魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第40話 真紅たち

天に広がる絶望の塊へと、鋼鉄の虚無が飛翔していく。

逞しい人型を象った背中には、翼と思しき外套が広がっていた。

一瞬にして空の彼方へと昇り詰め、虚無は絶望へとその身を触れた。

 

瞬間、そこから何かが迸った。

光とも闇ともつかない何かが。

それは天を覆い、天と地の間も埋めて地に立つ杏子の下へと怒涛の如く到来した。

視界全てがそれで満たされる中、杏子は口を開いた。

 

「ありがとよ」

 

これで終わりだと杏子は思った。

結果として、あの青年の姿をしたものは彼女の望みを叶えてくれたのだと。

 

「じゃあな、相棒」

 

そう言い終え、彼女は何かの中へと消えゆく筈だった。

だがアイと言い、ボウと言い始める途中で、彼女の襟首が何かに掴まれた。

 

「ぼおおおおおおおおおおおおおおおおおおぅっ!?」

 

予想だにしない現象に、言葉を紡いでいた口は叫びを放った。

叫ぶ魔法少女の身体は背後に引かれていた。

後ろを振り返ったその瞬間に浮遊感。

そして激突。

 

「うぎゃっ」「痛っ」「てめぇっ!」「この馬鹿!」

 

悲鳴に罵声が連なり、杏子は仰向けに倒れていた。

木目の浮いた天井と照明が見えた。

困惑する杏子。

その下、正確には彼女の背中の下から這い出す複数の気配を感じた。

細い腕と柔肌と布の感触がした。

そのどれもに、そして先の声にも彼女は身に覚えがあった。

振り向こうとした時、

 

「どうりゃああああああああああああっ!」

 

視界を猛然と横切る人影と叫びを聞いた。

赤く長い髪をポニーテールで纏めた女が急いでガラス扉を閉じ、その前に棒状の物体を突き刺す光景が見えた。

棒の先端には、赤い淵の丸に斜めの朱線が奔ったマーク…道路標識が取り付けられていた。

 

「こっからは通行止めだよ。一昨日来やがれってんだバカヤロウ」

 

ガラス扉の向こうに溢れる異次元の色彩を前に、赤髪の女は中指を立てて叫んだ。

黒い長袖のTシャツと青のジーンズを履いた女は、佐倉杏子の顔と声をしていた。

但しその身長は杏子よりも十センチ程度高く、身体の各部、特に尻や太腿の辺りが成長していた。

顔付きも少女の面影を残してはいたが、成長した女の顔となっていた。

年齢で考えれば、今の杏子よりも十以上は歳を重ねた風貌に見えた。

 

次の瞬間、杏子は跳躍していた。

天井のすれすれを飛翔しながら槍を召喚。

咆哮を放ちながら、自分と同じ顔を持つ女へと真紅の十字を突き出した。

美しい女の顔へと吸い込まれる寸前、その鋭利な穂を女の繊手が軽々と捉えた。

穂の根元ではなく、全てを貫く魔槍の穂自体を素手で平然と掴んでいる。

 

「んなっ!?」

「おお速っ。やっぱアタシだ、血の気が多いったらありゃしねえ」

 

片手一本で槍を捉え、その先にいる杏子を宙に吊るしながら成長した杏子の姿をした女は言った。

宙ぶらりんに吊られた杏子はその状態で足掻いたが、縫い止められたようにその槍はビクともしなかった。

女は手をゆっくりと下げ、杏子の両足を地面に置いた。

地面、というよりも床にはベージュ色のカーペットが貼られていた。

 

「誰だ、テメェ」

「あたしはアタシさ。あんたと同じ、サクラキョウコだ」

 

ああ?と激昂する寸前、彼女の背後で

 

「あたしも」「あたしも」「アタシは年長さんだ!」「うっせぇよ、テメェら」

 

と複数の声が鳴った。

声の強弱や幼さと言った違いはあったが、全てが同じ声だった。

恐る恐ると、杏子は振り返った。

苛立ちと苦痛で覆われていた杏子の顔に、唖然とした表情が広がった。

 

積み木や木で出来た車の玩具が転がった床の、傍らに置かれたテレビを囲うように配置された椅子に複数の赤髪少女が座っていた。

普段着の杏子と、隣町の制服を着た杏子、見覚えのある赤ジャージをだらしなく着た杏子。

そしてこれは明らかに幼女としか思えない体躯の杏子がいた。

幼い杏子は先の制服を小型化したような服を着ていた。さながら幼稚園の制服と言った風貌だった。

 

振り返っているのは幼い杏子のみで、他の杏子は魔法少女服の杏子を見もせず菓子を食みながらテレビ画面を注視していた。

杏子達によって見えにくいが、今時滅多に見なくなった分厚い旧型テレビにはオープニングと思しき映像が映っていた。

 

赤いスカーフを首に巻いた黒いライダースーツ風の衣装の男、禿頭で黄色の鎧に似た衣装を纏った大柄な男。

白衣を着た女、厳めしい顔の白髪の老人が、機械的な趣の廊下らしきものに消えゆく光景が映っていた。

一目見ただけだが、杏子にはこいつらが揃いも揃って、まともな人間とは思えなかった。

悪鬼のような連中が消えた後、画面内に炎が渦巻いた。

渦巻く炎は文字の形を取り、画面に広がった。その瞬間、

 

「あのさ、これは閲覧禁止って言ったよな」

 

何時の間にかテレビの傍らに立っていた年上の杏子、キョウコがテレビの電源を指で消した。

チャンネルは無いのだろうか。

当然のように、キョウコ達は一斉に声を挙げた。

 

「何しやがるこの年増っ!」「保護者面すんじゃねえ!」「おい、たつひといねえじゃねえか!」「あー、うぜぇ」

 

一斉に喚き始めるキョウコ達。

年上キョウコが最初の二人をぶん殴り、幼女の頭を撫で、無害なジャージキョウコを放置する。

 

蚊帳の外へ置かれた杏子は、とりあえずその光景を眺めることにした。

この秒単位で正気度を削る地獄めいた光景も、自分への罰なのかと彼女は考え始めていた。

 

「いいじゃねえかよ。面白いんだから」

「このアニメの主役連中は社会不適合者のダメ男三人組で、他も危険人物ばっかりだ。こんな不健全で暴力的なアニメ、少なくとも観る時はアタシに隠れて観な」

 

叱りつつも割と柔軟な姿勢を見せ、年上のキョウコは諭した。

そしてテレビの前へと屈んだ。

そこには随分と前に発売されたゲーム機が置かれていた。

ゲーム機の背後から線が伸び、テレビの背面へと消えていた。

ボタンを操作して中に入れられていた円盤を抜き、何処からか取り出した別の円盤を挿入した。

 

「だから代わりにこいつを観な。善良な公務員二人が繰り広げる愛と勇気が勝つ冒険譚(ストーリー)だ」

 

立ち上がり言ったキョウコは何故か誇らしげだった。

杏子は何故か嫌な予感がした。

何故かは分からなかったが。

 

一瞬の内にロードが完了。

画面内に映ったのは金属光沢を放つ物体であった。

ほんの一瞬のフラッシュバックの様なビジョンであったが、それは髑髏を模したような、悪魔じみた鉄仮面に見えた。

白魔が漂うような霊峰が映ったと見るや、吹き荒ぶ雪の中に晒された、今度は本物の髑髏が見えた。

風に揺れ、笑っているような髑髏に複数の閃光が突き刺さり、死者の尊厳を無視するかのように破壊する。

 

砕け行く骸骨の後に映ったのは、視聴者から見て顔の左半分を炎と化した男の顔。

初見だけでもまともではないと思える凶悪な面構えだというのに、それに加えて更に獰悪な笑みを浮かべていた。

次に映ったのは、右半分を氷の如く冷淡な青に染めた美青年。

こちらも纏った雰囲気は尋常ではなく、人を殺すために造られた機械の様な冷酷さが伺えた。

暴力という言葉を具現化したような映像には、メタル調の音楽が悪霊の様に伴っていた。

 

唖然とするキョウコ達。

物語は始まってすらおらず、オープニング映像の始まりだというのに幼いキョウコに至っては泣き叫んでいた。

ただ年上のキョウコだけが、(比較対象を杏子としての)大きめの胸の前で腕を組み、眼を閉じながら満足げにこくこくと頷いていた。

 

その様子に杏子は溜息を吐いた。

それは、鉛のように重かった。

 

「ああ、そっか分かった」

 

軽く言いながら、杏子は膝を着いた。

祈るように両手を重ねると、手の間に魔力を生んだ。

それは真紅の槍穂となった。

 

「自分で死ねってんだな。そうだよな。最初からそうすりゃよかった」

 

喉元に突き付けた槍の先端へと杏子は堕ちる様に首を傾け、両手もまた喉を目指した。

 

 










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