魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第2.5話 愚者を経て

冷え切った夜の大気を切り裂き、一つの風が吹いた。

風の先端には人影があった。

その背後には、土埃が舞っていた。

それは月光の青白い光に晒され、同色の色に輝いていた。

宙を舞う蝶が、羽を揺らしながら吹き零す鱗粉に似ていた。

 

突如、地を走る人影が停止。

人影が土を踏み締める摩擦音に続き、しゅうしゅうと、何かが風を切る音が続いた。

その音は獲物に迫る、爬虫の舌が立てる音にも近い。

そしてそれを示すかの如く、それは大気を切り裂きながら、影に迫りつつあった。

 

薄闇の中、人影の右手の先で紅い光の靄が霞んだ。

霞は瞬時に濃さを増し、明確な個体を形作った。

 

三メートルにも達する長大な槍となったそれを、

影は無造作としか思えない動きで振るった。

 

先端の十字架が、接近していた飛翔物に激突。

金属の悲鳴と火花を挙げ、飛翔物は地に堕ちた。

切っ先を地面に埋め、柄を月光に晒しているそれは、黒曜石に似た輝きを放っていた。

 

「おい、相棒モドキ」

 

己の手により墜落させた物騒な形状の得物を見据え、十字を宿した槍を構えつつ、

人影―――真紅の魔法少女、佐倉杏子は視線の先に広がる闇の中へと声を投じた。

短い一言ながら挑発を狙った卑し気な響きが、声には多分に含まれていた。

 

「あんだけやられてたってのに、随分と元気になったじゃねぇか。

 ひょっとしてテメェは人間じゃなくて、蛇やトカゲに近いんじゃねえの?」

 

揶揄そのものといった少女の声に、闇の中からの小さな笑い声が答えた。

笑いの裏には、怒りの片鱗が伺えた。

 

「別にいいじゃねぇか。それはそれで、便利な事に越したコトはねぇ」

 

揶揄を迎え撃つのは、強気を乗せたべらんめぇ口調。

声に次いで闇の中より出でた手が、地に堕ちた凶器を掴み上げた。

 

白い皮手袋に包まれた右手が握るのは、無骨な形状をした手斧であった。

斧の主は帰還させた得物の切っ先を、佐倉杏子へと向けた。

この惑星で最強の生物群である、魔法少女の一体へと。

 

杏子の紅の瞳は、己に攻撃態勢を取った不届き物の姿を克明に捉えていた。

強化された視力によって、真昼の光景であるかのように脳裏に浮かび上がったそれに、

杏子は今日だけでもう五度目となる舌打ちを吐いた。

 

舌打ちの対象が纏っているのは、青みがかった袖無しのジーンズジャケット。

肩から手首までを、黒シャツの長袖が覆っている。

右手の先には先に拾われた手斧が握られ、残る左手もまた、

細部に違いはあれど同種の代物を携えていた。

 

全体的に細長い体躯を支えているのは、

これもまた然りといった具合の、長く細い脚であった。

刃のようにすらりと伸びた脚を、白色のカーゴパンツが覆っている。

そしてその末端である足部を、スニーカータイプの白い安全靴が支えていた。

身体の頂点で靡くのは、流れる炎のような形状をした、

月光に抗うかのような漆黒色を纏った豊かな毛髪。

 

その下で杏子の真紅の瞳とかち合う、黒曜石に似た黒い瞳。

自分と同程度の身長と体格、更には同じ年頃の女に似た声と顔。

闇より出でたのは、杏子が名付け、

また本人も拒否せぬために『ナガレ』という仮名で呼称されている少年だった。

 

近隣には及ばずとも、急な開発が推進されている

風見野市の至る処にある廃工場の一つに、彼らは来ていた。

設備が撤去され、内部が大伽藍と化した巨大施設の屍は、天井や壁面に積年の風雨の浸食を受け、

至る所に虫食いのような破壊孔を生じさせていた。

 

大小さまざまなそれらから覗く月光が、

物騒な得物を携えた一対の年少者達に斑の光を落としていた。

この時奇しくも、上空で広がっていた雲に裂け目が生じた。

遮蔽物が消えたことにより力を増した斑の一辺が、杏子とナガレを青白い光で照らした。

 

方や、青白い炎を浴びて燃え立つ真紅。

方や、照らされた闇の中に茫洋と浮かび上がる黒。

 

双方、幼いながらも備わる美があったため、中々に絵になる様相であった。

だがその両者の間に流れる空気は、月光の優し気な光とは無縁の剣呑さがあった。

 

それを示すように両者の姿をよく見れば、

それぞれに纏われた衣服や肌には至る処に裂け目が見えた。

魔法少女で言えば、肘を覆う白いレースと肌の露出した肩。

人類の可能性がある少年は、手袋をした両手の甲や白い布地に覆われた脚部など。

それらに細長い肉の亀裂が生じ、

白色の衣類には肌の下から溢れ出した赤い血の痕跡が映えていた。

 

「あのクソ雑魚腐れ道化の下衆女と、

 一つ目のゴキブリ女が来てから、まだたったの三日しか経ってねぇ」

「『もう三日』、だろ。まだ寝てた方がいいってか?」

「ふざけんな、クソガキ」

 

敵愾心に満ち満ちた杏子の返答と共に、少年の腕がぶれた。

腕が消失したかのように見えるような、凄まじい速度を乗せた斬撃だった。

 

「テメェ、本気でくたばりかけてたじゃねえか。非常識って言葉、知ってるかい?」

 

號、とでも表現されるような凄まじい風と音が生じた。

それに匹敵ないしは上回る速さの一閃を、魔法少女が放っていた。

刃の煌めきの果て。

 

一瞬を刻むほどの僅かな時の間、二種の刃が触れ合った。

そして金属の悲鳴を別れの言葉とし、火花を散らして離れていった。

 

「悪いがそいつは、俺にとっちゃあ常識でね」

 

魔法少女の剛力を受けて返された己の得物を握りつつ、ナガレは皮肉気な笑みを見せた。

柄を握る手の中で暴れ狂う衝撃を、使い魔さえ握り潰す握力で強引に黙らせていく。

その様子に、杏子は呼吸の整理も兼ねた、呆れによる溜息を吐いた。

こちらもまた、手に痺れを覚えていた。

 

「ここ最近、ずーーーーーっとワケの分からねぇことばっかりだ。

 俺はこれでも、新宿で平和に暮らしてたっつうのによ」

「なら、そこに戻りゃいいだろ。隣の見滝原からなら、確か電車で行けた筈だよ」

「てめぇ、分かってて言ってんだろ。前言った通り、

 俺の家はもう無ぇし、そもそも『ここ』の『そこ』とは違ぇんだよ」

「知るかボケっ!!!」

 

再び、得物が振られた。

今度は先に、杏子の槍が動いていた。

直後には、耳を覆いたくなるような高音が鳴り響いた。

両手で握られた槍の裂帛の突きを、左右からの迎撃の手斧が挟み込んでいた。

斧側にとって無理な体勢であるはずだったが、槍もそれ以上の彼の領域への侵入は危険と見てか

その場での鍔迫り合いを演じるに留まった。

 

得物を挟んで、真紅と黒が向かい遭う。

この時、この一対の物騒な連中の脳裏には似た思考が生じていた。

こいつと話すときは、こういうシチュエーションばっかりだな、と。

 

「まだ寝惚けてるみてぇだな。寝言ほざいてんじゃねぇ」

「俺がどっから来たかは話しただろうが。何をそんなに怒ってやがる」

「いや、別に特別怒ってるってワケじゃねぇんだ。

 いつも道理だよ。これがあたしがテメェに対して思ってるコトの全てさ」

 

言い様、左手が槍より離脱。

五指同士を広く離して広げられ、ナガレに突き付けるように伸ばされていた。

こちらに腹を見せた指の表面で噴き上がる何かが、彼のうなじに寒気を与えた。

肉が隆起し、骨を締め上げるほどに両手に全力を込め、

先に突き付けられている槍の穂を強引に左舷へと逸らす。

 

直後に、背後の空間に向けて跳躍。

更に全身のバネをフル稼働させ、後方へと連続回転。

反転した視界の隅を、紅の鎖が過っていった。

 

幾度目かの回転の後、彼は四肢を四足獣のように曲げ、這うように地に伏せた。

伏せたことで生じた頭部の上の空間を、複数の鎖と槍の穂が貫いた。

普段の五倍ほどの長さに延長された十字槍の末端には、佐倉杏子の右手があった。

そして、真紅の縛鎖の群れは杏子の広げた左手の表面から生じていた。

 

地を這う少年を、真紅の瞳が見つめていた。

 

「いい様じゃん。バケモノみてぇなテメェには、よくお似合いだよ」

 

魔法少女の眼尻には嘲弄を示す緩い円弧が張り、

 

「精々無様に這いずって、のたうち廻りな。そうしたら百の肉片になるまで刻んでやるよ」

 

口元には半月の笑みが刻まれていた。

 

だが不思議な事ではあるが、彼はそれに必要以上の苛立ちを覚えなかった。

 

形で見れば、先の道化の嘲弄にも似ていた。

だが杏子のそれは道化とは違い、

相手に不快感を与える事だけが目的の、後先考えずの愚行ではなかった。

この嘲りは、相手の出方を誘い罠へと嵌める、真紅の雌豹の奸計であった。

戦う為の、技術としての挑発だった。

 

その様に、彼の中の血が滾った。

そのためだろうか。

黒渦を巻く瞳は、その濃さを更に増したかのように輝いた。

戦う事が、愉しくて楽しくて仕方がないとでもいうように。

 

理不尽な治療の果てに死の間際から回復したばかりでよくもまぁ、というレベルのモノではない。

どうなろうとも、どう成り果てようとも消えることのなく、熱を持ち続ける闘争心。

この時、彼の内なるそれは、激しく燃え盛っていた。

風の中の炎のように。

 

そして彼の感情とは裏腹に、きん、という何処か儚げな音が鳴った。

 

嘲りの仮面の下で、杏子は一つの軌跡を見た。

地に横たわらせていた斧が再び握られ、そして振られた後の線だった。

幾度とない破壊を経たためか、斧の表面に浮かぶ溶接痕は火傷に似た様相となっていた。

だが刃の部分には、漂泊された牙のような美しい光が宿っていた。

杏子が見たのは、その光の痕跡だった。

 

光の軌道上には、魔力の鎖と槍があった。

一瞬の後、空中で生じた線は太さを増した。

自らを切り裂いた光に劣らない、

美しい断面を見せながら、杏子の魔力は切断されていた。

 

「やるじゃねぇか」

 

反射的にではあったがそれは、紛れもない称賛の言葉であった。

言ったことによる後悔は、杏子自身が驚くほどに少なかった。

 

「あの道化と眼帯女には、っていうかてめぇにも結構やられたからな。

 治っときに、割といい具合に調整されちまったのかもしれねぇ。なんか調子いいや」

 

己に向けての皮肉が交じっていたが、語る様子は愉し気だった。

 

「そいつぁ良かった。やっとこっちも本気でいけるよ」

 

八重歯を見せて、真紅の魔法少女は嗤った。

胸の宝玉が輝き、紅は更に深みを増した。

 

左手の鎖を解除し、前方へと跳躍。

滞空中にも関わらず、魔法少女が放った突きは、秒間で二十発を越えていた。

少年はその半分を斬り払い、残りを斧の腹で受けた。

 

そして、今度は後退することなく、迫り来る突きの連打に得物を重ね、

無数の火花を散らせつつ真紅の襲撃者へと前進した。

 

再び両者が向かい遭い、死闘が再開された。

魔法少女は、槍の穂を斬り払う少年の瞳の中に感情の渦を見た。

少年は、斧の斬撃を撃ち落とす魔法少女の眼に宿る、紅い円環に気が付いた。

 

両者は互いに、己の顔に剣鬼の笑みを重ねていた。

 

手足の一本二本を斬り飛ばし、内臓を掻き出させる積りで、両者は得物を振っていた。

そうでなければ互いに、相手にならないと分かっていた。

 

病み上がりだとか、危機の最中にあるという思考は既に両者の頭脳から滅却されていた。

時折、不快な道化の顔が脳裏を掠め、突きと斬撃に重みを増加させる事はあったが。

 

修復されたばかりの斧が砕け、魔力の槍が十字架を切り裂かれて堕ちる。

ナガレは予備の斧を背中から取り出し振い、杏子は再度槍を召喚させて切り結ばせる。

それを、幾度となく繰り返す。

 

全てが防がれるわけではなく、肌が裂け、肉を貫いた刃が骨を掠めた。

 

だが、それでも両者の戦いは終わらなかった。

寧ろ血と肉が弾ける度、激しさを増していった。

 

寝床ではないため、戦場の破壊に関して遠慮は不要。

そして相手への負傷への配慮は、最初からしていなかった。

 

そもそも、どうすれば相手を確実に殺せるのか。

それさえも互いに確証が掴めていなかった。

 

 

本能に根付いた闘争心を満たすべく交差する真紅と黒の乱舞は、

何時果てるともなく続いていった。

 

 




色々(原因は実質一つ)ありましたが、二人は元気です。
ある種の後日談ということで、この話数となりました。

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