魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「来るぞ」
異界の中、ナガレはそう言った。
両手で握る斧槍は異形の体液で刃を濡らし、柄には深紅の液体が絡みついている。
既に全身を負傷しており、その源泉が何処かは分からなかった。
細身ながらに筋肉が発達した胸には深く長い傷が幾つも付き、右肩の肉は大きく抉れていた。
「分ぁってるよ」
十字槍を構えながら、佐倉杏子もそう返した。
こちらも全身から血を流し、真紅のドレスを深紅に染めている。
杏子は左の太腿が柘榴のように爆ぜていた。膝も深く傷付き、赤い肉の裂け目の奥に血の色を塗られた白い骨が見えた。
両者ともに呼吸が荒く、内臓も痛めているのか吐く息には血の香りが混じっている。
されど黒と紅の瞳は戦意に燃え、生と勝利への渇望を宿してギラついた輝きを放っている。
振動。
異界の地面が揺れる。
そして並び立つ両者の前で、異界の地面が弾け飛んだ。
飛来する礫の奥に、巨大な孔があった。
深く昏い穴の淵には、無数の牙が生えていた。
「「うおおおおおおおらああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」」
似たような叫びを上げて、二人は斬撃を放った。
水平の斬撃は相手を巻き込みかねない斬線であったが、数ミリを残して相手に切っ先は届かなかった。
これまでの無数の訓練というか喧嘩というか、暇つぶしを兼ねた殺し合いで相手の間合いは把握しきっている。
切り裂かれる異形の巨体は矛先を逸らされながら、慣性のままに二人の間を通り抜けた。
口の真ん中を切り裂いた斬撃は太く長い胴体を切り裂き、末端にまで達していた。
黒い胴体の最後には、小柄で可愛らしい人形のような姿があった。
その口に胴体の末端は吸い込まれ、最後にはそこも真横に裂け、人形の頭部と可愛らしいピンク色の胴体が切り離された。
轟音を立てて倒れ伏す巨体。
その音と同時に、二人は跳んだ。
跳ねて空いた隙間に、巨大質量が激突していた。
寸前まで二人がいた場所は、巨大なクレーターと化していた。
その中央で、むくりと巨大質量が起き上がる。
粉塵の奥にあるのは、大きく開いた口から覗く巨大な舌と牙。
そして渦を巻いた二つの眼光が、二人を見上げていた。それが食欲に狂った眼差しだと、二人は確信していた。
「あいつ、完全に俺達を餌だと思ってやがる」
「はっ、ふざけやがって。餌はてめぇだって、思い知らせてやろうぜ」
異界の上空に、禍々しい黒翼が広がっていた。
ナガレの背から生えた悪魔を模した漆黒の翼は、彼と半共生状態の牛の魔女の使い魔で出来ていた。
その傍らには、真紅の外套の裾を炎で燃やして滞空する佐倉杏子の姿があった。
燃えた端から外套を再生させ、燃焼で生じる魔力を用いての飛行能力を彼女は数日前に体得していた。
その飛行のモチーフとなったのは、異界存在である彼の心の中で見た、深紅の外套を纏って飛翔する機械の戦鬼の姿であった。
「気に入ったかよ、それ」
「まぁね。紛い物だけどいい玩具だよ」
戦闘態勢に入りつつ、言葉を投げ合う二人。
その下方で複数の光が輝く。
それは一対の眼と、その下で輝く牙の列の光であった。
粉塵の中、それが幾つも見える。
「あいつっていうか、よ。てめぇら、だな」
彼の言葉が契機となったように、複数の柱が地上から伸びた。
すべて同じ形をしていた。
黒い蛇のような胴体をした巨体、末端の人形。
鮫のような貌と渦巻く眼。そして鋭く生え揃った牙の列。
魚であれば鰓に当る部位からは、人間の手を抽象化させたような巨大な手が伸びていた。
それが十体。
まるで投じられた餌に群がる池の鯉のように群がっている。その光景は悪夢以外の何物でもない。
そしてそれらは全て、滞空する少年と魔法少女を目指していた。
「まぁいいや。精々楽しもうじゃねえの」
「ああ。死ぬなよ」
「あんた、誰にモノ言ってやがる」
悪夢の光景に、両者は獰悪な微笑みを浮かべる。
そして即座に身を翻し、二人は漆黒と真紅の弾丸と化して魔女の群れへと襲い掛かった。
迫る獲物に向けて放った魔女の牙は、全てが空を切った。
その内の幾つかは、上下に分かれて宙を舞った。
切断された肉と噴き上がった血飛沫の奥に、悪鬼に等しい表情を浮かべた二人がいた。
されど魔女達は怯まずに応戦。
挙句の果てに破壊された同胞を喰らっている個体さえいる。
長い胴体に牙を立て、内側の異形の臓物を引き摺り出して喰らっている。
そういったものは二人にとって絶好の獲物であり、即座に惨殺されていく。
異界の中で繰り広げられる、異形の食物連鎖であった。
「おらよっ!!」
自らを狙った大顎を身を引て回避。閉じた大口を、杏子はサマーソルトの要領で蹴り上げる。
噛み合わされた牙同士が砕け、黒血と破片を撒き散らす。
その背後、更には左右から迫る複数の牙。
槍を構えた直後、開いた牙と顎に頬、そして眼球と鼻先が爆風と共に引き千切られた。
「危ねぇじゃねえか。散弾みてぇなので、んな遠くから狙うんじゃねえ!」
「こんなもんに、当たるタマじゃねえだろ!」
遥か彼方、魔女の群れを斧槍で刻みつつ火砲を放ったナガレへと杏子は思念を送った。
用済みになった手製の武器を投げ捨てつつ、思念を送り返したナガレの周囲で炎が躍った。
彼を包囲していた魔女の一体の頭部に、真紅の槍が突き刺さっている。
周囲の魔女に燃え移った炎はそこから発せられてた。
直後、槍が強く輝いた。
「あ、やべぇ」
その思念は杏子から届いた。彼もそう思った。
直後に光が炸裂した。
発生した衝撃が不可視の刃と化し、異形の群れを切り刻む。
吹き散らされる破片の中に、紡錘形に折り畳まれた黒翼があった。
翼の表面には、赤い障壁が張られていた。生き残った魔女が傷付きながらも、畳まれた翼を喰らおうと首を伸ばす。
その首の表面を、黒い乱舞が走った。
展開された翼による斬撃だと、十数個の賽子となった魔女が分かったかどうか。
「お前も大概じゃねえか!」
翼を広げたナガレは背後に向けて叫んだ。全身から白煙が昇っているが、彼的には軽傷の部類らしく怒った様子は無い。
「悪いって言っただろ!次は上手くやるさ!」
何時の間にか彼の背後には杏子の姿があった。
互いの死角を補うように背中を併せて周囲を見る。
上下左右、びっしりと同型の魔女たちがひしめいている。
全てが口から唾液を垂らし、赤い舌で牙を舐めている。
「こいつら…」
杏子は呻く。
初めての経験であった。
同じ形状の魔女が、これほどに大量に発生している結界に入り込むのは。
覚えているだけで、既に十二体は葬っている。
それなのに、現状はこれである。
減るどころか、増えているとしか思えない。
「ちょっと多過ぎるな。一掃するぞ」
対する彼は何時もの様子だった。
向かってくる敵を真っ向から叩きのめして殲滅する。
そのスタンスは、彼女が最も理解している。
少なくともこの地球上で、彼と最も交戦経験が多いのは佐倉杏子であった。
「ああ」
言い様、示し合わせたように両者は上空へ向けて飛翔した。
そこにいた魔女達の体内へと自ら滑り込む。
歯と舌で捉えられるよりも早く、それらを刃で斬り刻む。
続く肉や内臓も切り裂き、魔女の体内を抉り抜いて尾から抜けた。
末端の人形が、無残に切り裂かれて宙に舞う。
「あたしの勝ちだね」
「…ちっ」
先に魔女から抜け出たのは杏子であった。
軽口を叩きつつ更に上昇し、二人は下方を見た。
体内を蹂躙されて惨殺された二体を、同じ形をした魔女たちが貪り食っていた。
死にきれない巨体に容赦なく牙が突き立ち、先程と同じように喰らわれていく。
瀕死の異形は全身に牙を突き立てられ、既に喰う場所も無いという事か何体かはそこを抜けてナガレと杏子へと迫った。
それらの者達が見たのは、こちらに向けて右手を翳し、嘲弄の表情を浮かべた佐倉杏子の貌だった。
そしてそれらの背後で、真紅の光が生じた。
群れによって喰い漁られ、皮くらいしか身の残っていない一体の異形の体内から、その光は漏れ出していた。
「サザンクロス!」
杏子の叫びと共に発光が強まる。
その光は、上空の二人にも届いていた。
「ナイフ!!」
叫びと共に光が一気に噴出した。
手の平サイズの真紅の十字架の形を取った光は、異形の皮膚を切り裂き歯を砕き、眼球を抉り出し、鼻先を切り落として全身を切り刻んだ。
乱舞する十字架の暴虐がもたらす苦痛に呻く異形達。
それらに、新たな光が射した。
十字架が発する紅光と同じ赤の色であったが、より光量が強かった。
それは、太陽の色をしていた。
「「ストナァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」」
ナガレと杏子が叫ぶ。
彼が突き出して広げた左手の五指に、杏子は右手を重ねていた。
手を介して、杏子の魔力が彼に伝わる。
彼と半共生状態の魔女が彼の掌に魔力を籠める。
そしてナガレがその力を制御し、そして増幅させる。
「「サァァァァアアアンシャアアアアアアアアアアイン!!!!!!!!!」」
叫びと共に彼の掌で育まれた光が解き放たれる。
バスケットボール大の光球が、先陣を切っていた異形の鼻面へと激突する。
その瞬間、眩い光が炸裂した。
光を浴びた魔女の眼球は一瞬にして白濁し、次いで顔ごと蒸発し内側の骨格とでも云うべき形の輪郭を晒した。
それすらも熱によって消し去られ、魔女達は逃げる間もなく光に曝されて自らも光と化していく。
炸裂した光は、それを放った者達をも飲み込まんとして迫る。
光の貪欲さは、食欲に飢えた魔女たちをも上回っていた。
迫る光とは真逆の方へ、結界の上空の彼方を目指して黒翼を纏った少年は飛翔していた。
彼の左手は杏子の腰に巻かれていた。彼女の腹に触れた彼の手は血に塗れていた。
手と腹の間からは、血と粘液で光る桃色の管が覗いていた。
魂に刻まれた異界の技能を行使し彼に力を与えた対価と、魔女の体内に入った際に腹を貫いた牙による負傷により、彼女は限界を迎えていた。
胸の宝石は紅を押し退け、穢れた黒が色濃く渦巻いていた。
上空に開いた異界の出口に彼が飛び込むのと、高熱を纏った光がその背を撫で上げたのは同時であった。
ナガレは眼を開いた。直後に感じたのは身を苛む苦痛。
首に掛かる巨大な圧力。
そして腹に感じる柔らかい肉の感触と熱さ。
背中に感じるのは粘度の高い水の感触。その粘ついた感じと酸鼻な匂いから、血液である事は容易に分かった。
そして視界に映るのは、真紅の髪に真紅の瞳をした少女の顔。
言うまでも無く、佐倉杏子の顔だった。
彼から見て右側の眼は無残に潰れ、その下の頬は大きく抉れて内側の砕けた歯と歯茎、千切れかけの舌も見えた。
その他全身に傷を負い、紅のドレスも左胸が完全に露出する程に破壊されている。
その状態で彼女はナガレに馬乗りになり、その首を締めていた。
息は荒く、苦痛によるものか露出した肩が震えている。
酷い傷だが、加害者は他でもない自分である。
何故こうなった?と彼は考え、記憶を辿った。
①いつも通り、暇を持て余したので喧嘩がしたくなった
②グリーフシードが足りないと判明、魔女狩りに出動
③普段と違う気配の魔女結界を発見したので突入。同じ姿の複数の魔女と遭遇
④先程の経緯を経て結界から脱出。手際の良い魔女のお陰で大量のグリーフシードを入手
⑤浄化を行い負傷を治し、魔女に命じて魔女結界を展開
⑥ようやく喧嘩開始
の流れを思い出せた。
ああ、何時もの事だなと彼は口の端から血泡を吐きながら思った。
苦しいが、それ以外の感覚も彼を苦しめていた。
彼の腹の上に馬乗りになっている佐倉杏子。
スカート越しではなく、直接その中身が彼の腹に置かれている。
中身とはそのままの意味である。
倒れた彼を中心として、血の海が広がっていた。
彼と彼女の繰り広げた死闘によって、二人の身体から流れ溢れて交じり合った血の海である。
その紅が広がる一角に、千切れた下着が沈んでいる。
得物を用いての斬撃の最中、恐らくは胴体への縦切りを回避した時に外れたのだろう。
結果として、杏子は今、生の肉をナガレの腹の上に置いていた。
血でじっとりと濡れたシャツ越しに、彼は彼女の柔らかい肉の感触と、熱い体温を感じていた。
それが、彼にとっては堪らなく嫌だった。だからそれを止める為に、彼女に向けて手を伸ばした。
杏子の細首を、ナガレの右手が締め上げる。
杏子の殺意と戦意に満ちた貌に、苦痛の要素が追加される。
そして彼女も力を上げる。彼もまた呼応し力を増す。
互いに互いの首を絞めながら、二人は「これまごころのラストじゃねえか」と思い返していた。
ナガレはそこに親近感を、杏子は嫌悪感を抱いた。
そんな二人が行っているのは、どちらかの首が折れるか、苦痛に音を上げるかの我慢比べだった。
あと十秒もすれば、結果が出ただろう。
この両者は相手に弱味を殆ど見せない。故に後者での決着は有り得ない
故に前者で決着が着く。その筈だった。
ぐぅぅぅううううう
音が鳴った。腹の音だった。
それは杏子が発した音だった。
彼女の腹は破けて開き、内臓がでろりと垂れ下がっていたのでその音はよく響いた。
数秒が経過。その頃には両者は手の力を失くしていた。
杏子の顔から闘争に関する要素が消え失せ、血に染まった顔に羞恥の色が映える。
彼の腹の上で横たわる桃色の臓物を腹の中へいそいそと仕舞い、とりあえずという形で腹と顔の傷を塞ぐ。
そして更に数秒後、大きく息を吸って吐いて、こう切り出した。
「なぁ、ナガレ」
「なんだ、杏子」
極めて自然な風に、両者は言葉を重ねる。風にというより、これが普段の様子である。
「飯行こうぜ。たまには豪華に焼き肉とかさ」
「あー、それいいな。肉喰いてぇや、肉」
血塗れ且つ、負傷による肌の下の肉が見えた状態で両者は今後のプランを考え始めた。
よっ、と言いながら杏子は彼から身を離して立ち上がった。
彼と触れていた部分と杏子の肉が離れる際ぶ血以外の粘液が見えた事、彼女の腰が軽く震えた事を彼は見なかったことにした。
そう思っていると、杏子が手を伸ばしていた。
その顔は赤かったが、冷静さを取り戻していた。快感の頂点に至れて、今のところはその欲求を満足させたのだろう。
「手ぇ出しな、怪我人」
「お前もだろうが。俺は重いぞ」
「知ってる。魔法少女ナメんなよ」
一応の断りを、彼は入れた。几帳面というか、人間の善性の表われというか天然というか。
先程まで自分の命を奪い掛けていた手だが、躊躇いはなかった。
自らに伸ばされた杏子の手を、彼は壊さない程度に強く握った。
杏子もまた強く握り返し、彼の身体を力強く引いて引き上げた。
相変わらず、敵と味方の境が曖昧な二人だった。
何時も通り、これまでと変わらない様子である。
そしてまた、この二人の不健全で暴力的な、平凡な日常が始まるのであった。
漸く第二部開幕であります
今回出てない二人、キリカさんはお腹を膨らませて悦に浸り、麻衣さんはミラーズで殺戮に勤しんでいると思われます