魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
とくん
とくん
とくん
自らの内で鳴る音を、少女は数えていた。
上下左右全てに、鏡が広がる異様な世界。
昏い空間の周囲に満ちるのは無数の虚影。
紅の髪を垂らし、体育座りをしているのは真紅のドレスを纏った少女であった。
至る所が断線した黒いストッキングで覆われた膝に隠れているが、美しい顔の右半分は無残に焼け爛れ、桜色に蕩けた肌を晒している。
鏡の世界を時折掠める風が身体を伝って肌に触れ、剥き出しに近い状態の肌の鋭敏な感覚を刺激した。
痛みは少なく、くすぐったい。
常に熱を持つ皮膚にとって、それは心地よかった。
僅かながら、性的な快感も伴っていた。
疼き始めた雌の器官を、彼女は弄びたかった。
佐倉杏子の複製としての生を受けてから約一週間。
自分の性欲の強さはオリジナル由来なのかなと、複製の杏子は考えていた。
だがそれ以上に、既に水気を孕んだそこを指で愛撫したかった。
しかし、今は。
とくん
鼓動が鳴った。
数え始めてから十万回目。
彼女は顔を上げた。
向き合う鏡の先に、気配を感じた。
こちらに近付く足音も聞こえた。
コピーはゆっくりと立ち上がった。
そして恥じらうように、無惨に爛れた右半分を彼女は長い髪で隠した。
オリジナルと異なり、彼女の髪は束ねられずに下げられていた。
「綺麗だよ」
声が聞こえた。
少女に似た、それでいて男のものと分かる力強さを宿した声。
自らが発した言葉が、本心からのものであると示す意志の強さに満ちていた。
「隠さなくたっていいよ。でも肌が風に触れて辛いなら」
彼が言い終える前に、コピーは髪を払った。
鏡の世界に、赤い流れがざっと広がる。それを鏡は無数に反射し。世界は一瞬、紅に染まった。
それを、鏡の中の少年はじっと見つめた。
「…綺麗だ……本当によ」
彼は再びそう言った。
感嘆の熱い吐息までもが、鏡を隔てて感じられた様な気がした。
赤と黒の二重螺旋を描いた異形の瞳、靡く炎のようなトゲトゲとした髪型は黒が主体の紅交じり。
身長160センチほどのコピーよりも十センチは低い身長。
青いジャケットに赤いシャツ。空手の黒帯をベルト代わりにした白のカーゴパンツ。
そして両肩から指先までを彩る鋼の光沢、鋼鉄の義手。
彼に似ているが、彼ではない。
「 」
切り刻まれた喉ゆえに声なき声で、コピーは彼の名前を呼んだ。
上下した唇は「了(リョウ)」と言っていた。
「ああ。今日も待たせちまったな……サクラさん」
彼はそう告げた。その名前に、彼女はぴたりと動きを止めた。
その様子に、了はすまなそうな表情を浮かべた。
「悪いな…俺、頭悪ぃからよ…安直でさ」
力を失くしたように、されど彼女から目を離さずに彼は言葉を紡ぐ。
「なんか、さ。君って、桜の花弁って感じがするんだよ。前にも話したけど、今は花なんてあんまり見れないけどさ」
コピーは黙って彼の話を聞いている。
眼に溜まり始めた涙に、彼はまだ気付かない。
「でも、そんな感じで君はすっごくキレイなんだ。だから…似合うと思って」
言葉を紡ぎながら、彼は自分の無学を呪っていた。
なんでもう少し気の利いた言葉を使えないのか、そして知恵が廻らないのかと。
「次逢う時までに名前を考えておく、ってさ。バカな俺には、難しすぎたのかな」
彼の言葉に、コピーは、サクラは首を左右に激しく振った。
彼の言葉の否定であり、彼から貰った名前の肯定だった。
涙腺に溜まった涙が、彼女の動きによって吹き飛ばされた。
鏡の中、彼女の涙が無限に映る。
「…いいのかい?本当に?」
「 」
うん、ありがとう。
彼女の言葉を、心を彼はそう受け取った。
両者の間に、言葉は必ずしも必要では無いようだった。
「そっか。こっちこそ、ありがとう…サクラさん」
彼は再び名を告げる。
彼女は彼に歩み寄り、触れようとした。
しかし指先が捉えたのは、鏡の冷たい感触。
見た限りでは、鏡の境目は厚さにして1ミリメートル有るか無いか。
しかしそれでいて、別の世界同士のように二人は隔絶されていた。
「じゃ、話の続きをしようか」
彼はそう声を掛けた。
彼女を悲しませたくなく、そして彼自身もこの隔たりがあることを認めたく無かったのである。
彼女は喜んで頷いた。
そして彼は話し始めた。
滔々と、今までの事を。
それは自らを無知と認めた彼の、稚拙な言葉遣いと彼なりの配慮が交えられた話でありながら、思わず血臭を覚えるほどの凄惨な物語だった。
人が生きながらに喰われ、女子供は陵辱の限りを尽くされ、徹底的に嬲られて弄ばれながら惨殺される。
異形の力を得たものが跋扈し、人類を玩具として扱う世界。
彼がいた世界の話を、コピーは残さず聞いていた。
そして彼は、その異形達と戦う者であった。
奪われたものを奪い返す。
その為に凄惨な戦いの日々に身を置き、そして-------。
「……って、ところかな。その後記憶が飛んじまってさ……気付いたらここにいたんだ」
やがて彼は話しを終えた。
長い長い話だった。
言い終えた彼には、疲労よりも何よりも、色濃い哀切さが伺えた。
彼としてはそれを隠そうとしていたのだろう。
だが幼い顔に浮かぶ笑顔と、彼の語った物語は否応なく悲劇の歴史を彼の顔に刻んでいた。
「 」
「…そうだな。俺も、君に逢えてすっごく嬉しいよ」
「 」
「さぁな…俺も出来るならずっとここに、君の傍にいたい」
ごく自然に、二人は言葉を交わしていた。
互いの赤を含んだ目を見ていると、それだけで意図は伝わる。
出逢ってからの日は浅いが、共に過ごした時間は長い。
互いの身を寄せ合うように、二人は鏡に互いの額を重ねて両手も同じく鏡越しに重ねていた。
冷たい質感の奥に、確かに愛おしいものがいる。
二人はそう感じていた。
しかしながら、何事にも終わりは来る。
「…そろそろか」
忌まわしそうに、彼は呟いた。
この世界の原理は不明だが、二人が出逢える期間は約一日であった。
その間に生物としての営みに関する事象は一切感じず、その間二人は互いの意思を重ね続けていた。
しかし時が来ると、彼の姿は幻か亡霊のように消え失せる。
また彼としても、彼女の姿が同様に掻き消えていく。
そのタイムリミットが、近付いていたのだった。
しかし、今日は様子が違った。
「呼んでる」
彼はそう言った。
彼は背後を横目で見た。
それは彼にしか分からない感覚だったが、彼女も察した。
恐らく、今日が彼と逢える最後になると。
今日を越えたら、もう二度と逢えないと。
彼は眼を閉じた。
時間はあまりないと、彼は分かっていた。
だから、考えつつも急いでこう切り出した。
「…来るかい?」
苦渋に満ちた口調だった。
彼が何処から来て、そこがどういう場所なのかは、彼自身がこれまで話して聞かせていた。
彼としては日常の事であったが、話にすることで、その日常は地獄であると認識させられた。
そこに彼女を、愛しいものを招く。
悪魔としか思えない提案に、彼の心は切り刻まれていた。
「 」
それに対し、彼女は即答した。
肯定の意思だった。
ならば、それを叶えたい。
彼はそう思った。
そして今ならば、それが可能だと本能で悟った。
彼が背後に感じた気配は、それを可能とする存在が発するものだった。
彼の背後から、黒い靄が湧き出した。
これあで一切の変化が無かった、昏い世界に黒が満ちていく。
彼がいる鏡の中で満ちていくのは、闇だった。
そして、サクラは見た。
闇が凝縮し、色濃くなっていくのを。
その濃縮された闇が、形を成していくのを。
生まれ出た漆黒の姿は、亡霊か炎のようだった。
頭部からは槍穂のような角が生え、口には無数の長く鋭い牙が並ぶ。
砕けた水晶のようなヒビの入った四角い眼が、闇の中で輝いていた。
形成された姿は、目測で見て五十メートルを超えていた。
おぞましいその存在を、彼女は彼から聞いていた。
そしてその姿は、見覚えがある代物だった。
彼女のオリジナルが生み出した、感情の産物。
ただしそれは、それよりも遥かに黒く、エグく、そして---凶悪だった。
奪われたものを、奪い返すもの。
光を喰らう、闇。
その名は。
「頼むぜ……ゲッター」
彼は漆黒の巨体をそう呼んだ。
主の言葉に、それは従った。
彼の真横から、巨大な二つの物体が去来した。
それが巨大な手であり、手の全てが刃の如く形状をしていると見えたのは、それが鏡に先端を突き立てた瞬間だった。そして、彼女は見た。
いかなる方法を用いても傷一つ付かなかった鏡面を、一抱えもある巨大な指先の切っ先が僅かながらに貫いたのを。
そこに、了は両手を添えた。
「うおおおおおあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
そして、彼は吠えた。力の限りに。
鋼の両手に全ての力を込めて、僅かに開いた傷を引き裂きにかかる。
その手に、サクラも手を重ねた。
何もできないが、それは彼に力を与えた。
彼女も強い眼差しで彼を見た。
焼け爛れた皮膚に覆われ、一つしか残っていない左眼で、彼を見る。
そして、やがて、砕け散る音が鳴り響いた。
彼女の正面の鏡に、巨大なひび割れが走った。
鏡の奥では、仰け反る彼の姿が見えた。
力の代償か報復か、彼の身体は弾き飛ばされていた。
次の瞬間、またも鏡が砕けた。
それを成したのは、真紅の十字槍であった。
槍はひび割れた鏡の中央を貫き、完膚なきまでに粉砕していた。
割れ砕ける鏡の中を、真紅の影が迸った。
それは両腕を伸ばし、自分よりも小さな体を抱き締めた。
初めて触れた身体は熱く、そして思ったよりも細く、それでいて逞しかった。
勢い余ってつんのめり掛けた彼女の身体が、今度は優しく抱かれた。
焼けた身体に触れた鋼の義手の感触は、冷ややかで心地よかった。
やがて抱き合う二人を、漆黒の闇が包み込んだ。
輝くような、美しい闇に包まれながら二人が抱き合う中、砕けた鏡は時が逆行したかのように破片を元の位置に戻させた。
だが今の二人にとって、それはどうでもよかった。
初めて触れ合う肌の感触と相手の存在を、全身で味わっていた。
やがて、漆黒の色は消えた。
全ては、何も無かったかのように思えた。
二人の姿と、漆黒の巨体は消えていた。
既にこの世界の何処にも、それらは存在していなかった。
コピーさん、偽書ダークネスな世界へ(落ち着いてきたら別途連載を開始します)
英語とイタリア語が混じったタイトルですが、この二人同様に別の存在同士という事で