魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第2話 転がる道化⑤

瞼が開いた。

指先は動いた。

足も伸びた。

足の指先は…感覚が無かった。

 

同時に生じた激痛と恐怖が意識を覚醒させ、全身に強力な治癒魔法が施される。

辛うじて原形を留めている道化の全身を、暖かい光が包み込んだ。

体表を伝っていた光は、『溝』や『断面』にも這入り込んだ。

それらの内側に詰められている内臓や骨といった

自分の『中身』を撫でる熱い光の感触が、妙に心地よかった。

 

ただしその快感は、全身の数十か所で生じていた。

深紅の魔法少女の言葉の通り、墜落の衝撃によって優木は細切れにされていた。

尋常ではない恐怖感が生じたが、優木は全力でそれを無視した。

 

幸いなことに覚醒より数秒ほどで、治癒が完了。

名残惜しそうに光が消失した直後に、優木は即座に杖から破壊の魔力を照射。

破壊光が拘束物を薙ぎ払う。

瀕死の魔女の悲鳴と共に、肉片と体液が噴き上がった。

開けた視界には、異界の空が映っていた。

 

魔女の肉体から異形の体液と共に起き上がる姿には、眩いばかりの神々しさがあった。

少なくとも優木はそう思っていた。

汚濁に満ちた死より、生まれ出でる女神。

絵画にでもしたら、そんなタイトルが似合うだろうと。

 

そんな妄想は兎も角として。

彼女を待っていた者たちがいた。

既に、彼女の傍らに立っていた。

 

縦に潰れ、不細工さに更なる磨きをかけた魔女の額に、一対の影が聳えていた。

間に優木を挟み、右には紅、左には黒が。

 

疲労感と恐怖を無視し、優木は杖の切っ先を左に向けた。

振った直後に、軽い破壊音が鳴った。

幾何学的な線を描いて湾曲した杖の先が、宙高く舞い上がっていた。

紡がれていた破壊光は霧散し、道化の眼前で火花と散った。

悲鳴を上げて仰け反った処を、細い五指が出迎えた。

 

その時点では、優木はどちらの『悪鬼羅刹の腐れ外道』が

自らのうなじを掴んだのかは分からなかった。

両者の手の感触は、皮肉なことによく似ていたのである。

 

「逃げるなよぉ…」

 

耳の直ぐそばで生じた蠱惑的な声が、咎人の名を告げていた。

直後、五指の全てが優木の肉へと埋没した。

 

悲鳴を挙げる間も無く、優木の全身は

完全に魔女から引き抜かれ、直後に視界が暗転。

 

本日幾度目かになるかは、彼女自身も覚えていないし思い出したくも無い事だったが、

激痛と共に眼と鼻と前歯の全てが、そして顔の肌が、

一瞬にして完膚なきまでに破壊されていた。

叩き潰れた魔女の顔面に、優木の顔が激突させられていた。

 

接面から弾けた血液が、真紅の魔法少女の手を穢す。

気にした風もなく、杏子は身を翻した。

道化の顔を魔女に接触させたまま、その巨体の上を滑り落ちる。

肉が焼け焦げる臭気が生じ、黒々とした跡が魔女の表面に残酷な線を描いた。

 

それが二メートルほど続いた後に、優木の顔は終点である地面に激突。

バウンスした際の僅かな隙に、顔面に治癒魔法が発動。

眼球が形成されていき、鼻梁や唇に美少女の面影が戻っていく。

その最中に、うなじからの激痛と浮遊感が優木を襲った。

無理矢理に立たされた優木の視界に、今日だけで無数に見たものが映り込んだ。

 

撓めた五指で形成された、ある意味最も原始的な凶器。

人間の拳であった。

 

身構える間も無く、左頬に着弾。

皮膚の上を衝撃の波が奔る。

弾性張力を越え、再生していた部分が再度に渡って破壊。

 

弾ける赤い破片を縫い、次弾が右頬に直撃。

左と同様の破壊を与え、即座に離脱。

そして直後に左拳が顔面へと突き立った。

 

それが更に、更に、更に更に更にと繰り返される。

不運なことに魔女の巨体が壁となり、優木が転倒することを許さない。

ただ例え倒れたとしても、その際は踏み付けが開始されるか、

立たされて今の状況に戻されることになるだろうが。

 

悲鳴を挙げるどころか、呼吸すら許さない程の超連打。

一撃毎に、破れた皮膚から鮮血が舞い、頬などの肉が弾ける。

 

拳と拳の合間に、無意識に治癒を行っていることが

被害者の頭部の破壊を防ぐ一方で、

加害者の残虐行為を引き延ばす事態を引き起こしていた。

杏子の拳は、一撃毎に鮮血に塗れていった。

拳の先から生じる音は、肉を殴る鈍い音ではなく、

飛沫を飛ばす水音となっていた。

 

原形を僅かに残した道化の顔が、杏子を見据えていた。

一撃毎に眼球が破壊されていくが、即座に再生。

垂れた視神経の先が膨らみ、先程と寸分違わぬ青い瞳が、

自らを打ち砕く破壊者を眺めていた。

 

瞳の中には、恐怖以外の感情が閉じ込められていた。

殴られる度に、その感情は増していったが、

優木は決してそれを表にする事は無かった。

ただ無力な道化のまま、杏子の怒りを浴びていた。

 

対して、攻撃者である杏子には変化があった。

殴る毎に少しずつ、杏子は復讐心と憎悪が薄れていくのを感じていた。

代わりに心に這入り込むのは、自らが行使している陰惨な暴力による、

陰鬱とした嫌悪感。

そしてこれは無意識に近いものであったが、

幾ら破壊しても治癒が可能という、魔法少女という存在への恐怖。

自分もそれだという事が、負の感情の増幅に拍車を掛けていた。

 

それでも杏子は殴り続けた。

嫌悪感と、時折雑音のように混じる理性を伴いつつも、

今の彼女を突き動かしているのは、優木に植え付けられた鬼火のような憎悪であった。

それが尽きるまで、佐倉杏子は力を行使し続ける。

その筈だった。

 

「その辺でやめとけ」

 

嫌悪感に、血で染まった顔を歪める。

振りかぶられた、鮮血に塗れた右手の手首を、少年の手が握っていた。

 

「なにさ。説教でもかます気かよ」

 

凄絶な顔付となった少女の顔で、杏子は怒りに満ちた言葉を吐いた。

 

「悪いが、俺はそんなに器用じゃねぇよ」

 

拘束に抗う杏子の手首をぎりぎりと締め付けながら、ナガレは返した。

 

「誰もテメェに、そこまで期待なんざしてねぇよ」

 

手を左右に振ろうとするも、血でぬかるむ手は離れない。

異常と気付きつつも、杏子は更に口を開いた。

 

「それとも、なに?テメェもこいつを殴りてぇのか?

 ひょっとしてその逆をされたいっての?なら、先にテメェをぶっ潰してやる。

 こいつはあたしの獲物だ。奪えるもんなら、奪ってみな」

 

敵愾心に満ちた紅い瞳が、黒い瞳と交差する。

少年は紅い瞳の中に、狂気の片鱗を見た。

 

「こいつにそんな価値があるか、馬鹿野郎」

 

杏子が罵倒を認識した直後、

紅い閃光が少年へと奔り、左頬へと吸い込まれた。

激突の寸前、紅の拳を煤けた掌が受け止めてた。

 

「自分の身体だろ。さっさと気付きな」

 

咄嗟に沸騰した怒りという事もあったが、彼女は彼の首を飛ばすつもりで殴っていた。

それが無力化されたことで、否が応にも原因が分かった。

 

胸の宝玉が、血が凝り固まったような醜い黒に染まっていた。

杏子自身も気付かぬうちに、穢れが心身を蝕んでいた。

本来なら遥かに格下であるはずの彼の拘束を拭えなかったのも、それが原因だった。

 

「離せ、クソガキ」

 

吐き捨てつつ手を払い、杏子はその場から距離を取った。

懐にしまっていた黒い卵を、胸の宝石に押し当てる。

途端に、大量の漆黒の煙が紅の宝玉より発生。

黒い卵がそれを吸い黒味を増し、逆に紅の色は輝きを増した。

 

一応礼を言うべきだったのかと、彼女は思った。

しかしながら、あちらは特に何も思っていないらしかった。

彼女の様子を伺いもせず、優木に向けて歩を進めている。

 

どうしても気に食わない一応の相棒の美点は、

こちらにあまり干渉して来ない処であった。

少なくとも今は、余計な気遣いをしてこない事が有難かった。

心配などされたらそれこそ、

自分への情けなさにより精神的に参ってしまいそうだった。

 

しばしの間、道化の相手は仲の悪い相棒に任せる事とした。

浄化をしたというのに、杏子の全身を虚脱感が包み込んだ。

先程は、かなり危険な状態であったらしかった。

 

 

 

 

横たわる優木を見下ろす少年の耳朶を、一つの音が震わせた。

安堵の吐息でも恐怖の悲鳴でもなかった。

優木の口から漏れたそれは、呪詛の詰まった舌打ちだった。

 

「おい、ピエロ女」

 

優木を見下ろすナガレの眼から、一切の余裕が消えていた。

 

「てめぇ、あいつを道連れにする気でいやがったな」

 

全身に傷を負った少年の顔に、不快感が刻まれた。

 

「あと、もう少しだったんですケドねぇ…」

 

対照的に、優木の顔には笑みが浮かぶ。

傷は既に跡形もない。

その異常な治癒力も、ナガレの不快感を誘っていた。

 

「流石は自称異世界転生主人公君。

 その慧眼も、あの雌猿から貰ったチカラとやらなんですかぁ?」

「勝手な妄想を押し付けるんじゃねぇ。全部てめぇの狂言だろうが」

「あれェ?そうでしたっけェ?」

 

すぐにでも殴りたかったが、今は情報が欲しかった。

それに、これ以上狂われては困る。

 

「お前、今の自分の立場が分かってんのか?」

 

その問いに、道化の青い瞳が目まぐるしく動いた。

ナガレは確信した。

こいつ、快楽に溺れやすい奴だなと。

 

「あ、あのう…助けて、くれませんか?」

 

理解したのか、表情が一変。

目は潤んで鼻声となり、今にも泣きだしそうな童女の顔となった。

優木の頭脳が活性化し、現状を打破すべく篭絡の手段を構築していく。

結論。

活路を開くには、色仕掛けの上の洗脳が最も効果的だと優木は確信した。

 

杏子に続いて、まだ名も知らぬ少年を毒牙に掛けるべく、優木は口を開いた。

 

「ひょっとして、お前なら知ってるかもな。

 しぶてぇし、ギラついた魂を持ってやがるだろうしよ」

 

優木の言葉を遮り、ナガレは優木の傍らに立った。

 

「なぁ、お前」

 

暗い影を落としつつ、彼は問うた。

 

「『…ッ…-』、或いは『…ッ…-…』って、知ってるか?」

 

聞きなれない単語に、優木は顔を顰めた。

 

「はぁ? 何ですか急に。中一程度の英語力のお披露目ですかぁ?」

 

彼女としてはそう応えた積もりだった。

だが実際には、声は出ていなかった。

単語の意味は茫洋と伝わったが、妙に掠れて聴こえていた。

言い終えた後には、空虚な感覚が胸にわだかまっていた。

 

「お前は手掛かりじゃないみてぇだな」

 

呆けた様子の優木に、ナガレは僅かに気を落としたようだった。

そして興味を失ったように、彼は彼女から離れていく。

 

「え、ちょ、待って」

 

呼び止めようとする優木の首を何かが掴み、束の間の絶息の苦痛を与えた。

細い首に絡まるのは、鎖の節を持つ長大な槍だった。

 

戻ってきた杏子の姿を、ナガレはちらりと覗った。

彼女の全身を穢していた優木の血は、既に魔力で除かれていた。

そして何より、眼に宿っていた狂気の色が消えていた。

元通りの、真紅の魔法少女がそこにいた。

 

「これ以上、テメェの戯言を聞くつもりはねぇ」

 

槍の根元が振られ、優木の身体が高々と宙を舞った。

揺れる視界の中。

自分の真下で、魔女たちを包む真紅の拘束が蠢いている事に彼女は気付いた。

 

「じゃあな。先に地獄で待っていやがれ」

 

拘束を突き破り、無数の真紅の槍が現出。

魔女の叫びと肉を破壊しながら、空中の優木へと直進してゆく。

迫りくる針山地獄に、優木は為すすべもなかった。

 

数秒後には、道化は肉片と化す筈だった。

 

 

ふと杏子は、槍を振るう自分の背後からの、微かな音を聞いた。

 

きぃんと、金属が鳴る音だった。

それは直後に、激烈な破壊音に変わった。

破壊音に遅れて、女のそれに似つつも激しい怒声が生じていた。

ナガレが挙げた叫びだった。

それに遅れて、複数の金属の落下音が続く。

 

振り返ろうとしたときに、違和感に気付いた。

上空へ、優木へと向かっていたはずの槍の動きが静止していた。

道化もまた、僅かな動きをしつつも宙に留まっているように見えた。

 

背後へ振り返った彼女を、異様な景色が出迎えた。

黒い旋風が異界を遮り、彼女の視界を埋めていた。

 

「避けろ、杏子!!」

 

少年の叫びが、杏子の耳に木霊した。

悪寒が全身を貫き、杏子は即座に魔力を開放。

強化した脚力で、全力での退避に移った。

だがそれは数瞬遅く、渦巻く黒い風は杏子の右肩に触れていた。

 

黒の末端が触れた、その途端に杏子の白い肌に

深く長い線が刻まれ、肉の裂け目からは鮮血が湧き出た。

 

破られた皮膚から跳ねた液体は珠となり、そして飛沫となって散った。

それの様子が、何故かはっきりと見えた。

歴戦の魔法少女である杏子とて今までで味わったことのない、異様な感覚だった。

 

だが彼女は、観測者でいる気は毛頭なかった。

槍を現出させ、黒風を貫くべく裂帛の突きを放った。

 

だが、意識の中では突き切った筈の槍は、実際には未だ構えの途上にあった。

一瞬遅れて力が解放され、空気を焼け焦がすような烈しい突きが放たれた。

十字を宿した槍は、吹き荒ぶ黒風の隅を貫いた。

穂先に激突していく無数の硬質な感触が、柄を通じて伝わってきた。

十字の穂は直後に破壊されたが、それでも何かを抉った感触があった。

 

その為か、黒風に変化が生じていた。

勢いが僅かに低下し、その内部が微かに見えた。

 

黒い旋風の奥に、白と黒で構築された衣装が見え、

そこからは、細く華奢な女体の線が伺えた。

身体の頂点には風と同色の黒髪が、自らの発する力によって揺れていた。

白い肌で覆われた顔の上を横断する、不自然な黒の帯があった。

そして整った鼻梁の下の鮮血色の唇は、酷薄な笑みを刻んでいた。

 

黒白の衣装を纏った少女の先には、似たような背格好をした黒髪の少年がいた。

黒い風の中、二人の黒髪の持ち主達が対峙していた。

 

少年のすぐ目の前に、渦巻く風によって不明瞭ではあったが間違いなく

不気味な形状をした鋭角があった。

その先端が彼の頬に触れ、血の珠を浮かばせている。

長い鋭角の半ばに、少年の半壊した得物が絡んで鍔迫り合い、

彼を直撃から守っていた。

 

その様子に何を思ったのか、

黒風の中の唇は血を吸ってのたうつ、蛭のような歪みを見せた。

ぞっとするような、妖艶さを湛えた笑みだった。

 

直後に、ナガレの身体が後方に向かって弾き飛ばされた。

彼の背が黒風に触れる寸前に、それは幻のように霧散した。

 

仰け反る少年の胸に向かい、少女の姿をした、黒い影が跳ねていた。

そして更に、そこを基点に上方へと舞った。

 

少年の苦鳴と骨の悲鳴を背で聞きつつ、黒影が再び風を纏った。

更に勢いを増し、黒風が宙へと移動。

その先には、宙で転がる道化がいた。

 

杏子が追撃の槍を放つも、僅かに掠めたのみで黒風は道化と合流。

黒に触れた槍は、地面に落ちるより早く数十の断片となっていた。

 

放った槍に少し遅れて、無数の断片が地面へと落下。

優木への処刑用として放った槍たちの残骸だった。

それらは、僅かに付着した血液と共に地面の上で虚しく跳ねた。

 

それら無数の敗者の断片の中を、黒い風は猛然と過ぎ去っていった。

杏子が投擲した三度目の槍も、それを見越して跳躍した黒風の傍らを通り過ぎた。

 

瞬く間に結界内を走破し、

出口である鉄扉に風が接触するや否や、扉の縦横に断裂が発生。

音もなく崩れ行くそれの中を、風は悠然と抜けていった。

 

何処へともなく消えゆく黒に、

黄色い道化の悲鳴が尾鰭を引いていたが、それもやがて消えていった。

そして、異界の破滅が始まった。

 

 

 

「くそっ…たれが…」

 

崩壊していく異界の中で、少年が苦々しい呟きを漏らした。

 

「あいつも…てめぇらの、同類か…?」

 

苦し気な表情をしたまま、彼は胸を左手で抑えていた。

残る右手は垂れ下がり、刃の殆どが砕けた斧を握っている。

傍目にも、脚のふらつきが伺えた。

流石に、茶化す気にはなれなかった。

目に見えて分かるほど、彼は深い負傷を負っていた。

それこそ、生きているのが不思議なほどの。

 

「だろうね」と声を掛けた積りだったが、上手くいかなかった。

先程の異様な感覚が、毒のように彼女を蝕んでいた。

浄化したばかりの胸の宝石にも、再び汚濁が宿っていた。

 

「あの…、眼帯、女……次は……」

 

その続きは、発せられなかった。

言葉ではなく、別のものが吐き出された。

そして口から吐き零れる熱いものと同色の色が、彼の視界を染めていった。

赤はえぐみを増していき、遂には黒く染まり切った。

 

歯を食いしばっての抵抗も空しく、

彼の意識と彼の身体は、自らが吐き出した赤黒い闇の中へと堕ちていった。

 

 













今回はここまでです。
流石に、彼女の相手はキツい模様です。

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