魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
その日はとても穏やかで、平和な一日だった。
行きつけのゲーセンで彼の容姿に対し、「お嬢さん」と五回陰口を叩いたチーマー連中は三人纏めて大便器に顔を押し込まれ、
運悪く彼の眼の前で老婆の鞄を引っ手繰った輩は、両腕の複雑骨折で済んだ。
早朝の用事を済ませるとナガレはそのまま映画館へ直行した。老婆からの謝礼でホットスナックと飲み物を買い、いつもの座席に座る。
観客は当初十数人はいたが、映画の進行に従って脱落者が増えていった。
出口に辿り着く前、扉の付近では嗚咽と嘔吐特融の酸の臭気が漂っていた。
画面では白鰻に喰い荒らされて生じた、リアル極まりない惨殺死体が晒されていた。主人公の少年の絶叫が劇場を貫く。
「戦えよ」
ホットドッグを食いながらナガレは言った。無茶ではあるが、正論だった。
自分ならどうすっかなと考えながら、彼はストローでコーラを啜った。
異形の女神が翼を開いたあたりで、ナガレは考えを打ち切った。
負ける要素が特に思い浮かばなかったのと、ここから先は画面に注力した方がいいと思ったからだった。
無言且つ足取り重く劇場を後にする観客に混じって、ナガレは外へ出た。
足取りに変化は無く、他の連中を追い抜かしての退出だった。
形としては細いが、皮膚も筋肉も鋼の如く頑丈な首筋を月明かりが映している。
早朝だった世界は夜となっていた。多少の休憩、つまりは近くで発生した魔女の殲滅や小用を挟みつつずっと映画を見ていたのだった。
「30回位観たけど、やっぱよく分かんねえアニメだな」
困惑と苛立ちが含まれた声だった。
「しゃあねぇ、また明日も観るか」
そう決意したナガレの隣を、意気消沈とした様子で歩く家族や恋人達が通り過ぎていった。
葬式でもかくやといった雰囲気だった。
因みに彼の干渉回数は、既に50回を超えている。
映画館よりも医者に言った方が良さそうな回数だった。
沼の底のように沈んだ雰囲気の中を彼は悠然と歩いて進み、やがて町の喧騒の中に消えていった。
熱い鮮血が宙を薙ぎ、零れ落ちた臓物が重々しい水音を鳴らした。
普段通りの聞き慣れた殺戮の音だった。まだ蠢く頭部を、安全靴の底が無慈悲に踏み潰す。
映画鑑賞を済ませ、行きつけのラーメン屋で腹を満たして家路に赴いたナガレの寄り道であった。
薄暗い世界を、至る所に点在する鏡面の光が照らしていた。
その薄闇の奥から、多種多様な姿の、同一の鏡面を貌とした魔法少女達が次から次へと湧いてくる。
刃や杖と交差するのは、ナガレの鉄拳に刃の様な蹴りだった。
噴水のように上がる血飛沫を掻い潜り、ナガレは次の獲物を求めて縦横無尽に掛けていく。
「やっぱ便利だな、動き易いや」
言いつつ右手を開いては閉じてを繰り返す。拳にしたところで右に振った。
並走していた魔法少女の顔面に裏拳が炸裂し、空中に骨と脳漿が散った。
残忍な飛沫の中に立つナガレの姿は、普段の服装とは異なっていた。
どこから調達したか、上と下は長袖の緑のジャージだった。
緑色で占められたその姿は妙に似合っていた。
本人も気に入っているらしく、殺戮にも身が入っていた。
左右から迫っていた二体の魔法少女の頭部を、彼の両手ががしっと掴んだ。
間髪入れずに力が入り、鏡面の貌と頭蓋骨を豆腐のように握り潰した。指の間からは肉と脳と骨と、鏡面の混合物が溢れた。
痙攣して脱力する二つの肉体を、彼はそのまま前に掲げた。その二つの肉塊の背面で、光が炸裂した。
肉と衣服が、まるで風船のように弾け飛ぶ。紙吹雪さながらに散る人体の残骸を右腕の一払いで退け、ナガレが駆ける。
光の根源を、渦巻く瞳が捉えた。
「お前、面白いもん持ってるな」
少年の口の端が歪む。素直な、そして残忍な笑顔が浮かぶ。
彼の言葉など届くわけもなく、標的は右手の得物を掲げた。幾つもの彫刻が刻まれたそれは刃でも槍でもなく、古めかしい形をした銃器であった。
引き金が絞られると同時に筒は光を放った。ほぼ同時に筒自体が投げ捨てられ、左手が上がった。
水平に掲げられると同時に魔力が発生、マスケット銃が生成され、左手が引き金を引いた。
一連の流れは動作の手間を感じさせないほどに迅速だった。二発の弾丸はほぼ同時に放たれていた。
それらは同時に弾けた。少年が振るった手斧の刃の上で。
破片が頬を掠め、それは瞳の上をも滑った。ナガレの動きは止まらなかった。
黄で統一された、姫騎士とでも呼べそうな煌びやかな姿の魔法少女の紛い物が再び構えた時、その銃身は半ばから圧し折れていた。
銃身には彼の左手が絡みついていた。尋常ではない握力で、枯れ木のように握り潰されたのだった。
「うおらっ!」
叫びと同時に、ナガレは頭突きを放った。姫騎士の鏡面が破砕され、鏡の両端に垂れた巻髪が激しく揺れ、小さな帽子がずれ落ちる。
背後に傾斜する身体のほぼ全身を拳の猛打が襲った。落下までの短い間に放たれた鉄拳の数は半ダースに上った。
「じゃあな」
短い離別の言葉は、彼なりに相手を評価してのものだった。
黄と赤の斑となった肉体の首に踏み下ろされた右足が、首と胴体を寸断させる。
確実に仕留めたのを確認すると、彼は顔の上に手を這わせた。姫騎士の弾丸の破片を払い、鏡面世界の更に奥へと歩を進めた。
『モウカエレ』
数歩歩いた先で、そう書かれたA4サイズの紙が落ちていた。
無視して進み、戦闘と殺戮を続けた。
『カエッテ』
次の手紙は気付かなかった。闘争に移った獲物を追いかけていた為に。
『タノム』
次は気付いた。何を頼まれているのか分からなかったのでこれも無視した。
『ユウ、ウイン』
カタカナだったが、この男はビームとかトマホークとか、ドリル程度の単語しか頭に無いので通じなかった。
『オメデトウ』『オメデトウ』『ヲメデトウ』
ナガレは漸く動きを止めた。最初の手紙を見た場所から、距離にして二十キロは離れた場所だった。
丘のように傾斜した地の周囲には、頭を割られたり、胴体を二つにされた魔法少女の残骸が大量に転がっていた。
流石に加害者本人も大きく傷付き、右肩が割られ首筋にも刃傷が刻まれていた。
それに気付いたのは、殲滅を終えたからと手紙の上に置かれた物体に目を引かれた為だった。
「なんだこりゃ……えーっと、地球儀ってのか?」
恐らくは人生で初めて使ったであろう単語の通り、その物体はよく似ていた。
手の平サイズの地球儀型の物体は、球に当たる部分が虹色に輝いていた。
こんなもんどうしろっつうんだと、ナガレが苛立ちを覚えたのと腹が鳴るのは同時だった。
頃合いだと、彼の肉体はそう言っているのだった。付き合いきれないともいう。
しゃあねえなと彼は思った。そしてこう言った。
「どこにいるか知らねえけどよ。もし人間様を喰いやがったら、絶対に見つけ出して八つ裂きにしてやっからな」
覚悟しやがれと続けて、彼は家路に戻ることにした。
人間視点で見ると確実に善に当る言葉であったが、魔女にとっては迷惑以外の何物でもない。
死骸の山を器用に避けつつ、彼はある場所に向かった。
魔法少女の手足や首が多数転がる中央に、それはあった。
仰向けに倒れた黒い身体は、半人半獣の趣を持っていた。
「お前、今日は結構持ったじゃねえか」
胴体に魔法少女達の短剣や槍を無数に刺した牛の魔女に、ナガレは声を掛けていた。労いらしい。
牛の魔女の本体たる大斧は仮初の肉体の傍らに横倒しになっていた。その大斧の中央に開いた穴の中の黒点が、瞬いたように蠢いた。
「ああ。そのあたりはなんとかしてやっから、お前も協力しな」
その動きは何らかの意思であったらしい。
何を言っているのかは分からないが、何を言わんとしている事は分かる。
という訳でもなく、ただ雰囲気で応えているだけだった。
実際のところ、それは概ね当たっていた。偶然の一致とは恐ろしいものである。
形状を保つのが限界なのか消えてゆく黒い義体から本体を掴み、ついでに突き刺さっていた武具を一通り回収すると彼は牛の魔女に「帰るぞ」と命じた。
鏡の結界の中で、更なる異界が開かれる。召喚された門の中に足を踏み入れ、ようやくこの厄介者は鏡の世界から消え失せたのだった。
帰還すると、すっかり夜は更けていた。
廃教会の中を大斧と共に練り歩く様子は、ちょっとしたホラーでもあり、意味不明な光景だった。
いつもの寝床に着くと、彼は闇の中で光る二つの光点に気付いた。真紅の、禍々しい光であった。
憎悪以外の感情が伺えない、感情移入さえも拒絶した眼光だった。
流石に彼を以てしても、息苦しさを感じ得ずにはいられなかった。常人なら気が触れかねない憎悪に晒されながら、彼は眼を閉じた。
その二分後には寝息を立てていた。
眼をつぶった瞬間には眠れる彼にしては、恐ろしく遅い寝入りであった。
その日はそれ以外は、取り立てて特筆することも無い平凡な一日だった。
今回は単独の日常回です。