魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
朝の四時。ランニングや犬の散歩をするには早く、夜遊びをするには遅すぎる時間帯。
日の出にも一時間以上の余裕があり、されど薄っすらと明るみを帯びた時間であった。
その薄い灯りが満ちる世界を、一人の少年が歩いていた。
「んなに早くしなくても、大丈夫だってばさ。あたしのコト知ってる奴らは今頃順風満帆な人生送って、自分の家でぐっすり寝てら」
その彼の背で少女の声がした。赤い長髪の少女が彼の背におぶさっていた。
彼は杏子の膝裏に両手を添えて彼女を抱え、杏子は彼の背に身体の表側をべっとりと貼り付けている。
「別に。俺もさっさと寝てぇだけだよ」
「添い寝してやろうか?色んなトコ触らせてやるし、ぎゅうって抱き締めてやるからさぁ」
「その芸風もサマになってきたな」
「似合うかい?」
「で、話を戻すとよ」
逃げたな、と杏子は思った。だが彼の言う事も尤もであり、今は対策を考えるべき時だった。
そして話を戻すという言葉に彼女はピンときた。
「じゃ、あたしがやってやるよ」
得意げに杏子は言う。
そして彼の反応も待たずに、ナガレの肩から右手を離し、上に向けて立てた人差し指をくるくると廻しながらこう言った。
「まはーるたーまらふーらんぱ」
舌足らずな言葉、そして不吉な呪文。
彼が「おい」と声を掛けるよりも早く、その脳裏に映像が広がっていった。
杏子が取り戻した、幻惑魔法を応用して回想である。
楽しそうに笑う杏子の顔は、青痣が至る所に浮き、充血で腫れ上がっていた。
弾ける血飛沫、弾丸のように飛び散る砕けた歯。
朱音麻衣の拳が佐倉杏子の顎を打ち抜き、反撃で放たれた杏子の脚が麻衣の脇腹を抉る。
魔法少女の腕力同士の激突により、両者は全身がズタズタとなっていた。
治癒しては殴り、治癒しては壊しを繰り返している。
衣装の修復は無駄としたのか、両者は上半身がほぼ裸であった。衣装の切れ端が辛うじて裾や肩、腹に纏われている程度である。
杏子のなだらかな胸を血滴が伝い、拘束を外れた麻衣の豊満な乳房が表面を濡らす血を飛び散らせながら揺れている。
叫びながら争い合う二人の傍らでは、杏子が巨大槍をベースに構築させた異界の蛇竜の模倣体が横たわっていた。
その巨体は複数に寸断され、鋼の光沢を放つ表面には無数の傷が浮いている。
横倒しになった巨体の周囲の地面は融解し、焼け焦げ、深さも定かではない大穴が幾つも空いていた。
蛇竜を操る真紅の魔法少女と、それに挑む黒と紫の二人の魔法少女達の死闘は異界を揺るがし互いの血肉を削り取る凄惨さに満ちていた。
そしてそれは、蛇竜と杏子を引き離しても続いていた。
「遅い」
拳と蹴りの交差の中で麻衣が呟く。
先程の意趣返しのアッパーカットを麻衣は回避し、その間に杏子の懐に潜り込む。
そして腰を深く落とし、右腕を手前に引いてから力強く放った。
砲弾の如く一撃が減り込んだのは、杏子の下腹部。
肉を隔てて、彼女の子宮がある場所だった。
「んぐぅぅっ!?」
言いようのない不快感と激痛。
しかし、麻衣は攻撃の手を緩めなかった。左手で杏子の細首を掴み、同じ場所へと何度も何度も殴打を重ねる。
「ぎゃっ、うぅっ、がっ、ぎひっ」
苦痛の奇声を挙げながら、杏子は笑っていた。
麻衣はそれを気味悪がり、殴打から蹴りへと攻撃方法を切り替えていた。手で触れるのが嫌になったらしい。
麻衣の爪先が杏子の下腹部へと深々と突き刺さる。
更に上のレベルとなった痛みの中で、杏子は笑っていた。
痛みで可笑しくなったのでも、痛みに快感を見出している訳でもない。
更には戦う事が楽しいからでもない。
命を繋ぐ器官を殴られ、そこに哀しさを感じている自分に対して嗤っていた。
作る行為に興味はあるが、子供はいらない。
自分には親になる資格はないし、なれない。
だから佐倉家は自分で終わり。おしまい。
そう思っているのに、腹の中で砕かれていく子宮に喪失感と哀惜を感じる。
それが可笑しくて笑っていた。
更にもう一つは、嘲笑で。
自分の中で最も不要な器官を、何を思ってか狂ったように責め立てる朱音麻衣を杏子は愚弄していた。
ああ、こいつはなんてバカなんだ。
だから嗤っていた。
それが腹立たしく、麻衣は特に力を込めた蹴りを放った。
「バァカ」
嘲りを告げながら、杏子は麻衣の回し蹴りに喰らい付いた。
比喩ではなく、迫り来る右脚に顔を叩き付け、その牙を立てていた。
麻衣が苦痛に呻いた瞬間、それは叫びに変わった。
杏子の首の振り回しと両腕の腕力により麻衣の膝は逆に曲げられ、関節から一息で引き千切られた。
靭帯が断裂する嫌な音と麻衣の悲痛な叫びが異界に木霊する。
そして引き千切った右脚をゴミのように投げ捨て、杏子は倒れた麻衣の下腹部を思い切り踏み潰した。
自分が遣られたことを、重ねられた痛みと喪失感の想いを纏めて返すための渾身の一撃だった。
「ぎぃぃぃいいいいいいいいいいいいああああああああああああああああああっ!!!」
魂が砕けたような叫びを上げ、麻衣は吐しゃ物を撒き散らしながらのたうち回った。
「うぅぅううううううううああああああああああああああああ!!!!!」
腹の中で砕けた袋。それに対する憎悪と絶望の感情を叫びに乗せて麻衣は跳んだ。
杏子を背後から抱き締め、麻衣は杏子の首筋に喰らい付いた。
折れた歯が杏子の柔肌を喰い破り、麻衣の口内に流れ込む。
「やれぇええええええ呉キリカああああああああああ!!」
杏子の肉を噛み、血を飲みながら麻衣が不吉な名を呼んだ。
「あぁ、アカネ君も漸く友情の大切さを学んだか。これは大きな進歩だねぇ」
飄々とした口調で、何処からともなく呉キリカは現れた。
麻衣に拘束された杏子の前に立ち、朗らかに微笑んでいる。
その笑顔のままに、キリカは右の拳を見舞った。
肉が弾けて血が宙を舞い、砕けた歯が飛び散った。
朱音麻衣の顔から。
「でも人を信用しすぎるのも良くないね。アカネ君の今後の課題だ」
仰け反って吹き飛ぶ麻衣、拘束を外された杏子の前髪を、麻衣の顔面を打ち砕いたばかりのキリカの手が掴んだ。
速度低下魔法が直で発動され、杏子の動きを奪っていた。
「んっと」
気軽様子で、キリカは杏子の前髪を掴んだ右手を振り回した。
直後に激突の音と衝撃。
戦闘によって地面から抉れ、巨岩として転がっていた異界の構築物へとキリカは杏子の顔を叩き付けていた。
「はい、以下省略」
引き剥がしてからの激突を十回以上繰り返し、キリカはそう言った。
杏子の前髪は血で濡れそぼり、キリカの手は後頭部付近に移動していた。
そしてキリカは自分の体重を杏子に向けて傾けながら、岩の表面に杏子の顔をゴリゴリと擦り付けた。
当然ながら杏子と岩の間からは血が滴る。
暴虐の痕跡を示すように、杏子の顔の皮や肉の破片が岩の表面に放射状に散っていた。
「あちゃあ、これは失敗。これじゃ目も潰せないし鼻も抉れない」
引き剥がした杏子の顔を見てキリカは言った。
赤一色の顔、眼は潰れて鼻も根元から削り落ちている。
「まぁいっか。壊せる場所は他にもたくさんあるからね♪」
言い様、キリカは杏子の腹を殴った。柔らかい肉の中で臓物が弾けた。
唇が喪失し、歯の殆どを喪った杏子は口の中から血の塊を吐き出した。
キリカの残虐行為は更に続く。
繰り返した殴打によって痛んだ皮を掴んで引き千切り、零れ落ちた内臓を引き摺り出して放り投げる。
破れた小腸からは漏れた汚物による悪臭が立ち昇り、内臓が血の海に沈む。
腹を破壊すると、キリカは杏子の胸へ手を伸ばした。
緩い膨らみを、白手袋で覆われた繊手が触れ、そして一気に握り締める。
肉どころか肋骨ごと纏めて握り潰され、キリカの手から真紅の液が滴り落ちた。
絞り粕となった骨と肉を、赤い表面に穴が開いただけとなった杏子の口に押し込むと、キリカは杏子の胸を破壊し始めた。
用いられたのは手では無かった。
腕は杏子の肩を持っていた。
「んじゃ、いこうか」
軽い外食にでも行くような気軽さでキリカは言う。
そして口を開け、杏子の破壊された胸に顔を埋めた。
血塗れになった顔が上げられた時には、彼女の口には血で濡れた肺が咥えられていた。
次に胃袋が引き摺り出され、次は心臓が抉り出された。
その心臓をキリカは噛み潰す。
脈動を続けていた心臓が破裂し、広範囲に血を迸らせた。
「うええ、げっろまず。朱音麻衣の方がまだ新鮮さがあってのど越しが爽やかだったのに。吐き出したけど」
ぺっぺと口内の心臓の破片を吐き出しながらキリカは言った。
色々な意味で最悪の食レポだろう。
「やっぱ友人じゃないと美味しくないよ。にしても不味すぎ。これはクレーム案件だ」
ほんとつまんね、と吐き捨て杏子を投げると、宙に浮かぶそれに回し蹴りを放った。
細い胴体がくの字に曲がり、杏子は遠方まで蹴り飛ばされた。
何度もバウンスし、内臓の欠片と砕けた骨と肉を撒き散らして漸く停止する。
朱音麻衣は瀕死状態、杏子は放逐。
キリカは一人になった。
「さてと、デイリーミッションであるメスガキ二匹の討伐も完了したし、友人を探すかな。疾く早く急く見つけて、めっちゃめちゃくちゃに殺し合ってたっぷりしっぽり愛し合わなきゃ」
あー、もう想像しただけで子宮が疼いて後ろ足が跳ねちゃうよ♪
顔を赤面させながら、身を悶えさせてキリカは語る。
仕草だけを見れば恋する乙女である。彼女としてはそうなのだろう。
恥じらいながら、これから繰り広げたい事柄を思い浮かべる。
その中で彼女は気付いた。
何かがおかしい。
普段なら即座に思い浮かぶ光景が、脳裏に鮮明に浮かぶのが遅い。
まるで思考の中、何かを差し込まれているみたいに。
そして気付いた。
即座にキリカは行動に映った。
ぶつん、という音は彼女の口内で鳴った。舌を噛み切った音だった。
「なるほど…ね。幻惑か」
口から血を吐き出しながらキリカは言う。
口の中には舌はあった。出血の原因は別だった。
彼女を背後から刺し貫き、地面に縫い留めた真紅の十字槍がその原因だった。
「今更…気付いても遅ぇんだよ……バァカ」
槍を握るのは言うまでも無く佐倉杏子。
畑のように耕されている顔を、徐々に修復させながらそう言っていた。異界の蛇竜の模倣体の顕現とその攻撃は、彼女に多大な負荷をかけたらしい。
また魔力消費の原因は他にもある。
岩に激突させての顔面破壊が終わった直後に、彼女はキリカに幻惑を放っていた。
自らの肉体を破壊させる妄想は、杏子にとっては簡単だった。
自分の事が大嫌いであり、更にはその程度の暴虐など、自分が受けるべき罰の内に入っていないからだ。
背中から胸を貫く槍を引き抜こうと柄に手を添えたキリカを白光が照らした。
見れば、横たわっていた巨獣が口を開き、キリカと杏子の前に聳えている。
牙を無数に生やした口内には、白い光球が生じていた。
縦横三メートルほどの、巨大な光の球だった。
「プラズマ…ってとこ、かな。電磁雷撃系第五階位、電乖鬩葬雷珠(マーコキアズ)のパクリかな?」
「知るか、死ね」
冷たく言い放った杏子の背に躍り掛かる影があった。
影が重なった瞬間、杏子とキリカは苦鳴を上げた。
「私抜きで、愉しい事をするんじゃない」
麻衣は刀で杏子を背後から貫き、更にキリカも串刺しにしていた。
引き千切られた脚は傷口と重ねられ、火傷のように溶けた傷口を見せながらも繋がっていた。かなり強引に傷を塞いだらしい。
「ううむ、これじゃ私だけ不公平だな。お前ら二人から一方的に輪姦されてる気分だ」
不公平の不満を漏らしたキリカの傷口から、赤い血肉が散った。
その後に、細く赤黒い触手が溢れた。
刃と槍で貫かれたキリカの傷口から、微細な斧が連なった赤黒い触手が生えていた。
それも一本二本ではなく、数十本が溢れて蟲の様に蠢いた。
「じゃ、よがり狂って呉給え♪」
口調は楽しそうに、表情には憎悪を宿してキリカは告げる。
言葉より早く、数十本の触手が杏子と麻衣の全身に突き刺さった。
触手は先端を体外に出さず、肉の側を這いずり回った。
杏子と麻衣は同時に歯を食い縛った。悲鳴を上げないようにするために。
その歯が内側から砕けた。体内を駆け巡り、胃袋を貫いて食道を切り刻みながら駆け上がった黒い触手によって。
触手は眼窩や耳孔、鼻孔からも溢れた。無数の細い鰻、または黒い蛞蝓が少女の顔の穴という穴から溢れ出る。
悪夢の光景だった。
「ぐぐぐぐぐあああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
くぐもった悲鳴が切り刻まれていく口、というよりも顔全体から上がる。
ずたずたになった頬は口と繋がり、顔に開いた巨大な口と化していた。
触手は脳内にも溢れ、頭蓋の内側で暴れ回る。
それでも二人は絶命に至らない。
魔法少女にとって、脳など付属品でしかない事を二人は理解している。
三人とも、全身を傷に覆わせた異様な姿となっていた。
生き物とは思えない姿、その寸前である。
それらが三つも折り重なった様子は、見たものの正気を破壊する狂気が秘められていた。
物理的な破壊を受けた凄惨な顔と、狂気に浸った顔のままに殺し合う異貌の者どもがそこにいた。
だがそれを、客観的な視線の一切を、この三人は全くとして考えていなかった。
ただ手近な存在を葬る。
それだけを、思考と本能で考えていた。
身体と脳を刻まれながら、杏子が抱いたのは闘志と殺意だった。
その思いを、異界の蛇竜の模倣体へと送る。
ウザーラの模倣体はそれに応えた。
口が縦に大きく開き、主もろともに二体の敵を屠らんとプラズマの火球を放った。
プラズマが口から離れたその瞬間、それは起こった。
上空から光の柱が降り注ぎ、傷付いた蛇竜の全身を覆った。
光の中、蛇竜は一瞬にして蕩けて消えた。
放ちかけていた光球も光に飲まれた。
眩い光の直径は十メートルにも及んでいた。
数秒が経過して光は細くなり、そして消えた。
そこに硬い足音を立て、着地する一人の魔法少女がいた。
軍人のような姿をした魔法少女は、風見野の自警団のトップたる人見リナである。
手にしたバトンからは白光が迸り、彼女の周囲を電磁の光で覆っている。
先の一撃は、彼女がバトンから放ったものだった。
以前は魔法少女なら耐えられる程度の威力だった。
だが今は、力を込めたとはいえ巨大質量を一瞬で消滅させる威力となっていた。
雷撃を纏うリナは、冷ややかな視線で眼の前の物体を見つめていた。
それは黒い花弁の蕾か、閉じられた黒い貝殻に見えた。
黒い物体に立てに線が入り、横に開いた。そして力尽きたように消えていく。
消え失せる黒の中にいたのは、黒髪の少年。
全身から白煙を立ち昇らせる背後に、倒れ伏した三人の魔法少女がいた。
キリカと杏子は高熱により傷口が焼かれ、身体が部分的に炭化していたが、一番背後にいた麻衣は語弊はあるが無傷であった。
少なくともリナの光は麻衣を傷付けなかった。
「さて、先程の応えはいかに?」
魔法少女の盾となり、死の光に身を晒したナガレへとリナは問うた。
彼の全身から噴き上がる白煙は、消える気配を見せていない。
身体の表面に目立った負傷は見受けられないが、その身体は内側が炭と化しかけているに違いない。
「……相棒と…相談する。だから、しばらく……待ってな」
焦げ臭い息を吐きながらナガレは言った。
高熱に焙られながらも、彼の眼は黒々とした普段の輝きを保っていた。
しかし眼の中に渦巻くのは、怒りの意思。
普段から魔法少女に酷い目に合わされながらも、なんだかんだで許容している彼ではあるが、今回は流石に怒っているらしい。
プロローグからこれかよ…