魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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最終回 前編

「ガラガラヘビ」

 

「ん…?」

 

 

 佐倉杏子はそう言った。

 彼女の顎が動く感触を、彼は右肩で感じた。

 同じく彼の動きを、彼女は同じ場所で感じた。

 ナガレと杏子は身体の前面を重ねあい、互いを支える様にして立っていた。

 言葉の合間には、ぴたぴたという水音が追従していた。

 

 

「ガラガラヘビってさぁ、平均で23時間もヤリまくるんだってよ。この前ネカフェで動物の番組見てたらやってた」

 

 

「…それがなんだってんだよ」

 

 

「はっ、分かってる癖に。で、始めてからどんぐらい?あたしの腹時計だとそろそろ一日なんだけどさ」

 

 

「大当たりだな。あと五秒」

 

 

 互いの肩に顔を置いたまま、右頬と右頬同士を重ねたままに、時計も見ずに彼はそう言った。

 

 

「よん」

 

 

 杏子が言った。

 呟いた声からは、濃厚な血の香りがした。

 

 

「さん」

 

 

 今度はナガレが言った。

 同じく、血の香りが言葉に纏わりついている。

 

 

「「にぃ」」

 

 

「「いち」」

 

 

 声がハモる。

 そして、両者は弾かれたように離れた。

 それぞれ約一メートル、合わせて二メートルの距離が開く。

 

 

「「ゼロ」」

 

 

 最後の数字と共に、両者は前へ踏み出した。放たれた弓矢、いや、弾頭の速度が乗せられていた。

 

 

「ぐがっ」

 

「ぐぅっ」

 

 

 同時に苦鳴、そして破裂音。

 互いが放った右拳による殴打が、それぞれの顔面に直撃していた。

 美少女である佐倉杏子と、美少女じみた顔の少年であるナガレの顔が衝撃と苦痛に歪む。

 その状態で、杏子は乾いた笑い声を挙げた。

 

 

「超えたな、ガラガラヘビ」

 

「今回が初めてでもねぇだろ」

 

「ははっ、それもそうか」

 

 喉を見せ、楽しそうに哄笑する杏子。

 喉にはざっくりとした切り傷が入れられていた。

 接近戦を繰り広げた際、手刀で切り裂かれたものだった。

 既に出血は止まり、傷口は赤黒く変色している。

 

「でもさ、今までとはなんか違うんだよ。ああ、そうだ分かった。あんたへの憎悪が消えてる」

 

 

 なるほどねと、彼の拳を顔に付けたまま杏子は納得の声を出す。

 切れた唇の端から顎を伝って滴る血滴が、妙に妖艶だった。

 

 

「じめじめが無くなって、カラッとした感じかな。今のこれもスポーツやってるみたいなさ。なんつうか、健全?になってるっていうか」

 

 

 健全という言葉の概念が変容しそうであるが、この両者にとってこれは大きな進歩であった。

 

 

「そりゃよかったな」

 

 

 皮肉ではなく純粋な同意を彼は示した。

 例によってこいつもどうかしている。

 

 

「にしても元気そうだな、お前。安心したぜ」

 

 

「こっちもね。あんたもあたしの穢れで参ってるかと思ったけど、アホみてぇに不死身だ」

 

 

「お前こそ相変わらず強過ぎんぞ。しかもさっき心ん中でバトってた時より強くなってやがる」

 

 

「あんたって存在のお陰かもね。練習相手としては最高だからな」

 

 

「役に立ててるんなら何よりだ」

 

 

「お人好しは長生きできねぇぞ?」

 

 

「仲間の役に立ててるんならいいじゃねえかよ」

 

 

「仲間か」

 

 

 言葉を心中で反芻する杏子。

 今更ながら、彼の顔に激突させていた拳を戻させながら。そして彼もそれに倣った。

 

 一日前なら、その言葉に心中で渦巻く闇が反応して拒絶反応を示していた。

 杏子自身も彼に反発し、吐き気を催していただろう。

 今は、それが無い。

 なので、彼女はこう返した。

 

 

「仲間ってか、友達だろ」

 

 

 彼女の返しに、彼の思考が一瞬途絶した。

 

 

「そっか。それで、お前はいいのか?」

 

「他ならねぇあたし自身がそう言ってんだ。疑ってんなら寧ろ怒るぜ」

 

 

 どことなくすまなそうな様子のナガレに、態度を切って捨てる様に睨みを利かせた視線を送る杏子。

 息を吐き、「分かった」と彼は言い、「ありがとな」と繋げた。

 その返事に、杏子は思わず右手で顔を覆った。広げた手により、彼女の眼から下、顎先までが覆われる。

 どうした?と彼は聞いた。いや…ね、と杏子は返した。

 

 

「照れたんだよ。人に褒められねぇ生活してるからさ」

 

 

 言いながら手を戻す。

 殴打によるもの以外の理由で、彼女は頬を染めていた。

 

 

「俺も似たようなもんだよ」

 

「あんな化け物と、宇宙の為に戦ってたくせに。あの化け物共、多分だけど命を吸うんだろ?だから星とかに生き物がいなかった」

 

「よく分かったな。でもよ、俺がやってたのはロボットに乗って暴れまわるだけだ」

 

「改めて言うと今と合わせてカオスな事してんな、お前」

 

「かもな。で、そん時の俺は安全な操縦室ん中にいる訳だ。生身で戦い続けてるお前らと比べたら情けねぇったらねえよ」

 

 

 彼の言葉に、杏子は返しの言葉を告げられずにいた。

 

 

「(マジで言ってるのか、こいつ…)」

 

 

 そう思いつつ、思い返す。

 宇宙単位のサイズの敵を相手に数十メートル単位の存在で真っ向から激突する。

 言葉で書けばそれまでだが、異常という言葉では済まされない。

 それなのに安全な場所にいるとは、彼女の理解を超えていた。

 だがナガレの様子は完全に本心からであり、杏子を慮ってのものでは無い事は分かった。

 

「あーーーーーーーーーーっ、もう」

 

 

 杏子は大きく息を吐いた。

 胃液と血の匂いが香る、俗に云うクソデカ溜息であった。

 

 

「ならあたしらの方がよっぽどシンプルじゃねえか。魔法って変な力を使って、同類や化け物共と殺し合う。そんだけさ、大した事じゃねえ」

 

 

 当然のことと、杏子は言った。

 その様子に、彼は首を立てには振らなかった。

 やはりというか彼女たちの境遇には、思うものがあるらしい。

 

 

「あんた、やっぱ面白いな。もう少し早く気付けばよかったよ」

 

「本かテレビか忘れたけどよ、遅すぎるってコトはねぇらしいぞ」

 

「そっか。じゃ、今からそれを埋めようぜ」

 

「ああ」

 

 

 嗤いながら、両者は言葉を交わす。

 ここまでの会話の時間は二分程度。

 回復するには十分な時間だった。

 

 再び激突。

 蹴りに拳が嵐となって交わされる。

 

 

 互いの攻撃は悉くが必殺。

 一撃貰えば終わりである。

 故に二人は回避に徹しない。

 防御に回ればそれだけ相手の攻撃を喰らうことになるからだ。

 

 そして二人の狙いは同じ。

 つまり、相手が死ぬまで殴り続ける事。

 この勝負は、どちらかが倒れるまで続く。

 

 友達だと言葉を交わし、これまでの廃滅的な関係で生じた空白を埋めようといった矢先にこれである。

 しかしながら、それは両者にとっては矛盾しない。

 これが、正に求めている事であるからだ。

 

 

「どうした!さっきから蹴りが粗いぞ!」

 

「言われなくてもなぁ!」

 

 

 互いの血肉を削る交差の中で言葉を投げ合う。

 弾けた血が拳の先で飛沫になり、削げた皮が弾ける。

 それらが互いの眼球に入るが、両者ともに構いもしない。

 

 その程度で怯むような柔な精神をしていない。

 何故なら、この生き方を選び、そして望んだのは他の誰でも無い自分自身なのだから。

 

 そうして、どのくらいの時間が過ぎただろうか。

 二人の間に言葉は無くなっていた。

 

「なんで、こんなに、楽しいん、だろう、なぁ。あんた、分かる、かい?」

 

 言葉を思い出したかのように、杏子は疑問を告げる。

 殴り合い、蹴り合う中である為に言葉が途切れ途切れとなっている。

 まるで情交の最中みたいだなと、杏子は思った。

 

 後ろから抱かれて、肉を抉られてる時のような。

 少し前に見たエロ漫画で、そんな場面があった。

 あれも確か、魔法少女物だったようなとも。

 

 だが疑問の形をとりつつ、杏子には答えが分かっていた。

 それを確かめたくて、彼女は声を出していた。

 

「全力が、出せてる、からだろうよ」

 

 対する彼は、笑っていた。

 その顔からは苦痛など微塵も無い。

 ただ、楽しそうに。

 まるで、遊びに夢中になる子供の様だ。

 

 その様子に、杏子はまた胸の奥を突かれるような感覚を覚えた。

 これは何なのだろうか? 杏子には分からない。

 だが、嫌なものでないことは確かだ。ならばいいではないか。

 その答えは、戦いの中で掴めばいい。

 

 

「そうだな!あたしもだよ!」

 

 言いながら、彼女は己を誤魔化す様に、彼の顔へ拳を叩き込んだ。

 そうだ。

 理解できない感情の事は今は良い。

 今はただ、眼の前の存在を打ち砕くのみである。

 

「……ぐぅ」

 

 顔面への衝撃に、ナガレはよろめく。

 人間の顔面など軽々と粉砕する魔法少女の力に耐えているのは、瞬時に身を引いた為と足裏から衝撃を逃がす技術、そして頑丈過ぎる肉体のお陰であった。

 しかしながら苦痛は尋常ではなく、頭蓋内で脳が爆裂し泡立つような感触が熱と共に去来する。

 だがそれはつまり、彼の意識が喪失していないという事。すなわち、戦闘不能ではない。

 

 

「うぐぁぁああああ!!!!」

 

 

 魔獣のような叫びと共に、彼は右腕を彼女に見舞った。

 バチンという破裂音が杏子の左頬を襲う。

 

 

「がぁぁあああああっ!!!」

 

 

 叫びながら、杏子の身体が大きく吹き飛んだ。

 彼が用いたのは、拳ではなく張り手であった。

 

 広げられた五指の間には、杏子の血と顔の肌の一部が張り付いていた。

 耳孔にも着弾しており、内側の鼓膜も破壊されていた。

 衝撃が涙腺を引き裂き、眼から、鼻からも血が溢れている。

 

 グラグラとした視界、脳味噌が煮立つような熱さ。

 しかしそれは、彼が先程味わった苦痛に近い。

 であるからして、彼女も戦闘不能に陥らない。

 

 ブーツにも滴り落ちた血流によって滑りつつも、杏子は地面に着地した。

 背後に後退していく中で、彼女は右腕を掲げた。

 度重なる殴打の使用で骨折を繰り返し、彼女の繊手は歪んでいた。

 

 その中の一本、人差し指が伸ばされ、ある一点を指さしていた。

 割れた爪の先には、ナガレの姿があった。

 

 杏子の奇妙な動作に不吉さを覚え、ナガレは魔女を召喚し斧槍として構えていた。

 不吉さの由来は二つ。

 一つは天空を曇天に変え、そこから稲妻を呼び出し、武器として放つ偉大な勇者の名を持つ魔神。

 そしてもう一体は…。

 

 

サザンクロス

 

 

 戦意に燃えていた彼の背に一瞬、魂を凍らせるような冷気が這う。

 しかしそれを焼却し、彼は魔女を体内へ取り込んだ。

 というよりも、魔女が退避していた。

 

 魔翼を展開した時、彼の周囲に赤い菱形が連なる結界が生じていた。

 羽搏き宙を舞った瞬間、それらは形を変えた。

 菱形の頂点である四つの鋭角が伸び、彼女の言葉通りの姿と化した。

 南十字星、十字架のような姿へ。

 そして。

 

 

ナイフ!!

 

 

 ナガレは跳んだ。疑問は焼き尽くし、現実への対処に移る。

 杏子の叫びと共に、南十字星を模した刃…何処となく彼女の十字槍の穂の面影を持った刃の群れがナガレへと向けて雲霞の如く迫る。

 

 

「やべっ」

 

 

 短く呟き、魔翼を用いて飛翔する。

 音速に近い速度に瞬時に達するが、その周囲には真紅の十字の刃が、『サザンクロスナイフ』が浮かぶ。

 急停止からの旋回を行うも、それらは正確に追尾を続ける。

 

 

「同じか」

 

 急加速した後に停止。そして彼は挑むように言った。

 斧槍も呼び出し、構える。

 以前までは魔女自身が翼を担当し、その間は手斧で戦っていたが、魔女も成長したのか今では使い魔に命じて翼を形成させていた。

 それは背から生える竜の化石のような尾も同然であった。

 

 

「来やがれ」

 

 

 彼が言うまでも無く、無数の刃が彼に殺到する。

 それらを、彼は斧槍にて斬り払う。

 斬られた刃は炎となって消えていく。

 

 だが、その数が多すぎた。

 全ての切っ先が、雨の様に彼に降り注いでいく。

 その様はまさに、流星群。

 

 そしてそれらを全て、傷付きながらも彼は迎え撃った。

 刃の暴風雨に加え、背から伸びた竜尾、そして悪魔を思わせる形状の翼が刃の群れを喰らっていく。

 

 超高速の斬撃の交差は、勝負は一瞬で付いた。

 状況的には彼の勝利であったが、全身からは出血。

 戦闘の最中に左目を刃の破片が掠め、失明とはいかずとも黒い瞳は血色に染まっている。

 

 

「やるねぇ」

 

 

 杏子の声がした。

 彼の背後で。

 即座に斬撃を見舞うが、それを易々と回避する真紅の影。

 バック転の要領で、彼よりも遥か高度へと飛翔する杏子。

 

 その姿は普段とほぼ変わらない。

 変化は、彼女が羽織る外套にあった。

 

 真紅の外套の裾が紅の燐光を発して燃焼していた。

 次から次へと生み出されるのか、外套の長さに変化は無い。

 しかしそれによって発生する力を用いてなのか、彼女は飛翔を遂げていた。

 

 その様子に驚きつつも、彼は納得もしていた。

 ドッペルを用いての異形も飛翔を覚えていたし、精神世界では上も下も無い空間の中で彼女と戦い、彼女はそれにも対応していた。

 そして飛翔能力を持った外套を背負う姿は、彼には見覚えがあり過ぎた。

 戦意の微笑みを見せる彼女に、彼は深紅の戦鬼の面影を見た。

 

 

 

 

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