魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第30話 鏡映すは屍山に血河③

「おい杏子、ポストに手紙来てたぞ」

「は?」

 

 午前六時二十八分四十五秒。その日の会話はこの遣り取りから始まった。

 佐倉杏子の苛立ちが混じった一言を完全に無視して、ナガレは封筒を彼女に投じた。奪うみたいに受け取って、寝床に寝そべる佐倉杏子は封を切って中身を見た。

 

「『ショウタイジョウ』…なんだこりゃ」

 

 怪訝な声を上げた佐倉杏子へとナガレが歩み寄る。左後ろあたりに来たところで、佐倉杏子は彼の顔目掛けて裏拳を放った。

 直撃すれば顔面が砕け散るだろうその一撃を、彼は首を背後に傾けて避けた。

 

「下の方が本文みてぇだな」

 

 貸しなと彼が告げると、佐倉杏子は素直に手渡した。先程の遣り取りが無かったかのような態度は意味不明だ。

 

「なになに、『楽しい催しをご用意しております。奮ってご参加くださいませ』だとさ。ご丁寧に地図まで書いてやがる」

 

 遅滞なくすらすらと述べたナガレに、佐倉杏子はこの上なく不信感を乗せた視線を送っていた。

 彼が読んだ場所に用いられていた言語は魔女文字だった。

 

「丁度暇だしな…行ってきていいか?」

「…あたしに聞くんじゃねぇ」

 

 眼を輝かせて聞くナガレに、佐倉杏子は疲弊しきったような声で応えた。彼はそれを了承と捉えたようだった。

 

「おう、んじゃ行ってくるわ」

 

 明らかに危険地帯であるはずの場所に向かうと決めた彼の声は弾んでいた。

 そして彼の腕が伸ばされ、佐倉杏子の寝床の手摺に座っていた僕の頭を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衝撃と爆音が絶え間なく続き、思考が無数の雑音に切り刻まれる。それを正常に戻したのは、悪鬼の様な声だった。

 

「てめぇ、よくも俺の白丸に手ェ出しやがったな」

 

 怒りの滲んだ声と共に、少年の腕が伸ばされる。その先で開いた五指は鏡面の貌にその爪先を立てていた。

 鏡にヒビが入り数個の破片が生じたと思ったその瞬間、顔どころか頭部が肉と鏡の微塵に変えられていた。

 強靭な握力が、頑丈である筈の頭蓋骨を寒天のように砕いていた。頭部を喪い崩れ落ちる少女の右手には、白毛の獣の尾が握られていた。

 弛緩した手が放したそれを、ナガレは巨大な斧槍の側面で受け止めた。斧の中央には、眼球の様な渦が巻いていた。

 

「おい白丸、お前はこん中に隠れてろ」

 

 この中とは、魔女の眼を指していた。魔女の眼には、周囲から赤黒い液体と固体が巻き上げられて吸い込まれていた。

 

「大丈夫だ。こいつもお前の事は喰いたくねぇとよ」

「何故最初からそうしてくれなかったんだい?」

 

 異形と意思疎通を可能としてることに、獣は特にコメントを残さなかったが、それは生命維持を優先させたためだろう。

 彼の返事を待たず、赤い首輪を付けた白い獣は迅速にそこに向けて飛び込んだ。命あっての物種ということらしい。

 また彼も獣への解答をする暇は無かった。飛来した剣の一閃がそのための時間を切断していた。

 赤い着物を纏った赤髪の長髪は佐倉杏子とどこか似ていなくもなかったが、その魔法少女が手にしていたのは日本刀と脇差であった。

 桜色の花弁に似た光を周囲に纏わせながら、少女は両手の得物をナガレに向けて振い続けた。

 三つの斬撃を回避し、四撃目を彼は斧で受けた。受けた場所は斧の刃の部分であり、それは少女の得物毎彼女の胴体をも一閃していた。

 

 溢れ出す血潮と臓物が滝となって宙に広がる。それを、青を帯びた銀の光が貫いた。

 光の側面に掌底を合わせ、切っ先をずらした時にはその本体が彼の眼の前に立っていた。

 青銀の光と見えたのは人間の拳であり、それは白の軽装を纏った短い銀髪の少女の物だった。

 先の斬撃に匹敵する連打が猛然と繰り出され、彼はそれを背後に跳躍して避けた。開いた隙に、彼は得物を振りかざした。直後、柄を握る右手が激しくぶれた。

 そう見えた頃には、銀髪少女の背後で血潮と肉が飛沫となって噴き上がっていた。

 巨大な斧が複数の少女の肉体を破壊し、槍の穂先が鏡の地面に突き刺さり、その間にも少女を一人貫いていた。

 

 巨大な凶器に囚われた緑髪の少女は、自身の胴体を貫く槍を引き抜かんと手を伸ばした。繊細な手先が触れる前に、その身体が激しく痙攣した。

 胸と腹の間に埋め込まれた凶器が頭部に向けて一閃され、短冊を束ねたような髪型を冠した頭部を真二つに切り裂いていた。

 零れる脳漿の傍らに、血染めの花飾りが虚しく宙を舞っていた。残忍な凶器は、黒い靄の様な塊に握られていた。

 

 塊はいびつな人間の手に見え、そして太い腕と肩に繋がっていた。斧型の魔女である牛の魔女の、牛人のような義体であった。

 縦に振られた斧はすぐさま横に振られ、更に数体の魔法少女を肉片へと変えた。溢れ出した血肉は斧の中央の孔に吸い込まれ、喜悦さを表しているものか、それらを喰らう度に斧は刃の光を滲ませていた。

 

 異形が斧を振う奥では二種の拳が振るわれていた。片方は魔を帯びたもの、もう片方は魔法とはまた別の魔を帯びた人間の拳であった。

 銀髪の少女が振るう嵐の様な連撃が掠め、ナガレの頬には鋭い傷が奔っていた。だが痛みよりも彼が覚えたのは懐かしさの記憶だった。

 同じ系統の戦闘技術を使うものと、彼は久しく会えていなかった。だが懐古の心は彼の心を曇らせるには至らなかった。

 

 振り切られた少女の蹴りに、彼は側面から手刀を放った。それは正しく刃の切れ味を宿し、少女の左脚を膝の部分で断ち切っていた。

 崩れ落ちる少女はしかし、攻撃の手を緩めなかった。倒れつつも右の拳を突き出していた。

 

 同時に、彼は頭頂に冷気を感じた。上よりも下に目を向けると、頭上に直径四メートルに達する物体の発生が見えた。

 形状と感覚からして、巨岩の様な氷塊であると彼は悟った。退避するには間に合わないと脳が思考するより早く、彼の身体は動いていた。

 突き出された拳を薄氷の差で避け、その腕を右肩に担ぐようにして補足。

 そのまま体を少女に向けて背を預けるようにし反転、そして両腕で少女の手を掴むと氷塊に向けて砲弾のように放ったのである。

 どのような力が加わったものか、少女の魔力で生み出された氷塊は少女の背中との激突で二つに砕け、少女の身体は胴体と手足が断裂した五つの肉塊と化した。

 

 悪夢のような落下物が地に立つナガレの周囲に降り注ぐ。氷塊が落下の衝撃で砕け、複数の破片と化して鏡面の上に転がった。

 血に染まった青い氷の塊に少女の肉片が添えられている様は、見る者の心を永久に穢すような吐き気を催す光景だった。

 

 それを踏み越え、四方から魔法少女の群れが彼の周囲に殺到していく。自らが生み出した残忍なオブジェに不快感を感じる間もなく、次の戦線が続いていく。

 繰り出されたのは銀の鉤爪、縫い針を模した柄のレイピアに赤く巨大な拳を模した杖、そして通常の十倍近い大きさの剪定鋏であった。

 服装も様々な魔法少女達が繰り出す必殺の武器はしかし、一片の肉も抉ることは無かった。

 

 最も早かったレイピアの少女の胴体にナガレは右拳を突き込み、体勢が崩れた身体を巨大剪定鋏に前に投げ出していた。

 躊躇なく同胞を二つにする間に、栗毛色の髪の少女は悪鬼の接近を許していた。左手が少女の首筋に喰い込み、その華奢な身を吊り上げる。

 掲げられた先には巨大な赤拳と鉤爪が待っていた。破裂する人体を盾と目くらましとし、彼は地を蹴っていた。

 

 二人の少女が鏡の貌で見上げた時、二つの貌はほぼ同時に弾けていた。倒れる二つの人体の間に、宙で蹴りを放ったナガレは身を屈めつつ着地した。

 屈めて縮んだ頭上を、複数の刃が貫いていた。必殺の刺突を躱されたことに対する驚愕か、一瞬の停滞が生じた時が、彼女らの最期の時間となった。

 

 下方から斬り上げられた刃が、槍の柄毎三人の少女達の胴体を切り裂いていた。零れ落ちる小腸や肝臓の流れの奥には、両手で刃を振り切ったナガレの姿があった。

 左右の手に握られていたのは中央の翡翠状の螺子を強引に外され、二振りの刃となった鋏だった。

 主を喪い、自らもその後を追うように黒煙を上げて消滅しつつあるそれを、間髪入れずにナガレは放った。

 薄闇の中を飛翔し、それはそれぞれ一人ずつの魔法少女達の顔面を貫いた。

 だがそれは迫りくる魔法少女達のほんの一部でしかなかった。

 戦闘の余波で、更にヒビが深くなった結界の地面が震えていた。薄闇の奥からは、闇に反して眼にも鮮やかな美しい死神たちが迫る無数の姿が見えた。

 

「まだ来やがるか。こいつぁまるで京都だな」

 

 語るまでも無く、彼の貌には恐怖は一片も浮かんでいなかった。

 本人以外には意味不明以外の何物でもない、ある意味殺戮以上の狂気に捉えられなくもない発言を呟くが早いか、彼は新たな戦線へと足を急いだ。








長めと言いつつ中くらいですみません
それと何度書いても戦闘描写は苦手です

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