魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第6話 紅黒乱舞

異界の中、一対の魔が舞っていた。

一方は真紅、もう一方は黒。

それらがまるで大輪の美しい花のように、衣装という花弁を揺らしながら

可憐さと狂気を纏い、激しい交差を繰り返している。

火花の発生源である裂帛の突きと、残忍な円弧の果てで生じる音には金属の冷たさが宿っていた。

 

繰り出される交差は、秒間に数十回を越えていた。

その時ふと、一際大きな音が生じた。

無数の火花が弾ける音は、金属の軋みと互いを削り合う摩擦音に化けた。

 

「頑張ってるね」

 

感情は宿っておらず、事実を確認するだけの無感動な響きのみがあった。

奇術師を思わせる白黒の衣装を纏った少女の細い腕の先。

白手袋で覆われた手の、その甲から三本の黒い直線が伸びていた。

それは彼女の腕の長さほども続いた先で僅かな窪みを見せて更に続いた後、

本体とでも云うべき物騒な鋭角の塊と合流していた。

 

少女の手から伸びた『柄』の果てに結ばれているのは、三日月にも似た形状の巨大な刃。

鎌にも似ているが、これは間違いなくあの武具の一種であった。

元々は特に意識していなかったが、ここ数日で一気に嫌悪の象徴と化した忌まわしきもの。

 

「また、『斧』か…」

 

それに、「くそったれが」との悪罵が続いた。

杏子の口調には、苦々しさという表現を越えたような感情が内包されていた。

万物を腐敗させる毒液が、少女の声と化したかのようだった。

 

伸ばされた槍の先で、奇術師の両手から生えた計六本の大斧の群れが、

杏子を喰らい付くさんとばかりにその切っ先を彼女に向けている。

止めているのは、槍の穂の根元から左右に伸びる一対の刃。

穂全体を十の文字で例えれば、『一』となる部分が通常の倍ほどに拡張されていた。

そうしなければ、視界を埋めるような巨大な斧の群れを受ける止めることは出来なかった。

 

「速く、鋭く、そして力も中々のものだ」

 

黒い魔法少女が小さく告げた。

彼女の手の甲から伸びた魔斧は、いや、身体から直接生じていることを踏まえれば、

位置は多少ずれるものの、『魔爪』とするべきだろうか。

斧や鎌に宿る禍々しい趣を持った魔爪の先端に宿るのは、

凝固した血液にも似た、深く濃い紅であった。

佐倉杏子の槍も紅が主となっているが、あれは焼けた鉄や炎に近い。

あちらを『真紅』とするならば、こちらは『深紅』という言葉が相応しいと思われた。

 

「流石は正真正銘、風見野最強の魔法少女と云った処か。佐倉杏子」

 

声はこれまで通り、平静そのものといった風であった。

細腕の先から伸びた凶器にも、別段に力が加えられているようには見えなかった。

その様子に、杏子は奥歯をぎりりと鳴らした。

ただ槍の穂に乗せられているとしか見えない魔爪に対し、杏子は全力で抗っていた。

歯軋りは、抗う己の非力への憤りからのものだった。

 

「この状態で云うのもなんだが、私の名前は「呉キリカ」と云う。非礼を許して呉給え」

 

名乗りを上げた黒い魔法少女の、鮮血色の唇の端が吊り上がる。

初めて生じた感情の発露は、悪鬼羅刹の微笑であった。

顔の造形が美しいだけに、殊更に化け物じみた印象を杏子に与えていた。

生理的な嫌悪感以外の、決して認めたくはない感情が彼女の心を冷たく撫でた。

同時に黒い魔法少女、呉キリカは動いた。

両手を槍から離し、蜘蛛か蟷螂を思わせるような長い手の先の、巨大な凶器を振りかざした。

 

「(くそっ!!!)」

 

悪罵と共に、杏子はその感情を戦意に転化。

硬直しかけた肉体を強引に動かし、伸ばしていた槍を戻して旋回させ、魔爪の群れを迎え撃つ。

 

「遅いよ」

 

迎撃の一閃が迸った僅かに横を、白黒の影が跳んでいた。

 

「ぁっ…!」

 

紅と黒が一瞬の交差を見せ、直ぐに離れた。

悠然と背後に跳躍する呉キリカの、秀麗そのものといった鼻の先を真紅の槍が虚しく掠めた。

奇術師は数メートルほど優雅に飛翔し、猫のように軽やかに着地した。

 

「やるね」

 

それは確かな賛美であったが、杏子は不快感を覚えただけだった。

辛うじて追撃を防いだ杏子は、背中で生じる熱を感じていた。

熱はすぐに、痛みへと変わった。

右肩から左脇腹までを、三本の朱線が繋いでいた。

 

「やるじゃないか。大体の魔法少女は、今頃斜めにずばばっとズレてる頃だと云うのに。

 骨どころか肌を僅かに掠めただけとは、私もまだまだ未熟のようだ」

 

黄水晶の瞳に虚無を宿しつつ、悲し気な口調でキリカは嘆いた。

同族狩りを認めた発言であったが、杏子はそれ以外のものに嫌悪感を抱いた。

理解不能によるものだった。

 

この呉キリカという同族には、得体の知れないものを感じてた。

というよりも、それしか感じられなかった。

何を考えているのかが分からず、また喋り方にも独特の趣がある。

 

奇抜な姿がそれを連想させるのか、

まるで奇術か演劇の舞台を演じているかのように思えてならない。

そもそもこいつが優木を助け、そして襲来に加わっている理由が全く以て分からない。

その謎も手伝い、ペースを掻き乱されている事が嫌でも分かっていた。

 

背中に広がる三本の痛みが、それを証明していた。

これまでの戦闘は激戦であることは確かであったが、互いの負傷は軽すぎる。

杏子が今のところ負ったものは、背中の浅い傷のみ。

キリカに至っては、完全な無傷。

十数分も魔法少女同士が戦闘を繰り広げた結果としては、現状は異常にすぎていた。

 

原因が何かは、考えるまでもない。

こちらは今一つ攻めあぐね、相手はこちらを弄びに掛かっているのだった。

攻撃を受けている杏子の認識の中で、少なくとも二回ほど、

こちらの腕を落とせる機会があった。

やられると思った刹那、黒い魔法少女は自ら身を引いていた。

僅かにほっとしたことに、杏子は己を呪いたくなった。

 

無論、このままで済ます気は毛頭ない。

勝負に出るべきかと、杏子は思索した。

彼女自身が強力な個体であったため、

精々複雑骨折と内臓破裂程度の負傷しか負った事が無かったが、

貧弱極まりない同類の例を見るに、腕の切断くらいなら治療可能と彼女は踏んでいた。

 

それならいっそ、こちらの腕の一本を生贄に、

奇術師の顔面か胸にでも一撃を与えてやろうかと思っていた。

脳と心臓の破壊。

流石に、そこまでやれば死ぬだろうと。

自分たちの宿敵である魔女どもでさえ、それらを破壊すればくたばるのだから。

 

そのためこのあたりで、流れを変えておきたいと思っていた。

奇術師が主導権を握っている、今の戦いの流れを。

 

そう思ってから一呼吸の後、そろそろ行くかと思った折に…嫌な予感がした。

 

原因を探り、即座に思い出す。

理解の瞬間には、不快感が纏わりついていた。

斧と同様、自分にとって忌むべき呼び名となった三文字。

それを心中で唱えた事が原因であった。

 

「まぁ、それはこれからの課題として」

 

杏子を半ば無視して独白を続けるキリカの元へ、一つの光点が飛来した。

人の拳を二つばかり寄り合わせたようなサイズのそれは、

杏子の顔の直ぐ右隣を、音速もかくやというような凄まじい速度で通っていった。

 

キリカの豊かな胸元に接触した瞬間、それは生じた。

彼女の口が奏でる玲瓏たる響きのハスキーボイスを切り裂いた爆音と爆風が、

杏子の予感の的中を告げた。

 

とばっちりは御免と、爆風の圏外へと跳び下がった杏子の視界に、

キリカの立っていた位置を中心に立ち昇る、巨柱のような黒煙が映っていた。

サイズは大分異なるが、その様子には見覚えがあった。

大昔に小学校の道徳の時間で見せられた資料映像か、何かの番組がその情報源だっただろうか。

人類が創り上げた、最も愚かしい光の炸裂。

その後に生じた巨大な黒煙が、眼前のそれに酷似しているように思えてならなかった。

 

「たかがクソゲス女相手に、どんだけ手間取ってんだよバァカ」

 

誰が原因かなど、考えるまでも無い。

こんな事をやらかす奴は他に知らない、知りたくもない。

僅かな足音に続いて、背後から生じた気配の根元へと悪罵を投げる。

 

「つうかテメェ、あたしごと狙いやがったな」

「てめぇはそこまで間抜けじゃねぇだろ」

 

相手の実力を認めつつ、だが一方で意図については否定もしない。

つまりはそういう事だった。

これは恐らく、前回の道化の際の仕返しだろう。

実行に移した以上、確かな信頼感があるのだろうが、一応は男女と云うか、

そもそも人間同士の関係に必要不可欠であるはずの『友好』さが、この両者には欠けている。

 

「ほらよ」

 

声と共に、ナガレが右手を軽く捻った。

何かが投ぜられ、異界の地面から五十センチほどのあたりを浮遊。

やんわりとした軌道を描き、杏子の足元近くに墜落した。

 

長さ百二十センチほどのそれに、杏子は視線を落とした。

ゴミを見るような眼であった。

 

真紅の視線の先に、白で覆われた道化がいた。

白は包帯の事であり、それによって雁字搦めに縛られている。

両手首は薄っぺらい胸の前できつく縛られ、また両足首も似たような状態にされ、

足裏が尻に触れるような形に折り畳まれていた。

更に両目にも目隠しがされ、滂沱と流れる涙が垂れ流しにされていた。

 

挙句の果てに、口腔にはギャグボール然とした物体が突っ込まれている。

道化の唾液に塗れたオレンジ色の物体が「きっきっ」と必死に叫んでいる事について、

杏子は「ざまぁみろ」と「可哀想だな、魔女が」という感想を抱いた。

 

「おい眼帯女!」

 

唐突に、そして誰も彼もの意図を無視して、その咆哮は発せられた。

相変わらず、くそでかい声だった。

音の質が高音ということも相俟って、最早、音響兵器じみた音となっている。

順序は違っているが、黒煙に放たれる叫びに、杏子はデジャヴを感じていた。

これについては、発言者たるナガレも同じであっただろう。

 

「戻って来てやったんだから、さっさと来やがれ!んなもんでくたばるタマじゃねぇだろ!」

 

割と滅茶苦茶な言い分だが、後半に関しては同意であった。

先程の爆発は、彼が優木にかましたそれの総熱量を

凌駕していると思われたが、彼の言葉通り、あの黒髪が死に絶えたとは思えなかった。

 

「さっきと似たような構図だね。ワンパターンな奴は嫌われるよ」

「言うな」

 

杏子の皮肉への返答までには、若干の沈黙があった。

彼も自覚しているのだろう。

 

「ていうか、俺は別にお前らに」

 

彼の声は途中で途切れた。

黒い光が一閃し、立ち昇る黒煙が丸ごと破砕されたかと思いきや、

煙よりも更に黒い影が飛び出し、杏子の傍らをそれこそ風の疾さで駆け抜けていった。

 

風が去った後に背後を振り向いたが、先程まで少年がいたと思しき場所には何も無かった。

遥か彼方に視線をやったところで、ようやく一対の人型が対峙しているところが見えた。

 

状況を鑑みれば、『連れ去られた』というところだろうが、

当人は至って元気であるようだった。

異界の端より生じたのは、肉ある者の断末魔ではなく、金属の絶叫の連鎖であった。

それは遠方で発生している音だと云うのに、まるで呪詛の響きのように杏子の元へと届いていた。

どうにも気に入らない女顔の少年と、

不気味な美少女は、どうやら早くも打ち解けているようだった。

 

「ワケの分からねぇ奴ら同士、気が合うトコロでもあるのかねぇ」

 

思い返せば、あの黒い魔法少女に真っ先に狙われたのは相方の方だった。

単純に近場にいたからという理由もあるのだろうが、

あのイカれた同族なりに、何か思う事でもあったのだろうと思った。

ならばあちらに任せようと、杏子は思考を捨て去るように切り替えた。

こちらにも遣ることがある。

そしてそれは幸いにも、丁度眼の前に転がっている。

 

「そらよ」

 

声と共に軽く蹴り上げ、優木を宙にかち上げる。

くぐもった悲鳴を無視し、槍を一閃。

道化の眼元の包帯が切り離され、青い瞳が露わとなった。

 

「十二、三分ぶりってとこかね。ええ?ドクズ女ぁ」

 

瞳の中を困惑で彩っていた優木であったが、杏子が容赦をする訳が無い。

重力に引かれるより早く、杏子の右手が優木の喉を握り締めた。

 

「このまま喉をぶっ潰されたくなけりゃ、さっさとお友達どもを呼び出しやがれ」

 

優木の喉に加わる力が更に増大し、彼女の瞳に苦痛が宿る。

だがそれよりも、嘲弄の色の方が色濃く浮かび上がってた。

拘束されている口元からも、例の不快な笑みらしきものが生じ始めた。

呉キリカは底が知れたものではないが、こちらは逆に浅すぎて、見ているだけで恥ずかしくなる。

同じ性別且つ種族は人間、そして背負った宿命も同じく魔法少女。

考えても仕方がないが、同類であることがこれほどにも嫌になる存在がいるとは

夢にも思ってもいなかった。

 

軽く一息、つくと同時に優木を掴んだまま大きく跳躍。

呻き声のような悲鳴が、真紅の飛翔の尾鰭となった。

 

一瞬遅れて、先程までいた場所に複数の光が突き刺さる。

距離を取り光が去来した方向を見ると、複数の異形の姿が見えた。

例によって揃いも揃って奇怪な姿をしており、

特徴を覚えるだけでも面倒になってくるものばかりだった。

角や腕、鎌状の凶器などの、脅威になりそうなものを頭に叩き込む。

同時に数を数えたところ、出現した魔女の数は四体だった。

 

「上出来だ。ありがとよ」

 

歪んだ笑みを送る優木に、杏子も笑みを以て返した。

笑みの種類を道化が把握する前に、杏子の右手が小さな喉笛を圧搾。

激痛を置き土産とし、道化の意識を虚無へと送る。

そして用済みとばかりに、杏子は右手を細首から外すと、代わりに長大な槍に手を掛けた。

気絶した道化の剥かれた白眼には、魔へと襲い掛かる真紅の姿が焼き付いていた。

 

 










キリカさんの口調、今後も勉強していきたい次第であります。

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