魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
静けさに満ちた店内の中、呉キリカは立っていた。
店内には他に誰もいないのではなく、他の誰もが完全に呆けているのであった。
それらに全く彼女は気付かず、立ちながら傍らの光景を眺めていた。
視線は下方に向けられており、黄水晶の瞳には虚無が映えていた。
虚無が映すのは彼女が座っていた椅子の傍に膝を屈めて、分厚く束ねたペーパーで座席を拭く少年の姿。
室内の光に反射されて照り光り、そして手の動きからすると、ぬめぬめとした感触の何かが拭われている。
美少女のような貌をした少年は無言且つ、これもまた虚無を宿した表情で作業を行っていく。
紙を何度か取り換え、何処から持ってきたのか洗剤も使用しぬめりが完全に拭われた時、彼は解放された。
使用した紙を屑箱に入れようとした時、彼は視線を感じた。振り返ると、キリカがじっと見ていた。
気まずさを感じながら、ぬめり気を拭った紙を捨てた。溜息が背後で聞こえた。
どういった意味の溜息かは、彼としても考えたくも無かった。
そしてキリカは座席に座り、テーブルの上の菓子を食べ始めた。
ナガレもまた手を洗った後に彼女に続いた。
他愛ない会話を交えたり不健全な会話、つまりは呉キリカによる佐倉杏子陵辱・殺害計画を彼が聞き流したりするなどの平和な時間が流れた。
やがて滞在時間のリミットが訪れ、両者は手早く店を出た。
店を出る際、対応した店員の虚無的な様子や店内の静けさに両者は不気味なものを感じていた。
自分たちが原因であるなど、露とも思っていない二人であった。
建物を出る際には、エスカレーターではなくエレベーターが用いられた。
「友人、今の私の状態を気遣っておくれよ」
そう言いながら、キリカは手招きしていた。彼はイラっと来たが従った。
登る時の苦労は何処へやら、何の問題も無く、強いて言えば相変わらずキリカの姿は男どもの視線を引き付けていた程度で両者は建物の外へ出た。
窓や天井から注がれる光からしても分かってはいたが、外の世界は昼から夕方の景色へと変わっていた。
赤の光と闇の帳がせめぎ合い、世界を赤と黒が染めている。
光を浴びて赤く染まった人々と闇を纏って黒へと変わった人々が交差し、それぞれの行くべき場所へと歩を進めている。
その様子を、ナガレとキリカは眺めていた。
どちらが先に歩を止めて、どちらがそれに従ったのか。
同時だったのかもしれない。きっとそうだろう。
「綺麗だな。なんか生き生きとしてやがる」
「死人が練り歩てるみたいで、不気味だね」
両者は同時にそう述べた。
それぞれの感想はまるで異なっていたが、その意見の相違は両者に不快感を与えなかった。
それも当て嵌まると思っているからだ。景色に答えなど無く、ただどう感じるかが全てである為に。
気付いたら、両者は再び歩いていた。これもまた時を同じとしていた。
「にしても友人、ほんっとに赤が好きなんだなぁ」
「ああ、それと黒もな」
「照れるね」
「確かにお前さんの衣装もいい趣味してんな」
「喧嘩売ってるのかい?」
「褒めてんだよ」
歩きつつ言葉を投げ合う。歩む先は決めていない。
ただ本能のままに、人の流れに沿って歩いていく。
歩みの先に、ナガレは三つの姿を見た。学生服を着た三人の少女の姿だった。
闇と赤の光が交わる世界であったが、ナガレの目は鮮明に彼女たちの姿を捉えていた。
一人はブローがかった緑髪、もう一人はややキリカに似た感じの髪型をした青。
そして最後の小柄な少女は、ツインテールで整えられた桃色の髪の色をしていた。
差別意識は全くないが、この世界の髪の色の多様さには何時まで経っても驚かされる。
「何度も言うけど、別に桃色ピンクな髪の色なんて珍しくもなんともないよ」
見透かしたようにキリカは言った。彼女としては適当に言った積もりだが、それは完全に的を得ていた。
このあたり、キリカの勘の冴えは鋭いのである。
「どうしてもな、気になっちまうんだよ」
「君の故郷も地球で尚且つ日本らしいけど、我ら日本人は概ね黒髪ばかりなんだよね」
「そうだな。そりゃあ、地毛で少し色が付いた奴もいるけどよ」
「ふぅん、変な世界だね。…ふむ」
歩きながら首を傾げ、キリカは少し考えた。
元居た場所が変な世界かと言われ、そうでもねぇのになとナガレは思った。
思っていると、キリカが口を開いた。
「そうすると、ちょうど今の私達みたいな感じかな。君のいた世界で、人が連れ合って歩いてる様子ってのは」
「そうなるかね」
「懐かしくなったかい?」
「ん…まぁ、少しは」
「帰りたくなった?」
「里帰りするには、まだまだやる事があってよ」
その言葉を聞いたとき、キリカは自分の身体が僅かに強張るのを感じた。
心臓が、まるで直に殴られたかのようにどぐんと高鳴る。それには痛みさえも伴っていた。
声は変わらない。口調でさえも。
それでも何かを感じた。その何かを探った。
そして理解した。これを発している者は、自分が友人と呼ぶ少年の、この姿の中に潜む本来の…。
気付いたとき、キリカは喉奥から小さな悲鳴を上げていた。
口を押さえ、悲鳴が外気に触れぬように出口を閉ざす。
「どうした?体でも冷えたか」
ナガレが尋ねた。心配そうな口調は、単純に彼の善意からのものである。
それに安堵したか、跳ね上がっていた心臓は急速に静まった。
すると彼女はナガレの手を取った。人々が往来する交差点を、早歩きの速度で踏破する。
魔法少女の力なら人々を平気で蹴散らせるが、彼女はそうしなかった。
これもまた彼女の良心がそうさせていた。
「なぁ友人」
「なんだよ、キリカ」
交差点を抜け、建物の隙間へと彼を誘う。
何かを言いたい事は彼にも分かり、ここなら人の邪魔にならないとして彼もそれに応じた。
「シたい。今すぐに」
呟くように、そして熱く濡れた声でキリカは言った。
建物同士の隙間へと赤い光が射しこみ、彼を求める呉キリカを染めていた。
夜になる寸前に太陽が放った、断末魔のような赤光であった。
数秒後、答えは返ってきた。
「奇遇だな、俺もだ」
その正面に立つナガレを、最後に世界に差し込んだ赤い光の輪郭が切り取っている。
赤い縁取りが為された少年のシルエットは、闇で彩られていた。
光が求め、闇が受け入れる。
求めあう両者がすべきことは、一つであった。
薄闇の中、肉と肉がぶつかり合う。
熱くぬかるむ粘液が弾け、柔らかい粘膜がぐちゅぐちゅと掻き回され、淫猥な音が響く。
男の喘鳴と女のソプラノの喘ぎ声が交わり、二種の体液が放つ生臭い臭気が空気を犯す。
壁に手を着き、黒い上着はそのままに下半身を剥き出しにした女を後ろから抱え、男が自身の赤黒い肉を女の体内に打ち込んでいる。
動きは激しさを増し、両者の呼吸も激しさを増していた。
あと数瞬で両者は絶頂に至る、その時だった。
不意に風が吹いた。背後から漂ってきた冷気を感じ、男が振り返った。
その瞬間、彼は叫んでいた。
収縮した自分自身を熱く濡れた女体から引き抜くと、それを仕舞うのも忘れて奇声を挙げて駆け出していった。
引き抜かれた瞬間に嬌声を発した女であったが、異常な事象にまずは憤り、次いで同じく悲鳴を上げた。
このあたりは男女の差か、最低限の身を整えて女もまた男の背を追って逃げていった。
両者の脳裏には、同じ存在の姿が浮かんでいた。
それは虚空に浮かんだ、血塗れの生首。
黒髪を生やした美しい少年と少女のそれが、自分たちが交わる様子を眺めている姿。
思い出した瞬間、両者は精神が砕けたような絶叫を放った。
草が生い茂ってコンクリート片が散乱し、卑猥な言葉と落書きが至る所に施された建物の中を躓きながらも走っていき、やがては見えなくなった。それらを見る両者の視界から。
「んだよ、根性なしが」
生首の片割れが声を発した。
「生で見たのは初めてって言ってたな。感想は?」
「んーーーー」
傍らに声を掛け、それもまた応じた。
「クソきめぇね。ゲロゲロだよ」
「やっぱお前、結構可愛いとこあるよな。なんつうか、汚ぇ言葉も似合わねぇしよ」
「うっせ、唐突にツンデレすんな。時間を無駄にしたね、こっちもさっさと続きをヤろうよ」
「おう」
そう言って、二つの首は忽然と消えた。
後には静寂と、虫の奏でる鳴き声だけが聞こえた。
朝が来た。
鳥たちが草に付いた虫を食べていた。
昼が来た。
小動物たちが室内を動き回り、不運な野ネズミが蛇に絞殺されて吞まれていった。
夜が来た。
虫の囀る声が響いた。
そして再び朝が来た。
虫を食べに来た小鳥が、それを待ち構えていた野良猫によって捕食された。
昼になった。
特に何も無かった。
夜になった。
野犬が徘徊し、互いに縄張りを主張し争っていた。
そしてまた、朝が来た。
大きな変化があった。
廃屋の中央で、突如として光が炸裂した。
光と言ったが、それは闇でもあった。
一応、一瞬だが前兆があった。
斧と杯を組み合わせたような闇色の紋章が一瞬浮かぶや、それが砕けて弾けたのだった。
そしてその中から、一対の存在が身を絡めながら身を躍らせた。
そして両者は、同時に行動を起こした。
どぐっという破壊音が鳴った。
長く伸びた足の先が、両者の腹を抉って生じた音だった。
「ううぐ…」
「ぐあぅ…」
苦鳴が重なり、離れる両者が室内を転がる。
そしてほぼ同時に立ち上がった。
滴った十数滴の血滴が、深紅の花を地面に咲かせた。
そして建物の隙間から差し込んだ光が、対峙する二人を照らし出す。
朝焼けに包まれながら、二人の姿が浮かび上がる。
それは朝の光を浴びてはいたが、両者が纏った色は濃い夕焼けのような、赤黒い深紅の色だった。
両者は全身に傷を負い、全ての傷口からだくだくと血液を滴らせていた。
片方はナガレであり、もう片方は呉キリカである。
彼は手に斧槍を携え、キリカは両手から各五本の魔斧を生やしていた。
「さす…がに」
荒い息でナガレは言った。
その顔には複数の傷が刻まれ、うちの一つは右目を縦に刻んで失明させていた。
「二日半…ブッ通しは……キツいな」
「笑いながら…言わないでほしいな…友人」
苦笑と共にキリカも両肩を上下させながら言った。
右目に巻かれた黒い眼帯にも、鮮血の色がありありと刻まれている。
美しい顔の左頬が弾け、砕けた歯と抉られた歯茎を外気に触れさせている凄惨な姿となっていた。
「お前…こそ…鏡、みやがれってんだ」
彼の言葉に、キリカは右手の斧の腹を自身の顔に向けて傾けた。
見た瞬間、彼女は哄笑した。
「はは、ハハハハハ!こいつは酷い!でもなんていい笑顔してるんだろう!まるで愚者か狂人みたいだ!」
「そう思えんなら、お前はマトモってこった」
痛みをこらえて笑いながら、彼はキリカの正気を肯定する。
血を浴びて赤みを帯びた闇色の眼は、キリカの眼帯を見ていた。
数日前に彼女が狂乱した際は、着用されていなかったものだった。
「?何言ってるのさ。私は不思議ちゃんキャラで通っているが、頭脳明晰で清廉潔白な大和撫子だぞ」
「違いねぇ」
「友人、そこは突っ込んでおくれよ」
血塗れで、傷だらけで両者は嗤い合う。
朝の清潔な光の下、血臭を漂わせた凄惨な姿で。
苦痛を感じながらも、心の底から楽しそうに。
「じゃ、やるか」
「うん」
挑発的なナガレの笑みに、キリカは朗らかに微笑んだ。
そして両者は互いを求めて前へと飛翔し、空中にて得物を激突させた。
最初に生じた巨大な火花に次いで、無数の火花が乱舞する。
弾ける光よりも遥かに美しく、炎よりも熱く激しく。
一対の魔達は互いの命を求め、互いの血肉と骨を切り刻む。
会話してる場面も書いてて好きですが、この二人はこうでないとという気がします(にしても佐倉さん待ちくたびれてそう…)