魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第44話 紅黒く醜く淫らに強く

極彩色を孕んだ闇が、鏡の異界を蹂躙する。

異界の至る所に点在する用途不明の、家具や建物を模した無数の物体が呑まれその中に没していく。

波濤は留まるところを知らずに広がり、濁流が異界を汚染していく。

 

魔法少女から溢れ出した闇に身を浸しながら、黒髪の少年は前を見ていた。

彼の身体は喉元まで闇に呑まれ、全身の傷を闇が孕んだ感情の波濤に舐め廻されていた。

それは魔法少女の身ならず、精神ある生命体が触れて良いものではなかった。

含まれた感情は対象の肌や視覚を通して他者へと触れ、その精神を穢し尽くす。

脳裏には地獄めいた光景が延々と投射され、内心に秘めた罰が叫び出し、その心を絶望へと突き落とす。

 

「杏子」

 

魔法少女が抱えた地獄のビジョンを垣間見ながら、ナガレは呟いた。

地獄よりもなお昏い場所から、滔々と湧いてきたような声だった。

声は怒りに満ちていた。

怒りの矛先は名を呼ばれた少女に対してではなく、その言葉を発した彼自身に向けられていた。

杏子を蝕み尽くしたこの感情の発露に対し、彼は何ら無力であった。

 

斧を立てて濁流の中立ち尽くす彼の背後から、凄まじい衝撃が降り注いだ。

何処までも広がった闇の波濤が反転し、舞い戻って来たのだった。

闇は鏡の結界を削り、建造物を噛み砕き、そして複数の血肉あるもの達をも巻き込んでいた。

偽りの生命を喪失した異形の天使たち、建造物に用途不明のオブジェや割られた鏡の地面も波濤に組み込まれたまま上昇していった。

それは異界に生じた、逆さまの大瀑布。

 

そして果てしない高さへと達し、その頂点にて闇が蠢いた。

全体と比べれば僅かな、それでも河川に等しい量の闇を残して闇の本体は宙に吸い上げられていった。

天の如く広がった闇は急速に収束していった。

収束の果てに出来たものは、縦も横も直径が百メートルを優に超えた、卵に似た赤黒い何かであった。

極彩色を内包したそれの形状は、ソウルジェムに似ていた。

卵型の表面を覆うように伸びた装飾は、元と同様に卵を抑える檻に見えた。

 

その上を更に、卵の下部から這い上がった無数の管が包んでいく。

管の色は血のように赤く、その光景は獲物に群がる無数の蛭か蚯蚓を思わせた。

蠢く管によって卵が締め上げられる様は、鼓動を続ける心臓にも似ていた。

その鼓動が不意に停止した。

 

めりめりと肉が引き裂けるような音を立て、巨大な卵の正面に亀裂が入った。

中央に生じた亀裂は縦に広がり、裂けた傷口からは毒々しく黒い紅が吐き出された。

それは闇の波濤に蹂躙され尽くした異界の中に、滂沱となって降り注いだ。

闇に埋もれ、地に立ち尽くす少年が見上げる前で、卵は一つの形を生んだ。

亀裂の内から顕れたものを。

 

紅を吐き出す傷口をこじ開ける、人間に酷似した形の手と五指を彼は見た。

卵の輪郭の横幅全てを使い限界まで押し広げられた時、闇の卵は千々と砕けた。

そして闇の破片が散る中、それは舞い降りた。

着地の瞬間、異界が號と震えた。

それが持つ巨大質量と、異界の中でなお異質な存在を受け入れたが故に。

 

膝を折っていた巨体が、ゆっくりと立ち上がる。

闇の流れに浸る彼の姿は、それが落とす陰によって完全に覆われた。

それは、四肢と頭部を備えた巨体。

全体的なシルエットは人間に似ていた。

 

五指の先端には鋭い爪が生えていた。

塔を思わせる脚の膝は、巨大な鋭角で覆われていた。

赤黒い装甲で覆われた両腕からは、緩い弧を描いた三本の刃が生えていた。

六角形に似た角ばった頭部には、二本の巨大な角が生えていた。

それら全て、その身体に生えた鋭角の全ては槍穂を思わせる形状をしていた。

 

巨体を染めた色は、自らを宿して弾けた闇と等しい漆黒と燃え盛る炎の様な真紅の輝きを宿していた。

それら二つの色が交わり、その全身は臓物の如き赤黒い色となっていた。

 

その姿に彼は見覚えがあった。

ここでは無い宇宙。

彼の故郷である異界で生まれた、この世界には無い邪悪な光を動力源として稼働する究極の殺戮兵器。

 

「紛い物って、そういう意味かよ」

 

潰れた肺腑から絞り出すようにナガレが言った。

既に幾筋もの罅が入った、牙のような歯が食い縛られていた。

魔女の皮膚さえ貫き、魔法少女の武具にも形を刻む歯が骨肉に喰い込む。

怒りの形相のままに彼は巨体を見上げる。

 

彼の知る限り、この兵器としては比較的整った顔立ちが口元から横一門に引き裂け、亀裂となって開いた。

開いた隙間には、無数の槍穂を思わせる長い牙が連なっていた。

牙は桃色の歯茎から生え、牙の奥には赤く艶やかな舌までが生えていた。

 

四十メートル近い巨体は身を屈め、そのおぞましい顔を少年の前に向けた。

槍穂の様に鋭いガラス状の目の輪郭には、真紅の少女の面影が宿っていた。

砕けたような線が入った瞳の無い二つの真っ赤な眼の中に、そこを見上げる黒髪の少年が映っている。

 

「なんだよ。感想を言えってか……似合わねえぞ」

 

今日、二度目の言葉であった。

切って捨てるように言った瞬間、マガイモノが吠えた。

聞くものの記憶に一生残り、生まれて来た事を後悔させるような異形の叫びだった。

 

吹き荒ぶ咆哮を浴びつつ、ナガレはマガイモノの姿を見た。

全体的な形状は口の牙を除けば本物と酷似していたが、その体表はまるで別物だった。

真紅の表面は重金属の冷たい光沢と、体内を切り裂いて広げたような肉襞と粘膜の生々しさと、甲殻類や骨を思わせる質感で出来ていた。

それらが蕩けるようにして交わり、無数の縫合や傷跡、溶接痕のような繋がりで結合し強引に束ねられていた。

だがその無惨な様相は固定されておらず、赤黒い表面を無数の蟲が這いずる様に蠢いていた。

それは彼の知るどの機体よりもグロテスクで痛ましく、粘液の滴る粘膜を晒したような淫らさと獰悪な表情からは欲望を有した卑しさが滲んだ姿だった。

 

「甘い香りがするな。林檎か、これ?」

 

尋ねるようにナガレは呟いた。

マガイモノの口内から溢れた臭気は、彼が告げた果物の香りのそれであった。

 

「お前林檎好きだよな。俺には一個もくれなかったけどよ」

 

普段の様に、ナガレの口調に変化は無い。

 

「あの無人販売所、随分儲かったろ。お前お得意様の筆頭だろうからな」

 

ただ、眼の中に渦が巻いていた。

 

「でもよぉ、毎回買い占めんのはやり過ぎだと思うんだよな。しかもそれ俺の眼の前でやるか、普通?」

 

そして変化は彼の足下で生じていた。

彼の周囲に広がる闇が彼の下へと噴き上がり、黒風となって集まっていった。

彼の右手が握る魔斧が魔法少女が吐き出した闇を集めていた。

そして中央の孔から柄を伝い、彼の手へと闇が這っていく。

繊細な歯形を刻まれ、欠損していた指の先端に闇が凝固し指先となった。

 

腕から胴体に向かい、無数の切り傷に闇が侵入する。

折れた骨や筋線維が繋がれ、傷付いた神経が闇を媒介にして接続される。

 

闇は全身に広がっていく。

狂乱する魔法少女に喰い漁られて喪失した肉を闇が埋め、胸や腹の傷口から強引に体内へと這入ってゆく。

傷口から啜られた血液も、魔法少女が吐き出した闇を代替として彼の中へと満ちていく。

それは治癒でも再生でもなく、強引な修復とした方がいい有様だった。

傷口は全て、溶接で埋めたような無残な傷跡となっていた。

魔法少女の指で抉られた右目には漆黒の泡が立ち、その中から新たな眼球が形成される。

漆黒から生まれた眼に宿る瞳は、闇や漆黒よりもなお黒かった。

 

「悪ぃな。まだ付き合ってくれや」

 

そう告げつつ、彼の右手は全力で斧を握っていた。

斧は震え従順を拒否していたが、彼の力の方が上だった。

 

体表を這う闇が弾け、彼が身に纏った緑のジャージを変容させていく。

自他の血を吸って赤く染まっていた衣は、異界の酸素に触れて黒へと変わっていた。

その赤と黒の混じった色のまま、彼の衣服は普段のものへと変わっていった。

ジャケットと長袖のシャツと、カーゴパンツを纏っていた。

 

「待たせたな杏子。この前鏡ん中でウヤムヤになっちまった時の続きといこうや」

 

斧槍の切っ先をマガイモノの顔へと突き付け、挑発的な笑みを浮かべてナガレは言った。

斧の震えは既に絶えていた。

諦めた、或いは己の運命を受け入れたか、怯え切っているのだろう。

 

互いに普段とは異なる様相で、されど何時ものように殺し合う。

戦闘開始の理由は、いつもは特に無い。

 

単に暇だからとか。

 

魔法少女アニメの再現がしたいとか。

 

癇に障ったとか。

 

挙句は空が青いから。

 

そういった破滅的な、理由にもならない理由で主に魔法少女側が開戦を提案をし、戦闘好きな彼も平然と応じる。

今回異なるのは、普段が脅迫や一応の名目上は訓練という事ではなく願いを叶える為の行為という点だった。

双方にグロテスクな赤黒い色を纏いながら彼は、ナガレリョウマはマガイモノへ、佐倉杏子へと告げた。

マガイモノの身は紅の比率が多く、彼は黒地の衣服の所々に紅が浮かび上がっていた。

互いの色を最後の拠り所とするように、二体の悪鬼が睨み合う。

 

「そのマガイモノを切り刻んで、お前を抉り出してやる」

 

渦を巻いた異形の眼と斧槍の切っ先が向いた先。

魔法少女が産み出したマガイモノの胸元だけが炎の様に鮮烈な紅の光を放っていた。

苛烈にも程がある言葉は、そこに向けられていた。

 

そして彼の言葉に彼女も応えた。

マガイモノが異形の咆哮と共におぞましい口を広げ、槍に酷似した爪が生え揃った両手を振り下ろす。

ナガレも魔獣の叫びを挙げ、魔の斧槍が旋回する。

黒い刃が紅の斬撃を真っ向から迎え撃つ。

 

戦いが始まった。

いつものように。

それでいて非日常的に。

 

悪夢の様に。

 

 

 

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