魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第42話 虚熱空間

口の中に広がるのは、むせ返る様な塩辛さと鉄錆の香りだった。

 

「目が覚めたか」

 

女の様な声は、杏子の鼓膜と顎を震わせていた。

真紅の魔法少女の口は、ナガレの喉に添えられていた。

はっきりと言えば、彼女は彼の喉を喰い破らんばかりに噛み締めていた。

口内に広がる血肉の香りから逃れるべく、杏子は口を開いて離れた。

動きは直ぐに止まった。

開きはしたものの、彼女のすぐ後ろにあった壁にぶつかり、彼からは二十センチと離れられなかった。

 

首の肉から魔法少女の歯がざくりと抜けた後、彼の首に刻まれていた歯型には手前どころか奥歯までが含まれていた。

その結果として杏子の全ての歯は血塗れで、口内と喉には鮮血が溜まっていた。

 

「…あ」

 

吐き出そうとした瞬間、杏子は思わずそれを嚥下していた。

ごくんと鳴った音に、両者の間に気まずい沈黙が降りた。

 

「…帰ったら胃薬でも飲みな」

 

無言のまま、杏子はばつが悪そうに口を腕のレースで拭った。

薄紺色に朱が足され、黒い染みが生地に浮いた。

 

「具合悪いみてぇだな」

 

「目覚めて最初に見るのが、テメェのツラじゃね。無理ないさ」

 

「思ったよりは元気じゃねえか。安心したぜ」

 

「そう言うテメェは…酷ぇ有様だな」

 

杏子の前に立つナガレの姿は、血みどろという言葉の通りとなっていた。

緑色のジャージは全身がどす黒く変色し、破れた生地から覗く肌には黒塗りの朱線が奔っている。

元々負傷していた右目の血は乾ききり、眼窩は黒い孔と化していた。

 

彼の背後では、真紅の十字槍と斧槍型の魔女が地面に突き立っていた。

両方の刃にも無数の傷が付き、軽く触れただけで崩れそうな様相を呈している。

 

「あたしにやられたのか」

 

「ああ。凄ぇ暴れぶりだったぜ。見せたいくらいにな」

 

「それなのにあたしは無傷か。お優しいこって」

 

「俺も強いって事よ」

 

「全身傷だらけでマウント取るんじゃねえよ」

 

それもそうだとナガレは言い、笑った。

喉の傷は気道に達している筈だが、あまり気に留めた風は無かった。

 

「何時も思うけどお前は強ぇな。俺をここまでボロボロにしやがったのは…まぁ、そりゃ別にいいや。ちょっと大人しくしてろよ」

 

そう言って斧槍に手を伸ばし、中央に開いた穴の中に手を入れた。

引き抜いた指は黒い卵を、グリーフシードを握っていた。

 

「まだあったのかい」

 

「こういう時の為の予備だ。魔女は幾らでも出やがるからな、必要分をお前に渡してても結構溜まるもんだ」

 

早速取り出したものを杏子の胸元に向けた。

宝石は既に紅ではなく、光を吸い込むような黒となってた。

放出された靄も何時になくどす黒く、グリーフシードは一気に染まり切った。

 

「心配すんな。まだあるからよ」

 

指を離し、再び穴へと手を入れ二個目を使用する。

同様に一瞬にして漆黒へと変わった。

同じ動きで、再び新しい卵を添えた。

 

「おい」

 

「あ?悪いな、指先が欠けてんだ」

 

「その傷だと、あたしが齧ったか」

 

「今は気にすんな。楽にしてろ」

 

地面には既に六個のグリーフシードが転がっていた。

そして更に一つ増えた。

 

「で、済まねえな。距離感がイマイチ掴めねえ」

 

「別にいいよ。テメェなんかに胸触られようが、こんな状態じゃ正直なんとも思わねえし」

 

「そんなに苦しいのか」

 

「男には理解できない苦痛だね」

 

ナガレは黙った。

そう言われては、無意味な慰め以外に言えることは何もない。

彼女もそれを望まないだろうと、彼は思った。

話の方向を変えることにした。

 

「で、さっきの呼びかけは別の事か?何か聞きたい事でもあんのかよ」

 

「ある。変な質問だけど答えてもらうよ」

 

「ああ、言ってみろ」

 

「誠に遺憾ながら、あたしらは一緒に寝泊まりしてる訳なんだけどさ。あんたはあたしを、抱きたいとか思った事ねぇの?」

 

絶句、そして沈黙。

ナガレはその中で手を動かし、黒く染まった卵は更に二つ増えた。

 

「それ答えたら、ちったぁ気が紛れるか?」

 

脳が活動を再開し、彼は問うた。

床に落ちた卵の数は既に十二個となっている。

 

「そっち次第だね。テメェの話は何時もつまらねえからな」

 

「悪かったな。お前らと同年代の奴らと会話するなんざ、今まで滅多に無かったんだ」

 

「言い訳するなよ、見苦しい。で、どうなのさ。手足ぶった切られたのは何度もあるし、全身の骨を砕かれたなんて、何回やられた事か。やろうと思えば犯せたんじゃねえのかい?」

「お前、俺をどんな目で見てやがんだ?」

 

「見たままだよ。メルトダウン級に危険な奴。ついでにあんたくらいの歳の坊やは、そういう考えで頭一杯の猿だろうからね」

 

「なんて酷ぇ例えしやがる。ていうか、その質問の理由は何だよ」

 

二つ纏めて卵が落ちた。

これで十四個目。

 

「昔色々あったからね。あの教会で寝てた時にやって来た連中とか、路地裏やゲーセンで会った奴らとあんた、どう違うのかなと思ってね」

 

「ちなみに、そいつらは今頃生きてんのか?」

 

「さぁね。あたしらの感覚で全治三か月ってくらいにかましてやったら二度と見なくなったんだけど」

 

「それで正解だ。俺もヤクザ相手によくやる」

 

「で、そろそろ答えなよ。許してやっから思うままに言いな」

 

「そういう話は十年早え」

 

「…は?」

 

予想を超えた答えに、杏子は素っ頓狂な声を出した。

十六個。

 

「お前らがキレイなのは分かるけど、俺好みの歳じゃねえんだよ。ついでに女犯すほど飢えてねぇ」

 

「言葉を信じるなら意外と常識人なんだね。ていうかあんた、そういう趣味だったのか」

 

「年上好きで悪いかよ。バカにしたきゃ勝手にしろ。だからせめてその間は生きやがれ」

 

十七個。

 

「十年か。その頃になりゃ、あんたも少しは男らしくなるのかね」

 

「どうだかな。最近思ったけど、この身体は強くなっても成長はしてねえんだよな」

 

「何で分かんだよ、そんなの」

 

「なんとなく、気分で」

 

「あんた、多分今までずっとそうやって生きてたんだな。本当に大事な事とかよく考えて生きろよ」

 

十八個。

 

「つうか、十年後のあたしか。こっちも想像も出来ねえな」

 

「いい女になってると思うぞ」

 

「もうちょっと丁寧な言い方しろよ。ところで、あんたは叶えたい願い事とかねえの?」

 

「なんだよ急に。お前、なんか変だぞ」

 

「骨の髄から変な奴に言われたかないね。まぁこれでも魔法少女だからさ。アホで無様で救いようが無い人生を送るあんたに、少しは夢を与えてやろうかなと」

 

「好き勝手言いやがって。ていうかほんと急だな。つうか、んな場合かよ。自分の事考えろ」

 

「いいから言ってみなよ、聞くだけ聞いてやら。カウンセラーごっこってやつさ」

 

「カウン…?」

 

ああもう、おバカと杏子は思った。

二十二個。

 

「よくよく考えりゃ、あんたも変なのに好かれたりしてるからね。心病んでないかなとちょーーーっとだけ心配してみたりなかったり」

 

「で、話を聞こうってか。バカにされてるのだけは分かったぞ」

 

「バカめ」

 

「くそっ…」

 

演技ではなく普通の様子でナガレは悔しがっていた。

分かりやすい男だった。

二十五個。

 

「じゃあ決めた」

 

「早いね。ロクでもないものだろうけど言ってみな」

 

「友達になってくれ」

 

杏子は沈黙し、露骨に困った表情を作った。

二十七個。

 

「また随分と難しいの寄越すな。嫌がらせかい」

 

「そうくると思ったぜ。あと嫌がらせじゃねえよ。時々ムカつくけど、別にお前の事は嫌いじゃねえからな」

 

「言い方が正直すぎだよ、おバカ。あと知ってるか、そういうのツンデレって言うんだぞ」

 

「ああ?アヤナミみたいなのか」

 

「絶対に違うし、なんでそう思ったのか意味が分からねえ」

 

溜息、そして嘆きが漏れる。

三十個。

 

「正直、尻向けろとかヤラせろって言ってきた方が楽だったよ。ぶちのめせばいいからね」

 

「だから、俺はお前らをそういう目で見れねぇんだよ」

 

俺ロリコンじゃねえしと続こうとした言葉をナガレは飲み込んだ。

そんな単語、口に出すだけで気持ち悪いと思ったのだった。

三十二個。

 

「で、どうなんだよ。割とマジな願いなんだけど叶うのか」

 

「じゃ、とりあえず相棒から始めようか」

 

三十三個。

 

「寧ろ距離感縮まってねぇか」

 

「この場合の棒って言葉の意味はあんたは武器、っていうか兵器って意味さ。言うなりゃ、対魔法少女及び魔女用の汎用ヒト型決戦兵器」

 

「何だかんだでお前もハマってんだな」

 

「気になったから本編も観ちまった。で、あの世界の大人は現実に輪を掛けてロクなのがいねえことが分かった」

 

三十五個。

 

「なんだよ、俺まだ映画しか知らねえってのにお前そこまで観たのか」

 

「あんた凄ぇな。話の下地無しにあんなの何十回も観てたのか」

 

「この前で百越えたらしいぞ。何で知ってるのか知らねえけどキリカの奴にそう言われた」

 

「故郷の地獄の前に、お前もう病院行けよ。可能なら入院してじっくりと心を診て貰いな」

 

会話の論点は既にズレており、元の会話の体をなしていなかった。

互いのテンションや発言も、おかしいと思いつつ話題が無いためおかしいままに続けざるを得なくなっていた。

ただ珍しく、本当に珍しく、両者の交流は出来ていた。

そして、三十六個目のグリーフシードが消費された。

 

「なんだかな、今日は妙に会話が続くじゃねえか」

 

「面白いかどうかは別だけどね。まぁ明日は雨かな。或いはこの世の終わり」

 

三十八個。

 

「終わりと言えば、まだあるのかい」

 

「まだまだあるから心配すんな。もうちょい付き合え」

 

四十個。

 

「なんか、最初の頃思い出すな」

 

「どれだよ。ネカフェ行く前に斬り合った時か?」

 

「その後、あんたがキリカに半殺しにされた時さ。今のあたしみたく胸をやられてたからね」

 

「あの時か。お前の手当は助かった」

 

「胸の傷に手ぇ当てて、肋骨引っ張った時はこいつ頭おかしいんじゃねえかと思ったね」

 

「あれはクソ痛かったな。二度と御免だ」

 

「その割にはあたしには容赦しねえよな。殴る蹴るされて、何度肋骨が肉の外に出たと思ってやがる」

 

「謝ったら怒るか?」

 

「もちろん」

 

「だろうな。俺もお前の立場だったら怒るわ」

 

四十五個。

四十六個目を手に取った時、杏子の身体が震えた。

 

「寒い」

 

「待ってろ。今、火でも」

 

「待てねえ」

 

いい様、杏子が前傾した。

激突するように、杏子の額がナガレの胸にぶち当たる。実際激突だった。

いつぞやの時以上に肋骨が破壊されており、何本かが肺に突き刺さっていた。

それが更に押し込まれ、ナガレの視界は苦痛の深紅で染まった。

 

「悪い、加減ミスった」

 

ナガレは無言だった。

無言のままに手だけは動いていた。

新しいグリーフシードが消費され、地面へと落下する。

四十八個。

 

「あんたを包帯でグルグル巻きにしてた時を思い出したんだ。あんた、体温高いのな」

 

「それが、どうした」

 

青春物の一場面の様に男の胸に顔を埋める事はせず、杏子はあくまで額の一部だけを彼の胸に触れさせていた。

対するナガレは苦痛が若干和らいだのか、返事が可能となっていた。

恐らくは痛すぎて麻痺したのだろう。

 

「このまま熱を寄越しな。それと男ならちったあ喜べよ、美少女で魔法少女な女がこうしてやってんだぞ」

 

「血で汚れんぞ。あとやっぱ、お前テンション変だぞ。別に嬉しくねえし痛ぇだけだ」

 

「変な性癖持ちのマセガキが生意気ほざいてんじゃねえ。それに、あんたの返り血なんざいつも浴びてる」

 

「そういう問題じゃねえと思うし、人の好みを愚弄すんなよ」

 

五十二個。

そして同時に溜息が鳴った。

 

「お互い、可笑しなこと事やってるな」

 

「優木の糞女が見たらさぞ面白くトチ狂うだろうね」

 

ナガレは道化を思い出して嫌そうな顔になり、杏子はその様子が愉快らしく薄く笑った。

五十五個。

 

「にしても何も感じねえな。恋愛感情とか、そもそもどういうのか知らねえけど、あんたに触れててもマジで何も感じねえ」

 

「あー…どうリアクションしたらいいのか、俺もそろそろ分かんなくなってきたな。で、少しは温まったかよ」

 

「氷みてぇに冷え切ってる。あんたよくこれで生きてんな」

 

「頑丈だからな。あとやっぱりか。お前のデコの方が熱いくらいだ」

 

「お互い、こういうの慣れてねぇんだな。あたしらしくねぇったらありゃしねえ。なんか虚しくなってきた」

 

「ああ。俺も冴えない事しか言えなくて情けないったらねぇや」

 

密着した両者の間で黒霧が舞い、グリーフシードを瞬時に漆黒へと変える。

六十個。

 

「ていうか、本当にグリーフシード多いな。まだ無くならねえのかい」

 

「実はいい狩場があってな。行きつけの映画館の近くにウジャウジャいやがるんだ」

 

「あーーー…納得」

 

六十三個。

 

「それにしても、今日は随分と態度が素直じゃねえか。病気でもした?」

 

「俺なりに学んだことがあってな」

 

「学ぶか。本能のままに生きてると思ったよ、あんたは」

 

「それでも覚える事はあんだよ。そいつはこうだ。他人、少なくとも毎朝顔見る相手くらいには出来るだけ優しくしろ、だ」

 

「ああ、あの映画の影響か」

 

ぐっとナガレは呻いた。

完全に読まれていた事に敗北感を覚えたのだった。

六十五個。

 

その後も互いの不器用さと、これまでの死滅的な人間関係からのツケが廻ったちぐはぐな会話が続いた。

 

安らぎを捨てて、というよりも必要としないレベルで頑強な存在と、自分から幸福を捨て去った少女との間に安らかな温もりが生まれる訳も無かった。

それでも僅かに、微量な光でも地面が温もりを得るように人間らしい感情の波紋は生じていた。

どれだけ殺戮に明け暮れた生活を送り、破滅的な関係であったとしても、人間の楔からは逃れられない。

 

互いに瀕死の状態の中、漸く生じかけている人間らしい関係をあざ笑うように、両者の足元には黒い卵が大量に転がっていた。

それは撃ち尽くされた弾丸の様だった。

 

どれもが悍ましい黒で染められ、異形の色を孕んでいた。

そしてそのどれよりも黒々とした輝きを、杏子の胸の宝石は宿している。

 

七十個目の卵が落ちた。

魔女が生じさせた穴の中に入っていたナガレの手が止まった。

指先は何も捉えられず、ただ虚空に触れていた。

所持していたグリーフシードが、遂に尽きたのであった。

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