魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第6話 紅黒乱舞②

絶え間なく続いていた金属の悲鳴が、唐突にぴたりと止んだ。

右頬を発生源として、口中に生じる赤い雫の塩辛さを舌先に感じつつ、

少年は異界の空を見上げた。

闇色の瞳の中に、黒を纏った美しい少女の姿があった。

彼女の細い両腕は高々と掲げられ、白手袋で覆われた手の甲からは

禍々しい湾曲を描いた刃が展開されていた。

 

漆黒の魔力で形作られたそれは、鎌にも斧にも見えた。

どちらにせよ、野蛮と狂気の極致であることには違いない。

まるでそれを誇示するかのように、抉り込むような形状をした刃の先端には

血が固まったような深紅が塗られていた。

 

落下に伴い、少女は両腕を振るった。

腕が茫と霞むとと共に、少女の手から生えた斧の群れも矛先を反転。

黒と深紅の瀑布と化し、少年の元へと降り注ぐ。

 

天から迫る死に対し、地に立つ者が握る白刃が煌いた。

一閃の後、破壊が生じた。

 

鉄と魔力で形成された双方の得物が絶叫を挙げ、それを支える肉と骨が軋み、

挙句の果てには少年の脚を支える異界の地面さえもがひび割れ、表面部分が砕け散った。

 

「ふぅん」

 

様々な破壊と悲鳴が入り混じる轟音の嵐の中で、魔法少女は小さく息を吐いた。

 

「巧いじゃないか」

「五回目ともなりゃな」

 

少女が振り下ろした斧の群れを、少年は両手の手斧で受け止めていた。

斧同士の刀身が真っ向からぶつかり合い、鍔迫り合いが展開されている。

歴然たる膂力の差を埋めているものは、彼の技巧に依るものか。

それとも、黒い魔法少女の手心か。

 

「じゃあ、続きといこう」

「あぁ」

 

短い遣り取りの後、双方の刃が引かれた。

噛み合っていた得物同士が擦れる音は、別れを惜しむ恋人同士の嗚咽のように虚しく響いた。

 

だがそれは、ほんのひと刹那の離別であった。

斧同士の激突は、直ぐ様に再開された。

向かい合う両者の間を、金属音と火花の嵐が埋め尽くす。

 

「君、胸の怪我はもういいのかい?」

 

ナガレの斬撃をいなし大振りの連撃を見舞いつつ、魔法少女が問うた。

眼が虚無的な事を除けば、声と顔には心を砕いているような響きと形が現れていた。

問いを与えた相手の命を、今まさに刈り取ろうとする者の表情ではなかった。

 

「頑丈さだけが取り柄でね」

 

吐き捨てつつ、ナガレは身を引いていた。

流石に防御不可能とみての事である。

 

「そうか、それなら良かったよ」

 

安堵の表情とは裏腹に、獲物の旋回速度は全く衰えていなかった。

仰け反った胸の上、数瞬前まで彼の顔があった場所を巨大な凶器が通過していく。

凶器の旋回によって生じた風でさえ、身を裂くような勢いを宿していた。

少年は凶風に抗うことなく、寧ろそれを力に変えて跳び退がった。

 

「落ち着きのない子だね、君は」

 

その時、追撃に移ろうとした魔法少女の元に迫るものがあった。

吹き荒れる風に抗い、二つの影が飛翔していた。

風を浴びた少年の、翼のようにはためいたジャケットの内側から、

二本の円柱が先端を覗かせていた。

キリカの視界に、黒い二つの塊が映っていた。

魔法少女は、拳大の黒塊の表面で燻る焦げ臭い匂いを嗅いだ。

 

「…ありがとう」

 

彼の心…魂とでも云うべき場所で、その声は響いた。

音の無い声だった。

それだけに、声に含まれた想いが露わとなっていた。

それが何であるか知った時、彼は第二波を放つべく手を伸ばした。

 

だが、それは果たせなかった。

彼の眼の前に、黒い魔法少女の顔があった。

互いの吐息の香りさえ、分かるほどの距離だった。

 

「血臭いね」

「誰の所為だ」

 

少年と少女の応答には、互いの得物の激突音が重なっていた。

超至近距離での激突の為か、両者は弾けるように背後に跳んだ。

飛ばされたと、した方が正しいか。

両者が着地した時、遥か彼方で二つの爆発音が虚しく生じた。

 

互いに五メートルほど後退、都合その倍の距離を隔てて、

黒髪の魔法少女と人間の少年が対峙する。

至近距離の刹那的な乱舞を舞っていた両者の間で、今は最も距離が生じたときであった。

剛力をいなし続けた痺れなど無いかのように、ナガレは手斧を構えた。

彼は直ぐにでも斬り込む積りだった。

 

魔法少女と真っ向から切り結んだ彼が支払った代償は、

体表に十数か所ほど生じた肉の裂け目と、骨格に染み渡る無数の痛み。

右頬の傷など、破壊は表面だけに留まらず口中まで抜けていた。

対する魔法少女は、少なくとも外見上は全くの無傷。

 

幾度か手首や脇腹を手斧を掠めさせ、出血を生じさせたが、

刃が肉を抜ける頃には衣装もろとも完全に修復されていた。

呆れるほどの再生能力、そして超絶的な身体能力。

両者の現状が物語るように、戦力差は圧倒的だった。

ここに至るまで彼が絶命していない事は、奇跡としか言いようがない。

 

だが、彼の眼には弱気や諦めの意思は欠片も無かった。

無茶なのは分かり切っている。

魔法少女の強さも、文字通り骨身に沁みている。

仲の悪い相方に幾度となく肉を裂かれて骨を削られ、発情気味の性悪道化には全身を焼かれた。

そしてこの黒い魔法少女には胸を陥没させられた挙句、未だに報復を果たせていない。

 

それがどうしたと、彼の眼は言っていた。

 

黒い禍が、闇色の瞳の中に渦巻いていた。

重なり合った円環は彼の闘志か、殺意か、或いはー-ーそれらを越えた狂気か。

少なくとも、攻撃的な意思である事には間違いない。

 

 

しかしふと、彼は動きを止めた。

丁度、突撃の為に軽く前傾姿勢を描きかけたときだった。

 

黒い魔法少女が、両手を万歳の形に挙げていた。

何事かと、ナガレが正気へと回帰した眼差しで見ていると、

少女の両手から生えた斧たちは、黒い光の微塵となって消え去った。

 

「懐かしいものを思い出させて貰ったよ。感謝する」

 

「何が?」と問い質す前に、魔法少女は頭を下げていた。

それまで涼やかだったハスキーボイスも震えていた。

その様子は、ただの少女であるかのようだった。

 

気が萎えたのか、彼は「もういいや」と頭を切り替えた。

闘志自体はそのままに、相手に付き合う事にした。

体力回復の、時間の足しになればいいかなと思いつつ。

 

「申し遅れたが、私の名前はご存知かな?」

「あぁ、ピエロ女から聞いてる。よろしくな、呉キリカ」

 

この時には既に、手斧は背中に回されていた。

相手に合わせたというより、単に邪魔になったようだった。

 

「矢張り、さささささは口が軽いか。我が参謀とは云え、情けない限りだ」

 

道化が強奪じみた救助をされてから約五日。

この協力者にも、早くも性情が知られているようだった。

長ったらしい愛称又は蔑称と、役不相応としか思えない役職が与えられていることに、

ナガレは言及すべきか少し悩み、そして沈黙を選んだ。

笑いを堪えたとも言う。

 

「まぁそれは兎も角、今後とも宜しく頼むよ」

 

相変わらず眼には虚無が宿ってはいたが、口調と態度は親し気なものになっていた。

右目の眼帯がどうにも剣呑な印象を与えるが、見た目で判断すれば年相応の少女のそれだ。

思わずナガレも、不覚ながら自分の気が僅かに緩むのを感じていた。

 

恐らくは新しい生活を送り始めて以来、初めて見せられた友好的な態度であるためだろう。

尚、数十秒前まで殺し合いを演じていた仲であるということを、

彼がどの程度意識しているのかは謎である。

 

「其れでは『友人』。早速だが」

 

一瞬、彼の思考が停止した。

機械で言えば動作不良を起こしたのだ。

 

「待て。ちょっと待て」

 

即座に復旧、即刻尋問へと移る。

 

「なんだ我が友、即ち友人。

 これから話す予定だったが、さささささの弱点には興味が無いのか?」

「ねぇよんなもん。奴は弱点の塊だろうが。そうじゃなくて、『ゆうじん』て何だよ」

「君の呼び名だ。今回の場合は『友人』とするコトに決めた」

「…何でだよ」

 

これまでに見せたことのない、困惑を宿した表情でナガレは訊いた。

キリカの不可思議な言い回しも、聞き流されていた。

 

「こう見えても、私の頭の容量は有限だ」

「当たり前じゃねぇか」

「そう遣って君はすぐ人を莫迦にする。これだから友達というヤツは扱いに困る」

 

僅かに頬を膨らませ、キリカは拗ねた様子を見せた。

これが先程まで悪鬼羅刹の暴虐を繰り返してきた女かと、彼は一瞬己の記憶を疑った。

 

「俺、なんか悪い事言ったのか?」

 

本人すら思ってもいない事を口にさせたのも、混乱による影響だろう。

それを見たためか、キリカは済まなそうな表情となった。

 

「悪いね。なんせ私は半引き籠り生活から足を洗ってまだ時が浅い。

 それにまだ中学三年生だ。人生経験及び対人経験値の少なさ故と思って諦めて呉」

 

許してではなく、諦めて、ときた。

ナガレは素直に従うことにした。

その方が面倒が少なそうだと思ってのことである。

また少女の私生活に言及するほど、彼も野暮では無かった。

 

「話を戻そう」

「ああ、そうしてくれ」

 

出来れば話ではなく、先程までの戦いにと彼は望んだ。

こう思うのは、今日でもう二度目になっていた。

 

「覚えやすい、そして忘れやすい。

 だから頭の容量をキープ出来る。どうだい友人、ご理解は頂けたかな?」

「ワケの分かんねぇこと言ってんじゃねぇ」

 

率直な、そしてこれ以上ない感想を彼は述べた。

そしてそれっきり、両者の間で言葉は絶えた。

頃合いだとでも言うように。

 

向かい合う両者の手に、再び物騒な得物が顕現ないしは握られた。

後は再び激突し、火花と血肉を飛ばすだけだった。

それなりに穏やかであった会話など、忘我の果てに投げ捨てた修羅となって。

 

 

 

「何、くっちゃべってやがんだ。この大バカ共」

 

 

 

心を貫くようにして届いたそれは、聴き慣れた者の声ではあった。

但し普段とは、声色が大分異なっていた。

 

例えるなら、表層には冷気が、内部には熱が詰まったような声だった。

冷気と熱はそれぞれ、『呆れ』と『怒り』に変換出来る。

真紅の魔法少女による氷炎の声の指摘は、この上なく的確なものであった。

 

 

 






斧の扱いに秀でた『友人(フレンズ)』。

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