魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
裾を燃え上がらせて揺らめく外套を纏い、飛翔する佐倉杏子。
艶然ささえ浮かべてこちらを見降ろす彼女の姿に、彼は鋼の戦鬼の面影を見た。
「綺麗だな」
その姿を彼は素直にそう評した。
当然ながら、戦鬼相手には思い浮かべた事のない感情だった。
「お褒め頂き、ありがとさん」
微笑む杏子。その姿が茫洋と霞んだ。
同時にナガレは両腕を胸の前でクロスした。
重ね合わされた両手の真上を、衝撃が襲った。
急速下降した杏子の長い右足が伸び、蹴りとなって放たれていた。
木の葉のように吹き飛ばされるも、彼もまた魔翼を広げて衝撃を殺す。
そして自らも飛翔し杏子を急襲すべく足を撓ませた。
足裏に簡易の足場を作り、そこを基点に飛ぶつもりだった。
そこに影が降りかかった。
背後の風の流れも変化していた。
何かに遮られ、風流が二筋に分かれているのを感じる。
上空の杏子は、口を半月に開いた悪鬼の笑みを浮かべていた。
そして同時に背後から感じる魔力の波濤。
足場を蹴って飛翔し振り返る。
一気に二十メートルは跳んだが、それはその長さよりも大きかった。
形状を確認しつつ更に跳ぶ、更に十メートルを昇ってようやくそれの頂点に辿り着いた。
その形を確かめた彼は絶句していた。
蛇のように長く、大樹の如く太い物体が宙を蛇行している。
形状には杏子が召喚する巨大槍の面影があった。
だがそれ以上に色濃く、ある存在の類似性が見受けられた。
太い蛇腹に多節が生じ、下方に伸びた尾の先端には十字架を模した巨大な槍穂があった。
そしてその反対側、頂点である場所もまた十字架の形状が見られた。
異なるのは十字の中央が開き、巨大な口を形成している事だった。
蛇か竜か、恐らくはその両方。
開いた口の中にもその槍穂を縮小させたサイズの、短剣のような牙がびっしり生えている。
上顎の部分は三日月のように湾曲し、そのラインに沿っても口内と同じく牙のような無数の突起が並ぶ。
「おい…こいつは」
さしもの彼も緊張し、声を絞り出すようにして巨体を見上げた。
蛇行して上昇する真紅の蛇竜は彼の頭上を通り過ぎ、更に上空にて滞空する杏子の元へと向かっていた。
そして身体を渦のように蛇行させながら、彼を見降ろす杏子を護る様に彼女の周囲を旋回する。
彼女の槍が姿を変えた蛇竜の全身からは、鬼火のような紅光が湧いていた。
それを見て彼は察する。
これを形成しているのは、先程彼女が放った十字架の刃の乱舞、『サザンクロスナイフ』の破片であると。
即興か狙ってのコトか、彼女はナガレが斬り払って打ち砕いた魔力を元にこの巨体を作り出していた。
そのデザイン元は、先日彼との精神の中で垣間見た異界の存在。
紛い物ではあるが、その蛇竜は守護竜にして魔獣。
その名は。
「やっちまいな!ウザーラ!!」
「嘘だろ!?」
支配者の如く傲慢ささえ孕んだ杏子の命令。
そしてナガレの叫び。
呼応して、紛い物の蛇竜は口を開いた。
顔の側面で、十字の光が輝いた。
オリジナルと同じく、菱形で縁取られた眼の内側を走る光だった。
無機質だが、殺戮と破壊の歓喜で喜びに震えているかのように光が灯る。
同時に、口の奥にある深淵の如き暗い孔にも光が灯る。
「やべぇ!」
叫ぶ彼へと、二種類の光が吐き出された。
一つは大河の如く迸る炎の奔流、もう一つは空を砕くかのような雷撃の毒蛇の群れ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
咆哮を上げ、彼は全身に紅の光を纏った。
ダメージカット、通称ダメカで鎧のように全身を覆わせ、肉体を一瞬で炭化させる熱と雷撃を防ぐ。
そしてそのまま、二種の光の奔流に向けて飛翔した。
彼は斬撃の乱舞を見舞い、斧槍で光を切り刻む。
「相変わらず、無茶しやがる奴だな」
杏子は呆れきった口調で言った。
その無茶を強いている張本人と、本人は自覚があるのだろうか。
真紅の瞳の先では、熱に身を焦がされつつも炎と雷を切り裂く彼の姿が見えた。
「ったく…世話焼かせやがる」
溜息を吐く杏子。左手で顔を覆いつつ、右手を蛇竜の頬へと添える。
恋慕の懊悩、または結ばれぬ愛への嘆きに沈む乙女のような姿で、彼女はこう言った。
「火力追加だ。焼き尽くせ」
主の命に蛇竜は行動で示した。
十字架を横に引き裂いた竜の咢は更に広がり、炎と雷撃も太さを増した。
大河から大海へと変貌した光に、ナガレの姿は完全に飲み込まれた。
それは異界の地面にも着弾し、瞬時に地面を融解させた。
跳ね上がる蕩けた地面と蒸発していく異界の構成物。
地面を這う熱は留まるところを知らず、辺り一面に行き渡る。
灼熱地獄が顕現したような光景が異界に広がり、その上空に蛇竜と杏子は支配者の如く浮かんでいた。
「おい」
なおも蛇竜が吐き続ける奔流へ、杏子は声を掛けた。
その口には何時の間にか、彼女のお気に入りの菓子であるROKKIEが咥えられていた。
熱でチョコが蕩け、彼女の血染めの唇を黒が濡らしている。
「もうお仕舞かい?」
菓子を齧りながら杏子は問うた。
その時だった。
蛇竜が吐き出す光が真横に切断され、黒い閃光が迸ったのは。
切り裂かれた炎の奥には、横に斧槍を振り切ったナガレの姿があった。
荒い息を吐きながらも、彼は上空を見上げていた。
黒く渦巻く瞳に、咢を上下に切り裂かれた蛇竜が見えた。
その左右を見渡すナガレ。
真紅の魔法少女の姿は無かった。
その代わりに、紅いものを彼は見た。
竜の喉の奥に雷と炎の塊が見えた。
竜はそれを吐き出した。
自動車一台ほどの球状の光の塊が放たれたのは、彼へ向けてでは無かった。
槍の柄で出来た喉を真上に伸ばし、引き裂けた口を開いて上空へと放っていた。
放たれた光の先に、彼女がいた。
光は彼女を飲み込んだ。
その光を、佐倉杏子は全身に纏った。
紫電と炎が彼女の体表を這い廻る。
その光が、彼女の色を輝かせる。
彼女の心のような、猛々しく美しい、真紅の色を。
その姿に彼は息を呑んだ。
全身を高熱で焙られ、大量出血を経た満身創痍の身であっても、彼にはその姿を美しいと感じた。
余裕があるからではない。ただそう感じたのである。
恐らく死ぬ寸前でも(実際、今がその状態に近いのだが)、彼はそう思っただろう。
「今、確信したよ」
光の中で、杏子は微笑む。
「何だかんだで、あんたを拾ったのは正解だった」
そして嬉々として呟いていた。
光と化して、彼の元へと真紅の流星と化して向かって行った。
激突は一瞬という間も空かない後であった。
降下した杏子の右脚がナガレの胸に突き刺さり、その内側の骨と筋肉を打ち砕いた。
「おおおおらああああああああああああああああ!!!!!!!」
杏子が叫ぶ。
叫びながら、その両脚は狂ったように動いていた。
右と左が交互に、まるで毒蛇か鮫の噛み付きのように連続で繰り出される。
一撃一撃が人体を破壊する威力。
それに彼は受け技とダメージカットで必死に耐える。
彼の口からは血が吐き出され、加害者である獰悪な美姫の貌を朱に染める。
唇に触れたそれを、杏子は反射的に舐めた。
「ん、悪くないね」
そう思った。
それと同時だった。
ナガレの両手が、杏子が繰り出した左脚の足首を掴んだのは。
「掴まえ」
血臭い声を吐きながら、彼は杏子を見上げつつ言った。
言い掛けた。
「た」
彼の言葉を杏子が引き継いだ。
彼が見上げた杏子の顔は、にっこりと微笑んでいた。
彼女が彼に告げた一語の後には、音符かハートマークが似合いそうだった。
好意と言うか、悪意と言うか。
それらが綯い交ぜになった言葉だった。
そしてそれは単なる言葉ではなく事実であった。
彼の胸に足裏を置いた彼女のブーツが解け、複数の鎖状結界となって彼の背へと回り、その身を拘束した。
そのまま彼女は外套を翻して上昇、したと思いきや急反転して地面へと向かった。
灼熱の舌の凌辱を免れた一帯を、彼女は目指していた。
「おい…見えるぞ」
胴体を鎖で圧搾され、朦朧とする意識の中で彼は言った。
スカートの中身の事だろう。
「ああ。ご覧の通り、この前買って来てくれたのをちゃあんと履いてるよ。中々良いの選んだな。悪くねぇ履き心地だ」
愉快そうに笑いながら杏子は言った。
「じゃあな」
そして音速を超えた速度のままに、彼を地面へ向けて投擲した。
地面への距離は、十メートルも無かった。
「ぐっ!?」
その彼女の首を、何かがへし折らんばかりに圧搾した。
血走った眼で彼女はその原因を見た。
ナガレの背から生えた、化石化した竜の尾のような武装が彼女の首に巻き付いていた。
「お前も…付き合いな!!」
血を吐きながらナガレは叫んだ。
「主人公とは…思えねぇ、所業だな」
苦痛の中で杏子は答えた。
「ま、いいさ。一緒にいてやるよ」
何が可笑しいのか、杏子は笑っていた。
嗤いながら、杏子はその意思をナガレへ送った。
「あんた、案外寂しがり屋だしな」
「かもな」
杏子の意思に、ナガレも返した。
その直後、二つの身体は音速を超えた速度で地面へと激突した。