魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
大量のグリーフシードを収めていた、魔女の中で区切った仕切りの中はついに虚空となっていた。
瀕死の少年と魔法少女の間には、染まり切った七十個のグリーフシードが落ちている。
「なぁ、その黒いのは俺に渡したりできねぇのか」
「出来たらとっくにやってるさ」
相変わらず、額をナガレの胸に置いたまま杏子は応えた。
冷えた身体を温めるための、熱を求めた行為であったが彼女の額に感じる温度は氷であった。
「じゃあちょっと待ってろ、一狩り行ってくる。ここの奴は大物だろうしな」
「あんた、ほんと諦め悪いのな」
「それだけが取り柄でね」
「嫌な取り柄だな。生きてて疲れねぇのか」
「今のお前よりゃマシだ」
身を離して後退、した瞬間に彼の背に衝撃。
残った方の目で伺うと、細かな真紅の菱形の連なりが見えた。
それは視界の端から横に、そして奥と上にと流れた。
瞬く間に、電話ボックスサイズの空間が仕切られた。
内部は人間二人が行き交うのもままならない狭さだった。
「久々の結界魔法、っと」
「おい、ここから出せ」
「出たかったら壊して出な」
狭すぎるせいで、斧を振り回すのもままならない。
普段なら杏子を撃破し、魔法を強制解除するのだろうが今回ばかりはそうはいかない。
「ああ、分かった」
狭い空間を利用し、ナガレは背後に向けて蹴りを放った。
普段は魔女の肉体すら損壊させる威力があるが、今は人間の首を飛ばす程度に低下していた。
編み込まれた結界は僅かに弛んだのみで、傷の一つも入らなかった。
「最初の日にバトった時を思い出すね」
「今ならあの位のは一発で壊せるさ」
「悔しそうなツラするなよ」
更に蹴りが連打される。
弱い魔女なら絶命に至る程度の衝撃が蓄積するが、結界は揺るぎはしても傷は入らなかった。
「おい、いい加減やめろって」
応えずナガレは蹴りを続ける。
全身から滲むはずの血は既に枯渇し、代わりに薄黄色の体液が僅かに傷口を濡らすのみとなっていた。
この時も彼女の額は彼の胸に触れていた。
氷の冷たさの奥に、ドクドクと脈打つ音が聴こえた。
「いい加減にしろよ。このクソガキ」
苛立ちながら言った瞬間、蹴りによって押し上げられた結界の一部が割れた。
杏子は思わず目を見張った。
そしてちらと見えたナガレの血染めの横顔に、牙を見せた暴力的な笑みが見えた。
「オラァッ!」
弱っている筈なのに、その叫びは衰えていなかった。
蹴りを放った長い脚の奥で、菱形の結界が砕け散った。
開いた穴は、屈めれば通れそうな広さがあった。
「よっしゃ。これで」
屈めようとした瞬間、穴を菱形の鎖が塞いだ。
「だから、やめろって言ったんだよ」
背を向けたナガレに杏子は告げた。
疲労が蓄積しきった緩やかな動きのままで、再び杏子に向き直る。
向いた瞬間、杏子の額が再び胸に触れた。
こころなしか、先程よりも触れる面積が広かった。
「そのザマで何が出来るのさ。離れるんじゃなくてここにいろ。今はあたしと向き合いな」
「…分ぁったよ。俺の負けだ」
ナガレはついに折れた。
疲労ではなく、言葉の通り根負けしたのだ。
彼にしては珍しい事この上ない。
「気晴らしに話が聞きたい。そのくらいは出来るだろ」
「じゃあ何が聞きたい?つまらねえ話ならしてやるぜ」
「ここに来る前の話をしてくれよ」
「つまらねえぞ。マジで」
「しつこいな、それで良いって言ってんだよ。で、そん時もあんたは戦ってたんだろ」
「ああ。色んな奴とな」
「たしか鬼と陰陽師だっけ。魔法少女でもやってたの?」
「嫌な例えすんなよ。それと偉そうな事ほざいてた連中がいたな。神とか名乗ってた」
「…神か。そいつぁ流石に予想外」
「連中の自称だけどな。確かに金ピカだったし仏像みたいな外見のもいたな。黒い奴は気付いたら死んでたけどよ」
「強かったかい?」
「お前よりも、ちょっとな」
彼の語りを聞き、杏子はううんと唸った。
突拍子も無い話で、尚且つ実力を認められて、悪い気がしない…というよりよく分からない気分が添加されている。
困惑も当たり前だろう。
「あたし的には妄想って吐き捨てたいんだけどさ、嘘言って無さそうなのが怖いな」
「どう受け取って貰っても構わねえよ。実際口に出して言ってみると俺でも不思議な気分になってくら」
「あんた嘘言った事ねぇからな…今まであんま喋んなかったってのもあるけど」
ナガレの過去の話に、互いに困っていた。
まいっかと、ほぼ同時に気分を切り替える。
主に暇つぶしと、偶に訓練を兼ねての殺し合いを延々としてきただけに変な所で息が合っている。
「教会の娘が神殺しを拾って、しかもそこに住ませてるか。こりゃ笑える」
「すまねえな」
「珍しくしょげた声出すんじゃねえよ。冗談なんだからあんたも笑ってくれ。で、その後は?」
杏子の問いにナガレは言い淀んだ。
これも珍しい事だった。
「何だよ、神様までブッ殺したんだろ。それが言えて、なんで言えないのさ」
それもそうかと、ナガレは応じることにした。
彼としては言いたくは無い事であったが。
「俺だ」
「はい?」
「俺と戦ってた。この紛い物の身体になる前の、元のままの俺だ」
「自殺願望でもあるっての?」
硬直、杏子はしばし考えようかと思ったが、時間が無いと口早に返した。
また先程までの自分が陥っていたデストルドーからは、彼女は既に脱している。
「カーナビに聞いたら、へーこーせかいの別人って答えられたな。魔法少女物でもたまにあるだろ」
「あー、過去作品の連中出たりとか劇場版とか、あとは時間遡ったりするやつか」
大事な事である筈だし閃光に包まれる前に説明も受けた筈なのだが、つくづく戦闘以外は興味なさげな男であった。
また、杏子も順応が早すぎる。
これは進化と呼ぶべきなのか。
「そいつら、まぁ俺か。トチ狂って色んなもん壊したり虐殺とかをしてやがる。こっちはいい迷惑だ」
「魔女みてえだな、そりゃ嫌になら。だから殺して廻ってるってか。そんな事やってもう長いのかい?」
「そうでもねえよ。気分的には始めてから一年かそこらだ」
「それ本当?よく分かんねえけど、時間感覚とか狂ってんじゃねえのか?なんか前の学校とか学年とかの雰囲気で言う事なのかい?」
「大丈夫だ。俺の記憶力を信頼しろよ」
ナガレは自信ありげに言った。
根拠のない自信とはこういう事だろう。
「それが出来ねえんだってば。お前、買い物行くと毎回何か忘れるじゃねえか」
「今度から気を付けるよ。で、何体かは倒したな。でも死んだかどうかは分からねえ」
「どういう事さ?」
「乗ってた奴をぶった切ったり消し飛ばしても、あいつら最後には笑いながら光になりやがるんだ」
「そりゃ嫌だね、勝った気もしなそうだ。で、乗ってるってのはいつか落書きしてたあの鉄塔?」
「それだ。たまに戦艦みてえな形してたりもする」
「なんだそりゃ。ねえと思うけど、あの鉄塔はスライムか粘土みたいに形がコロコロと変わるっての?」
「よく分かったな」
「分かりたく無かったよ、あたしは」
理解が及ばない事柄のラッシュに、杏子は少し後悔を覚えていた。
もう少し会話しときゃよかったな。
一度に聞くと疲れると。
「顔っていや、あんたツラはいいよな。マジで美少女な顔してやがるよ」
「ありがとよ。全っ然嬉しくねえけど」
「聞いてて思ったけど、今のあんたの状況ってさ。ぶいちゅーばーってのに似てると思う」
「何だそれ。ゲームか?」
「動画配信のやり方さ。美少女のガワを着て、中身は男か女か定かでも無い奴らが喋ったり歌ったりするやつさ」
「あー……近いかもな」
「そこは否定しろよ。よく考えてりゃ、あんたの陥ってる状況って笑えねえな。ちょっと可哀想になってきた」
「ちょっとか」
「憐れんで欲しいのかい。凄く、とっても、凄まじく可哀想とでも言って欲しいと?」
「憐れみはいらねえけど、気分的にはそんな感じなんだよ。でも元の俺にもちょっと似てるから余計ムカつく」
「人生の悲哀を感じるね」
そこで一旦話は途切れた。
同時に吐かれたのは溜息だった。
「不毛だね」
「ああ」
「会話じゃなくて、あんたって個体の存在がさ」
「あ?パシャって水になれってか?」
「そこまでじゃねえけど、そうでもしねえと救われ無さそうだな。生きててしんどそうだよ」
「別に救いなんざ求めてねえよ。俺は好きで今の生き方やってんだ」
「救う気もねえし、出来ねえよ。あたしら魔法少女は人を幸せにするようには出来てねぇんだ」
ま、精々このくらいかと杏子は言った。
あん?と呟いた言葉を遮るように、彼の右頬に杏子の手が触れた。
四本の指の腹が、顔の形を確かめるように添えられている。
「なんだ、この手」
「憐れすぎてね。せめて人の温もりを与えてやろうという気紛れさ」
「寒いんじゃなかったっけか。この手熱いぞ」
「ああ、あれウソ。悪いね」
ナガレは困惑していた。
やや居心地も悪そうであり、そして落ち着かないらしい。
「おい、俺は別に鬱んなってる訳じゃねえ。シンジ君じゃねえんだからよ」
「お前があんな繊細な訳あるかよ」
「こう見えても俺の神経は繊細って、前言わなかったっけか?」
「あんたが繊細なら、魔法少女なんていう面倒くさいイキモノはこの世にいねえよ」
「やっぱお前、いつもと態度が違いすぎてちょっと怖ぇぞ」
「いつものあたしらは殺し合ってばっかりじゃねえか。それが平気で今が怖いってぬかす、あんたのがよっぽど怖いね」
「本当にそう思うか?」
「バレたか。正直あたしも今のこの雰囲気が絶妙に居心地悪い。さっさといつもの調子に、ロクデナシ同士の平凡な日常に戻りてえよ」
「ああ。そんでさっさと忘れちまえよ、こんなつまんねえ話」
「大丈夫さ、寝たら忘れるから。あんたの事憂うほど、あたしも余裕はねえからね」
玩ぶように、彼の頬に触れた指が動いた。
「ほんと、もう余裕がねえ」
繊細な指の先で、乾いた血が割れて、赤黒い欠片が散った。
胸の宝石は、それよりも黒くなっていた。
「さっきのだけど、友達になりたいって願い事は考えとくよ。ついでにあたしのも聞いてくれ」
「何だ。俺の命でも寄越せってか」
「ああ、そうだよ」
「そうすりゃお前は助かるのか」
「少しは逡巡しろよ」
杏子は顔を上げた。
真紅の眼の先にあった黒い瞳は、嫌になるぐらいに強い意志を湛え真っすぐに杏子を見ていた。
その様子がサマになりすぎていたので、杏子は軽く鼻を鳴らして笑った。
「キリカがよく言ってるけど、テメェは主人公って感じがする。これは皮肉じゃねえよ、褒めてるのさ」
「御託はいい、俺は何をすりゃいいんだ。どうすりゃその色を消せる」
「なぁに、簡単さ」
微笑みながら杏子は語る。
彼女の内で繋ぎ止めていたものが、一つずつ解れ始めた。
「あたしと戦え。いつもみてぇに血腥く、容赦もなくさ」
平然と告げた杏子。
それが彼らの日常であるためか、言葉には一切の澱みがない。
ナガレが口を挟む前に、次なる言葉を紡いだ。
「認めたくないけど、あたしらは似てるな。でも似てるけど全然違ぇや」
「当たり前なことぬかすんじゃねえ。お前はお前で、俺は俺だ。どんなツラになろうがよ」
「良い事言うね。改めて踏ん切りが着いたよ」
「何だと」
嫌な予感が彼の胸を刺した。
そして、杏子の胸から闇が溢れた。
「杏子!!」
叫び、手を伸ばした彼の身体を闇の奔流が弾き、狭い結界の奥まで押し遣った。
頬から離れた杏子の手が持っていた熱は、急速に冷えていった。
闇は赤い結界に触れ、結界は音も無く弾けた。
杏子から溢れ出した闇は濁流の勢いとなって鏡の中に広がっていった。
濁流の直撃に、ナガレは斧槍を地面に突き立てて絶えていた。
溢れた闇の水位は、彼の胸元まで達していた。
「さっき言ってたよな、自分の事を紛い物って」
荒ぶ闇は鏡を砕き、それどころか空間にも罅を入れていた。
虚空の中、砕けた空間は鏡となり、溢れる闇が異界を汚染してゆく光景を無限に反射し続けた。
そして魔の力で反射される闇の色は、黒では無かった。
極彩色の色を孕んだ黒とでもいうような、悍ましい色となっていた。
「じゃあ、あたしも見せてやるよ。ちょっといい事思い付いてね」
廃教会で彼が言った台詞の意趣返しを、異形の闇の源泉となった杏子は告げた。
ああそうかと、膨らみゆく絶望感の中で杏子は気付く。
非現実じみた存在とは言え人の身で魔に抗う存在に対し、僅かに抱いていた感情を。
垣間見た絶望の戯画から、それは確信へと変わっていた。
無限地獄に等しい世界を、眼の前の全てに喰らい付き、屠り進みゆく男の姿に感じたものを。
自覚したそれは、彼女の内で荒れ狂う力の拠り所となった。
彼女の中で渦巻く絶望感に変化は無い。
それでいて、急速に変化しつつあった。
絶望が形を成す、その方向へと。
闇を噴き出し続ける杏子の下へ、ナガレは斧槍を突き立てながら進んでいった。
彼女の名を呼ぶ叫び声は、闇の濁流でさえ掻き消せなかった。
そのせいだろうか。
一瞬、闇が途切れた。
「行くぜ相棒。あたしなりの、本気の紛い物を見せてやるよ…ナガレリョウマ」
言葉を言い終えた瞬間、極彩色を孕んだ異形の闇が彼女を再び内に宿した。
今までの穏やかな表情は幻影であったかのように、そう告げた杏子の顔は他者の血肉を啜り、怨嗟の声を枕に眠る狂犬の顔となっていた。
ナガレの、彼のよく知る顔に。
己から際限なく吐き出される激情が渦巻く中、杏子の意識は一つの名を聞いた。
嘗て彼が道化に尋ねた言葉が、ほんの少しだけ聞こえていた彼女の脳裏に、この時蘇っていた。
知らぬ方がよいものを。
そして、触れぬ方がいいものを。
この世にあらずの、真に邪悪なるものの名を。
身を切り刻む絶望の中に浮かぶ杏子の口が、亀裂の様に開いた。
八重歯を覗かせ、彼女はその名を口にした。
獲物を見つけた獣の様な、獰悪な微笑みを浮かべながら。
全てを奪う者の名を。