魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
佐倉杏子は眼を開いた。
目覚めの気分は最悪を越えていた。
思考に渦巻く悪夢に耐えるように、杏子はこの気分を事象に例えることにした。
無麻酔で腹を切り刻まれ、その中から一つ一つずつ内臓を摘出され、部位ごとに丁寧に腑分けされるような。
そしてその様子を自分も眺めさせられ、更には延々と脳内でリピート再生され続けるような。
更に頭蓋を開かれて脳に電極を刺され、真紅の眼は眼窩からスプーンで刳り抜かれ、蜜柑を食するかの様に顔の皮も剥がされる。
人間の尊厳を完全破壊する蛮行に耐えられず、下半身からは悪臭を放つ汚物が垂れ流しになり、幼い身体が穢れきる。
体液と血と排泄物で汚れ切り。
顔も割られて腹も内臓を抜かれて空っぽにされ。
脳味噌を露出させた状態で。
その状態で雄の群れに囲まれて手足を掴まれて抱きかかえられ、膣や尻どころか目や鼻といった全身の穴という穴を雄の肉で貫かれて抉られて、醜悪な白濁とした欲望を注がれる。
それが死ぬ寸前どころか、死後も延々と続き弛緩した肉体が蹂躙され続けるような。
或いは死ぬ事さえも許されずに生きたまま、明瞭な意識の下で犯され続けるような。
だがそんな最悪極まりない例えでも、今のこの気分には及ばないに違いないと杏子は思った。
そして例えそんな目に合おうとも、贖罪にはこれっぽちも足りはしないと。
そもそも贖罪に意味は無く、したところで何も変わらない。
真紅の瞳は虚無を湛え、虚ろに宙を彷徨った。
視界の中、上方から注ぐ光は青白かった。
ゆっくりと首を傾けると、聖人を抱く聖母を描いたステンドグラスが見えた。
そこでやっと、ここが廃教会だと気が付いた。
今自分が座っている場所も、いつもの寝床であると。
祭壇の上に置かれたボロいソファの周囲には食物の梱包袋が転がり、使い捨ての食器がカップ麺の容器に何本も突き刺さって放置されていた。
鼻紙や使用済みの生理用品に包帯も、赤い染みを見せながらコンビニ袋の中に乱雑に放り込まれていた。
荒れ切った教会内の退廃的な光景を前に、杏子の瞳は虚無を映し続けた。
心の中では間断なく、罪を求めて罰が騒いでいる。
そこに、音が鳴った。
じゃりっという、何かが踏みしめられる音だった。
何気なく、反射的に教会の入り口に視線を送った。
姿を認識したその瞬間、真紅の瞳が朱を増した。
瞳は赤く赤く染まり、白目部分には蜘蛛の巣の様に赤黒い血管が浮いた。
無気力に開き、唾液を滴らせていた口は、耳まで裂けたように開いた。
眼はギラつき、口元は半月と化した。
悪鬼の笑みが浮かぶ。
「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」
獣の如く吠え猛りながら跳躍、そして変身。
着地の瞬間、真紅の槍が振り下ろされた。
轟音と莫大な衝撃が生じた。
魔法少女の操る真紅の十字槍と噛み合うのは、二本の手斧であった。
鉈の様な幅広の刃を持った、戦闘用に改造された斧だった。
それを握るのは白い皮手袋に覆われた、細くしなやかな手。
赤いシャツの上に青いジャケットを羽織り、長い脚を白色のカーゴパンツが包む。
交差して槍を受けた斧の間には、黒い炎の様な髪型。
その下の顔は、目元は髪に隠れていたが、鼻立ちと顔の輪郭だけで見ても、性別を言わなければ美少女として通用する童顔だった。
その姿を見た時に、杏子の心は炎と化した。
苦痛に苛まれながらも、内なる憎悪を燃やして身を焦がしながら燃え盛る炎へと。
怒りに満ちた眼で黒髪の少年を睨む杏子は、思い切り槍を振った。
そしてそれは少年も同じであった。
魔法少女の剛力とそれにやや劣りながらも御せる技量が衝突し、互いの身体をあらぬ方向へと弾き飛ばした。
戦場は廃教会の入り口から中央へと移り、ステンドグラスから注ぐ光が見守る中、二体の魔人が対峙する。
そこを動くな、殺してやると杏子は叫んだ。
ドス黒く渦巻く感情が、真紅の苛烈な言葉となって魔法少女の口から溢れ出す。
テメェのあらゆる死に様を考えてきた。
正体も分からねぇ、魔女でも魔法少女でもない、人間のマガイモノ。
無様に這いずれ、のたうち回れ。
百の残骸も残さねぇ。
唾を飛ばして叫び続け、そして。
「死ねぇええええええええええええナガレぇえええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!」
紅の閃光と化して杏子が突撃、同時にナガレも地面を蹴った。
黒い禍つ風となり、ヒトの形をした真紅の光と切り結ぶ。
再度の激突。
年齢的には幼く、こどもである筈の両者の表情は悪鬼のそれとなっていた。
鋭い牙と闘争心を剥き出しにした二頭の狂犬が、廃教会という名の同じ檻の中に放り込まれ、互いを破壊すべく争っている。
金属の悲鳴が鳴り響き、秒間に数十発も連打される槍と斧の斬撃が眩い火花を照らし続ける。
薄闇の下での戦闘である筈なのに、廃教会の中は光で満ちていた。
互いが打ち合わせる刃によって生じる光の中を、少年と魔法少女が跳ね、飛翔し、疾駆する。
数百回目の交差にて、遂に少年の得物が砕け散った。
だが杏子は勝機とは思わず、戦線から急速離脱を図った。
手持ちの武器を失ったら、アレが来る。
杏子が退避した空間を、長大な黒い一閃が薙いだ。
長さ三メートルに達する巨大な斧槍であった。斧の中央に開いた穴はの中には、得体の知れない球体が浮かんでいた。
着地の瞬間、杏子は片膝をついた。
折り曲げた左膝小僧に、真紅の液体が滴り落ちる。
斧型の魔女をそのまま振るった魔の一撃は、杏子の胸のほんの少し下を切り裂いていた。
肋骨が横に切られ、傷が心臓に至るまでは一センチをもない。
激昂しながら杏子が地を蹴って走る。
ナガレの迎撃と真っ向から切り結び、互いの身体の末端の肉を削って血を飛ばしていく。
真紅と黒の激突は更に激しさを増していった。
一撃一撃が、互いを死に至らしめる必殺の威力が込められ、弾かれ躱される斬撃も次の次に繋がる狡猾な罠であった。
互いの破滅に向けて、ただただ切り結んでいった。
剣戟の中、杏子の思考に波紋が生じた。
こいつは、何故死なない。
何故、怯えない。
何故、殺せない。
最後の疑問が杏子の心を抉るように掴んだ。
愛情なんて抱いていない。
ましてや性愛なんて持っていない。
定期的に腹から滴る血は邪魔で仕方なく、更に言えば女に生まれた事が呪わしい。
手加減なんかしていない。
そんな事はする気が無いし、したらこちらの身が持たない。
その瞬間、杏子の身体に衝撃が奔った。
「あがっ…」
苦鳴を挙げて杏子は宙を舞った。
その正面には、斧の先端を床に突き立て、その反動で蹴りを放ったナガレがいた。
蹴りの着弾点は杏子の顎だった。
咄嗟に背後に跳んで衝撃を幾分か逃がしたものの、顎は確実に砕かれていた。
バック転の要領で背後に転んで更に衝撃を逃がし、追撃に備えて槍を構えた。
その時には、ナガレは既に眼前に迫っていた。
耳まで裂けんばかりに開いた口には、牙の様な歯の列が並んでいいた。
例え狂いきった狂人であっても、それを見ただけで生まれて来た事を呪うような。
生命の根源に根差した恐怖を具現化したかのような。
美しいが、悪夢じみた歯並びだった。
それに見惚れることなど無く、杏子は槍を振った。
ナガレもまた大斧を振った。
激突の際に鳴った甚大な金属音は、女の悲鳴か絶頂の叫びに似ていた。
「うああああああああああああああああああああっ!!」
杏子の叫びと共に、廃教会の一角が砕けた。
飛び出したのは、互いの首を絞め合いながら身を絡めたナガレと杏子だった。
両者の激突により壁面が大きく崩れ落ち、両者は廃教会の外へと転がり出た。
転がりながら、互いの胴体を蹴り続けながら。
互いの蹴りが腹に直撃し、両手の拘束を振り切って両者は弾丸のように弾けた。
雑草が生い茂る広場の中、全身に痣と裂傷、内側は骨折に内臓損傷を多数引き起こした状態の両者が立ち上がって対峙する。
互いに荒い息を吐く姿を月光が青白く照らしている様子は、まるで月に嘲笑われているかのようだった。
鉄と肉を用いての闘争が止まると、杏子は急速に心が曇ってゆくのを感じた。
曇りは瞬く間に漆黒となり、無限の後悔と懊悩が心を圧し潰さんと暴れ狂う。
「なんでだよ…」
黒々とした感情に苛まれながら杏子が問う。
言い終えた時、彼女の口は血反吐を吐いた。
身体が折れんばかりに折れ曲がり、血は止め処なく溢れ出る。
それでも杏子の口は動いた。
「なんで、なんでテメェは死なねえんだよ!!親父も母さんも、モモも死んで腐っちまって!!マミもグチャグチャにしちまったってのに!!なんでテメェは死なねえんだ!!」
血を吐きながら、杏子は叫ぶ。
これまでの光景は、彼女の意識に常に鮮明に映っていた。
常に苛み続けたビジョンへの恐怖と後悔、そしてその原因を引き起こした事への永遠に晴れない自己嫌悪が渦を巻く。
「テメェはそんなに特別なのかよ!なんでここに来たんだよ!ここじゃない別の場所って何だよ!!!」
理不尽に抗うように杏子は叫び続ける。
「黙ってねぇでいつもみてぇにそっちから勝手にベラベラと喋って何とか言えよ!!!黙ってるんなら殺してやるから休んでねえで今すぐ掛かって来いよ!!」
無言。
杏子の表情は、狂人のそれとなりかけていた。
鮮明な地獄のビジョンに苛まれながら、意識を振り絞って叫んだ。
「何とか言えよ!言ってくれよナガレリョウマ!!!!!!!!!」
少年から聞き、長らく忘れていた名前であった。
それを言い終えた杏子は遂に身体を折った。
両手が地面に着き、膝も崩れて四つん這いの姿勢となった。
血塊が口からごぼっと吐き出たというのもあったが、感情のままに吐き出した言葉の中身に気付いた所為だった。
問い掛けは、途中から請願へと変わっていた。
それが彼女の心を更に大きく傷付けた。
そして幾度となく枯れ果てた喉は、再び絶叫を紡ぎ出した。
真紅の眼からは止め処なく涙があふれた。
涙はすぐに、水から鮮血へと変わった。
身を突き破らんばかりに増幅の一途を辿る感情の波濤に、先程までの激戦で傷付いた彼女の肉体が崩壊を始めていた。
鼻と耳からも出血し、全ての傷口が一斉に開き滝の如く血が流れ落ちていく。
「なんなんだよ…お前はよ」
地に伏した姿勢で、杏子は呟いた。
戦士の勇敢さは、遂に見る影もなく消えていた。
苦痛に喘ぐ杏子は、身に迫る足音を聞いた。
草を踏みしめゆっくりと迫りくる様に、彼女はそのままの姿勢を通した。
ただ傷だらけになった指は、土と雑草を弱弱しくも握りしめた。
それが彼女に出来た、最後の抵抗の意志だった。
足音はついに、彼女の傍らへと辿り着いた。
ただ確認をするために、杏子は顔を上げた。
そこにいた者の姿を見た時、彼女の口は小さな悲鳴を漏らした。
小さな背丈、白に黒袖のパーカー、薄い青地のジーンズ、そして腰の手前まで垂れた真紅の髪。
幼い頃の自分の姿が、顔を上げた先にいた。
「しってるくせに」
今以上に舌足らずな口調でそう言いながら幼い杏子は腰を落とし、今の杏子の目線に自分の真紅の両眼を重ねた。
そして幼い杏子は両頬に小さな両手を添えた。
姫騎士の末期を思い出し、心に絶望が滲む。
「わすれてるなら、おもいださせてあげよーか?」
親切な口調で、小さな杏子は告げた。
離れようとするも、身体は全く動かない。
彫像のように硬直した杏子に、幼い杏子は更に迫った。
「ほぉら、よーっく見てね」
友達と楽しく遊ぶように小さな杏子は言った。
向かい合う真紅の双眸、魅入られたように杏子はその眼を見た。
幼き頃の自分の眼の中に、蠢く何かが見えた。
再び杏子は叫んだ。
言葉になっていなかったがそれは、もう嫌だと、殺してくれと言っていた。