魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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プロローグ1 修羅を招く夜

 暗黒の世界を光の線が引き裂いていく。 光の総数は4つあった。

 万物を焼き尽くさんばなりに眩い黄金が3。 残る一つは、生命の汚濁と息吹を思わせる深い翠色。

 

 暗黒の世界で、黄金と翠は争っていた。 三方向から迫る黄金を、翠は真っ正面から迎え撃つ。

 手近なものへと相手以上の速度で迫り、肉薄する。

 

 音の無い筈の世界に、確かな激突音と破壊音が鳴り響いた。光の闘争とは、宇宙の法則や概念を超越したものらしい。

 

ぐぉおお…

 

 とでも言うような音を、黄金が吐いた。 苦痛のためか、眩いばかりの華美の領域にさえ達した色が薄れていく。

 ほどけた光より出でたのは、無骨な鎧を纏った金色の武人。

 古代の大陸で覇をかけて、争ったものたちの姿によく似ていた。

 身に纏っていたと見えたのは、武人が放っている光だった。だが、武人から放たれているのはそれだけではなかった。

 煌々たる光を塗り潰すようにして溢れるのは、宇宙の暗黒の中であって尚、どす黒い紅の体液だった。

 

 分厚い鎧を絶ち割って胸元にめり込んだクロガネを掴みながら、憎しみで出来た眼光を武人は翠へ送る。

 金色の武人もまた、翠へと得物を放っていた。その姿に相応しい無骨な大剣が翠に突き刺さっている。

 

「ざまぁねえな」

 

 翠が口をきいた。 武人と光は、その声に震えたように見えた。

 若い男の声だった。

 

「これが神とやらの力か?笑わせんじゃねえ」

 

 神と呼んだものに対しての口調にしては、あまりにも冒涜的に過ぎた。

 そして、それはあまりにも的確な言葉であった。

 

 神の剣は、翠の陽炎から伸びたものによって易々と掴み取られていた。対して彼が放った一撃は、神に致命の一撃を与えていた。

 

 武人に突き刺さっているクロガネが胸から股間までを断った。

 下方へと流れた筈なのに、それとは真逆にも線が走り、武人の身を裂いた。

 武人が叫びを上げた。だが、それは断末魔では無かった。

 叫びを上げる口腔から、紅混じりの光が放たれる。翠が弾け、死に向かう武人の厳つい表情に嘲りの色が浮かぶ。

 それが、放った光もろとも二つとなった。断面からは夥しい血液と異形の臓物が零れる。

 生命と呼べるものを無くした途端に消える定めなのか、武人の肉体が手の先端から色を無くしていく。

 

「俺を殺りてぇんなら、もっと気合い入れやがれ!!」

 

 叫びと共に翠を破砕し生まれ出でたのは迸る鮮血よりも尚、紅の色の強い深紅の巨人。

 角ばった頭部からは、左右に向けて長く鋭い槍穂の様な角が生えていた。

 胴体を構築する腕も脚も、太古の建造物の石柱のように太い。

 戦うために構築された、ヒトガタの殺戮兵器。機械の戦鬼、そう呼べる姿だった。

 

 戦鬼が握るクロガネは、小振りな戦斧。

 神を貫き切断したにしては、あまりにも矮小な存在と言えた。

 そしてあまりにも原始的な代物だった。だがそれを、神々は恐れていた。

 

 消えていく神の左右から、2つの黄金が迫り来る。ほぼ同時に弾け、内なる姿が顕現した。

 やはり、先に逝った武人に似た姿をした神であった。

 

「しゃらくせぇ!!」

 

 翠に覆われた戦鬼の口から、莫大な音量の叫びが挙がった。

 伝える空気などの無いはずの宇宙空間が、そのボイスによって打ち震えていた。

 翠色の結晶の中に、青と緑の戦衣を纏った若者がいた。

 焔のようにゆらめく、獅子のタテガミのような逆立ちと刃の鋭さを合わせたような攻撃的な黒髪の奥の、刃の切っ先のごとく鋭い眼光が敵対者へと向けられている。

 

 左右から打ち据えられた刃と槍を、戦鬼の剛腕が迎え撃つ。

 サイズで見れば、戦鬼の姿は神よりも二廻りは小さく、矮躯にすら見える。

 

 だがそれは、力の差とは成り得なかった。神速を宿して閃いた剣は太い五指に押されられ、流星のような矛の一閃は腕の側面から伸びた、波打つような刃の群れに打ち砕かれた。

 動揺が神の精神を揺らがせる。

 惑星や空間まで断ち切る必殺の一撃が、矮小なる存在に止められたことに。

 

『人間如きが…』

 

 軽蔑と悪意、そして屈辱感に満ちたその言葉が、神の最期の思考となった。

 

「『人間』か」

 

 その言葉を、凶悪な面構えに内包された口元が呟く。青年の見掛けは、齢二十といったところ。

 だが既に、幾つもの時が彼の傍らを通り過ぎていた。

 彼自身も、もうどのぐらい生きているのか分からなかった。

 幾つもの世界を巡り、夥しい破滅を目にしていった。

 彼の生き方の傍らには、或いはそのものが、地獄と呼べる物を伴侶としていた。

 

 まともな人間なら正気を失い、生まれたことを呪うのだろう。

 だが、彼はその直中で生き続けている。

 挑み、挑まれ、傷付け、傷付きながらも、最後は必ず相手を葬っていった。

 

 彼が勝利し続ける限り紡がれる戦いは、いくつもの宇宙を越えたところでなんらとして変わることは無かった。

 鼓動が続く限り、意識の有る限り。

 何もかもが磨り潰されるまで、彼は殺戮の直中に、地獄の最前線に居続ける。

 

「消えな!!小物共!!!!」

 

 宇宙を揺るがす咆哮と共に赤色の破壊光が生じた。

 それは、彼の操る殺戮の巨人の土手っ腹に穿たれた孔より撃ち出されていた。

 

 破壊光は神々の矛を裂き、盾を砕いて黄金の鎧と皮膚を蕩けさせ、宇宙空間に異界の臓物と血液をバラまいた。

 暗黒の世界が得体の知れない色に染まっていく。

 浸食するかのように、彼の乗機の深紅にまで、その色は映えていた。

 

 

 破壊が視界を埋めゆく中、彼の脳内にあったのは神の最期の姿では無かった。

 

 彼の鼓膜と乗機は確かにそれを捉えていた。宇宙に木霊する、嘲りを含んだ声を。

 その声は、明らかに笑いの声だった。

 彼と戦鬼を嘲笑う、悪意の声。

 

「うるせぇ!!!!」

 

 銀の一閃に深緑が続く。振り切ると同時に、手にした得物は砕け散った。

 戦斧を生け贄に放たれたそれは、宇宙を翠の光で引き裂いた。

 遥か彼方の暗黒が刃に宿ったものと等しい翠に染まる。

 宇宙そのものを、生命の色である翠の色が破壊していく。

 星は砕かれ、星系は塵となり、果ては銀河さえも虚無と化す。

 神々に振るわれたものとは、別の次元の一撃であった。

 一種の必殺技といってもよい。

 

 自らが巻き起こした破壊の乱舞に、青年の思考に一瞬の翳りが射した。

 主の気分を察したか、戦鬼が彼に語り掛けた。

 言葉ではなく、光という形にて。

 

 神々の支配とは、完全なる隷属に他ならない。

 神の意に従わぬ者達に与えられるのは神罰であった。

 その様子を、巨人は主の目の前にあるモニターに鮮明な映像を以て映し出していた。

 

 青年の黒い瞳に映ったのは、宇宙規模での虐殺行為の結果の記録であった。

 遥か彼方に浮かぶ惑星の至るところでは、巨大な戦船が屍を晒し、それを操る者達もまた腐敗し、枯れて砕けた死骸となって転がっていた。

 死骸の姿は、人と昆虫を混ぜ合わせたような形状をしていた。

 

 次の舞台は宇宙に移る。

 戦船の大群が、糸のようにか細い閃光に触れたとみるや、数百単位で芥子粒のように消し飛んでいった。

 ただの一度の反撃もできぬまま、無数の艦が消えていった。

 

 その他さまざまな形での凄惨無残な光景が、秒を千分割するような、刹那にも満たぬ時間の中で彼の元へと届いていた。

 

「けっ」

 

 不快感を隠そうともしないその一言は、神々の仕打ちの非道さへか。

 それとも己が従える、最強にして最悪の兵器への、無駄なお節介をとの憤りか。

 だが今、彼が怒りの矛先を向ける相手は別にいた。

 

「避けたか。それとも効いてねぇのか?なぁ、オイ」

 

 宇宙の闇が凝固し形を成していき、声もその大きさを増していく。

そして、遂に。

 

「さっさと来やがれ」

 

 その声に遠慮は無かった。

 戦闘が想定される範囲内では既に、生命の欠片も存在しないと分かった為だ。

 

 彼の声に誘われたがごとく、とぷん、と宇宙が揺れた。

 湖面の水が波打つように黒の波紋が広がり、その中心部が泡のように盛り上がる。

 悪夢としか思えない光景だった。

 

 そしてやがて、水面下から浮かぶ魚のように、それは姿を顕した。

 

「やっぱりてめぇか。逆さま人形」

 

 顕現した姿に、彼は自らの評を零した。

 黒と白の優雅なドレスを纏っているのは、巨人を遥かに上回る巨体。

 青年の目には既に宇宙の暗闇は見えず、彼が言うところの「逆さま人形」が視界の全てを占めている。

 そのサイズは、惑星に等しいと彼は見ていた。

 

 呆れるほどに巨大な物体の下方には、彼が人形と評した所以たる頭部があった。

 目鼻のない白磁の顔に、半月に近い弧を描いた口が開いている。      

 

 その口元には美しい紅の線が引かれ、細い首を吊るした胴体には、人間の基準であれば豊満なバストらしき形状さえ見受けられた。

 だがそのさらに上。

 典雅に膨らむスカートの末端から伸びるはずの脚は、巨大な黒い塊で構築されていた。

 人形の下半身は、巨大な厳つい歯車だった。

 巨大な口が僅かに開くと、そこから音が漏れ出した。哄笑であった。

 

 優雅な貴婦人のそれではあったが、巨体による威圧感も相まって、知的生命体に与える感情は恐怖以外の何物でもない。

だが何事にも、例外がある。

 

「ここ最近、うるせぇ声上げて付きまといやがって。他にするコトねぇのかよ」

 

 苛立ちと呆れを孕んだ声で、青年が告げた。声色に恐怖は微塵もなく、代わりに敵愾心と戦意に満ちていた。

 

「いい機会だ。てめぇにも地獄ってやつを見せてやる」

 

 青年の言葉に呼応し、戦鬼の両肩から鉄塊が盛り上がった。

 戦鬼の拳ほどもある黒い塊は、一瞬にして斧へと変じた。

 それを左右の太い豪腕が捉えた瞬間、新たな戦端が開かれた。

 

「ううううおおおおおおああああッ!!!!!!」

 

 巨人の背で靡く紅の翼が翻り、巨人を翠の光が包み込む。

 そして、光となって夜へと邁進していく。

 鳴り止まぬ哄笑と殺戮の雄叫びが激突し、広大な宇宙を震わせていく。

 

 深紅の光が夜へと触れ、宇宙の一角を鮮烈な翠の色で染め上げた。

 そして、宇宙に破壊が吹き荒れた。


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