魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
午後六時半。薄闇が覆う時刻であった。
場所は風見野市、二人の魔なる者達の拠点である廃教会。
そこに今日は一人の来客、ないし襲撃者が訪れていた。
「ねぇねぇ友人。面白いかい?」
「ああ、楽しめてるよ」
ソファに座る年少者二名。
前者は来客と襲撃者を兼ねた存在である呉キリカであり、後者はナガレである。
彼から見て右側に座るキリカはナガレに身を傾けながら、ナガレは服を伝うキリカの熱い体温と柔らかい肉の感触をとくに気にもせずに前を向いている。
両者の前にはテレビ(製作はナガレ。至る所に釘が刺された拷問具のような外見)が置かれ、映像と音を流している。
異形の外見に反して高性能な液晶が嵌めこまれた画面の中では、仲睦まじく寄り添う高校生のカップルの青春模様が描かれていた。
身体の弱い演劇部の少女と、軽い素行不良な少年の物語だった。
「あの謎の世界ってあるよな」
「ロボと女の子がいるとこだよね。それが何か?」
「いやな…物騒だなと。何か、宇宙を滅ぼすとかそんなコトをやらかしそうな気がしてよ」
「そういう場所じゃないから。君が迷い込んだっていう、全人類が仮面契約者みたいに争ってる世界と違うから」
宥めの口調でキリカは言う。
その様子はまるで母親だった。
「今のところ、何処が好きだい?ヒトデ好きなロリっ子とか?」
「ああ、そこも感動したな」
「ちっ」
「あン?」
振られた話への同意、からの舌打ちに彼は反応した。
イラっとしたのも無理ないだろう。
「あいつの声、こいつに似てるからさ」
キリカは可憐な顎先を軽くしゃくり、ナガレの左側を指した。
「うっせぇよ、ゴキブリ女」
佐倉杏子である。
憮然とした口調で言い返す。
「ほぉら、そっくりだ。子供っぽいところか、妙に舌足らずなとことかさ」
「死にてぇのか?」
「戦いたいのは私も同じだが、出来るかい?その有様で」
「テメェもな」
互いに笑い合う魔法少女二名。
そこに親しみは無く、眼には嘲笑と敵意。
まるで爬虫類のような笑みだった。
間に挟まれているナガレは警戒はしつつも視線を物語に注いでいる。
今の杏子は両腕と両脚が、巻かれた包帯の下で繋がりつつある状態だった。
普段は即座に繋がるが、ナガレが帰宅してから彼と繰り広げた丸二日間の死闘に加え、そこに乱入してきたキリカとの悪戦苦闘が一日半の計三日半の戦闘により魂が疲弊していた。
治癒が遅いのはその為だと、杏子は苛立ちと共に思った。
対するキリカも似た様子で、こちらは腹を切り刻まれて内臓を殆ど失っている。
そのくせに大量に購入したドーナッツを貪り、炭酸水をガブ飲みしていたりと忙しない。
何かの間違いで、今すぐ死なねぇかなと杏子は思っている。
共に戦闘力は無い事は無いが、今は休息がしたいとのことで一時停戦状態となっているのだった。
あくまで一時のものだと示すように、両者は変身を解いておらず魔法少女姿のままである。
治り次第、直ぐにでも斬りかかる積りなのだろう。
ちなみに彼が間に入っているのはこの均衡を保つため…ではなく単にそこにいた方がテレビを観やすいからである。
「まぁいいや。で、ついでにさっきの映画はどうだった?」
そう切り出したのは、とある若い母親の物語。
狼男を愛した女が母になり、獣の血を引く二人の姉弟を懸命に育てる姿を描いたアニメ映画だった。
「いい面構えしてたな。あの弟君は」
「いや、いいけどさ…見るとこそこかい」
「あと姉貴に引っ掻かれた奴、あいつの対応は男の鏡だな」
「友人、お前もっとこう…まぁいいや。感想は人それぞれだからな、うん」
自分を納得させるようにキリカは言う。
そこでキリカは脳内に光が奔るのを感じた。
閃きと言うやつである。
「ああそうそう。佐倉杏子に聞きたい事があるんだけど」
「うぜぇ」
「そう言わないでおくれよ。最近自慰行為が出来てなくてイラつくのは分かるからさ。私も最近、性に目覚めたからその気持ちはよく分かるよ」
殺してぇと杏子は思った。
そしてどこから反応すればいいのか。
「友人と過ごした七日間、私はいろんなことを学んだんだ」
「きめぇ」
杏子は吐き捨てる。
そして鉛のように重い息を吐いた。
女達の間に座るナガレも緊張感を覚えていた。
物語も終盤、劇中のヒロインが熱で倒れたのである。
「どうなっちまうんだ…」
ナガレは心配の言葉を呟いていた。
女達はそれを無視した。
両者の間に、少なくとも物理的な存在としての彼は存在せず。
今はただ、互いを傷つけあう言葉の刃が交わされようとしていた。
「心の癒し方、欲望の解放の仕方、そして……もう一つの愛を」
言葉の間の沈黙は、思い悩んでのものだった。
愛と言う言葉は、彼女にとって全存在に等しいものである為に。
「愛か」
杏子が応じた。
「そうだ。君にも詳細は話したはずだ」
真摯な口調と声でキリカは告げる。
戦闘の最中、自分たちが何をしていたのかを彼女は話し続けていた。
発狂からの、ナガレの血を大量に啜り、肉体を捕食・同化からの乖離を経た復活。
甘味処での語らい、三日間に及ぶ死闘。
口づけを交わしての解毒、忍び込んだ病院で行われていた少年の健全な行為。
音速を超える自転車での帰宅模様、実の母に盛られた媚薬で発情し、治るまで彼の手をずっと握っていた事。
その後の死闘の最中で目覚めた、互いの肉を抉り合う行為と性行為との類似性の発見と自己への適用。
生と死が交差する行為は自分にとっての性行為であるとし、そこに幸せを感じるとの説を熱心且つ真摯に説いた。
これは愛だと。
お前が持っていない、彼への愛を私は抱いたとキリカは語った。
これを話したキリカの思惑は「お前から友人を奪ってやったぞ」というマウント意識。
そして「いい加減に素直になれ」という遠回しの配慮である。
自分の話と行った行為は、きっと佐倉杏子も理解してくれる。
そして願わくば、彼女も尊い想いに至って欲しい。
それがキリカの願いであった。
自分と言う輪郭を保つために愛を求めるキリカにとって、愛の対象以外にこういった行為や思いやりを見せるというのは異例中の異例、というよりも空前絶後だった。
キリカは期待を胸に秘め、朗らかに慈母のように微笑んでいた。
それを見て、佐倉杏子は口を開いた。
そしてこう言った。
「きもちわるい」
ありったけの嫌悪感と拒絶が籠った一言だった。
それっきり、理解と認識と。
あらゆる関わりを立つように杏子は口を閉じた。
そして空想世界が映し出されるテレビを観続けた。
キリカはしばしの間、きょとんとした様子で杏子を見ていたが、やがてテレビへと顔を向けた。
二人の傷付いた美しい魔法少女が、そしてそれに挟まれた美少女顔の少年が物語を見続ける。
物語は第一の終幕へと向かおうとしていた。
かくて演劇は開始され、登場人物達が己の役割を全うすべく動いていく。
殺してやる。
呉キリカはそう思った。
あんなに丁寧に話したのに、聞かれた事には答えたのに。
血深泥になりながら、内臓を零して手足を吹き飛ばされながら。
彼と重ねる様に、佐倉杏子にもそうやって傷を付けてやったのに、傷を付けさせたのに。
愛を理解できない佐倉杏子を、キリカは理解しかねていた。
そんな彼女を、キリカは異常な存在であると定義した。
憎みたいが故に憎む。
そうしなければ依存できず、自分と言う存在を確立できない。
今の杏子を認識している存在はナガレだけであり、それを離したくないが故に憎んで殺し合う。
何故、それが出来るのに愛に至れないのか。
キリカにとって不思議で仕方なかった。そして哀れにも思う。
それはソウルジェムにも表れているのに。
キリカはそう思い、杏子の胸の宝石を見た。
真紅の底に、何かが溜まっている。
穢れよりも更に色濃い、例えるなら呪いとでも呼ぶべきものが。
「(きっとその内、なにかやらかすんだろうな)」
キリカはそう思った。
思うと自然に、口の端が吊り上がった。
殺す口実が出来た、そう思っての笑みだった。
嗤いながら、キリカはソファの上に置かれた彼の手に自分の左手を重ねた。
跳ね除ける理由も無い為に彼も手をそのままにし、白手袋が掌に触れるのを許していた。
それに満足し、キリカはスリスリと身体を捩り彼に身を寄せた。
自分の匂いが彼に移る様に、所有物だと示すために。
殺してやる。
佐倉杏子はそう思った。
その対象は、キリカだけではなく隣に座る相棒も含まれている。
こいつらがやらかした事は何処までも気持ち悪く、気持ち悪いという感慨以外何も湧いてこない。
沸き立つ殺意も正当なものとしか思えず、罪悪感も全くない。
また相棒が含まれている理由は、そんな行為に合わされてもなお、この呉キリカと言う最悪な災厄と友達で居続けられる。
そんな精神が全く以て信じられないからである。
異界から来たという事は与太話にしか思えないが、それすら信じてしまいそうになる。
異界存在であるならこの世の生命体とは精神構造が異なっているだろうし、だから耐えられるのだと理解が出来るというか認識の逃避が出来る。
この相棒に対する恋慕の意識は全く無い。杏子はそう思っている。
ただ自分が原因で起きた破滅のその罪悪感を紛らわせる絶好の捌け口、言ってしまえば自慰行為のオカズみたいなものであった。
当然ながら彼がいない時を狙って行う自慰行為では、無意識に自分が誰かに組み敷かれ、強姦される様子が脳裏に浮かぶ。
それを肉欲で塗り潰すべく、粘膜と花芯を熱心に弄ぶ。
そして絶頂の瞬間、自分が陵辱を受ける妄想を抱くのは、快楽に至る行為にも罰を求めているのだと悟る。
快感が薄れゆく中、誰に自分が犯されているのかも分かる。
それが誰であるかを認識してしまう前に、再び行為を始める。
疲れ果て、妄想を抱く余裕が消え失せるまで肉欲を満たし続ける。
それが彼女の自慰行為だった。
故にそこに愛は無い。誰からも愛されるとは思えないし、何かを愛するとも思えない。
だから、愛を語るあの女への嫌悪が募る。
それが例え、理解を拒む内容であってもキリカの言葉と乗せられた感情は本物だと杏子には分かった。
だから拒絶する。徹底的に。
その殺意を育てながら、杏子はテレビを観た。
今は精々、物語を楽しもうと。
彼女の胸で輝く宝石は、杏子の負の感情に呼応し、真紅の奥底で何かを育んでいた。
そして彼女の脳裏には、今も過去の光景が鮮明に繰り返され続けている。
それによって育まれる何かが、生まれ出る日は近い。
似てるな。
ナガレはそう思った。
杏子が言った『気持ち悪い』の言い方についてである。
基準となるのは勿論と言うか、EOEであり『まごころを、君に』のラスト。
嫌い嫌いと言っておきながら、案外好きなのかなと彼は思った。
女達の間で高まるおぞましい何かを感じてはいたが、それを止める事も鎮める事も出来やしない。
自分に出来るのは、激突する両者が死なないように、殺意の矛先を自分に向ける事だけだろうと。
両者が何時暴発しても対応できるように神経をとがらせつつ、彼もまた物語を観続けた。
それぞれが各々の思いを描きつつ、平凡な日常が流れていく。
「ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
絶叫が迸った。
同時に金属の棚が倒れ、並べられていた複数のガラス容器が砕けて中の液体と物体を地面にブチ撒けた。
アルコールの臭気が立ちこめ、その中身がごろりと転がる。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
叫びと共に足が踏み下ろされ、その『中身』を踏み砕いた。
腐ったトマトのように弾け、内容物を散乱させる。
裸足が踏み潰したのは、アルコール漬けにされた人間の頭部だった。
潰れた眼球の色は、美しい宝石のような黄水晶。
呉キリカの首だった。
それが周囲にいくつも転がっている。
首に混じって転がる赤い管は腸であり、小さな桃色の袋は子宮だろう。
その他にも肝臓や心臓、肺に膵臓と、呉キリカの中身を構築する一通りの素材がそろっている。
「ヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
それらを裸足が次々と踏み潰していった。
飛び散る肉片が足を、太腿を、そして下着も纏わず剥き出しになった下半身に付着していく。
翠色の体毛が薄く翳る股間にも、脳や肉片が纏わりつく。
それが毛の奥の肉を刺激したのか、声の主は動きを止めた。
息は荒く、軍服然とした上着にも無数の肉片がこびりついている。
疼く肉欲が彼女に理性を取り戻させていた。
直ぐに狂う、束の間の理性を。
彼女は見た。
己の与えた魔力を介して、配下の魔女が接触した何かを。
それは人間だった。
魔女はそれに毒を与え、肉体の破壊に加えて精神を破壊すべく浸蝕を図った。
その中に、何かがあった。いや、いた。
毒は魔女ではなくその主の形を取り、その心を蝕んだ。筈だった。
蝕むはずの毒は、その浸蝕相手によって悉く破壊されていった。
イメージの中で、草原のように広がる緑が思い描かれた。
緑とは、切り刻まれて惨殺された自分が散らばっている様子でもあった。
魔法少女でさえも即死させかねない猛毒に、誰がこうも耐えられたのかとの思考を巡らす。
しかしその思考は千々と千切れた。
別の存在がイメージの中に湧いた為に。
広がる緑は舞い上がり、より集まって何かに変わった。
それは、果てしなく巨大な何か。
天才と謳われるアーティストである自分が、想像すら出来ない何か。
彼女はそれに激しい嫉妬を抱いた。
恐怖ではなく、嫉妬である。
それは内罰的なものでもあった。これを思い描けない自分に無力感を感じていたのである。
その無力感が、彼女が放とうとした叫びを止めた。
感情のままの狂気が止まり、思考が続く。
「そういえば…そうだったヨネ…」
そう言いつつ、彼女は暗い室内を見渡す。
闇の中に、複数の物体が浮かび上がっていた。
彼女が翳した右手から緑の光が迸り、即席の光源となってそれらを照らしている。
「あの時と…同じだネ…新しいアートを始めようって思ったのは」
陶然とした口調で彼女はそれらを見つめる。
緑の眼が見るのは、人体で作られた異形の芸術品だった。
喉から下腹部にまでを繋ぐ巨大な傷を走らせられ、開いた肉の隙間に無数の手足を乱雑に突っ込まれた少女の身体。
傷で覆われた身体に、糸で縫われて繋げられた腸や肝臓、心臓などの臓器を巨大な縄のように見立てられてぐるぐる巻きにされた少女。
下腹部から胸までを開かれ、その中に黒髪を生やした頭部を大量に突っ込まれ、異形の妊婦とされた少女。
他にも複数の残酷な人体模型が並んでいる。
足は釘が打ち込まれて地面に固定され、両手首に付けられた鎖付きの手錠や直に締められた鎖によって強制的に直立をさせられている。
それら全ては、呉キリカの肉体を用いて作られたものだった。
捕らえたキリカを監禁し徹底的に拷問し、肉体の破壊と再生を何度も何度も繰り返させて得た肉体を用いて作製した悍ましい芸術品だった。
その内の一つに、緑の眼は熱い視線を送っていた。視線には、煮え滾る様な欲情が宿っていた。
「アア…ほんと…美しいボディなんだヨネ…」
美しい肉体。それはどちらのものだろうか。
視線の先にあったものは、並ぶ品物らとは趣が異なっていた。
固定された手足は他のものと同じく、しかし違っていた。
右と左で、構築している肉体は別のものだった。
彼女から見て右が呉キリカであり、左は別のものが使われていた。
両方とも眼が潰され、眼窩は黒い孔となっている。
左右の額の中央から股間までに線が入り、その線を糸がジグザグに移動し異なる人体を繋いで接続していた。
左右の対格差があり、それが更にちぐはぐさを出していたが、伸ばされた糸で強引に結ばれている。
左を担当とする少女の部品は、緑髪のロングヘアを腰まで伸ばしている。
肉体の表面には幾つもの孔が空いていた。穴は人体を貫通し、奥の暗い闇を覗かせる。
まるで、無数の針に貫かれたかのようだった。
「あの地獄の…魔界で魔物が転生していくようなイメージが…何処から来たのかはアリナは知らない…ケド、そんなコトはどうでも良いんだヨネ…」
自らが最近製作した、自分自身の肉体と呉キリカの肉体を結合させた生命の尊厳を破壊する冒涜的な作品を眺めながら、彼女は、アリナは言う。
「アリナは、アリナが思い描いた世界を創る…それだけでいいんだヨネ……ふ、ふふっ」
肩を震わせ、股間から粘液を溢れさせながらアリナは笑う。
笑いは何時しか哄笑となり、感極まった欲望は絶頂となって彼女を襲った。
その快感に相反するように、彼女は剥き出しの下腹部に両手の爪を立てて柔肌を切り裂いた。
溢れ出る血を股に擦りつけてぬめりを増加させ、鋭い爪が生え揃った手で掻き毟る様に自らの女性を弄ぶ。
「フフ…気持ち…イイ……あぁ、そうだぁ…そろそろ…呉キリカが…尽きるから……補充、しない…とネ…」
血深泥の自慰行為を行いながら、アリナ・グレイはそう呟いた。
童女のような、穢れなき笑顔を浮かべながら。
劇終
上には上が