魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
紫髪の魔法少女から闇が溢れた。
迸ったそれらは三匹の異形の竜と化し、異形の外見に相応しい産声を挙げて身をくねらせて飛翔する。
そして細長い口を広げ、赤黒い巨体へとその牙を突き立てる。異界の殺戮兵器のマガイモノの口からは苦痛と憎悪の絶叫が鳴り響く。
白目も血色と化した、赤一色の眼を見開きながら朱音麻衣は自らから生まれた三匹の竜を見ていた。
棘皮動物のようなトゲに覆われた、親しみや温かみの一切を廃した外見でありながら、麻衣はそれらに向けて微笑んでいた。
緩やかに開いた口元と柔らかく綻ぶ頬。彼女の浮かべた表情は慈母の笑顔だった。
その表情を一変させ、麻衣は叫んだ。
「おぞましき姿と化した佐倉杏子よ、我が愛し子達に抱かれ虚空の彼方へ消え失せろ!」
憎悪が滴る口調であった。その想いが伝わったのか、三匹の竜が獲物を咥えたままに身を捩る。
三匹の竜が宙に描いた黒い螺旋は、超巨大なデスロールだった。装甲と肉が簡単に抉られ、破片と黒い粘液が宙に溢れる。
「はははっ!訳の分からない者同士随分と仲良しこよしじゃないか」
黒髪魔法少女が嘲弄を叫び、無数の斧が連ねられた触手が耳障りな音を立てて振われる。
数十条の触手と放たれた針は、巨体と絡む漆黒の竜達ごとマガイモノを貫いた。
触手から伝わるその手応えに、キリカは一瞬怪訝な表情を見せた。だがすぐに美しい顔を破顔させて狂気の哄笑を放った。
「ははははは!朱音麻衣よ。煮え滾る欲情と卑しい想いの果てに、お前は何を何処から呼び出したんだ?」
虚を貫いたように、竜の身は針や触手からするりと抜けた。いや、触れてさえいなかった。
水と影を縫い留められないように、竜達の体は針と触手をすり抜けていた。
それはマガイモノからも同様であり、爪を生やした巨手や槍のように長い牙、更には召喚された槍穂からの干渉の悉くを無視していた。
それでいて自分は鋭い牙を巨体に突き立て、相手の肉や装甲を抉っている。
魔女や魔法少女、更にはキリカの知るどのドッペルと比べても異常な存在だった。
まるでこの竜達の存在が、この世の理の外にあるかのような。
「まぁいい、そのキングギドラみたいな奴の出処や元ネタなんか知った事か」
一笑に付すように叫び、キリカは更に触手を産み出す。縫合した傷の奥から、腐肉から湧く蛆虫の如く触手が溢れる。
「この腐れ爛れた醜く美しき世界には!奇跡も魔法もあるんだからな!ハハハハハ!!!」
異常な存在を前にしても、呉キリカは呉キリカであった。ただ自分の思うままに言葉を発し、身に得た力で破壊を成していく。
魔法少女達の奏でる地獄絵図。
その傍に、正確には異形の竜を女体の内から解き放った朱音麻衣の傍に彼はいた。
「魔法少女ってな、底が知れねえな」
畏怖とも畏敬ともとれる呟きを放ちながら、ナガレは両刃の手斧を振った。
突き出された赤黒い槍が縦に裂け、それを握る肉を剥き出しにした細指たちもぱらぱらと切断されて宙に舞う。
虚を突かれた杏子の模倣体へと、彼は蹴りを放った。弧を描いた回し蹴りは模倣体の首を撥ね飛ばし、傍らの同胞へと砲弾のように着弾させた。
オリジナル同様に薄い胸に激突した頭部は深々と減り込み、動きが止まったそれの頭頂へとナガレは縦の斬撃を放った。
手斧は胸に埋まった頭部ごと模倣体を切り裂き、刃は股間から抜けてその身を縦に真っ二つに裂いた。
相変わらずの無慈悲な破壊の後に、遺骸から溢れた血肉が巻き上げられる。そして、彼の背へと吸い込まれていく。
薄いリュックサック程度に折り畳まれた悪魔翼と赤黒い渦を背負ったままに、彼はなおも襲い来る異形達と切り結ぶ。
片翼であった翼は再び一つになっていた。麻衣が子宮を刃で貫き闇で包まれた瞬間、魔女の片割れは怯えて彼の元へと戻っていた。
そして佐倉杏子へと嫉妬と憎悪の叫びを放った直後、麻衣は一種のトランス状態へと陥っていた。
赤一色で染まった異形異類の眼で自らが呼び出した者達を見つめ、口元に慈母の笑を浮かべて見つめている。
ふらりふらりと人形のように身を揺らしながら、彼女が愛し子達と呼んだ存在を眺めている。
それが今の彼女の存在理由であるのか、麻衣はそれ以外のあらゆる事象に関心を示さずそれどころか気付いてさえもいない。
無防備な彼女へと襲い来る佐倉杏子の模倣体を、悪魔の翼と魔獣じみた角を生やして蹴散らす少年の様子は異形の騎士を思わせた。
そして今もまた、横に振られた斬撃が三体の模倣杏子の胸を切り裂いた。
迸る血飛沫が最後の抵抗とでもいうように、彼の顔を呪いのように赤黒く染めた。
今のところ攻撃は概ね捌けてはいるが、何分数が多過ぎる。無傷での戦闘継続は有り得ず、彼の全身には大小さまざまな傷が生じていた。
常人なら重傷だが、彼にとっては治癒魔法を発動させるかどうか微妙な状態だった。
それに今は少しでも魔力を蓄える必要があった。その為もあり、彼は今主に護衛を兼ねての果てしなき掃討に従事していた。
背後で複数の足音が鳴った。模倣体は全裸である為、地面を踏む音は「ぺたぺた」といった、まるで童女が爛漫に歩き回る様な忌まわしくも可愛らしい音だった。
そこに向けて振り返った時、迫っていた五体の模倣体の首は宙に浮いていた。
何事かと思った彼の眼の前で、長髪を靡かせながら宙に浮かぶ首が横一文字に貫かれる光景が映った。
首を貫いたのは燃える炎を思わせる真紅の棒であり、その果てには断罪を象徴する十字架状の槍穂が生えていた。
鞭のように伸びていた槍が縮み、主の元へと舞い戻る。倒れていく五体の模倣体の奥に、彼は少女の形をした炎を見た。
「お前は」
叫んだ瞬間、模倣体達の肉が弾けた。無数の斬線が肉に刻まれその中身の骨や内臓を木っ端微塵に切り刻む。
桜吹雪のように散る赤黒い破片を貫き、眼が眩むほどに鮮烈な赤い光が火炎のように彼の元へと飛来する。
真紅の外套が翼のように靡き、黒いリボンで束ねられた赤い長髪のポニーテールが、文字通り馬の尾の如く優雅に揺れる。
華奢な肋骨の上に薄い肉を貼り付け、申し訳程度に盛り上がった胸の中央、真紅の衣装から覗く地肌の上には、紅い宝石が乗せられていた。
爬虫類の眼のような、縦長の宝石だった。
そして裂傷が走った血塗れの両頬に、熱い体温を宿した繊手が触れた。
黒い渦を宿した瞳の先に、彼は熱く燃え上がる炎色の瞳を見た。紅い瞳は、彼の渦巻く瞳の奥を興味深く覗き込んでいるかのようだった。
彼の前に姿を顕したそれは、姿かたちは模倣体と似ているが、模倣ではなくそのものだった。
手が触れた時、彼の意識からは肉体の動作に関する意思が一瞬ではあるが消え失せていた。
紅い少女にとって、その時間があれば十分だった。
見方によっては甲殻類を連想しそうなトゲトゲとした赤い前髪の奥の額が、彼の額へとこつんと触れた。
同時に、乾いた返り血が付着した彼の唇にも熱く柔らかいものがふわりと触れる。
口を伝って送られた、甘い果実のような香りを彼が感じた時、彼の視界を一色の赤が埋め尽くした。
それに対する抗議の意識を持ったまま、彼の心は煮え滾るマグマで満ちた火口に沈むが如く、何処とも知れぬ深い何かへと落ちていった。