魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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今回は若干短めです。





第3話 魔なる者達の平凡な午後

その日も、彼女は空腹感により目を覚ました。

天井に空いた隙間は先日塞がせたが、ステンドグラスから差し込む光が

現在は午後の三時と告げていた。

 

欠伸をしつつ、祭壇の上に据えた真新しいソファに寝転びながら周囲を睥睨。

薄汚れた壁の前に横たわる、かつての自分の寝床を認めた。

ついでにその上で、今の自分のように寝転んでいる生命体も。

 

先日のリハビリを兼ねた、

殺意に満ちた訓練により手や膝や頬などに包帯や絆創膏を巻いてはいたが、

今の彼は思い思いに手足を伸ばし、

無音に近い寝息を立てながら快適そうに惰眠を貪っていた。

その様子に、杏子はこう思った。

 

「今なら殺れるか」

 

と。

 

息を吸って吐くように、特に意識しないままそう思っていた。

違和感は思考の後に生じていたが、その頃には既に、彼女の手は真紅の槍を握っていた。

柄は、宙に撒かれた水のように一気に伸びた。

少年の寝床の手前で槍は蛇のように鎌首をもたげ、寝息を立てる少年の顔の上へと

十字を描いた先端を向けた。

 

そして狙いを定めるや水中の餌食を狙う川蝉のように、その切っ先を奔らせた。

 

直後に音が生じた。

『ぎちん』とでも云うような音だった。

 

「用があんなら口で言え」

 

やや舌足らずな具合で、ナガレは不満に満ちた声を出した。

一文字ごとに、がちがちという音が鳴っていた。

真珠色の歯を備えた咢が、槍の先端を挟み込んでいた。

 

「こっちの方が楽でね。で、気分はどうだい?」

 

特に驚きも、そして悪びれもせず杏子は尋ねた。

それと同時に槍を消滅、させずに手元に引いた。

歯の一本でも道連れにする積りであったが、彼の口はその直前に槍を離していた。

 

「これがいい目覚めだと思うのか?最悪以外の何物でもねぇだろ」

「自己紹介御苦労さん」

「黙りやがれ、この魔法少女め」

 

両者は相変わらずの様相であった。

よく考えなくても、嫌な人間関係だった。

 

 

 

『~~工場跡地で謎の大爆発』

『敷地内の建物は全て倒壊』

『近隣に被害は無し』

 

刹那的で破滅的な遣り取り。

別名目覚めの挨拶を終え、ナガレは寝床に腰掛けながら新聞紙を広げていた。

上の三つは、今の彼が読んでいる記事の一部である。

 

「やりすぎたかな」

 

最後の一つを読み取り、安堵の溜息を零してから彼は呟いた。

頭に『魔法』が付くとはいえ少女相手に物騒な得物を振う一方、

彼にはこういう一面もあった。

 

寝床の向きの都合上、魔法少女と少年は距離を隔てつつも向き合う形となっていた。

そして彼女もまた、ある物に視線を落としていた。

真紅の瞳が眺めているのは横向きにされ、左上にホチキス留をされた三枚のA4用紙であった。

牛の魔女を撃退した次の日に、彼が用意した物だった。

それまで放置されていたが、なんとなくといった具合に杏子はそれを読んでいた。

因みに今の今まで丸められ床に転がっていたために、紙はかなり「ぐしゃぐしゃ」になっていた。

 

「で、てめぇはこのビート板みてぇなのを探してるんだっけ?」

「まぁな」

 

彼女の言葉を借りればその通り、

白色の用紙に簡素な線画で描かれていたのは、厚みのあるビート板とでもいうような物体だった。

細部はそれぞれ異なるが、先端らしき部分に向けて緩い線を描いているところが共通している。

イラストの隅には「Ⅰ」「Ⅱ」「Ⅲ」との記載があった。

それが更に、意味不明さに拍車を掛けていた。

 

「大きさは?」

 

杏子は投げやりな口調で尋ねた。

 

「上から十二、十五、十二ってとこだな」

 

それらの数字は多分、センチか十センチ単位だろうと杏子は思った。

とりあえず、メートルの単位では無いだろうと。

流石にそれは非常識にも程があるし、用途不明な事この上ない。

 

杏子は少なくとも、これは乗り物では無いだろうと思っていた。

地面を走るには車輪が無く、また空を飛べるような形でもなく、

ましてや水中や地中を移動できる代物にも思えない。

 

恐らくはこれらは、爆弾か暗器の一種だろうと杏子は結論付けた。

それで終わりにしたかった。

 

「それか、こいつだな」

 

その願望を、彼の一言が打ち消した。

妙に真剣な口調だったことが、僅かながらに杏子の興味を引いた。

 

「ほれ」

 

の一声と共に、杏子の元へと一枚の紙飛行機が投じられた。

それは下方から投げられたというのに、悠然と空気を切り裂いて進み

無事に杏子の手元へと飛来した。

市販品のカスタム仕様らしい手斧といい、妙に手先が器用な奴だなと彼女は思った。

 

「何だこれ」

 

広げてすぐに、彼女は言った。

少女の顔には困惑と怪訝さがあった。

優木に長口舌で妄想を言われた際のナガレの様子に、どことなく近かった。

 

「こいつの名前は」

「いや、いい。それ以上言うんじゃねぇ」

 

脳裏に生じた不吉な予感に、杏子は彼の言葉を遮った。

彼もその先は言いたくなかったらしく、そこで口を噤んでいた。

 

「特徴を言いな」

 

『手足の生えた鉄塔』。

それが、紙に描かれた線画を見た杏子が抱いた、率直な感想だった。

 

「見ての通りだ。胸は文字通りの鉄板で、胴体もどっしりとした寸胴体型。

 手足も柱みてぇに太いな。あと頭の尖がりが角なのか耳なのかは、未だによく分からねぇ」

 

『頭』というところから少なくとも生物、恐らくは人間を模した存在であるらしい。

だが先の三枚の分厚い板どもと、この存在との関係性は全くとして見出せなかった。

 

またここで、杏子はある事に気が付いた。

というよりも疑いを持った。

彼の説明の裏に、悪意があるのではないかと。

 

彼が説明する『これ』の描写に、認めたくはないが既視感があった。

とても、この上なく身近なものに。

 

「あと全体的な色は『赤』だ」

 

これが決定的な一言となった。

ぷちぷちと、彼女の内なる何かが切れていく。

数日前に道化が成したことより程度が大分軽いとはいえ、切れたことは確かであった。

 

「書き忘れたけどそいつな、真っ赤なマントを羽織ってる」

 

謎の人型物体に真紅の外套を追加。

脳が認識、魂が受容。

理性の糸が「ぷっつん」と切断され、

胸の中には、心臓を焼け焦がすような感情の波濤が発生していた。

 

「こいつ自体も物騒なんだが、この部分が一番ヤバくてな」

 

彼もまた、同様の紙を眺めていた。

当然と言えばそうなのだが、あちらの手元にも同様の資料があるらしい。

そして彼は右手に持ったボールペンの尻で人型の胸をぺしぺしと叩いていた。

 

「人間でいう心臓なんだけどよ、こいつが毎回ワケの分からねぇ事をしでかしやがる。

 これ以上の面倒事をやらかす前に、さっさと見つけてどうにかしねぇと」

 

杏子は既に、彼の話を聞いていなかった。

今重要なのは、肉体の完全な治癒とこの謎物体の『元ネタ』についてであった。

 

「こいつは色々と危ねぇから、

 最低でもここはバラして残りは海にでも沈めちまうか。置き場所もねぇしな」

 

なんとなく猫耳に似た頭部の突起、鉄板と形容される胸、色は赤で真紅の外套を装備。

「嫌がらせってのはこういうやり方もあるんだね」と彼女は感心さえしていた。

 

「ま、動いたらの話なんだが、あの眼帯女と腐れピエロを片付けたらすぐにでも…」

 

言い掛けたところで、彼は大気の変容に気が付いた。

 

「なるほど」

 

可憐な少女の唇から紡がれる言葉が、声が、室内の大気を毒素に変えているようだった。

今日も廃教会内には、真紅の怒りが充満していた。

 

「死にてぇらしいな」

 

表面には灼熱の炎。

内部には、詩人が旅したという地獄の最下層に満ちる絶対零度が込められているかのような声だった。

 

今回は何が原因かと、ナガレは数秒ほど思考。

手元の紙と自身の記憶を辿り、更に既に戦闘態勢を取り始めている眼前の真紅を重ね合わせる。

あぁ、と心中で彼は呟いた。

本当のところ、変身した杏子を初めて見た時に一瞬ながら連想したことでもあった。

 

「いや、あんまり似てねぇだろ」

 

それは彼なりのフォローであったが、

『いや』のあとの四文字は、言わない方が良かっただろう。

 

今日の二人の戦端は(少なくとも今日で最初のものは)、彼の余計な一言が原因であった。

 

 

 

 




書いてて思いましたが、あの三機は確かに不思議な形してるな…。

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