魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
白い靴が地面を踏み進む音が木霊する。
分厚い鉄板を靴底に敷き、布地の裏にも鉄板と細かい鎖を通し、更には布自体も防刃繊維が使われた改造というか手製の靴だった。
大型の猛獣の歯や牙も通さず、ガスバーナーの蒼炎にも耐える。
また日本刀どころか唸りを挙げる回転鋸でも破壊にかなりの時間を要するほどの異常な頑強さを与えられた靴というか物体だった。
それが至る所に切り傷を受け、靴の先端と踵の隅は薄い白煙を帯びつつ炭化していた。
靴先から剥離するごく僅かな破片を黒い瞳が見ていた。黒い渦の様な瞳であった。
「もうちっと真面目に裁縫しとくんだったなぁ」
言い終わると同時に彼は舌打ちを放った。聞く限りでは明らかに的外れな後悔だが、作った本人が言うのであればそうなのだろう。
その本人とは言うまでも無くナガレである。ジャケットに黒シャツにカーゴパンツと普段の服装だった。
右手にはこれも普段通りとでもいうように長大な斧槍が握られている。
ついでに言えば服の至る所に細かい傷が付き、頬や首筋に朱線が浮いているのも普段通りだろう。
また彼が歩を進める場所もまた常世ではなく、魔女の結界の中だった。
闇に彩られた世界でありながら、視界に不自由はなかった。まるで黒い背景の前に描かれた絵画のように、あらゆる物体は闇の中にその色と形を示していた。
世界の果ては狭いようで、果てしなく続いているようだった。至る所に大小且つ形状と趣の異なる無数の鏡や鏡台が並び堆積し、そして散乱していた。
ギリシャの神殿の様な建築物や街路樹の様に並ぶ木々を構成するものも、よく見れば無数の鏡であった。更に言えば彼が立つ床面もまた鏡面となっていた。
それだけでも異常だが、万物を構成する鏡は全て乱雑な傷やヒビが入れられていた。床面もまた同様であり、木の根のように走るヒビが果てしなく続いていた。
そんな異常な空間を、彼は平然と進んでいった。割れた鏡面に映る自分の姿へと、時折視線が向けられた。
破砕された自分の姿を踏む様子となるくせに、彼は悪い気分では無さそうだった。これは被虐趣味があるのではなく、自分の姿が気に入らないせいだろう。
物怖じとは無縁の、ずかずかとした歩みは不意に跳躍へと変わった。垂直に跳んだ下方に吸い込まれたのは緑の光であった。
それが無害なもので無い事は、接触の瞬間に破壊されて宙に舞う床面の破片が示していた。
その最中、彼は床に斧槍を突き立て更に跳んだ。後方ではなく前方に。斧状の魔女の力と彼の剛力が合わさり跳躍は飛翔となっていた。
それは攻撃者にとって予想外であったのか、追撃は一手遅かった。緑の光が再び放たれた時、巨大な暴力の塊は既に振り下ろされていた。
頭頂から股間までを残忍な線で繋がれたのは、巨大な葉の様なマントを背にした少女だった。真っ二つになる身体の傍らには既に、魔力を帯びた長弓が落ちていた。
異界の中であっても鮮やかな血が流れ、その反面としてグロテスクな臓物と骨の断面を晒して少女の身は仰向けに倒れた。
残忍な光景を前に、彼の視線は自らが破壊した人体の一部に、小動物然とした髪型をした少女の顔に注がれていた。
「やっぱっつうかこいつもか。徹底してやがるな」
嫌悪感に満ちた一言を発した少年の黒瞳の中には、二つになり肉と舌と歯の断面を晒した鏡の顔が映っていた。
顔の表面が鏡と接着し、平坦となった異形の貌だった。それ以外は血や体液が発する悪臭も含めて人体と変わらないだけに殊更に不気味な様相を成していた。
鏡の顔をした少女の左右から迫る気配を彼は感じた。ほぼ同時に、下げていた斧槍を水平に構えた。
長い柄の表面に、紐のように細い鞭が巻き付き、更に長剣が刃を立て火花と金属音が生じた。
刃を携えるのは、膝裏に届きそうなほどに長い赤髪を左右に垂らした少女であった。着物然とした上半身に反し、下半身は黒いビキニと極めて軽装の姿だった。
その背後には紐状の鞭の柄を握るもう一人の少女がいた。
後者を洒落た格好、前者を奇天烈極まりない姿から魔法少女であるとは彼も分かったが、両者もまた顔面を鏡で構築していた。
「親が泣くぞ」
二つの剛力に剛力で対抗しつつ彼は返した。鏡面の貌よりも赤髪少女の姿に対し思う事があったらしい。当然ながら情欲ではなく呆れからのものを。
彼からの言葉に当の少女は全くの無反応で返した。彼もまた元より、言葉の返事は期待していなかった。
そしてこの場合、最も必要かつ効果のある交流方法は暴力だった。それは右足の直蹴りとなって赤髪少女の腹を貫いた。
衝撃で開いた隙間を逃さず彼は斧槍を水平に振るった。巨大な刃は少女の左肩に吸い込まれ一瞬の停滞も無く右へと抜けた。
断裂する人体に目もくれず、彼は前に向けて更に進んだ。鞭の使い手は既に斧の柄から鞭の先端を離し、鞭を振り切っていた。
超高速で飛来した魔の鞭の先端は少年の顔面へと落ちるように吸い込まれていった。
接触の際に生じた音は、劈くような破裂音ではなく鈍い殴打の音だった。鞭の先端は少年の顔の肉ではなく、歯の間に挟まれていた。
歯で鞭を噛んだままナガレは首を振った。肉食獣が獲物を食い千切るかのように。
手を離すのも間に合わず、鞭を持った青服の魔法少女は魔獣の様な少年の前へと引き出されていた。
前につんのめった姿勢を戻すのも間に合わぬまま、その鏡面の貌に少年の拳が叩き込まれていた。
白い手袋に覆われた彼の拳は、鏡とその奥の肉どころか後頭部までを鋭利な刃のように貫き、桃色の脳髄を木っ端微塵の物体として空中に撒き散らした。
引き抜きざまに手を振り、彼は泡の浮いた血肉と脳味噌の破片を払った。後に備えるためである。
「コソコソしてねぇでさっさと来いよ。じゃねえとまたこっちから行くぜ」
完全停止した三つの魔法少女の遺骸の真ん中で彼は言った。声の矛先は、個体ではなく世界そのものに向けられていた。
そして彼は「また」と言っていた。
そのせいか、彼の言葉への応えは早かった。彼が立つ場所の前方とそして左右と背後に、次々と人影の群れが現出した。
衣装や装備は様々ながら、それらの身体的特徴が示す性別と顔の異形は共通していた。
鏡面の貌の魔法少女達の包囲網を前に彼が浮かべたのは、己を害する万物への敵対心と原始の闘争心に燃えた魔獣の貌だった。
そして酷く甲高く、それでいて地獄の底から響くような咆哮を挙げつつ、彼は異形の魔法少女達へと向けて駆け出した。
少女達の武具の先端が彼に向けられ、それらからは一斉に破壊の魔力が放たれた。
閃光と爆炎が異界の一角を埋め尽くし、そしてその中で複数の手足に首に胴にと複数の人体が肉塊となって散らばっていく。
破壊音の中、巨大な斧槍と黒髪の少年の魔獣の様な咆哮が木霊していた。
破壊が吹き荒ぶ場所から離れた場所には、肩から上を斬り飛ばされた少女の顔が転がっていた。共に戦った二人とは違い、彼女の鏡は無傷であった。
その表面には、遥か先の光景が映っていた。そこには焼け爛れた地面に倒壊した建築物、そして無数として差し支えないほどの多量の人体の破片が転がっていた。
そのうちの一つは更に後方の景色を映していた。そこにもまた、酸鼻な光景が広がっていた。そしてその後ろにも、その後ろにも。
この鏡の世界の果てが知れないように、異界の侵略者が成した地獄の光景もまた、果てしなく積み上げられていた。