魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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続きです。
新説おりこ2巻を読み返す度、さささささが好きになって仕方ありません。








第2話 転がる道化②

「やっちまえ!!」

 

怒号と共に、優木が杖を振りかざす。

聳える異形の群れが呼応し、眼下の杏子へと襲い掛かった。

数は三つ。

何れも、同じ形をしていない。

 

苦鳴の息を吐きつつ、杏子が槍を構える。

一足早く躍り出たのは、長さ十メートルほどの巨大な白の帯。

その頂点付近には、雛人形に似た顔が描かれていた。

柳葉のように細い目が開き、赤い唇が笑いの形をとった。

頂点から落下し、杏子の顔を目掛けて迫る。

開かれた口の奥には和の趣を持つ頭部には不似合いな乱杭歯が並んでいた。

身体は紙の厚さでありながら、それらは親指大の太さと厚みがあった。

奥行きという概念が無いというよりも、体内が別の空間となっているようだった。

 

「遅ぇよ」

 

こういったのは別に珍しくもないのか、杏子が特に驚いた様子は無かった。

侮蔑を孕んだ一言と共に杏子は魔女の牙を避け、

すれ違い様、幅一メートル程の帯の腹に、槍の先端を突き込んだ。

槍の半ばまでが深々と刺さったが、内なる空間までは突破出来ていないのか、貫通には至らなかった。

だが十字の刃に抉られた傷口からは、厚さ一ミリ程度の胴体からにも関わらず

夥しい量の液体が噴き出し、地面に滝となって降り注いだ。

魔女の口から絹を裂くような悲鳴が上がり、帯状の身体が身を捩る。

槍が抜けると同時に上昇し、杏子の射程より急速に離脱していく。

 

「相っ変わらず、魔女ってのは分からねぇな」

 

訝しげに眺める杏子の背後に、巨影が聳えた。

帯状の魔女に追撃を掛けなかったのは、背後のそれを察知したためだった。

直後に振り返り視認した杏子の顔は、嫌悪感に歪んでいた。

 

負の感情を拭い去るように、天から地へと槍が一閃。

だがそれは、標的への接触の寸前で、びたりと停止した。

二本の手が槍の刃を、左右から伸びた掌が挟み込んでいた。

白刃取りの形である。

 

「…本当にワケが分からねぇ。どうしたらこんなのが出てきやがんだ?」

 

染み一つ、体毛の一本も無い、美しい女の手。

だが、その根本である全体像は杏子の言葉が示す通り、奇怪にして不気味な形状をしていた。

 

停止した刃の奥に、巨大な一つの眼球があった。

眼球の周囲には赤黒い、淫らにも思える蠢き方をした肉の襞が広がっていた。

それは、通常の数百倍の大きさをした唇だった。

それが、人間の上半身ほどの大きさをした、常識外れなサイズの眼球を咥えていた。

 

上唇の背後からは五本の白い手が延び、先の通り、その内の二本が杏子の槍を止めている。

唇を支える、というよりも唇にぶら下がっているのは、純白のドレスを着た細身の女の身体。

そこだけを見れば、細身に反した豊満なバストと相まって、見る者を魅了したかもしれない。

それが却って、異様さを引き立てていた。

異形の花嫁の花嫁、とでも云うべきか。

唇も含めば体長は四メートルにも達する異形の花嫁の周囲には、直径五センチほどの光の珠が浮いていた。

 

「いつまでも、汚ぇ手であたしの槍を掴んでんじゃねえ!」

 

怒りの咆哮と共に、槍を握る手に力が宿る。

真紅の力の波濤が柄を伝い、魔女の両手に届いた瞬間、炸裂音が生じた。

締められていた魔女の指が痙攣し、開いた。

槍との隙間からは、白い煙と共に、ゴムを燃焼させたような悪臭が立ち昇る。

仰け反った指の腹は、無惨に焼け爛れていた。

緩んだ瞬間、杏子はその懐に飛び込み、土手っ腹に右膝蹴りを突き込んだ。

花嫁の身体が崩れると同時に、先の光の球より白光が炸裂。

白の光線が地を抉り、熱と爆風を撒き散らす。

 

後ろに倒れ込みながら爆風を浴びる花嫁の背を、先に背後に回り込んでいた杏子による、再度の蹴りが襲う。

左足の裏で蹴飛ばされ、異形の首がぐらつき、首から下の人体部分が減し曲がる。

 

追撃に移ろうとした杏子は、背後からの颶風を感じ、脚を撓めて縦に跳躍。

一気に飛翔し、地上から十メートル程の高さにて身を翻えす。

そして、逆さまとなった状態で世界を見下ろした。

 

「今度はまた、随分と不細工なヤロウだな」

 

三メートルほど下方で浮遊するその姿に、杏子は何年も前に流行った、

半液状化した大熊猫のキャラクターを思い出していた。

形状自体はシンプルであり、キャラクター同様に垂れた胴体の左右には

枕かクッションのような形をした、巨大な腕らしきものが伸びており、

先端には、腕と同じような形をした指が引っ付いている。

先程、優木への虐待に勤しんでいた杏子の足を砕いたのは、これだろう。

 

胴体の真ん中には、やる気と生気の感じられない魚のような二つの目が穿たれ、

そこの少し下には、呆けているかのように半ば開いた、口とおぼしき隙間が開いていた。

全体の形としては、「不細工な人形」という表現が相応しい。

まごうこと無き間抜けな姿である一方、大きさは洒落になっていなかった。

緩い曲線を描いているが、左右の腕を伸ばせば横の長さは軽く十メートルほどになると見え、

垂れ気味な胴体も体高でみれば先の花嫁と同程度はある。

 

その巨大な右手が、跳躍前に杏子のいた場所へと拳を叩き付けていた。

大の男でしても二抱えもあるような太さの剛腕は、異界の地面を深々と穿ち、

割れた破片を容易く粉塵へと変貌させた。

何時もながらの魔女の怪力を、杏子は要警戒だと認識した。

だが恐怖は微塵もなく、可憐な少女の顔に、八重歯を覗かせた捕食者の形相を浮かび上がらせている。

餌食に向かう牙のごとく、槍の先端を魔女に向け、杏子は魔女へと襲い掛かった。

 

迎撃として振られた剛腕に、杏子は左掌を叩き込む。

手の皮が幾らか削られていく痛みと引き換えに腕の軌道を逸らし、強引に距離を詰める。

何度かこういう経験はあったが、中々に上手くいったと思えた。

誰のお陰というか、所為というかは、今回は思考の端に追いやられていた。

重力に引かれつつ紅蓮の風となって、杏子は魔女の広い顔面へと着地。

魔女が行動に移るよりも早く、魔槍の切っ先が虚ろな左目へと突き立てられていた。

 

「どうだ痛ぇか、人形野郎!」

 

甲高い悲鳴を上げて、魔女が仰け反る。

だが無論、杏子が手を弛める訳もない。

 

「くたばれぇええええ!!」

 

狭い部屋の床一面程もある顔面を両足で踏みしだき、

両手で掴んだ槍を、奥へ奥へと押し込んでいく。

槍の先端が何かを砕く。

途端、ふっと、手に掛かる圧力が軽くなった。

槍が貫通に至った証拠だった。

 

「うぉあ!?」

 

次いで、少女の可憐な上擦り声が上がった。

 

「あ?そこにいたのか」

 

杏子からは全貌が窺えないが、魔女の輪郭の外で何か長いものが跳ねていた。

優木の、道化師然とした帽子だった。

この魔女の背中に、しがみ付いているらしい。

 

「い、今だ!やれっ!!」

 

叫びと共に優木と不細工な人形型の魔女、そして杏子に影が降る。

異界の天より注ぐ光源を遮るそれらは、先に交戦した二体の魔女だった。

そして、退避に移ろうとした杏子の脚を何かが抑えた。

そのまま影は彼女らを覆い、複数の巨大質量の落下が、異界を揺らした。

 

「ぐぇええっ!」

 

轢き潰された小動物のような悲鳴が、少女の声色で放たれた。

 

帯魔女

花嫁魔女

佐倉杏子

不細工人形魔女

優木

 

の順に層を作り、八メートル程の高さから一気に地面に激突。

先の悲鳴は、再下段から生じていた。

 

「ど、どうですかぁ?わた、私の、魔女軍団の威力は?」

 

魔女の山より優木が這い出て、床に這い蹲る杏子へと告げた。

優木の手足を、彼女の頭程度の物体達が引いているのが見えた。

魔女たちを小型化したような、ただでさえ正気を疑うような外見に、

更にデフォルメを加えたような異形たちが、優木の傍に群れていた。

魔女の眷属、使い魔達であった。

先に杏子の退避を阻害したものも、これらの内の一体だった。

 

「テメェ、どうやって魔女どもを手懐けてやがんだ?餌付けか?」

 

白い人形の手が杏子の背中を抑え、結界の床に頬を押し付けていた。

だが、挑発的な態度は崩さず、戦意も落とさずに杏子が訊ねる。

緩衝材が二つもあったことで受け身を取れたのか、杏子のダメージは思いの外、軽かった。

それでも内臓のいくつかが破裂し、肋骨が何本か折れていた。

地面と杏子の間に、皮膚を突き破った肋骨を伝い、熱い血液が滔々と流れていた。

 

既に治癒が完了しているが、常人なら即死に至る損傷を受けていた優木の目尻は憎悪に歪んでいた。

だが、無理矢理に笑顔を作り、杏子に微笑む。

そして、湧き上がる悪意を口から絞り出し始めた。

 

「あんた、バカですねぇ。私達は魔法少女なんですよ?」

 

背中からの圧力が倍加し、杏子の細い背骨が軋む。

杏子の口から漏れる嗚咽が、優木には至上の音楽に聴こえていた。

 

「魔法に決まってるだろうがっての。まぁもう終わりだしぃ、お粗末なオツムに腐れた脳味噌が、

 ちびぃっとだけこびり付いてるだけの、糞馬鹿なテメェに教えてあげますけど、私の魔法は洗脳なんですよ」

「へぇ。やっぱりな」

 

直後、杏子は苦鳴と共に、白い喉を見せた。

驚きを見せず不敵に笑う杏子の顎に、優木の右足の爪先が蹴り入れられていた。

 

「何、分かったってツラしてやがる。話を聞けっつの、この糞雑魚野良魔法少女」

 

反った細首を花嫁の手が拘束し、額を床に打ち付けさせる。

先程の嫌味なのか、両手の皮は未だに焼け爛れたままだった。

体液を溢れさせる、生焼けの掌の感触が杏子の肌を侵していく。

 

「私はですね。自分より優れた奴が大っっ嫌いなんです。

 親が金持ち、頭がいい、容姿がいい、友達が多い、恋人がいる、その他諸々」

 

帯型の魔女が、それこそ風に漂う布のように飛来し、杏子の右頬に寄り添う。

乱食歯の奥から伸びた紙状の舌で、杏子の頬を舐め上げた。

それに対し、杏子は逆に自分の歯を見せ、魔獣のように威嚇。

魔女は哀しげな顔を作り、頭部を遠ざけていった。

ちなみに、優木はこれに気付いていなかった。

鈍感というよりも、自分の世界に陥っていた。

 

「そういう奴等を洗脳して、何もかもをグッチャグチャにしてやるのが、私の願いだったんですよ」

「くだらねぇな」

 

心の底からといった風に、杏子は言った。

 

「何とでもほざいてください。でもこの能力のお陰で、私はグリーフシードには困りません。

 どんな魔女でもフクロ叩きでフルボッコですよ」

「つまり戦いは魔女に任せきりかよ。道理で、テメェ本人は弱いワケだね」

「これが私の戦い方なんです。つーか、現にそれでてめぇはヤられてるじゃねぇかってぇの」

 

くふふっと、侮蔑の意を押し出した笑い声を上げ、優木が跳躍。

既に背後に佇んでいた不細工な魔女が、ずんぐりとした手を伸ばして受け止め、

自らの額に優木を招く。

 

「つうかてめぇ、重いんですよバカ!今日はオヤツ抜きですよ!」

 

と叫び、踵を魔女に打ち付ける。

無表情ながら、しょんぼりとした下僕に対し、満足げな笑みを浮かべ、優木は更に言葉を続けた。

 

「魔女狩り以外にも便利なんですよ、この魔法。

 仲睦まじく戯れる恋人同士を、公衆の面前で醜く争わせたり、親兄弟間での虐待を誘ったり、

 家庭内暴力ごっこをさせてみたりとか。いやぁ、いいですねぇ。思い出すだけでゾクゾクします。

 幸せそうな連中がぶっ壊れていくのを見るのが楽しいですねぇ。心の底から笑えてきますよ」

 

長台詞を吐く優木の顔は、愉悦に歪んでいる。

それが、また別の意味合いを宿して歪む。

侮蔑と、憎悪に。

 

「でも、てめぇはいらねぇ。糞底辺の腐れ肉親殺しなんて、近くにいても邪魔なだけですよ」

 

杖の先端を杏子に向け、唾液を地面に吐き捨てる。

 

「ゴミらしく、木っ端微塵にしてあげます。これも、この風見野で最強の魔法少女たる私の役目ですから」

 

先端が白光を灯し、魔力が熱となって収束していく。

その光が、優木の顔を染めた。

片眼が極度に釣り上がった不気味な笑みが、異界の闇の中に浮かび上がっていた。

その時ふと、優木は使い魔どもの数が少ない事に気が付いた。

 

多過ぎても喧しいので、二十程呼び出させていた小物たちが、今では各種1~2匹程度しかいない。

見れば、魔女達に拘束された杏子の背後に、銀色の鉄扉が生じていた。

まるで巨大な焼却炉のそれのように無骨な扉は、完全に閉まっておらず、使い魔一体程度が通れそうな隙間があった。

恐らく、複数体の魔女を展開したことにより多重に生じた結界を通じ、極少数の真面目な居残りを残して、

残りは狩りにでも行っているのだろうと、優木は考えた。

 

木っ端微塵にしてやるとは言ったものの、「生焼け」にした後に貪り食わせるのも悪くないかなと思っていただけに、

頭数減少による予定変更は優木の苛立ちを招いた。

 

「あぁ、ありがとよ」

 

発射の直前、杏子はそう言った。

思わずというよりも怯えにより、優木は思わず、魔法の発動を停止させていた。

 

「あたしも、てめぇの側には居たくねぇ」

 

優木を見上げるのは、真紅の双眸。

優木はその瞳の中に、蠢く何かを見た。

戦意と怒りが、感情が流れて円環となり、杏子の瞳に宿っていた。

優木は、そう思った。

 

其処に。

 

鉄扉が開く、重々しい音が響いた。

微かに空いた隙間から、無数の音が聞こえてきた。

地を這うものたちの、歩脚が床を擦る音。

宙を漂うものたちが、空気を切って飛翔する音。

 

そして、水を含んだ何かが千切れ、引き裂けて落ちる音。

更に一拍遅れて、多種多様な音階の声が、狂騒曲とでもいうものが生じた。

それは次第に大きくなった、と思いきや、そこで絶えた。

音の発生源が、一気に消滅したかのように。

代わりに、無数の落下音が続いた。

それがまるで、舞台の幕引きであるかのように。

 

「おい、魔法少女」

 

女のそれとしか、思えない声が生じた。

優木は困惑と、それと恐怖に顔を歪めた。

同類の出現かと思ったのである。

反射的に、杏子を見た。

先程と変わり、うつ伏せになっていた。

そのため表情は分からなかったが、優木はほんの僅かな、掠れた声を拾った。

 

「嫌なヤロウだ。これからって時に」

 

声の認識とほぼ同時に巨大な扉が、地面を擦りながら、ゆっくりと開いた。

 

「俺への嫌がらせにしちゃ、こいつはちょっとやりすぎじゃねぇか?」

 

変身前の佐倉杏子の服を、そのまま男版にしたような服装の少年が、扉の隙間からこの異界へと顕れた。

扉を抜けた先の光景を見た少年は、幾つかの個所に視線を飛ばした。

秒も掛けずに一瞥させると、最後に視線が上方へと向いた。

浮遊する巨大質量の上部。

その指揮官たる優木へと、黒い瞳が向けられていた。

 

二秒ほど、少年と道化の眼が合った。

優木が相手の眼の中の感情を察する前に、少年の右手が茫洋とした翳りを見せた。

直後、優木の視界は黄に覆われた。

そして、彼女の足場を兼ねた魔女の黄色い剛腕から、何かがずるりと落下。

至る所に断面を生じさせ、体液を噴き出してびくびくと蠢くそれは、彼女の足場兼護衛の眷属。

使い魔だった。

 

「戦えるか?」

 

と、使い魔を優木へと投擲した黒髪の少年は、自身の目の前で魔女に拘束されている、真紅の魔法少女に訊いた。

 

お前の代わりに俺が戦う。

役立たずはそこで寝ながら見ているがいい、と。

杏子はそのように、彼の言葉を解釈した。

 

堪忍袋は既になく、残っていた理性とでもいうものが、この思考により溶解した。

胸の宝石が眩いばかりの光を発し、真紅の魔法少女に、更に深い紅を与えた。

炎の明るい紅ではなく、血のように暗い深紅の光を。

 

「何してんですか役立たず!さっさとそのメスガキを」

 

頬を強かに打ったものが、優木の言葉を断ち切った。

魔女の防御も間に合わなかった。

肉が弾け飛び、頬の下の歯を露出させた優木の顔にまとわりつくのは、極彩色の体液。

足元、即ち不細工魔女の額に落下したのは、白磁の美しさを持った女の腕だった。

認識と同時に、顔の一部を喪った優木が絶叫を上げた。

 

苦痛に呻く花嫁もまた、救いを求めるかのように 上空の優木へと手を伸ばした。

それらは、次々に切断されていった。

異界の色に等しい色彩の液体をブチまけ、花嫁は絶叫を上げて床へと仰向けに崩れた。

肢体が痙攣し、巨大な唇が、ヒトの拳ほどもある泡を吹いた。

更に、天を向いた背中の中央が隆起し、白の衣装が引き裂ける。

白の微塵と化した魔女の背中を突き破り、鋭角の十字架が聳え立っていた。

最初は一つ。更にもう一つ。

そして瞬く間に、花嫁の全身を、地面から突き出た無数の槍が貫いていた。

苦痛に身を捩ったと同時に、全ての槍の表面を真紅の光が包み込む。

熱と閃光が弾け飛び、可憐な絶叫と共に、花嫁は無数の肉塊と化した。

 

ぼとり、と、大きめの落下音を立て、何かが地面に落下した。

頭部、或いは本体か。

巨大な眼球は唇の破片をこびりつかせたまま、ある程度の原型を留めていた。

それを、真紅の槍が貫いた。

 

「ゴミへのご奉仕、ご苦労さん。精々、地獄で式でも挙げな」

 

残忍な弔いの言葉を受けたのが切っ掛けか、巨大な目玉は崩壊した。

残る破片たちも、同じように消えていった。

 

「相変わらず、すげぇ技だな。つうかお前、俺にも何本か向けやがったな」

「独りぼっちは寂しいだろうと思ってね。テメェなら魔女とお似合いだろうさ」

 

言葉に毒を絡めつつ、間に置けば、鉄でも切断しそうな視線の刃が、両者の間で交わされる。

絶妙に隔絶された距離を取りつつ横に並んだ少年と少女を、優木は上空から眺めていた。

 

「何ですか」

 

極寒の地にいるかのように、優木の声は震えていた。

 

「そいつは一体、何ですか!?」

 

今の技の事を聞いたのか、傍らの少年についてなのか、杏子は判別がつかなかった。

どうでもいいと思ったが、応えてやることにした。

慌てふためく優木の顔は、正に道化のそれであり、それを更に面白くしてやろうと思ったために。

 

「この女顔の黒髪野郎のコトなら、そんなもん、あたしが知るか」

 

歯に布着せぬ女扱いに、少年の太い眉が一瞬跳ね上がった。

それで済んだのは、流石に空気を読んだのと、耐性が付いてきたからだろう。

何事も、慣れとは恐ろしいものである。

 

「でも、これは応えてやる。

 あたしは杏子、佐倉杏子だ。これから、テメェに地獄を見せる魔法少女だ」

 

返答の趣旨は少しズレたが、見上げた先の優木は予想以上の反応を見せていた。

余程恐ろしいものを見たんだろうなと、そう思った杏子の口元が綻んだ。

獣の本能からくるそれではなく、逆襲への悦びに浸る、人間の邪悪な笑みだった。

 

 

 

 

 




さぁ、戦いだ!(某政宗氏風)

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