間、背後から彼女に声をかける者が居た。

 

「いいよ、許してあげなよ。自分のこと」

 

「!」

 

 立ち上がり、振り返り、寧々は薄い月明かりの下、青い顔をして立つ朔陽の顔を見た。

 

「佐藤くん!? もう動けるようになったの?!」

 

「いや、体は自分の意思じゃ全然動かせないまんまだね」

 

 よく見れば、朔陽の全身に夜だと見えないほどに細く透明な糸が見える。

 その糸の先は、少し離れた場所に立つ和子の指先と繋がっていた。

 

「懸糸傀儡……朔陽の体は今、私が操作してる」

 

「! 和子ちゃん……」

 

 和子はジト目で寧々を見るが、寧々は目を合わせず、逃げるように目を逸らした。

 そんな寧々に、朔陽は穏やかに語りかける。

 

「あのさ寧々さん、一つだけ確認しておきたいんだけど。

 お爺ちゃんの形見のお守りなくしたっていうの、あれは嘘?」

 

「え? うん、嘘だけど……」

 

「あーよかった。結局見つからなかったんだよお守り。

 寧々さんが本当になくしてたってわけじゃなくて、本当によかった」

 

「―――っ」

 

 朔陽の善意の言葉が、心底ほっとした顔が、寧々の良心を深く抉る。

 心を乱す。

 平常心を砕く。

 胸を痛ませる。

 泣きそうになった目をしばたかせて、寧々は癇癪を起こしたかのように、心にもないことを叫び始めた。

 

「そんな風に振る舞わないでよ! こっちが申し訳なるような、いい人な振る舞いで!」

 

 怒りの声が、謝るような声色の涙声に変わっていく。

 

「大嫌い! 佐藤くんなんて大嫌い!」

 

 朔陽を睨みつけていた寧々の視線は下を向き、やがて俯き、寧々の顔は見えなくなる。

 

「お節介で鬱陶しくて! 頼んでもないのに手助けとか言って干渉しようとしてきて嫌い!」

 

 声が震えて、肩が震えて、握った拳も震えていて。

 

「嫌い! 嫌い! 大嫌い!」

 

 俯いた顔から、地面に透明な雫が落ちた。

 それを見て、朔陽は呟く。

 

「そっか。それが本当なら、僕は悲しいな」

 

 朔陽には寧々の顔が見えず、寧々にも朔陽の顔は見えない。

 お互いが目の前に居るのに、心は繋がっておらず、言葉だけが相手の気持ちを察するツールとなっている。

 ゆえに、朔陽の言葉を真に受けた寧々は、心を強打されたかのような衝撃を受けた。

 

「……嘘」

 

 俯いたまま、前言を上から塗り潰すかのように、強い言葉を発する。

 

「嘘だよ。今の、言ったこと全部、ウチの嘘……」

 

 朔陽が嫌い? バカな嘘をついたものだ。

 そんな嘘で、誰が騙せるというのだろうか。

 

「嫌いなわけない……大嫌いなんて嘘……いつだって優しくしてくれて、ウチは……!」

 

 嘘を重ねた狼少年の最後の嘘は、誰も信じない。

 バレバレな嘘など、誰も信じない。

 こんな嘘で傷付く誰かなどいない。

 

「ごめんなさい……ごめんなさいっ……嘘ついて、傷付けて、ごめんなさいっ……!」

 

 朔陽は寧々を信じているから騙されてきた。

 嘘を信じるから痛い目にもあってきた。

 朔陽は寧々を信じている。

 いつだって信じている。

 寧々の根底が善良であるということを、信じている。

 

「知ってるよ。

 寧々さんが嘘つきなだけで悪い人じゃないってことは、よく知ってる。

 だって僕らはクラスメイトで、二年一緒にやって来た仲間で、友達じゃないか」

 

 寧々の俯いたままの顔から、ぽとりぽとりと雫が落ちる。

 心からあふれた気持ちが、目からあふれて涙となる。

 あふれた気持ちが流れ落ち、地面に染み渡っていく。

 少女の胸の想いが膨れてあふれて止まらない。

 

「なんで、そんな、ウチのこと……信じるって……」

 

「僕は、好きになってもらいたい人のことは、自分から好きになるようにしてる。

 そうするとさ、なんでか微妙に気が合わない人でも、僕に歩み寄ってくれるんだ」

 

 朔陽が語るのは、彼の基本的な生き方であり、彼が今までどうやって友を作ってきたのかというネタばらし。フタを開けてみれば、それはきっと単純で。

 

「僕は、信じてもらいたい人のことは、自分から信じて行こうと思ってる。

 だって、自分がその人を信じてないのに、その人に信じてもらいたいなんて虫が良すぎるから」

 

「だから、ウチのことも、信じるってこと?」

 

「別にそれだけってわけじゃないよ。

 信じる理由なんていくらでもある。だって僕ら、友達じゃないか」

 

「……ぅ」

 

 人が他人の嘘を嫌がるのは、大雑把にまとめてしまえば"損が発生するから"という一言でまとめられる。

 なら「その人の言葉を信じることで騙されてもいい」「その人を信じることで損をしてもいい」という気持ちの究極は、こういう形になるのだろう。

 友達になら騙されてもいい、と思えるのなら。

 友の嘘を恐れる理由はどこにもない。

 

「それにさ、ほら。

 嘘つきか正直者かで信じるかどうかを決めるより……

 友達かそうじゃないかで、信じるかを決める方が楽しいと思うんだ」

 

「……にゃー。本当にもう、佐藤くんはもー……」

 

 この人はこういう性格だから信じよう、ではなく。

 この人は利害関係を考えれば裏切らないから信じられる、でもなく。

 友達だから信頼する。

 ただ、それだけでいい。

 

「僕は友達じゃない人を信じることも、信じないこともある。

 でも、友達は皆信じたい。

 君は嘘つきだから、僕も時々疑ってしまうこともある。

 それは僕の心の弱さのせいだけど……それでも僕は、揺らがず信じたいんだ」

 

「よく言うよ、もう、ホントに」

 

 今まで一度も寧々の嘘に騙されなかったことなどないくせに、そんな彼がそんなことを言うものだから、寧々は思わず顔を上げてしまう。

 泣き笑いして、泣いているのか嬉しいのかもよく分からない、そんな顔だった。

 

「サクヒ、いいの?」

 

 和子がサクヒの脇を肘で突けば、朔陽は苦笑して答える。

 

「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。

 話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。

 やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。

 ……山本五十六はそう言ったそうだけど、まあ往々にしてそういうものだよね」

 

 和子のふんわりとした問いに、朔陽が返した抽象的な返答は、渋々ながらも和子を納得させるには十分な威力があったようだ。

 和子はもごもごと口を動かして、うーんと悩んで言葉を選び、ゆっくりとした足取りで寧々の前に立ち……深々と、頭を下げた。

 

「……ごめんなさい。私も言い過ぎた」

 

「!」

 

「辛いのは同じだったのに。守れなかったのは同じだったのに。一方的に罵ったのはワル」

 

「あっ…う、ウチも、酷いこと言ってごめんなさい」

 

 和子は頭を挙げ、右手を差し出す。

 仲直りの握手を求められたことに、寧々は驚く。

 

「僕はまた、君を信じたい。

 君に迷惑かけられても、それを許していきたい。

 君に信じて欲しいし、僕のいい友達で居て欲しいんだ」

 

 朔陽も左手を差し出す。

 友情の握手を求められたことに、寧々は驚く。

 一瞬、一瞬だけ迷う。

 

「……うんっ」

 

 けれども、その迷いを振り切って。

 

 二人の差し出した手を、寧々は両の手でギュッと握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森の中を歩くストリゴイ。

 先程ブリュレに胸部分をグロいミートソースにされていた吸血鬼が、胸を手でさすりながら人間を探し歩き回っていた。

 

「いつつ……流石ツヴァイ様だ。

 俺が吸血鬼とはいえ、心臓が潰された状態から魔術で回復させてみせるとはな……」

 

 どうやら心臓を噛み砕かれた部下を、ツヴァイが回復魔術で蘇生させたらしい。

 厄介なことだ。

 これで残りのストリゴイも三体に戻ってしまった。

 吸血鬼を殺すなら首か心臓を狙うのが理想的だが、こうなると心臓を狙うのもあまり好ましくはなさそうだ。

 

 手分けして探す内に、吸血鬼の鋭敏な感覚が足音を捉える。

 反射的に足音の主を追おうとするストリゴイだが、足音が近付いてくることに首を傾げ、少し離れた位置で止まった寧々が会うや否や土下座してきたことにビックリした。

 

「お前、さっきのやつの仲間の人間……」

 

「助けてください! どうかウチの命だけは助けてください!」

 

「は?」

 

「仲間の情報も話します!

 ウチが知ってることも全部話します!

 こんなにも恐ろしい吸血鬼様には逆らいません!

 ですから、ウチの命だけは助けてください! お願いします!」

 

 すっ、とストリゴイの目の色が変わる。

 今まで何度も見てきた光景だ。追い詰めた人間が死の恐怖に震え、自分の命惜しさに仲間を売って、何が何でも生きようとする姿。

 人間を捕食する吸血鬼の目に、幾度となく映ってきた光景。

 

 寧々は青ざめた顔で、涙を浮かべ懇願する。

 目の前の吸血鬼への恐怖から逃げようとする体の動きと、死の恐怖から吸血鬼に近付いて命乞いをしようとする動きが矛盾し、体が震えたまま一向にどこへも動けていない。

 靴を舐めろと言えばすぐにでも従うであろう、恐怖に満ちた瞳。

 恐怖で支配された人間は、こういった極めて情けない姿を晒すものだ。

 

 この話は、ストリゴイからすれば渡りに船でもある。

 彼らが今村の周辺で朔陽達を探しているのは、魔王に地球人のことを報告するため、情報を吐かせることが可能な地球人を捕らえるためだ。

 それはこのみでもいいし、朔陽でもいいし、寧々でもいい。

 寧々の方から来てくれるなら、これ以上楽なこともない。

 この少女を連れていけば万事解決だ。

 にも、かかわらず。

 

 ストリゴイは唾を吐いた。

 

「そうか」

 

 ストリゴイが拳を振るい、振るわれた拳が石に深くめり込む。

 

「ひっ」

 

 寧々は小さく悲鳴を上げ、目の端から涙をこぼし、青い顔でヘナヘナと座り込んでしまった。

 

「仲間を売るのが気に入らん。

 最後まで仲間を守ろうとせず、自分のために仲間を売ろうとする者は、クズだ!」

 

 仲間を売るクズには痛い目を見せる。

 そういう意志をもって、ストリゴイは十メートルほどの距離を詰めて彼女を殴ろうとし――

 

「だね。ウチもそう思う」

 

 ――嘘泣きを止めた彼女の前で、落とし穴に落ちた。

 

 "罠があるかも"とは絶対に思わせない話運び。

 吸血鬼を絶対的な上位者、人間の方を絶対的な下位者に置く演出。

 油断と自覚できない油断を心に埋め込まれた吸血鬼は、必然の落下と串刺しを受けた。

 落とし穴の中を見下ろす寧々は、魔法で作られた落とし穴の底で、魔法で作られた鉄杭に串刺しにされているストリゴイを見下ろす。

 

「シーナ・アイエンガー曰く。

 人間は、自分以外の人間の大部分は流されて生きていると思っている。

 自分自身は常に考え、選択して生きていると思っている。

 ここにウォルター・ミシェルの実験結果を加えると更に分かりやすい。

 そうだからこそ、人間は流されている時、自分が流されていることを自覚できないのだと」

 

 寧々の横にブリュレが歩み寄り、風の魔法を放つ。風の魔法が吸血鬼の首を刎ねる。

 これでストリゴイは残り二体。

 よくやった、と言わんばかりに、寧々はブリュレの毛並みを撫でた。

 

「お疲れ様。こんなに多様な魔法使えるもんなんだにゃあ」

 

「風以外の属性は初歩レベルでしか使えないで御座るが」

 

「じゅーぶんじゅーぶん」

 

 どうやらこの杭有り落とし穴、短時間でブリュレが作ったものであるらしい。

 そこに吸血鬼が落ちるよう、寧々が嘘を罠の周囲に飾り付けたというわけだ。

 この連携は悪くない。

 

「どう? これでウチと協力して、佐藤くんにヤンチャした奴らぶっ倒す気になった?」

 

「いや、しかしだな……拙者は其方を守るとサクヒ殿に誓ったのだ。

 万が一にでも嫁入り前の其方に傷が付く事態になれば、悔やんでも悔やみきれん」

 

「あったま固いなあもう。

 佐藤くんがウチを守ろうとしたのはまあ分かる。

 じゃあウチにも似たような気持ちがあるって分からない? 分かるでしょ? 分かれ」

 

「む」

 

 寧々はブリュレと組んで吸血鬼を倒そうとしているようだが、ブリュレからすればイエスともノーとも言い難い。

 小細工を打てる人間の助力は正直助かる。

 だが寧々には傷一つ付けないと、朔陽と約束した。

 かといってここで寧々を突き放しても寧々は一人で突撃して行ってしまいそうだ。

 それならブリュレが隣で寧々に首輪を付け、飼い犬のように制御するのが一番なのだろうが……と、判断に困っている。

 

 そうこうしていると、別のストリゴイがやって来てしまう。

 

「騙されたと思って、またウチの指示に従ってみない?」

 

 ストリゴイが探す。

 見つからなくて別の場所を探す。

 このあたりには居ないのだろうか、と判断し、別のどこかへと去っていく。

 そうして、ストリゴイがこの場所で最初に調べた場所から寧々達が出て来る。

 なんてことはない。

 広範囲の森を調べ続けているせいで、微妙に注意力が散漫であるがために、ストリゴイの背後で隠れる場所を変えていた寧々達に気付けなかったのだ。

 

「一回調べた場所を軽い再確認さえしないとか、あいつウチも呆れるアホだにゃ」

 

「驚いた。拙者も其方も、まるで見つかる気配がなかったで御座る。

 奴はこちらに注意を向けることもなかったが、これは一体……」

 

「復帰抑制って知ってる? マジシャンが客によく使ってるものなんだけど」

 

魔法使い(マジシャン)? いや、わからぬ」

 

「人間の脳は一定の法則性で『注意』と『空間認識』という処理を行うの。

 消えたコインはどこにあるでしょうか? と奇術師が客に言う。

 両手を開いて何も無いと客に見せる。

 客が目立つ帽子・テーブル・胸ポケットの方を見るよう仕向ける。

 そして手を開くと、なんとそこにはコインがあって、客は驚く。

 人間の脳っていうのはね……

 一度確認した場所への警戒心や注意が薄れるように出来てるってわけ」

 

 語りながら、寧々は小さな違和感を覚えた。自分の言葉に対する違和感だ。

 

「これは心理学じゃない脳の構造から発生するもの……ん?」

 

 すぐに違和感の正体に気付く。

 寧々は"人間の脳を騙す手法"を使ったが、今彼女がその手法を使って騙したのは、人間ではなく吸血鬼であった。

 

「ウチは……というかウチら地球組は、変な勘違いをしてたのかも?」

 

「何をだ?」

 

「この世界には人間と同じ言葉と思考が使える人間以外が居る。

 で、なんか自然と心も同じ構造だと思ってたんだよね。

 でも身体構造は人間とはまるで違うって、当然のように思ってた」

 

「それは自然なことではないのか?

 ……いや、そうではないか。

 冷静に考えてみれば、それはおかしい。

 脳構造と心の構造は、両方似ているか両方似ていないかのどちらかが普通なのか」

 

「人間の脳の構造と違う脳構造だにゃあ?

 なら、普通は人間と違う心を持ってないとおかしい。

 実際話してて思うけど、ワンちゃんとかウチらより生き方が刹那的な傾向あるしね」

 

「だが、それがどうかしたのか?」

 

「吸血鬼って人間とほとんど同じ姿だけど、もしかして脳構造も近いのかなって」

 

 寧々はおそらくこの世界で初めて、人間並みの心を持つ各生物の脳構造及び精神構造の類似と差異という、異世界(ちきゅうの)常識を元にした学術に辿り着いていた。

 

「これ、遊べそうだにゃあ」

 

「……拙者も其方のことが分かってきた。

 犬の拙者が言うのも何だが、其方が猫のように振る舞う時の顔は、邪悪だ」

 

 それは、彼女の手に渡ることで非常に厄介なものになる発想であり、思考体系であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ストリゴイの一人が、森を眺めて目を見開いた。

 

「!? あいつら森に火を放ったのか」

 

 そう、森が燃えていたのだ。

 朔陽なら、村の人達の生活のことを考えて決して森は燃やさないだろう。

 だが寧々は違う。吸血鬼から命助けてやるんだから村も全員このくらい我慢しなさい、くらいの気分で火を放つ。

 更に言えば、この森は非常に稀有な特性を持っていた。

 

「うわっ、うるせっ!」

 

 油を多量に、それも気化と引火によって爆発する油を大量に含有する木々の森なのだ。

 生育の過程で多くの油を分泌し、木の成分は川に溶け込み、旨味のある魚を育てる。

 川の水をまいた畑はヌルヌルして気持ち悪いが、野菜は美味くなる。

 材木はよく燃える燃料として出荷される。

 ここはそういう村なのだ。

 恋川このみがここに干し魚の作成を依頼したのも、川魚が美味いというのもあったが、その先の燻製作成を見据えていたというのもあったからだ。

 

 ともかく、この森の木々はよく燃える。

 火をつければバチバチと音を立てながら派手に燃える。

 そのうるささと不快感は、耳元で百匹のセミが全力で鳴き、去り際に耳に小便をぶっかけていくという事象さえも凌駕する。

 

「くっ、何も聞こえやしねえ」

 

 その時、風の初級魔術が飛来した。

 ストリゴイは超反応で対応し、風の刃をビンタで弾く。

 後ろに飛んで行った風の魔法が、燃える木の枝をスパッと切り飛ばして行った。

 

「うおっ!? 奴ら、そこに居るな!」

 

 炎の熱で空気が揺れていて見にくい。

 今が夜ということもあって、風の刃は更に見にくい。

 炎の発光のせいで光の向きも安定していない。

 ゆえに未熟なストリゴイが風の刃を視認できるのは、自分に当たる少し前のタイミングのみ。必死に回避する吸血鬼の姿は、少し滑稽ですらあった。

 

「どうだ?」

 

「ん。アイツ今魔術を右手で使おうとした、右利きだわ。

 加藤孝義の実験によれば、人間は左右の選択に偏りがある。

 T字路で左右を無作為に選べば、七割の人間が左を選ぶ。

 階段の突き当りが分かれ道なら、66%が左の道を選ぶ。

 突然攻撃された時には、75%の人が左に避けたという実験結果が出た。

 そうなった理由の推測の一つに、右利きが多いことが理由に挙げられてる。

 右利きは右か左かなら左を選ぶことが多い……そういう風に、体と脳が出来ている」

 

 考える時間が少なければ少ないほどに、肉体の素の反応は出て来るものだ。

 吸血鬼を観察する寧々に情報が蓄積される。

 

「風の魔術を左に避ける確率が高い。やっぱり構造は人間寄りかな」

 

「吸血鬼をこういう形で検証する者を、拙者は初めて見たで御座る」

 

 一つ。

 また一つ。

 寧々は吸血鬼にも使える心理学か脳科学を検証していく。

 吸血鬼に適用できるものを選り分けていく。

 

「拙者の背に乗れ」

 

 やがて風の刃が飛んで来た方向から寧々達の位置を特定したストリゴイが突っ込んで来たが、寧々を背に乗せたツヴァイが跳べば、すぐに移動は完了する。

 風を刃にすることも、騒音を防ぐ膜にすることも、軽やかに跳ぶことも出来るのが風の魔術だ。

 ストリゴイが目標地点に辿り着いたその頃には、寧々達はそこに居ない。

 

 寧々はブリュレの背の上で、空中を舞う"赤い粒"を握り潰し、微笑む。

 その赤い粒は、蚊だ。

 火で燃やされているモスキートだ。

 森に放火したのは、魔力に対し無防備な寧々をモスキートから守るためでもあった。

 火事の熱気流の中では蚊は飛べず、火に触れれば燃え尽きる。

 ゆえに、全て死ぬ。

 寧々は朔陽への加害に加担した吸血鬼の生存を、蚊の一匹でさえも許さない。

 ゆえに、全て殺すつもりでいる。

 

「いいね、よく燃えてる」

 

 燃えるモスキートの赤い粒を、寧々は笑って無造作に払い除けた。

 

「吸血鬼にも効果あるもんなんだにゃあ、心理学」

 

 "さて次はどうするか"と考えながら、寧々はその辺りの木々の枝を見る。

 

「ね、ね、吸血鬼って人の血の匂いに敏感?」

 

「? 拙者が知る限りではそうだな。

 他の生物の血はともかく、人の血の香りに対しては特に敏感であると……」

 

「えいっ」

 

「!?」

 

 そして、ポケットから取り出したナイフで手を切り裂き、切り裂いた手を振って木の枝にべっとり血を付着させた。

 一瞬思考が停止したブリュレだが、最下級の回復魔術を咄嗟に発動し、寧々の手の傷をとりあえず表面だけ塞ぐ。

 

■■■■■■■■

 

「承知した、これを誓約としよう。

 コノミ殿とネネ殿は何があろうと傷一つ付けさせぬ。

 この誓約が破られし時、拙者はこの首を刎ねて其方に捧げると誓う」

 

■■■■■■■■

 

 かっこよく朔陽に言い切った誓いが、頭の中で延々とリピートしていた。

 寧々の自傷はセーフなのか、アウトなのか。

 朔陽判定ならセーフだろうが、ブリュレ判定では余裕のアウトだった。

 

「お、治った。マジカルすんごい……ウチ信じられない光景を見てしまった」

 

「それは拙者の台詞だ!

 信じられない光景を見たと言いたいのは拙者だ!

 傷一つ付けぬと誓ったというのに……サクヒ殿に何とお詫びすれば良いのか……」

 

「治ったから怪我しなかったのと同じでしょーに。

 いーのいーの気にしなくて。

 『無傷なまま終わりました』って嘘つけばいいのよ、嘘つけば!」

 

 寧々はまたブリュレの背に乗り、移動。

 一分か二分遅れて、人の血を嗅ぎつけたストリゴイがやって来る。

 

「この辺りから血の匂いが……血痕?」

 

 血の匂いで誘き寄せたこの場所は、既に寧々が作り上げた"労せず倒す"という目的のために仕込みが行われた処刑場だ。

 

 木には血。

 手がかりがないかと、燃える森の中、吸血鬼は注意深く観察する。

 森が燃える音の合間に、それとは違う小さな物音が鳴った。

 吸血鬼は振り向くが、何も見えない。

 空を何かが通り過ぎた。

 吸血鬼はブリュレが空を跳んでいたことを思い出し見上げるも、何も見えない。

 魔力を含んだ風が吹く。

 どこからだ、と周りを見ても、感知できるのは燃える森のみ。

 不意に柔らかい地面を踏んでしまう吸血鬼。

 和子が地面の下を動いていたことを思い出し、飛び退くも何も起きない。

 葉が動いたような気がして、夜の闇を見通そうと目を凝らす。

 なのに、見えない。吸血鬼の胸中に警戒心と恐怖が芽生え始める。

 

「な、なんだ? なんだっていうんだ?」

 

 今怪しいと思った全てのものを、吸血鬼は警戒する。

 否、警戒させられていた。

 

 マジカルナンバー、という概念がある。

 人間が短期記憶で保持できる情報の最大数はいくつなのか? というものだ。

 ジョージ・ミラーは同一のものに対し保持できる短期記憶は5から9であると実験から導き出し、マジカルナンバー7±2という数字を提唱した。

 これに対しネルソン・コーワンはマジカルナンバー4±1を提唱し、3から5であると結論付けた。

 寧々はこれを参考に、今この状況を作り上げている。

 

 まあ、難しく考える必要はない。

 "一度にたくさんのことを一気に考えようとするとパンクする"くらいの認識でいいだろう。

 

 優れたホラー映画などもその例に挙げていいはずだ。

 コップが動いた、テーブルが震えた、主人公の背後が怪しい、少しだけ開いている襖が怪しい、画面の奥で影が動いた、主人公の懐中電灯はあっちを向いている、などと観客の注意を散らしてから天井よりお化けを出す。

 すると、予想外の場所からの出現を非常に驚かれる。

 注意の先を誘導しつつ、注意力を散漫にさせるからだ。

 

「くっ、どこだ……?」

 

 吸血鬼は少しずつ、少しずつ、考えることを増やされている。

 注意を向けるべき対象を増やされている。

 注意力を削られている。

 明確な理論と嘘で作られた余計な情報が、想定通りの効果を発揮していた。

 

 吸血鬼が警戒させられているものは、風で動かされた葉・投げられた小石・掘り返された地面でしかないというのに。

 "そこに敵が居るかもしれない、居たかもしれない"と無駄に気を張らせられている。

 今の吸血鬼の周りには、作られた『嘘』ばかりがあった。

 

「ウチが思うに、音も効果出てそうな感じ」

 

「どういうことだ? 拙者にも理解できることで御座ろうか?」

 

「網様体賦活系って分かる?」

 

「さっぱりわからぬ」

 

「RAS、つまり人間の脳は必要な情報と無駄な情報を勝手に取捨選択してるって話だにゃ」

 

 この分野に関しては、クリストファー・チャブリスとダニエル・シモンズの研究と実験が特に有名だろう。

 人間の脳は負荷を減らすため、無駄な五感情報を片っ端から切り捨てている。

 

 興味を持てない会話が目の前で繰り広げられていても、不思議と頭に入らないことがある。

 これを不思議に思う人は少なくない。

 同じく人の声が耳に入っているのに、聞き手の気の持ちよう次第で脳に入ってくる情報量が天と地ほどに違うのだ。よく考えてみれば、とても奇妙な話である。

 なくした眼鏡が目の前にあるのに気付かない。

 風景の中の探していた看板に気付かない。

 目の前を通り過ぎたゴリラに気付かない。

 誰にもこういった、脳が勝手に情報を切り捨ててしまったがための弊害を受けた覚えはあるだろう。

 

 興味を持てない事柄、気付いてもいない情報、別の何かに注意を向けていてそっちを見ていない時、人は特定の範囲に対し"見ているのに見ていない"状態になる。

 これは脳の問題である。

 その人がうっかりさんだとか、そういうことではないのだ。

 

「地球の方じゃ、脳のここに負荷をかけると無自覚の負担になると言われててね」

 

 だがこの情報の取捨選択、脳の処理能力を一部食っている。

 無駄な情報が増えれば増えるほど、それを処理しようと脳を過剰に動かしてしまう。

 『今日やらなくちゃいけないこと』の数が膨大になると、あれもやらなきゃこれもやらなきゃと考える頭が異常に疲弊し、過剰な疲労を感じるのはここにも原因がある。

 脳が勝手に情報の仕分けをしようとしてしまうのだ。

 

 研究者によっては、パチンコ等がこれを利用していると推測している者もいる。

 脳のこの部分に負荷をかけると、人間の判断力が落ちるという研究結果を見ているからだ。

 耳から無駄な音が入り、脳がそれを無駄な情報として処理する、という過程が脳のリソースの使用率をぐんぐん引き上げてしまう。

 騒音を長時間聞いて「うるさいなあ」とは思っても、「十秒前の騒音はこういうリズムだったな」とはならない。それが脳の正常な稼働の証。

 

 動く影や小さな物音などの過大な情報。

 燃えながら騒音を撒き散らす森。

 騒音の中で耳を澄まして寧々達の足音を聞き分けようとしたりもしている吸血鬼には、風の魔術で音をカットしている寧々達とは比較にならないほど、膨大なストレスがかかっている。

 吸血鬼が一つの場所を調べる時間は短くなっていく。

 調べ方は乱雑になっていく。

 調べる場所が捜索のセオリーを外していく。

 

 寧々は虚構の情報を吸血鬼の周囲に積み上げ、脳科学に基づいた小さな積み重ねを繰り返し、徐々に吸血鬼の脳にストレスを重ねていった。

 

(うん、あの吸血鬼の判断に変化が生じてる。判断力に影響は出てる)

 

 人間の脳と吸血鬼の類似性を検証し。

 自分が知る心理学と脳科学が通じるかを一つずつ検証し。

 反応を見て、どれが有効かを検証する。

 

 その過程はまるで、触れずして吸血鬼の頭蓋の中を解剖しているかのようだった。

 

(人間の血を吸って生きてるだけで、ほぼ不死身なだけで……

 脳構造は人間とそこまで変わらなさそう。

 佐藤くんに教えてあげたら、佐藤くんは私より上手くこの情報を使ってくれるかも)

 

 木に新しい血痕が増えているのを見て、森の奥の炎の合間に狼の姿が見えたような気がして、また新しく柔らかい地面を踏んで、空に何かが見えた気がして、吸血鬼は混乱する。

 考えて、考えて、考えて。

 ああ、もう、考えるのはやめだっ! と、吸血鬼が叫んだ。

 

「そう、そうやって。

 人間の脳は考えることが多くなりすぎると、そうやって割り切る。

 脳を守るため、脳の負担を消そうとする。

 『うだうだ考えててもしょうがねえ』と考えるのを止めて、思考を停止する」

 

 情報が多くなりすぎた人間の脳は、下手な考え休むに似たりで動かなくなるか、思考停止してとりあえずで動き出すかすることが多い。

 そして、思考停止状態で動き回る敵を仕留めることなど、極めて容易い。

 待ち伏せしていたブリュレが飛び出し、首をひと噛みで噛みちぎる。

 思考停止した者が、待ち伏せを先読みできようはずもない。

 

「このストリゴイは吸血鬼の王の次に強かった男に御座る。

 まさか、この者にこんなにも簡単に奇襲が成功するとは……」

 

「うんうん、人間と脳構造が同じだと楽なもんね」

 

 残りはストリゴイ一体と、吸血鬼の王のみ。

 

「もうちょっと調べたいんだけどなー。

 吸血鬼を騙すなら、吸血鬼の脳のことを知らないと」

 

「それだけ知識があるのなら、対象のことを調べなくてもよさそうなもので御座るが」

 

「嘘のコツは上手い嘘をつくことじゃなくて、相手に合った嘘をつくことよ。

 アホにはアホの、小学生には小学生の、知識人には知識人の、弱点になる嘘がある」

 

「……」

 

 万能の嘘もなければ万能の詐欺もない。

 個性を見て、反応を見て、的確に騙すことが寛容だ。

 ブリュレは彼女の虚構術を、地球人が魔法を見る時のような目で見ている。

 

「生ける者の心は、魔術ならともかく、学術で測れるものではないと思っていたが」

 

「それなら人間は、他の人間や動物を罠にかけることは出来ないにゃ」

 

「ぬ」

 

「そでしょ? 相手の動きが読めないと、罠にかけるって行為は成立しないもの。

 相手を理解し、予測し、既存の研究を参考にして、考えを煮詰めて罠にはめる。

 詐欺師も手品師も、相手の心を読めてるわけじゃないけど、人を騙してるでしょ?」

 

 人を騙すのに、人の心を完全に読む必要はない。

 人を騙す話術と、傾向を知る知識と、相手の心境を推察する能力があればいい。

 

「ほら、死体濡らして」

 

 寧々の言う通りに死体に水をぶっかけて、ブリュレはまた彼女を乗せて離脱する。

 少し遅れて、仲間を探しに来たストリゴイとツヴァイがその死体を発見した。

 死体は水に濡れている。

 何故濡れていたかを二人は考え、話し合い始める。

 いくつか推測が立てられ、二人はなんとなく寧々とブリュレの秘密に手をかけた気になる。

 

 気のせいだ。

 死体が濡れていたことには何の意味も無い。

 吸血鬼達が手がかりだと思うそれは、寧々の嘘。意味の無い惑わすだけの虚構。

 嘘の水に騙される吸血鬼達を見て、寧々は遠方で目を細める。

 

「何か意味があるんじゃないか?

 何か手がかりになるんじゃないか?

 何かの情報が得られるんじゃないか?

 そう思っちゃったらおしまいなわけね。

 人間の脳は普段無駄な情報をカットしてるけど、人間の意識は無駄な情報を拾うもの」

 

 意識に無駄な情報を拾わせていく。

 やがて吸血鬼達は燃える騒音の森の中で、点々と続く血痕を二種類見つけた。

 一つは北に、一つは東に向かっている。

 

 どちらに向かったんでしょうか、とストリゴイは言った。

 二手に別れて両方追えばいい、とツヴァイは言った。

 ですがこれ以上各個撃破されても、とストリゴイは焦る。

 貴様は我が駆けつける間もなく自分がやられてしまう、とでも言う気か? とツヴァイが凄む。

 ストリゴイは焦り、誤魔化す。

 貴様はそんなにも弱いのか、とツヴァイが威圧する。

 いいえ、そんなわけでは! と言うストリゴイに、もはや拒むすべはなく。

 相手は下等種族、我が行くまで持ち堪えて見せろ、とツヴァイは言い捨てて言った。

 

 配下の吸血鬼が種族の面汚しとばかりに情けない姿を見せたなら、吸血鬼の王がそう言うのは当然だろう。

 『寧々が予想した通りに』、ストリゴイは弱気な言動で王を苛立たせ、ツヴァイは二手に分かれての捜索を実行してくれた。

 

 吸血鬼は知らず知らずの内に寧々に判断力を削られている。

 落ちた判断力は、自分を人間や犬の上を行く上位種であるという吸血鬼の傲慢と合わさって、吸血鬼を単独行動という愚行に走らせる。

 寧々の目は吸血鬼達の様子のみならず、その頭蓋骨の内側までもを覗いていた。

 

「うああああああっ!?」

 

 吸血鬼二人が別れてから数分後、悲鳴が上がった。

 悲鳴を聞きつけたツヴァイが走る。

 

「―――ッ!」

 

 駆けつけたツヴァイが見たのは、首を刎ねられた最後のストリゴイと、それにトドメを刺すブリュレと寧々の姿だった。

 ヴルコラクの残りはない。

 モスキートは全て燃えた。

 ストリゴイももう居ない。

 ツヴァイ以外の吸血鬼は、寧々とブリュレにその全てを潰されていた。

 

 人間と吸血鬼はほぼ同じ構造の脳を持っている、と推測される。

 違いは、再生能力などの有無くらいのもの。

 人と同じ方法で騙せる。

 種族として人間よりも優れている分、人間より楽に騙せる。

 力が弱くて狡猾な人間よりも、力が強くて調子に乗ってる吸血鬼の方がよっぽど騙しやすいにゃあ、と寧々は評するかもしれない。

 

 寧々がするその見下しの目が、プライドの高いツヴァイを更に苛立たせた。

 

 『認知的不協和』である。

 人間は自らの認知の中で矛盾が発生すると、それを解決しようとする。

 解決できず矛盾がそのままそこにあると、過剰なストレスを感じてしまう。

 人間も犬も吸血鬼より下等であるという認識と、それに部下を皆殺しにされ、いいように誘導されているという現実が矛盾して、王の苛立ちを倍加させる。

 認知的不協和は自分の中の信念や常識と何かが矛盾を起こした場合、かつ常識や信念を変えようとしなかった場合、普段自分が取らないような行動を取らせてでも矛盾を消そうとする。

 

 ツヴァイの場合、"自分を苛立たせる下等種族を軽々と瞬殺する"ことでその苛立ちと矛盾を解消するという心の動きを、この反応が後押ししていた。

 

「あぐっ!」

 

「ネネ殿!」

 

「動くな、下等種族」

 

 寧々の首を掴んで吊り上げて、ブリュレを脅して動きを止める。

 吸血鬼の腕力であれば首を瞬時に握り潰すこともできただろうに、あえて最大級の苦痛を与えるような首の締め方をした。

 寧々の顔が真っ青になる。

 目に死の恐怖が浮かぶ。

 声には苦悶、震える手には苦痛が見て取れた。

 少女は涙を浮かべ、震える唇の向こうで悔しそうに歯噛みする。

 

 どれもこれもが、ツヴァイが数百年間もの間ずっと見てきた、『万策尽きて死の恐怖に怯える人間の動き』だった。

 

「あと一時間、あと一時間だったのにっ……!」

 

 時間稼ぎか、とブリュレは察した。

 人質でブリュレの動きを制限しつつ速攻で寧々を殺すことを決め、人を見下しながらも慢心はせず時間的余裕は一切与えない。

 

「そんな時間の余裕など与えるものか、死ねぃッ!」

 

 どうでもいい"時間"に言及し、寧々は『本命』から目を逸らさせた。

 

 瞬間、寧々の背中側にあった土が崩壊。

 魔法の痕跡もなく、魔術の前兆もなく、魔力の反応もなく、魔法に等しい自然現象が発動し、凄まじい規模の『水』が吹き出してきた。

 

「!?」

 

 吹き出した水に飲み込まれ、ツヴァイの足が浮き、流される。

 寧々は空翔けるブリュレに回収され、物陰に放り込まれた。

 

「ここは大きな川があって、川魚で有名な村で。

 あんたはウチらをビビらせる大技で山を切って山を崩して、川を堰き止めた」

 

 『鉄砲水』である。

 

「ぐっ……!」

 

「途中過程はどうでも良くて、後はあんたがこの位置にさえ来てくれれば良かった」

 

 魔法攻撃のせいで出来た異常な地形は、土壌の粘性も相まって異常な圧力をもって水を噴出させる。

 ツヴァイが最初に放った血漿斬の結果は、今ここに収束した。

 鉄砲水は大量の大小様々な岩石をも含んでおり、通常の人間が巻き込まれればミンチ、家屋が巻き込まれてもバラバラになるほどの破壊力を持っていた。

 それに耐えるが吸血鬼。

 されど、寧々の狙いはこれで吸血鬼を殺すことではない。

 

「行け、ワンちゃん!」

 

「!」

 

 鉄砲水の凄まじい水流の中を、ブリュレが泳ぎ近付いてくる。

 魔術で迎撃しようとして、ツヴァイは敵の真意に気付いた。

 

(詠唱が、できない……!)

 

 水中で魔法の詠唱ができようはずもない。

 そして水中での動きで見れば、ツヴァイはブリュレの動きの足元にも及んでいなかった。

 それも当然。

 この吸血鬼は数百年の生涯の中で、一度も水泳の鍛錬をしたことはなく。

 ブリュレは"もしもの時に溺れる人間を助けられるように"という理由だけで、五年の短い生涯の中、本気の鍛錬を重ねてきたのだから。

 

 ツヴァイの喉に、ブリュレの牙が深く突き刺さる。

 

「ぐ、あああああっ!」

 

 水流から飛び出しても、ブリュレはツヴァイの喉を離さない。

 ブリュレの牙はツヴァイの喉に刺さるが、噛み千切れない。

 ツヴァイはブリュレを引き剥がそうとし、そのたびに牙が突き刺さった喉から血が吹き出していく。

 

「あ、があああああっ!!」

 

 知性よりも先にあったもの。

 古代の野獣が牙と共に手に入れた武器。

 急所への噛みつきは、生物が手にする原始の殺意だ。

 

 魔術も魔法も、ツヴァイが得意とする血漿斬も、詠唱か発音のどちらかを必要としていた。

 喉を何度も何度も継続して噛み潰されれば、詠唱は出来ない。

 喉を噛み潰す、喉を再生する。噛み潰す、再生する。

 喉を幾度となく砕いても、吸血鬼が死ぬことはない。

 首を噛み千切り胴体から離さなければ殺せない。

 

「ぐ、が、あっ! がッ!」

 

 ブリュレはひたすらに噛み付く。

 首の肉は何度も何度もミンチになり、吹き出す血は噴水のよう。

 

 ツヴァイはひたすらに殴り、ひたすらに爪を刺す。

 殴られるたびにブリュレの骨にヒビが入り、爪が刺されれば肉に穴が空き、血が吹き出して肉がこぼれる。

 

 白狼の美しい白い毛並みが血に染まり、赤一色に変わっていく。

 吸血鬼のアルビノな白い肌と白い髪が、赤一色に変わっていく。

 森を燃やす赤い炎が、血に染まる両者を赤く照らしていく。

 どこまでも泥臭く、血みどろに、二人は殺し合う。

 殺さなければ生きられない。

 いや、もはや両者共に"生きよう"という意識すら無い。

 『殺す』という決意だけで戦っている。

 

(ここで、この狼を倒し、我は死ぬ)

(ここで、この吸血鬼を倒し、拙者は死ぬ)

 

(だが、それでもいい)

(だが、それでもいい)

 

(我のプライドを傷付けた者を、殺せるのなら、死んでもいい―――!)

(我らのよき隣人、人を守るためならば、死んでもいい―――!)

 

 ブリュレの牙が首に食い込み、牙を立てたまま幾度となく噛み直され、そのたびに肉をかき分ける牙が深くまで食い込んでいく。

 ツヴァイの手刀の先端の爪が、ブリュレの胸に深々と刺さり、徐々に、徐々にと心臓に向かって深く突き刺さっていく。

 牙が首を落とすか?

 爪が心臓を貫くか?

 どちらが先か、どちらが殺すか?

 

(必ず、殺すッ!)

(必ず、守るッ!)

 

 殺意の純度が上がっていく。

 殺すために全身全霊をかけていく。

 やがて、互いが互いの命に牙と爪を届かせようとした、その時――

 

 

 

「あ、佐藤くん!」

 

 

 

 ――物陰に隠れていた寧々の声が、二人の動きを止めた。

 ツヴァイはブリュレの反応を見逃さない。

 朔陽を探して動き出したツヴァイに対し、ブリュレは殺害より守護を優先し、ツヴァイを離して――寧々の位置を確認しつつ――朔陽を守りに動く。

 だが数秒後、両者の動きはピタリと止まる。

 朔陽の姿がどこにも見当たらなかったからだ。

 

「まあ、嘘なんだけど」

 

 ぶっ殺すぞ、と一瞬ツヴァイとブリュレの思考がシンクロした。

 二人分の殺意を受け流し、寧々は初歩的な回復魔法で傷を塞いでいくブリュレに歩み寄り、その頭を撫でる。

 

「佐藤くんはワンちゃんが死ぬことは望んでない。

 生きて帰ることを望んでる。これは嘘じゃないよ、分かるでしょ?」

 

「……!」

 

「ウチ的には相打ちはちょっとね」

 

 寧々はここから戦いを続けてもいいと思っている。

 ツヴァイが首の傷を回復するまでの間に森の中に隠れ、再度先程までのような戦いをやり直しても、またツヴァイを追い詰める自信がある。

 ツヴァイもまた、それを察していた。

 戦いの流れが悪い。

 戦場が悪い。

 状況が悪い。

 ツヴァイはぐちゃぐちゃになった首の肉をさすり、鋭い歯を噛み締めた。

 

「認めよう」

 

 プライドの高い吸血鬼の心の中で、『自分の誇り』と、『この敵の情報を魔王様にお伝えしなければ』という想いが天秤にかけられ、後者が勝利する。

 

「我の負けだ。完膚なきまでに、我の負けだ」

 

「!」

 

 ツヴァイは寧々を見る。

 吸血鬼の王の敗因がこの少女であることを、彼はしっかりと理解していた。

 百の状況で百の詐欺を成立させる。

 千の戦場で千の有効な策を仕込める。

 万の相手に合わせた万の嘘を思いつける。

 ゆえにこそ、戦える者と組ませてはならない詐欺師だ。

 相手の頭の中を読む能力と、その下地になる心理学と脳科学の知識が面倒に過ぎる。

 

 これが朔陽が信じた者。

 彼が信じ、彼の信に応えようとした少女の本質。

 『嘘をつくためにあらゆる努力と研究を怠らない人間』である。

 

 彼女は嘘が大好きで、だからこそこの十数年、他人を騙すためにあらゆる論文や書籍で勉強した過去がある。その過去が培った能力がある。

 

「次に会う時はかつての敗者として、挑戦者として、貴様らを殺す。覚えておけ」

 

 ツヴァイは再戦を誓いつつも、その情報を仲間へと持ち帰るため、魔法を使って夜の闇へと消えていった。

 

「……あー、疲れた。体育祭くらい疲れた」

 

 寧々がその場に座り込む。

 ブリュレは自分の傷を塞ぎつつ、苦笑してその横に寄り添った。

 

「其方に分からぬ人の心など無いので御座ろうな」

 

「やー、そんなことないよ。

 心理学と脳科学ってそんな万能じゃないって。

 そんな簡単に人の心読めたら、普通は皆それ勉強してると思わない?」

 

「……そ、其方……」

 

 今更にそこの認識をひっくり返すのか?

 本当は人の心をバッチリ読めるという事実を隠そうとしているのか?

 それとも本当に心理学と脳科学は絶対ではなく、今回の戦いはたまたま上手く行っただけなのか?

 ブリュレにはそれすら分からないのだ。

 この少女の虚実入り混ぜペラペラ喋って煙に巻く癖は、一生治りそうにもない。

 

「つか人の心なんて分からないことだらけじゃない?

 ウチ今日まで、佐藤くんが何考えて私に優しくしてくれてたのか知らなかったし」

 

「……くははっ」

 

「というかまあ、よく考えれば分かることだけど……

 うちのクラスで一番人心掌握してるのって、佐藤くんだからね」

 

「ああ、そうであろうな。

 人の心を見て巧みに操るは詐欺師に非ず、慕われる頭目である、ということか。はははっ」

 

 続く言葉に、ブリュレは思わず笑ってしまう。

 

「其方は悪意のことはよく知っていても、善意や友情には少しだけ疎いのだな」

 

「なーによその顔」

 

「悪人に対して特に強い嘘つき、か。

 ならば天敵のサクヒ殿がそばにいる内は、其方の未来も安泰で御座ろう。

 善人が嘘つきの天敵となっているとは……まこと、人間というものは面白い」

 

 ブリュレの笑いと、寧々のぶーたれた顔は、朔陽達を拾って村に戻るまで、終わることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朔陽は多少回復したとはいえ、まだまともに動かない体で、傷を全て塞いだ血まみれのブリュレをぎゅっと抱きしめる。

 ブリュレは狼の血と吸血鬼の血にまみれていた。

 抱きしめるだけで朔陽の服も赤く染まる。

 だから、ブリュレも戸惑ってしまう。

 

「汚れるで御座る。離れた方が良い」

 

「汚くなんてないよ。ありがとう、ブリュレさん」

 

 朔陽はブリュレを抱きしめ、優しく撫でる。

 暖かな体温と感謝の気持ちが伝わり、ブリュレは心地良い暖かさに包まれていた。

 

「……悪くない気持ちで御座るな」

 

 朔陽はブリュレから離れ、寧々に手を差し伸べる。

 

「さ、行こう」

 

「ん」

 

 寧々がその手を取り、皆で一緒に村へと帰る。

 村に帰った彼らは、村の全員から頭を下げられた。

 賢明に謝っている者も居た。

 土下座している者も居た。

 他の者を許して欲しい、自分ならなんでもするから、と言い出す者も居た。

 謝るよりも感謝してくる者も居た。

 村の者達の反応は実に十人十色。

 朔陽はその一人一人に言葉をかけて、「大丈夫」「気にしていない」「あなた達は被害者だ」と言葉を重ねていく。

 

 村人は感謝し、この恩義は忘れないと口々に言っていく。

 ブリュレは種族単位で受けた恩を忘れず恩を返そうとする者だったが、この村の人間は、個人個人が受けた恩を忘れず、個人として恩を返そうとする想いが見て取れた。

 

「このご恩は一生忘れません。今日はどうか、この村で一日ゆっくりとお休みください」

 

 そこで気合を入れたのがこのみである。

 彼女は村の食料で美味そうなものを片っ端から分けて貰い、あっという間に食事を作る。

 それもなんと、朔陽達の分だけでなく、村の全員の分までもをだ。

 

「皆おつかれさん、今日はたっぷり食って寝な!

 食事は壁を乗り越える前と乗り越えた後に、美味しいもんたらふく食うのがいいんだよ!」

 

 美味い飯が並べられた祝勝会、否、ありがとう祭りが始まる。

 皆が騒ぐ中、朔陽はブリュレと水を飲みつつ、ゆったり休んでいる。

 

「また何かあれば、パンプキン卿の指示で拙者も駆けつけよう」

 

「助かるよ」

 

 その横では、相変わらず嘘をほざいている寧々と、淡々とした反応を返す和子が、無闇矢鱈に手当たり次第に食いまくっていた。

 

「ウチ佐藤くんのこと大っ嫌いだわー!」

 

「嘘つき」

 

 やんややんやと騒ぐ人間達を見て、ブリュレは「これも悪くない」と思い目を閉じる。

 

 彼のその美しい白い毛並みを、朔陽が優しく撫でていた。

 

 

 


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