魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第2話 転がる道化⑦

「本当に…本当に…ありがとうございました……!」

 

薄暗い、今にも消え入りそうな貧弱な光源の下。

幾度も幾度も頭を垂らし栗色の髪を揺らしながら、その少女は告げた。

啜り泣きを伴った声には、幾ら感謝してもしきれないとでもいうような真摯さがあった。

 

「何年か前、風見野で発生した宗教絡みの詐欺事件と、

 その大本で起こった一家心中を覚えていますか?

 私はそれを魔女の仕業と睨みまして、魔法少女の務めを果たすべく調査に乗り出したのです」

 

彼女が纏う洋服は上下を問わず、至る所が無残に引き裂けていた。

くるぶし近くまで生地を降ろしていた長めのスカートには、幾筋もの線が入れられ

そこからは少女の細く白い太腿が露出していた。

 

上半身もまた胸部を中心に強引に布を引き剥がされ、

切り傷の浮いた肌を見せた無残な姿となっていた。

如何にも廃墟らしい、錆の浮いた鉄壁を背に、

古びたコンクリート床に跪きながら、少女は更に言葉を紡ぐ。

 

「そしたら…この有様ですよ」

 

大きく開いた胸元に右手が向かう。

波間を彷徨う白魚のような動きをしながら、

恥じらいと恐怖に震える細い指が、薄い胸の頂点である朱鷺色の突起を覆い隠した。

その状態で少女はしばし嗚咽を零し、その小さな身を震わせた。

 

栗色の髪の色をした少女の姿は凌辱を、しかも複数の相手から

執拗に受けたとでも云うような外見となっていた。

恐怖の記憶に苛まれているのだろう。

その青い眼は潤み、水晶のようにきらめく涙を湛えていた。

 

「あいつら…いえ、彼女らは危険です。

 このままだと、風見野は、いえ、見滝原もあすなろも脅威に晒されます。

 それは、それだけは絶対に防がなければなりません」

 

だがそれでも、彼女は力強く語った。

決意を表すように、胸を覆い隠していた右手が、前方へと伸ばされた。

 

「ですから、共に手を取り戦いましょう。魔法少女は力あるもの。故に正しくあるべきです。

 そしてあの連中は、排除すべき者達なのです」

 

小さな指先には、無数の切り傷があった。

無力な少女の身で、それでも必死の抵抗を行った証に見えた。

 

「あの連中を…この世界の平和を奪う『簒奪者』達を、私たちの手で倒しましょう…!」

 

その行為を引き継ぐような意志の強さが、少女の手には宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、要は君」

 

それは、栗毛の少女の声ではなかった。

少年のような響きを孕んだ、別の少女の声だった。

手を伸ばす少女に、これもまた細い指が触れた。

指は、白い手袋に包まれていた。

 

「あそこにいた赤いのと黒いのにちょっかい掛けて、返り討ちにされたってコトだよね」

 

顔の部分への接触と同時に、栗毛の少女の動きが停止。

続く言葉も同じく絶えた。

 

「他はまだしもだけど、手を組むことの後の取って付けたような、

 如何にも正義の味方ですって言葉さ。あれ、唐突過ぎて怪しさ満点だったよ。

 立派すぎるし、アニメか漫画或いは道徳の時間の受け売りかい?」

 

停止した少女に向けて、その言葉は語られていた。

受け手である栗毛の少女は、黒い枠に捉われていた。

 

枠とは、横長の長方形をした黒色の薄い電子機器。

俗に云うスマートフォンを、声の主の左手の親指と人差し指が支えていた。

 

「でもその後の…君の固有魔法、確か洗脳魔法らしいけどさ。

 強力なのは分かるのだが、肝心の君の体術は悲しい程にヘボすぎる。

 新米ながらにご教授をさせてもらうと、あれじゃ初見でも楽に避けられちゃうよ」

 

聞き手に少年的な印象を与えるような、

やや低めの響きをした少女の声には、多少の失望感が宿っていた。

 

「それにしても、『さんだつしゃ』…『簒奪者』か。まぁそこは、中々に洒落た響きじゃないか」

 

先程、栗毛の少女に言われた単語が気に入ったのか、

聞き手の少女は、それを二度三度と復唱した。

声の中には僅かだが、笑いの成分が含まれていた。

 

「でもそれはそれ。恩人に対する態度じゃない」

 

声色が一変し、硬い発声による言葉と共に、黒い枠が世界を切り取るようにずれ動く。

場所は変わらず、背後には鉄の壁があった。

その下には、削れた錆や埃の浮いた古びたコンクリート床が続いている。

 

それら無機質のものたちに、赤黒い花が咲いていた。

鉄錆と水気を含んだ生臭い臭気を放ちつつ、壁に床にと悪夢の色彩が放射状に連なっていた。

あくまで形状の近似をもつという点でだが、孔雀が羽を広げた様子に近かった。

 

そして孔雀の役目は栗毛の少女―――優木が担っていた。

『だったもの』とでもした方が、正しいような姿で。

 

前に伸ばされていた右手は、残る方の左手と共に左右に広げられていた。

両手首には黒い腕輪が嵌り、そこに接続された、天井へと伸びる黒い鎖によって

万歳をさせられたような形で宙にぶら下げられていた。

尻は床に付き、脚は正座の形で畳まれている。

 

先程までは、襤褸同然になりながらも現存はしていた衣服は、

薄い胸に貼り付いた僅かな糸くずと局部を覆う小さな破片を残して、肌より消失。

 

現在は彼女の血肉と共に、周囲を彩る色彩の一部と化している。

そして残忍な絵の具の主成分である大量の血肉の出処は、彼女の裸体の至る処に

大小さまざまな深さと長さの傷口として刻まれていた。

 

傷口にわだかまる黄色い光は、治癒魔法のそれだろう。

しかしながら本日だけでも数百回近く度重なって行われた酷使によって、

さしもの魔法も根を挙げたのか、忌まわしき真紅の魔法少女と

女顔の破壊魔を相手にしていた際に行使されていた瞬時の再生とはいかず

微細な肉の蠢きが見受けられるに留まっていた。

 

そして、飛び散った血肉と体液とは真逆に壁と床から、優木へと向かうものたちがあった。

ゆっくりと体表に向けて接近していくものは、鋭い切っ先を宿した黒い影。

それら鋭角全ての形状に、優木は既視感を覚えた。

小さな叫びが、細首を伝わり口腔から弾けるように飛び出した。

 

可憐な悲鳴の序曲が見えたその瞬間、伸びたものたちが、一斉にその先端を優木の肌に添えた。

再生に向かっていた剥き出しの肉が刺激を受け、

本日だけで数十回ほど挙げられた悲鳴と共に、黄色の治癒魔法が血膿のように弾け散る。

 

「罰とは云え、私も心苦しいのだが君の魔法は危険だからね。

 ちょっと念入りにやらせてもらうよ。

 でも私が昔読んだ漫画よりは、今の君はずっとマシだ」

 

泣き叫ぶ優木を尻目に、声の主は平静そのものといった様子で告げた。

一応の懺悔を込めた言葉とは裏腹に、何かが欠けているような口調であった。

 

「テキトーに読んだだけだったからタイトルは何だったかは忘れちゃったけど、

 金目当ての強盗だか研究者だかの連中に襲われた一家の物語だったかな。

 歳は私たちと同じくらいの少年が、目の前で母親と弟を生きながら切り刻まれたり、

 自分自身もゆっくりゆっくりと少しずつ肌を切り裂かれたり焼かれたりしながら、

 延々ずーっとずぅーっと、ずぅうーーーーっと、果てしない拷問を受け続ける漫画だった。

 でも結局、その子は何も知らなくてね。母親と弟の、切り取られた目玉や耳や鼻を見せられても

 「知らない、何も知らない」って応えるしか出来なかった。

 ついでに、この時点で家族は全滅してたね。

 そこいらに粘土みたいにぐちゃぐちゃになった死体が転がってたり、

 傷だらけの腕を機械のケーブルで縛られて、

 でっかいコンピューターの画面に磔にされたりしてたよ」

 

あ、でも別に今の君の様子の元ネタという訳ではないよ。と、

声は残忍なユーモアを無感動に告げた。

 

「それでね、主人公としては実際何も知らなかった訳だから、

 知らないという真実を話していたのだけれど、

 悪者達は執拗に口を割らないんだと思ってたんだ。意見の相違って恐ろしいよね。

 だからダメ押しにって、いと憐れなことに主人公は、生きたまま五体をバラバラにされて

 あろうことか、五杯の水槽に入れられちゃったんだ。

 そして最後。悪人達が去っていくところで、水槽の中で主人公が無音の絶叫を上げるシーンが

 二枚扉をブチ抜いて描かれたところでその漫画は御仕舞さ。

 ここで終了、続編も無し。ま、これ以上描く事もないだろうしね」

 

己を苛む者の口舌に、優木は多分な嫌悪感を抱いた。

自分はこれと比較にならない長口舌を、複数回行ったことは遠の昔に忘れていた。

 

「とまぁ、前置きはこのあたりで良いだろう」

 

濡れ羽色の、美しい黒髪が見えた。

ややボサついて垂れ下がる前髪の奥に、黄水晶に似た輝きを放つ瞳が見えた。

数は、左の眼窩に嵌っているもの一つだけ。

反対側のそれは、美麗な顔を斜めに横断した、黒い布に覆われていた。

 

そしてこの時の優木の眼は、目の前の一つの瞳に感覚の受容の全てを注ぎ込んでいた。

これもまた、先程の鋭角同様に既視感があった。

あの少年の恐ろしい渦を宿した眼を見て、心奪われた時と同じだった。

 

だが今度は、その根本が決定的に違っていた。

腐れ赤毛と紛い物の黒髪には、瞳の中に感情の円環が渦巻いていた。

それが優木の心を恐怖の爪で鷲掴み、眼を逸らすことを許さなかった。

 

だが今目の前にある美しい輝きの中には、美しさ以外に何もなかった。

 

ただひたすらに美しかった。

そしてただの石である、水晶のように虚ろだった。

 

感情の起伏が、何も感じられなかった。

 

瞳の中には、色としての光を放つ虚無があった。

 

そしてこれまでに見たことも無い、あまりにも異質な輝きが放つ美しさに、

他者の心を弄ぶ魔法少女である、優木の心は囚われていたのだった。

 

「それでは、優木沙々」

 

虚無を宿した瞳の少女が、優木に向かって右手を伸ばした。

奇しくも、優木が行ったそれと同じ様相となっていた。

こちらの名前を知っているという事が、

陶酔に染まりかけていた優木の心に恐怖の針を深々と刺した。

 

「私の仲間に成り給え」

 

投げ掛けられた提案もまた、優木のものと同じであった。

声と同時に、優木を戒める影たちが霧散した。

両手の腕輪と鎖も消えたが、今の彼女の選択肢は一つを除いて皆無であった。

 

恭順の意を示して伸ばされた優木の右手を、残る左手が優しく包む。

精神の限界に達したのか、優木の裸体は数種の液体が混ぜられた水溜りへと崩れ落ちた。

 

先手から背信行為を行った愚か者を見降ろしつつ、

黒髪の魔法少女の鮮血色の唇が小さく開いた。

 

 

「此れで、いいんだよね」

 

 

それに続いて、更に小さな小さな声が漏れ、短い言葉を口遊んだ。

その小さな言霊は、この廃墟の何処かから吹き込んだ冷たい夜風に吹かれ、

幻のように消え去った。

 

それが何だったのかは、黒と白を纏った魔法少女以外にはこの世の誰も分からない。

ただ、その言葉の意味を示すように、少女の虚無の瞳には感情の波紋が広がっていた。

 

虚無とは、無限の宇宙を表す言葉でもあるという。

それはあくまで言葉遊びの一種であるものの、無限の存在にさえ喩えられる虚無を滅ぼし、

黄水晶の瞳の中に広がるそれが何であるのか。

 

それもまた、彼女にしか分からない。

 

 

 

 

 

 

 

己から剥がれ落ちた血と肉と体液の海に沈み、

肉体と精神は限界に達しながらも、道化は思考を紡いでいた。

 

自らを苛む行為であると知りつつも、湧き上がる憎悪と己の心を躍らせていた。

 

 

 

やれる。

 

 

 

こいつなら、こいつとならやれる。

 

奴らに、自分の目的を、願いを打ち砕いた『簒奪者ども』に。

 

理不尽にも味合わされた屈辱を、苦痛を、哀しみを。

 

何千何万、億兆倍、いや、それこそ無限の利子を押し付けて返してやれる。

 

その為ならば、こんな痛みなどくれてやる。

 

『赤と黒の簒奪者ども』も、この唐突に降って湧いた『白黒の奇術師』も、

いずれ必ず破滅へと導いてやる。

 

そしてこの世の頂から、屑共の破滅の様を見降ろしてやる。

 

それまで自分は、愚かで無様で構わない。

 

戯曲の上で愚者どもと戯れる、転がる道化で構わない。

 

 

それに従うとでもいうのだろうか。

「きっ、きっ」と、優木の顔の左右を覆う、血染めのショートボブの髪の中より

小さな邪悪の囁きが、賛歌のように生じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




転んでも、ただでは起きない優木さん。

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