魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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番外編 流狼と錐花⑯

「ん…くぅ…」

 

 暗闇の中、少女の声が響いていた。

 声に宿るのは、濡れた響きと滴る様な欲望の色。

 声にはぴちゃぴちゃという水音も伴っていた。

 ある程度の歳のものなら、その様子に自慰行為を思い浮かべるだろう。

 肉の花弁の内側に繊手が這入り込み、熱い果汁を纏わらせながら桃色の肉襞と膨らんだ花芯を弄ぶ。

 

 確かに、それは行為自体で見ればそれに近かった。

 闇の中にいるのは、少女だけでは無かった。少女の喘ぎは地面から生じており、その真上では彼女とは別の呼吸音が生じていた。

 横たわる少女の上に、もう一人の存在が覆い被さっていた。

 両者の身体は密着し、性行為か強姦の一幕にも見えた。

 

「うぐぅ…」

 

 少女の喘ぎ声が一際強くなる。絶頂が近いのだろうか。

 被さる存在が動く。しかしそれは前後運動ではなく、彼女からの乖離であった。

 重なりかけていた頭が離れる。闇の中、炎かたてがみを思わせる豊かな黒髪が垂れ下がる。

 次いで胸が離れていく。その度に、ぺりぺり、べりべりという生々しい音が鳴っていた。

 前者は水に濡れた何かが、捲れていくような音だった。

 後者は、接着しているものを引き剥がしていくような。

 

「あぅ…あっ…ああ…」

 

 少女の声が激しさを増す。

 それは性欲よりも、苦痛が増しているように聞こえた。

 声を浴びながら、胸が離れて腹も続いた。

 闇の中に浮かび上がったシルエットは、少年の上体だった。

 

 それは、仰向けに横たわる少女の身から生じているように見えた。

 少年と少女の間を、複数の線が緩やかな下弦の円弧を描いて橋のように繋いでいる。

 更に引き剥がす音が続き、遂に彼の腰までが彼女から離れた。

 

 二人を繋ぐ複数の線は途切れていき、地面に落下し水音を伴って跳ねた。

 その傍らに、両足を地面に着けて立つ少年の姿があった。

 荒く熱っぽい息を吐きながら仰向けの上体で喘ぐ少女を、静かに見つめていた。

 その眼の中には、闇よりも濃い黒い渦が巻かれていた。

 

 その彼を、少女もまた見ていた。

 闇と相反するような、輝く黄水晶の瞳で彼を見ていた。

 両者の瞳の中にはそれぞれ、闇と光が宿っていたが、互いに纏った色は同じであった。

 闇の中に浮かび上がる様な、凝縮した闇のような黒だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「分かった」

 

 ナガレが差し出した、ショートケーキの乗せられた皿をテーブルに置き、キリカは再び言った。

 美しい顔には難解な方程式を遂に解き明かしたかのような、真理に至った学者のような表情があった。

 

「何故、私はこれに気付かなかったんだ。何故、こんな簡単な事に」

 

 両手で顔を覆い、キリカは言葉を続けていく。

 

「嗚呼、どうして私は視野が狭かったんだ。何故1プラス1が2だと思っていたのか?いや、これは義務教育の弊害だ」

 

 ぶつぶつとキリカは何やら思考し、そして呟く。

 何を言うのかなと思いながら、ナガレは手元のプリンを丸呑みした。

 滑らかな喉越しを味わいながら、キリカが発する次の言葉を待っている。

 

 何だかんだでキリカと喋る事は楽しく、話を聞くのも面白いのだった。

 並の奴なら喰い潰されるとは嘗ての彼の保護者の言葉であったが、今に至っても彼は頑強であり、キリカの狂気と渡り合っていた。

 

「友人」

 

「何だよ、改まって」

 

 両手を顔から離し、両膝の上に丁寧に置いてキリカは言った。

 口調もまた、凛とした理性の響きに満ちている。

 猛烈に嫌な予感を感じ、彼はキリカが発する言葉の幾つかの予測を立てた。

 

『ここ出たら抱いてほしい』

 

 さっき拒否したばかりである。

 それに彼女が抱かれるという言葉を使うのはピンと来ない。

「犯してやる」なら云いそうだがと彼は思った。

 

 

『佐倉杏子を一緒に犯そう。身体の部品が全部そろってて中身が温かい内なら、死体でもいいよね?』

 

 これも違う。普段から似たようなコトを言っているため、改まる必要性が無い。

 言うまでもないが付き合う気はないし、実行するなら全力で止める。

 

 

『この世を私達のものにしよう。とりあえずここの奴らを全員殺そう』

 

 これも無い。彼が見た限り、言葉は爛れていても呉キリカは善人である。

 無関係の者を無為に殺戮するほど彼女は狂っていない。

 

 

『全て捨て去って、一緒に旅に出よう。世界の果てまで行ってみよう』

 

 楽しそうだ、というか楽しいに違いないなと思った。しかし今は買い物の途中なので、それを済ませてからになる。

 

 

『母君を孕ませてくれないか』

 

 有り得そうだ、と彼は判断した。

 同時に彼女の母の顔が脳裏に浮かぶ。

 あの美貌を垣間見て思わずほんの一瞬理性が揺らめくが、こればかりは本能に任せては危険だった。

 家庭崩壊を招くだろうし、何より倫理的に不味い。

 そして仮にそうなった場合、キリカが自分の娘になる可能性がある。

 怖いというか、嫌だった。

 

 彼女とは友達でいたいのだと。

 考えることがおかしいような気がするが、彼なりの理性でその可能性を拭い去った。

 だが彼女がそう言った場合、対峙せざるを得ない事柄だった。

 

 鮮血色の美しい唇が、一言分の空気を吸った。そして、彼にこう告げた。

 

 

 

 

「私は、君の母と為ったらしい」

 

 

 

 

 五秒ほどの時間が経過した。

 

「はい?」

 

 はっきりと聞こえていたが、その認識を彼は拒んでいた。

 

「私は君の母になった。私は君を産んだんだ」

 

「んん……どゆこと?」

 

 考えるが、さっぱり分からない。

 尋ねた彼に、キリカは優しく微笑んだ。

 ゆっくりと右手を上げ、人差し指を除いて他の指を緩く折り畳む。

 美しい指の先端は、ナガレの胸を貫く様に指していた。

 

「今の君のその身体、どこまでが君なのかな?」

 

 何をと言い返そうとしたが、彼はキリカの意図に気付いた。

 こういったコトには身に覚えがある為に。

 

「私が君に突き刺した肋骨から伸びた触手は、君の体内に張り巡らされた。

 ああ、内臓にはそれほど手を触れてないよ。プライバシー保護は重視するタチでね」

 

 感謝してくれよとキリカは言った。

 ナガレはイラっと来たが、黙って聞いた。災害には対抗ではなく対処しか出来ないように。

 

「そして私は君の血肉を啜った。触手からちゅうちゅうと吸って、口からゴクゴクとガブ飲みした」

 

 言い終えると、キリカはコップを手に取りごくごくと飲み物を飲んだ。

 赤の色が強い葡萄ジュースだった。

 口の端から一筋が垂れて顎に伝った。

 その様は妙に官能的且つ、グロテスクであった。

 

 右の人差し指でそれを拭い、赤紫の滴が溜まった指先をちゅうと唇で食んだ。

 唇の間からにゅるりと這い出た桃色の舌が、美しい指を舐め廻す。

 指紋の中に染み入った最後の一滴までも、体内に取り込むかのように丁寧にしゃぶる。

 

 その様子に、ナガレが見覚えがあった。

 キリカが噛み付いたことによって出来た彼の首の傷を、歯形に沿って丁寧に舐めて血を啜る様によく似ていた。

 というよりもそのものだった。

 

「その結果、君の血肉は大量に減った。私の見立てだと、あと十分もそれを続けていたら君は死んでいた」

 

「どうだかね」

 

 黙っておくと思っておきながら、一応の反論はする彼であった。

 彼の見立てでは、もう三分ほどは生きていた筈だと思っていた。どうでも良くないが、今はどうでもいい事である。

 面白かったのか、キリカはクスっと笑った。誰もが一瞬陶然とし、そして微笑みを返したくなる顔だった。

 

「その命は、どうやって繋がれたのかな」

 

 その笑顔のままキリカは言った。

 問い掛けではなく、宣言である。

 

「触手が、肋骨が、そして口づけの中で切り離した私の舌が君の新たな血肉となった」

 

 キリカは事実を告げる。

 

「そして君は私の胎内に取り込まれた。私の内に広がる赤く熱い肉襞に包まれた」

 

 美しい唇が動くたびに、それに負けぬ美しい声が毒の言葉を紡ぐ。

 

「君の腹と私の臓物は触れあい、そしてゆっくりと表面が蕩けて、君の肌を融かしていった」

 

 この時のキリカの表情は、普段の彼女のそれだった。

 春風のような朗らかな笑顔。黄水晶の瞳に宿るのは、同色の虚無。

 

「君と私の境目が消えて、肌と肌が重なって肉が蕩け合う。放っておけば、もっと深く繋がれたのに」

 

 淡々とした口調でキリカは言う。そこに宿った感情は、声からは掴めない。

 残念なのか、ただ現象としての事実を述べているのか。

 

「でも、君は私から離れた。それは君が望んだ事だから、私もそれを認めた。

 何故かって?おいおい、私達は友達じゃないか。

 友達の願いは叶えるものさ。それでなくても私は魔法少女だ。夢と希望を叶える者なのだから」

 

 声に寂寥感と使命感が混じる。こいつ扇動の才能あるなと、ナガレはストローで飲み物を啜りながら思った。

 キリカが飲んでいるのを見て、自分も飲みたくなったのだろう。葡萄ジュースを飲んでいた。

 

「だから叶えた。君の生きたいと云う意思を尊重し、君の削られた肉と失った血を、私の肋骨と触手と舌を融かして与えた。君の身体には肉が新たに生まれ、そして新しい血も満ちた」

 

 そこで、キリカの唇が緩い半月を描いた。

 

「さて、となると今の君はどこまでが元の君なのかな」

 

 口はそのままに、微笑みながらキリカは言う。

 

「私の肋骨には私の血肉を詰めておいた。それが君の血肉と結びついて抱き合って、今の君の身体となっている。

 その身体を流れる血は私のもので、今は君のもの。そして君の形を造っている肉と骨にも、私がいる」

 

 黄水晶の瞳が、やや細くなった。

 人のそれから、爬虫類のような瞳孔へと。

 獲物を見る眼であった。

 

「でも私だけじゃない。元の君の血肉と骨も私のそれと絡んでる。だから大丈夫、君は消えちゃいない。何も怖くない。怖くないんだよ」

 

 限りなく優しい口調でキリカは告げた。

 

「そして君は私の内から解き放たれた。肉襞が分泌した羊水を浴びて、私の肉から身を引き剥がすときに、裂けた肉からの血も浴びた。血と羊水に塗れての剥離。これを誕生と言わずしてなんと云う」

 

 キリカの言葉を、ナガレは無言で聞いている。肯定と捉え、キリカは更に続ける。

 

「また先述の通り、今の君は私と元の君との合いの子だ。となるともう一つの事実も確定する」

 

 胸の前で腕を組みながら、彼は話を聞き続ける。

 組まれた腕の下で握られた拳が、骨を砕かんばかりに握り締められていた。

 何を言うのか、予想が付いたのである。伊達にこの狂気と向き合い続けている訳では無いという事か。

 

「今の君は私達の子供のようなもの。つまり前の君であり今の君、つまりは友人…君は父親になったんだよ」

 

 天使のような、いや、天使の笑顔でキリカは言った。

 

「まったく…何処迄属性を盛れば気が済むんだ、君は?そこに萌えろとでも?」

 

 そしてやり過ぎだよと、キリカは咎めるように加えた。

 母親が幼子をあやすような口調で。

 

 そこで限界が来た。

 何のかと言われれば、こう答えるしかない。

 ナガレの堪忍袋の尾である。

 

 腕組を解除し、右腕を伸ばす。

 そして人差し指から小指までを垂直に立て、僅かに前後させた。手招きである。

 

 オッパイが欲しいのかなとキリカは思った。

 キリカの認識の中では、目の前の少年は赤子同然となっているらしい。

 

「(たぶん出ないんだけどな…まぁいいか)」

 

 素直に従い、キリカは立ち上がると美しい身体を前に倒し、彼の前へと上体を、更に言えば拘束を外れている為にたぷんと揺れる胸を差し出した。

 

 そこに向けて、ナガレが動いた。

 やや傾いていた肘が伸ばされる。

 食欲旺盛だなあとキリカは感心していた。

 

 だが、手の矛先は胸を通り過ぎ、キリカの頭部へと向かった。

 折り畳まれた翼のように彼女の左頬を覆う黒髪に、しなやかな五指が添えられる。

 きょとんとするキリカ。だが一瞬の後、彼の意図に気が付いた。

 渦巻く黒い瞳が、彼女を見つめている。その瞳に映るキリカは、渦に囚われているかのようだった。

 身体を背後に引いて逃げようとしたが、それより早く右頬に彼の左手が添えられた。

 

「呉キリカ」

 

 深淵から響くような声で、ナガレは彼女の名を呼んだ。

 思わずビクリと震えたが、彼女の顔は微動だにしなかった。

 柔らかく添えられているとしか見えない彼の手に、魔法少女が完全に拘束されていた。

 それは物理的な力ではなく、彼から発せられる鬼気とでも言うべき不可視の存在、恐怖によるものだった。

 

 そして。

 

「あんま調子に乗んじゃねえ」

 

 言った瞬間、彼は両手の指先を動かした。

 その動きに彼は既視感を感じ、一瞬で納得した。

 キリカが自分の傷を丹念に舐めた時の舌の動きと奇しくもよく似ているのだった。

 

 両手の指先は、キリカの左右の耳の裏を弄んだ。

 瞬間、店内に満ちた甘味よりも、更に更に甘味を孕んだ嬌声が響き渡った。

 報復に成るのか分からないが、暴力よりはいいだろうと彼は思っていた。












こいつらは…

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