魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第2話 転がる道化⑥

閉じられていた眼が開く。

光を求めて、渦を宿した闇色の瞳孔が収縮。

得られた景色は、ここ数日で見慣れた光景だった。

経年劣化により傷んだ天上、そこに肋骨のように走る梁。

何処からともなく舞い散る無数の埃。

 

割れかけたステンドグラスから注ぐ光を糧に眼を凝らすと、

梁の一角に生じた不自然な摩擦跡が見えた。

視認と同時に、渦の中に僅かながら感情の波紋が浮かび上がった。

 

「生きてたのか」

 

声の方向へ、少年の細い首が傾いた。

視線の先の薄闇に真紅の瞳が待っていた。

 

「お蔭さまでな」

 

祭壇上に置かれたソファに、ナガレは横たわっていた。

ジャケットは脱がされて床に敷かれ、

それにより彼の身体は、普段よりも更に細身に見えた。

下半身はそのままだったが上半身は、

手の指先から額に至るまでを白い包帯に覆われていた。

 

所々に隙間が開いた雑な巻き方だったが、

その一方で肌に、正確にはシャツの上にぴったりと張り付いていた。

僅かな痙攣を見せつつ、白と薄い朱の斑を浮かばせた右手が軽く握られると、

ぴちゃりという水音が跳ねた。

 

「感謝してんなら動くなよ。こんな事、もう二度としたくねぇ」

 

平時の姿に戻った魔法少女は、その傍らに柱のように立っていた。

一応の相棒同士ではあるが、二度ほど殺し合いを演じた、ロクでもない仲でもある。

処刑台の罪人に寄り添う執行人のようだった。

杏子自身も、自分をそんな風に思っていた。

 

「手間かけさせちまったみたいだな」

 

そのため、何か生意気な事を言われるだろうと思ってた杏子は、

尋常極まるその物言いに、肩透かしを食らった気分となった。

 

「借りを返しただけさ。いくらあたしでも、あんなクズとの心中は御免だからね」

 

棘の少ない言葉を返しつつ、無意識のうちに杏子は奥歯を軋ませた。

不愉快な道化の笑みは、今も脳裏に深く刻まれている。

力は雑魚以外のなにものでもなかったが、思い出すだけで精神が蝕まれるような思いがした。

思考を切り替えねばと、そいつよりは幾分かマシなストレッサーへと視線を落とす。

 

「貼り付いちまってたから、

 服の上から消毒液をどばどばぶっかけて、包帯巻いてやったのさ。

 あと、火傷や切り傷は兎も角として、胸の辺り…っつうか、

 肋骨が全部ぐらぐらしていやがった。悪いけど、そいつはどうにもなりゃしないね」

「あぁ、あの眼帯女に蹴られた場所だ」

 

包帯越しにも、彼の表情に浮かんだ苦々しさが見てとれた。

『眼帯女』『黒髪』という情報を基に記憶を辿り、

酔狂な装飾をした同類を思い出していく。

結論として該当者は無し。

恐らくは新米か流れ者だと推察した。

思考を終え、相手を現状の「流れ者」へと移す。

尋ねてみたい事があった。

 

「痛くねぇのか?」

「超痛ぇ」

 

即答だった。

素直であるという事も、この生き物の数少ない美点というか弱点だと彼女は思った。

素直とは、『バカ正直』とも変換できる。

 

「お前の方こそ大丈夫なのかよ。肩をずばっとやられてたろ」

「あんなもん、怪我のうちにも入らねぇさ」

 

皮肉が続かないのは、こいつなりの感謝のつもりだろうかと杏子は思った。

普段は声すらも聴きたくなく、

ただ自分の役に立っていればいいと思っているのだが、いざそうなると調子が狂う。

電子ゲームを例として言えば、

反撃を行わないようプログラミングされた、NPCを相手にしている気分だった。

普段の彼を、彼女は毒物じみた認識で捉えているために、

その様子は味気ないことこの上なかった。

 

「俺が口出す事でもねぇが、お前らも難儀なもん持ってんな」

 

そう思っていると、返答に困る言葉が返ってきた。

前思考を即座に撤回。

こいつは無味乾燥なAIなどではなく、

忌々しい程に血肉の通った生物であると再認識をさせられる。

 

「余計なお世話だよ。くたばり損ないのあんたに言われたかないね」

「違いねぇ」

 

彼は軽いせせら笑いで、杏子の皮肉を出迎えた。

やっとのことで、杏子は罵詈を言えていた。

そのせいもあり、彼への代名詞が変容している事に彼女は気付いていなかった。

 

「なんか、今日は妙に会話が成立するな」

「いつもみたいに殴り合えるほど、互いに元気じゃないからだろ」

「あぁ、なるほど」

「納得すんな、大馬鹿野郎」

 

何が楽しいのか、口元の包帯が笑いの形に歪む。

包帯に包まれたことで、デフォルメをされたような様相となっていた。

優しく言えばお化け、具体的に言えば悪霊じみた表情に見えた。

勿論と云うべきか、杏子には後者にしか見えなかった。

 

巻いた自分自身で思うのも複雑な気分ではあったが、包帯は彼の姿に妙に似合っていた。

外見で見れば、クソガキ然としてはいるが美形であることに違いないため、

包帯が洒落た装飾に見えなくもないというところもある。

 

ただこれらを、杏子はあくまで副次的なものと思っていた。

彼女が彼の姿を似合うと思っていたのは『封印された怪物』のように見えるからだった。

 

「さて、やるか」

 

そして彼女は、『怪物』という意味を見せつけられる事となった。

軽く握られていた五指が、花弁のように花開く。

 

「あんた、何を」

 

杏子の声に、ナガレが息を吐く音が重なる。

そして、開いた五指が彼の胸に触れた。

『ぐらぐら』の場所だった。

 

白く細い指先から、これもまた細い爪が伸びていた。

但し、その先端は人の八重歯か獣の牙のように鋭かった。

 

まさかと思いつつも察しがつき、静止の声を掛けるか一瞬迷った刹那。

五指が包帯の隙間を縫い、緩い陥没をした胸に突き立った。

先端が肉に食い込み、五指が無理矢理に患部を固定。

直後、手は一気に上へと引かれた。

 

めきめき、ぴちゃぴちゃと、獣が血肉を啜るような音が続いた。

それに混じる僅かな高音は、少年の口から漏れていた。

 

抜き取られた五指の先端は、例外なく血に塗れていた。

水気をたっぷりと含んだそれらを、彼は腹のあたりに横たえた。

彼なりに、寝床を汚すまいとしたらしい。

 

「テメェ、何をしやがった?」

 

荒々しい代名詞への戻りが、彼女の心境を表していた。

 

「『ぐらぐら』を引っ張って戻した。多分だけど、繋がるだろうさ」

 

流石に息を荒くさせてはいたが、彼は淀みなく返した。

彼にとってはそれでよかったのだが、受け取った方は全くの納得がいかなかった。

 

彼の肋骨は明らかに、それによって守られるべき場所にその身を埋めていた。

それを引き剥がして繋いだと。

正しいようだが、どう考えてもおかしい。

少なくとも、負傷者自身がやるようなことではない。

 

「機械の配線じゃねぇんだぞ」

 

言いながら、例えとしてどうなんだろうと彼女は思った。

 

「大丈夫だ。そんな気分でやった」

「大丈夫もクソもあるか大馬鹿野郎」

 

荒い口調が表すように、先程までの尋常な雰囲気は消し飛んでいた。

正確には、正常に戻ったとした方が正しかった。

だが両者とも、それについて特に思うところはなかった。

 

それにこれからの事を考えれば、その方がよかった。

優木と名乗った道化は、こちらの居場所を知っていた。

場所を動かすにも特にいい迎撃場所はなく、仲間もいない。

 

それに移動したからと言って、魔力を探知されるだろうし、

逃亡することに意味はない。

 

更に、あの道化から逃げる事だけはしたくなかった。

それが例え、破滅に近づく愚かな選択肢であったとしても。

 

荒治療を稼行した少年は元より瀕死の状態であるし、

杏子自身も宝石に濁りを宿していた。

今奮えるのは、全力の三割か四割程度の力。

少なくとも今から数時間以内に再度の襲撃を受ければ、

助かる見込みどころか抵抗すら覚束ない結果となるに違いなかった。

 

そう思っていると、少年の口が開くのが見えた。

直後に、そこから朱が跳ねた。

口を押えた彼の左手からは、コップ一杯分ほどの吐血が零れ堕ちた。

血は、毒々しい赤黒色を呈してた。

数度咳き込み、その都度に血が零れた。

 

その様子を、杏子は黙って見つめた。

自分にできることは、特に無いからだった。

 

小さな熱い吐息が、少女の口から漏れた。

呆れと、疲労の混じった溜息だった。

 

そして今日、自分が見たものを思い出し始めた。

 

優木の魔女二体を襲った、相棒による不気味な破壊行為。

使い魔への暴虐と、魔女からの拷問じみた責め苦。

そして結界に大穴を穿つほどの巨腕の一撃に、

弱小とはいえ魔女を狩るものである魔法少女の放った熱線。

最初のものはともかくとして、

他は全て、魔法少女ですら戦闘不能か絶命に至るほどの災禍が彼に降り掛かっていた。

 

彼女自身、辛酸を舐めさせられた彼の技量が

それらを巧みにいなし、ダメージを軽減したというのは分かっている。

だがそれでも人の身では、それらには耐えられない。

彼女の視線の先で、それが証明されている。

 

正直なところ、彼の負傷はすぐに治ると思っていた。

例えば、何らかの力が働くのではないのだろうかと。

魔法少女の常識で考えれば、与えられた宝石と同色の光が

どこかしらから舞い降りるなりして傷を包み込み、傷を癒すのではないかと思っていた。

現状を見て分かる通り、それはあくまで妄想でしかなかった。

 

彼は化け物じみた強さを持ってはいるが、それも虚しい対比に思えた。

彼が相手をしたのは、正真正銘の化け物達だった。

 

その化け物が少なくとも二体、こちらに敵対している。

不愉快極まる腐れ道化は兎も角として

あの黒い風を纏った方と、下衆道化に率いられる

魔女軍団は危険に過ぎると、杏子は思わざるを得なかった。

 

「すまねぇ、汚しちまった」

 

血泡交じりに告げた彼の口元、

包帯の隙間から見える彼の肌には青白い色が浮いていた。

 

「気にすんな、その寝床はくれてやる。どの道、そろそろ捨てる積りだったのさ」

 

その色を見て、杏子はある事を決めた。

自らの汚濁を進めることは分かりつつ、右手に魔力を集中させる。

 

「ついでに、せめてもの情けをくれてやる」

 

唸るような声と共に、埃雑じりの空気が裂けた。

彼に向かって伸ばした手から、十字の槍が伸びていた。

その切っ先は、彼の顔の数センチ手前で停止している。

 

「生きるのが嫌になったら言いな。すぐに楽にしてやる」

 

傲慢な物言いだったが、優しい口調など思い描きたくもなかった。

 

「でも出来る事なら、くだらねぇ泣き言なんざほざくんじゃねえぞ。

 あたしの槍を、こんなつまらねぇコトに使わせるんじゃねぇ」

 

槍の先にある少年の顔を見下ろしながら、真紅の魔法少女は苛烈な言葉を吐き出した。

苦痛の最中にある少年もまた歯を食い縛り、

湧き上がる黒血を己の内部に留めながら、その言葉を聞いていた。

 

「こいつの錆になりたけりゃ、せめてあたしと戦ってからそうなりやがれ」

 

その言葉に、少年は挑むような眼で返した。

いや、喰らい付くような、とでも言うべき凶悪な視線で出迎えた。

肌の青白さと口から湧き出す、毒々しい色の血液に反して、

眼の中には生命力の滾りが見えた。

杏子の言葉には言葉で返さず、彼は視線と、

血泡を纏いながらの唸り声で返した。

 

「死んで堪るか」

 

と、言っているようだった。

杏子は思う。

矢張り、こいつは気に食わないと。

 

そのツラが、眼付が、声が、思考が、何もかもが気に食わない。

テメェは戦いが好きなんだろう。

その望みは叶えてやるから、さっさと立って戦え。

何時ものように、無謀に愚直に挑んで来い。

魔法少女の恐ろしさを、たっぷりと味あわせてから蹴散らしてやる。

 

だから、あんな道化や眼帯女とやらの魔手如きで死ぬな。

残酷な未来を見せてやる。

 

それら獰悪な感情の波紋が、彼女の心に木霊した。

 

愛着が湧いたわけでも、ましてや好意がある訳でもない。

ただ、いずれ訪れる災禍のから盾に、そしてそいつらを地獄に誘う武器として

こいつはどうしても必要だと。

この紛い物に心底から怯えさせられていた優木を見て、

杏子はそんな、確信に似た考えを持っていた。

 

 

 

だが一方で、諦めの思いも多分にあった。

これまでの経験から、自分の予測や期待は、

いつもロクな結果を寄越さない。

だから今回も、きっとそうなるだろうと思っていた。

 

今回の場合は、自らの紅い眼差しの先にいる少年の死。

そして更には彼の黒い瞳に映る、自らの…。

 

そこまで思ったところで、杏子は考える事をやめた。

そこから先の言葉は、絶対に自分が認めてはならない事だった。

例え、この世の果てが来ようとも。

 

 

 

 










2話も佳境です。

勝手な自分の考えになりますが、文章を書きながら思った事で、
新ゲッターロボの挿入歌、「Deep Red(歌:きただにひろし氏)」は、
曲名と歌詞が杏子にも似合うような気がしました。
刹那的な荒々しさが似合うかも、と思ったというか。
次の話も、なるべく早めにいこうと思います。

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