魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
先ず空気が、次いで外皮が切り裂かれた。
溢れ出る異形の体液を切り刻み、内部の肉も刃を止めるには至らなかった。
完全な切断に至った後も刃の進行は止まらず、これらを更に三回ほど繰り返した。
四つの異形の悲鳴は、殆ど同時に生じていた。
ただの一振りで四体の使い魔達が八つの惨殺体となり、異界の地面に転がった。
「雑魚ばっかり寄越しやがって」
彼の周囲には、朦々と立ち昇る無数の黒煙が生じていた。
それらが絶命した使い魔から生じたものだとすれば、元の数は十や二十では足りないだろう。
戦闘の余韻を示すものとして、彼の衣服には袖や膝などの
『最前線』を担当する部位には幾らかの破損が見えた。
怪我は負っていない上に得物もまだ無事なようだが、彼の吐く息は荒かった。
「お前は来ねぇのか?」
得物に付着した魔の残滓を振り払い、やや深い呼吸を二度ほど行う。
それだけで彼の呼吸は安定した。
またその間に、百回近く振られた腕や、蹴りを四十回ほど繰り出した足の痺れも取れていた。
「貴方、本当に面白い生き物ですねぇ」
くふっという笑みがそれに続いた。
掲げられた手斧が、そいつの顔を刃の部分に映していた。
まるで斧自身が、そいつを喰らう事を望んでいるかのように。
滞空する巨大質量に腰かけ、レモン色の手袋を纏った両手で頬杖をつきつつ、
優木は少年に向かって笑みを送った。
この状況でなければ、またその表情だけを見て評すれば、
まるで心底から親しい者に向けるかのような、清純さを感じさせるような笑顔であった。
それこそ、将来を誓い合った恋人にでも向けるような。
「奇遇だな。俺もお前さんについてそう思ってたところだ」
「…あ?」
一瞬の困惑、の後に赤面、の直後に悪鬼の容貌が優木の顔に浮かび上がった。
何を思ったのか定かではないが、優木が尻を置いている巨大魔女は
この時しきりに嘶きを挙げていた。
少なくとも怯えには聞こえず、ナガレは「この不細工野郎の性格も大概だな」と、
誰に告げる訳でもない感想を漏らした。
「なんてゆーか、なんですかあんた。
あの赤毛猿やそこら辺の腐れ正義マンども。それに悪名高きクソレズ聖団は兎も角として、
この魔法少女優木沙々さんを珍獣扱いとは。あーた、どんな親に育てられたんですか?」
烈火のごとく喋りくさった中に散りばめられた複数のワードを、彼は頭に刻むこととした。
勉強や暗記は嫌いであり苦手だが、それでも優木の早口を脳内で複数回ほど唱和する。
『ども』や『団』といった複数形。
このことから魔法少女の数は、恐らくは近隣地域だけでも二、三人どころでは無い事が伺えた。
また道化の最後の一言は、彼の胸中に懐かしい光景を去来させた。
幼少期に見た土佐の闘犬の牙と咆哮、そいつの頭を砕いたときに生じた呪詛の如き断末魔。
生爪が全て剥ぎ取れ、小さな手が野球のミットほどに膨れ上がろうが、
それでも延々とやらされた砂箱突き。
数週間の山籠もりの果て、崖から突き落とされた際に見た忌々しい程の蒼穹。
その背後に流れる小鳥の囀り。
遠い昔の思い出たち。
それらを思い描いた折、彼はふと、ある事を思った。
今の自らを構成する要因となった父親の教育方針に対して、
自分は喜ぶべきか、或いは呆れるべきなのだろうかと。
悩みには極力無縁な彼だが、これには判断に困っていた。
だが今は現在の事柄を前に進める必要があった。
それに何はどうあれ、過ぎ行く過去に未練などはない。
ただ、珍しく感傷に浸っていただけだった。
ほんの僅かな、数秒ほどの時間だけ。
そう思った次の瞬間には、これらの事は彼の脳裏から奇麗さっぱりと消えていた。
そして早速彼は、得た情報を駆使することにした。
先の襲来の際に発した長口舌の時点である程度察していたが、
優木が自分に向ける視線に含まれたものに対し、試す意味合いもあるとした。
頼むから外れてくれと、ナガレは思った。
「そいつぁ悪かったな、ササさんよ」
得た情報から、下の名前を用いて一応の謝罪を口にする。
受けた優木は不細工魔女の上で硬直していた。
「分かればぁ…いいんですよ」
残念ながら、彼の予感は的中していたようだった。
恥じらうような身の捩り方と、薄っすらと紅色に染まった道化の頬。
そして妙に色気づいた熱っぽい声がその証拠であった。
無論、演技の可能性も無くはないのだが。
「ええ。まぁそういうワケです。前にも言いましたが、
貴方のお顔は割とマジでそれなりに好みの部類でしてね」
彼が尋ねた訳でもないのに、道化の弁明が始まった。
聴きたくはないのだが、彼は聴者となる事を選んだ。
情報を得るためなのだと、自分を納得させながら。
「貴方のコト、なんとかしてモノに出来ねぇかなーって暇な時間に考えてたりしたんですよ。
おおっとご安心を。何も不埒な事なんかじゃありません。
貴方の…まぁお仲間っつうかお友達っていうかフレンズな紅い簒奪者みたいに、
私は御下劣じゃありませんから。あの雌猿が何をオカズにしてるかなんて知りませんが、
実はこの前お邪魔した時に見ちゃったんです。
あの雌猿ったら寝床の上でぐちゃぐちゃくちゅくちゅっと
泡と音立たせながら熱心にあんあん喘いでやがりましたよ。
ありゃ相当に欲求不満ですね。つうか猿ですよ猿。
まー、発情赤毛の事なんざ知ったコトじゃないですが…忠告しときますけど、
貴方、油断してたらその内襲われて喰われますよ、きっと。
でもま、そこも動物らしいというか本能に忠実というか。
そもそもあいつ、見た目からして野生的ですしね。
それに私だって健康な一人の女性ですからそういう気分は分からなくもねぇです。
ああ、でもそういう気分になった時には別のを想像して処理してますよ。
だって今の貴方は子供すぎますから」
「何言ってやがんだ、このマセガキ」
長台詞を用いての道化の性癖開示に、ナガレは不快さを隠さず吐き捨てた。
また駄文中ごろの道化の発言は、この大馬鹿者が即興で考えた妄想だろうと思った。
というよりも、そう信じた。
それ以上のことは考えたく無かったために。
そして当の道化は彼の指摘を受けた途端、顔を紅潮させていた。
花も恥じらう乙女のように。
「忘れろ!今すぐに忘れろ!ってオイ!聞いてんのかそこのテクノ蛮族系男子!!」
割と的を得ている暴言は兎も角として、
慌てふためく仕草と抗議の言葉を構成する声は、非常識なまでの可愛らしさを持っていた。
そのテの趣味のものならば、思わず抱きしめたくなるものだっただろう。
ただ彼は、女に達していない女である『少女』という年頃には
全くとして性的関心を向けられなかった。
代わりに優木の姿の原型である、道化の滑稽な躍りとしてその様子を見ていた。
言葉の不快感は別にして、動きだけ見れば中々に愉快な存在だと彼は思った。
しかしながら、彼はその様子に油断をしていなかった。
ここは毒蜘蛛の巣の上どころか、既に彼女の支配する空間である。
そして何より、彼女の本性が邪悪以外の何物でもないことは前回の遭遇で分かっている。
「ぜぇ…ぜぇ…」
一通り滑稽さを晒した後の喘鳴ですら演技臭かったが、
呼吸の調子からして、これは本物らしいと彼は踏んだ。
魔法少女にあるまじきスタミナの無さである。
体力云々に限った事ではないが、魔法少女の恥さらしといってもいい。
「ま、お遊びはここまでにしときますかね」
喘ぎが止み、代わりに優木の顔に笑みが浮かんだ。
幾度となく見た、毒花の笑みだった。
同時に、いびつな感覚とでもいうものを彼は感じ取った。
それまで何気なくそこに存在していた空気が、別のものに変じたかのような。
杏子との斬り合いの中でも感じた事のある、魔なる力の発露の前兆。
それは、彼の背後で生じていた。
正確には彼の影の中で。
瞬時に身を伏せ、左側へと身体を転がす。
號と、虎の咆哮のような音を立て風が渦を巻いた。
黒銀の物体が彼の視界を掠めた、と次の瞬間には、それが視界を占めていた。
退避の最中、仰向けとなったナガレは両手に握られた斧を振った。
金属同士の烈しい激突音を立て、三つの力が激突した。
左右の斧に挟み込まれ、黒銀の刃は停止した。
彼の胸元の、僅か数センチほど先にて。
「ハァッハハハハハハッ!無様ですねぇ!可愛いですよ、くっふっふっふう!」
じりじりと彼に迫るのは、黒銀の巨大な両刃の斧。
ハルバードとも呼称される武器を携えるのは、戯画的な二足歩行の黒牛。
彼が最初に遭遇した魔女、牛の魔女であった。
「そのまま真っ二つになるがいいですよ!
醜い内臓をブチまけてくたばれってんだこの簒奪者が!!
私の色気に惑わされたてめぇが間抜けだったんですよ!
このロリコンのバァーッカバーカ!!」
ぎゃはははと、道化は下品としか言いようのない笑い声を挙げた。
自分の計略が功を奏したという達成感もあるのだろう。
相当に愉快であるらしい。
愛憎入り混じり、謎の快楽を得ているのだろうか。
優木は一種の絶頂状態にあるようだった。
そのせいか脳が半分ほど機能していないらしく、彼への侮蔑には
自分が抱いている身体的コンプレックスを吐露するような単語が混じっていた。
「嗚呼、これが俗にいう『わーい、たーのしー』って気分ですかね。
でも、少しだけ残念ですよ。もう少し貴方とは語らっていたかったというのに、
こうなってしまっては死を待つばかり。
死が二人を別かつまでとはよく云ったものです。
でもま、これも中々にロマンティックでいいじゃないですか」
このセリフを放ってる短い間に、道化の顔は悪鬼から乙女へと変わっていった。
そして信じられない事に、道化の眼には水晶のように煌く涙が見えた。
「そして、貴方に僅かでもこの心を焦がされた事は忘れません。
だからせめて、今晩寝る前には貴方を想って」
恐らくは淫らな宣告がそれに続くかと思われた。
だが、道化の発言はそこで強制停止させられていた。
高速で飛来した物体が、顔面にブチ当ったコトによって。
その様子に道化は果たして、デジャヴを感じたことだろうか。
「げべっ…」
「何か言ったか?」
優木による、女性が挙げてはいけないような声を聴きつつ返答。
更に「よっ」と軽い気合を入れ、ナガレは跳ねるように起き上がった。
視線の先には、牛の魔女の後頭部を顔面に埋没させた優木がいた。
足元の魔女が急いで巨腕を上に回し、魔女の分身である身体の部分を握り潰した。
本体である巨斧が巨大魔女の額に落下し、優木もまた潰れた顔の治療を開始した。
「この前の奴の同類だろうがよ、随分と小せぇじゃねえか。二回りは縮んでやがるぞ」
力もな、とナガレは続けた。
何ということか、彼は魔女を蹴り飛ばした挙句に優木に向けて送り返したのであった。
優木の親衛隊長とでもいうべき巨大魔女が防御しなかったのは、
この様子が信じられなかったからなのかもしれない。
「…ぼんと…なんなんでずが、あなだ……」
「おい、鼻水も垂れてんぞ。ついでに俺は人間だ。それ以上でも以下でもねぇ」
何とでもないように彼は返した。
誇るワケでもなく、また謙遜した様子もない。
「つぅかよ、もういい加減茶番にも飽きてきたからよ。さっさとてめぇで掛かってきな。
態々俺を連れ出したのは、ゆっくり逢引かまそうってワケでもねぇんだろうが」
罠に飛び込んだのは自分であるという事は分かっていたが、
こう言った方が話は進むんじゃないかなと彼は思った。
この辺りは、漫画喫茶で夜を徹して行った『勉強』から得たものだった。
優木は顔の治療の完了と共に、それに応えた。
「ご明察」
半月を描いた口を見せつつ、優木は足場から飛び降りた。
同時に、足場たる巨大魔女が一気に縮小。
小屋一軒ほどの大きさから、ハムスター程度の小動物じみた姿へと変化し、
優木の肩を伝って彼女の髪の中へと埋もれていった。
頬に沿って流れる優木の髪の房は確かに、小動物の寝床としては適していそうではあった。
そして曲芸を決めた役者のように、優木は華麗に着地した。
華奢な右手には、黒く輝くものが握られてた。
人差し指と親指でそれを顔の前にぶら下げ、これ見よがしに彼に見せつけている。
ついでに何を考えているのか、柔らかそうな唇から舌を覗かせ、
更には蛇のように舌先を動かし、小さな黒い物体を愛撫していた。
道化の謎行動は無視し、ナガレはその物体に視線を注いだ。
当初彼は、グリーフシードと呼ばれる魔女の卵かと思った。
だが桃色の舌の先にあるそれとの外見に、若干の差異が見受けられた。
前者と違い下から突き出た針状の部分が湾曲を描いており、
まるで植物の細い根のようになっていた。
また全体的な輪郭も、若干ではあるが歪んでいるように見えた。
「じゃ、イキますかね」
舐め回しを行っていた舌が、それの根に器用に絡み、白い歯へと導いた。
歯がそれを挟んだまま、優木の口が閉じられる。
黒卵の破壊によって生じた『バリッ』という音は、
物体の例を踏襲したかのように卵が割れる音に似ていた。
その直後、音を尾ひれに、優木の姿が消失していた。
間髪入れず、ナガレは斧を翻し上方へと振るった。
振り切られた先で、天と地が繋がれた。
「へぇ、受け止めましたか」
彼の斧によって下方から支えられ、滞空したまま優木は笑った。
その手には、牛の魔女の本体が握られていた。
それも両手ではなく、細い右手一本のみで。
残る左手は、彼女の後ろに振りかぶられていた。
危険だと、ナガレの中の本能が告げた。
優木が左手を振った。
それは、巨斧と噛み合うナガレの得物の側面に命中した。
ぎぃぃぃっ、とでもするような生理的な嫌悪感を催す不快な音が生じた。
直撃の寸前、彼は力の方向へと自ら跳んでいた。
噛み合っていた巨斧が地面に突き刺さり、異界の底が砕け散る。
撒きあがる破片の中に、ナガレの得物の一部が混じっていた。
優木から距離を取ったナガレは再び構えを取り、そして自らの得物をちらと見た。
道化の手が掠めた手斧の側面に、三本の筋が走っていた。
道化が『簒奪者』と称した少年は、急に力を増した彼女の姿を、
脳に刻み込むような思いで見つめた。
これをどう葬るべきかという、狩人の眼差しだった。
そして皮肉げな苦みを宿した笑みを浮かべて、こう呟いた。
「お前。さっき自分を『何扱い』すんなって言ったか、覚えてるか?」
先程まで鮮やかなレモン色をしていた道化の手袋は、黒々と変色していた。
そして更に、その表面には何本かの太い管が走っていた。
管の中には何かが満ちているらしく、彼女の鼓動に合わせて収縮していた。
そしてその黒は彼女の手袋どころか、白い肌さえも侵していった。
見る見る間に、優木の肘は黒く染まった。
「さぁね。忘れましたよ、そんなコト。それより楽しい事をしましょうよ」
それに対し恐怖も嫌悪も無いかのように、道化は邪悪な笑みを浮かべた。
「ご意見がないなら、アレしましょ。貴方のお歌を聴かせてくださいな」
確かに道化が素で行っているこの笑顔に比べれば、腕の変化などほんの些細な事だろう。
「お題目は、『悲鳴合唱』なんてどうですかねェ…。
もちろん、拒否なんてさせませんよォ……くぅふふふ」
何よりも真に邪悪なものは、彼女の心なのだから。
今回のさささささ、思春期なのか色々と暴走気味です。