魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
夜は十二時を廻っていた。
少し欠けた月が空に浮かび、街を青々とした輝きで照らしている。
その光景が、彼には一望できた。
風見野の廃教会、その天辺付近の屋根の斜面に彼は座っていた。
身長は百六十程度だが、彼の体重は身体の造りが異なる為か二百キロを超えている。
それでも元がしっかりとした造りなのか、経年劣化を経てはいても足場としての不安はなかった。彼自身も特殊な身のこなしで体重を分散させていた事もある。
夜風を浴びながら、彼は風見野の光景を眺めていた。
繁栄というよりは斜陽の気配が漂う風見野だが、それでも夜の景色は美しかった。
その光源の何割かが風俗店の外灯であったり、苛酷な残業に勤しむ企業の灯りであったとしても。
それもまた人の営みの一部だった。そして彼はその灯りに見覚えがあった。
此処と似た、そしてよりぎらついた輝きを放つ街。
新宿に。
その時背後から流れる風の流れが変わった。同時に足音を聞いた。
静かに振り返るナガレ。
視線の先にあったものを見て、彼の顔が硬直した。
「なんだよ。変なのものでも見たかい?」
そう言って、佐倉杏子は斜面を降りて彼へと近付く。
長い髪が夜風に揺れ、真紅の衣装を月光が染め上げる。美しい姿だった。
それはいい。
問題は、彼女の体型だった。
顔から胸までは変わらない。腰から足の爪先までも問題ない。
問題は、彼女の腹だった。
下腹部を基点にぽっこりと、柔らかな丸みを帯びて膨らんでいる。
彼にとっては見覚えがある姿だった。彼女の複製が、これの生き写しの姿となったのを彼は見ていた。
「ホラよ」
そう言って、杏子は魔法少女服の内側から中身を破裂寸前にまで膨らませたコンビニ袋を取り出した。
その中から適当に一つを取って彼に投げる。受け止めた鮭おにぎりは、彼女の体温を纏い生ぬるい熱を帯びていた。
そのまま何事も無かったかのように彼に歩み寄り、その隣に座る。
空いた距離は五センチも無い。何かの拍子に身体を動かせば、触れ合う距離だった。
「さっきの意味は?」
ジト目で隣、というか杏子を見ながらナガレはおにぎりのラベルを外して一口齧る。
「その顔が見たかったから」
にやにやとしながら、杏子はそう返した。
こちらは卵サンドを齧っている。
食べ放題の焼き肉屋で時間いっぱいまで散々に喰っておいて、まだ喰うらしい。
先程の杏子のそれは別として、両者の体型に変化は無い。
消化というか、即座に食物がエネルギーに変換されてるとしか思えない。
「似合ってたかい?」
「まぁな」
コピーに対しても思った事だった。性的な興奮の一切は無いが、命を宿した女の姿は美しいと思える感性を彼は持っていた。
「悪いね。本物の腹ボテ姿は見せられそうになくってさ」
「悪いも何も、人生設計は自由だろ」
「そうだね、自由だ」
そう言って杏子は空を仰ぐ。真紅の魔法少女の紅の視線の先には、煌々と輝く夜空があった。
「いっそ、今度腹破けたときにでも手ぇ突っ込んで取っ払っちまおうかな。あたしの子宮」
「治りそうだな」
「ははっ、だろうね」
夜空の下で、廃墟とは言え教会の上で繰り広げられる会話は不健全そのものだった。
笑いつつ、杏子は隣を見る。
おにぎりの最後のひとかけらを飲み込みながら、彼は夜の風見野を見ていた。
眼を半分開いてのその顔は、景色を懐かしんでいるようにも、寂寥を帯びているようにも見えた。
その姿に、杏子はハァと溜息を吐いた。熱い吐息だった。
「ほんと、あんたって奴は性癖破壊兵器だな」
そう言って、杏子は
「ほれ」
と言って彼に食べ物を差し出す。袋に入ったアンパンだった。
距離が近いので差し出すというか横に向けるというべきか。
「ああ、ありがとさん」
そう言って彼は受け取る。
袋の端を掴んだ。
その手を、アンパンから手を離した杏子が掴んだ。
「何してる?」
「肌を重ねてる」
事実だが、言葉としては性交の暗喩である。
手を緩やかに引いたが、杏子は彼の手を離さなかった。
「いい景色だよな」
「だな」
手を重ねたまま杏子は言い、ナガレも返した。無害そうなので、無理に引き剥がす気はしなかった。
「景色としちゃあ、悪くねぇよな。年々廃れてきてて、そのせいかどんどんロクデナシになっていく汚ぇ街だってのに」
「まあ、綺麗っちゃ綺麗だ。あと俺は隣の見滝原より、こっちのが好きだな」
「あんた、ほんと風見野好きだよな。郷土愛でも湧いたかい?」
「かもな。俺の故郷、新宿に似てんだよ」
「そっか」
素っ気なく、杏子は返した。しかしその心中は穏やかではなかった。
眼の前の街並みの中、光が炸裂して全てが消えていく。
一瞬、そんな幻視を浮かべた。いや、実際に彼女は見ていた。
無意識の内に幻惑魔法が発動し、彼女に風見野の街が崩壊する様子を見せていた。
その破壊のビジョンは、自分と彼の胸を槍で貫いて繋がった際に、精神世界の中で見た光景が元だった。
炸裂した真紅の光によって崩壊した場所は、彼が故郷と呼んだ場所である。
その上で風見野に故郷を重ねる彼の様子に、杏子は一つの決心をした。
それは話そうかどうか、迷っていた事であった。
決めた理由は、隠し事をしたくないという想いからだった。
「あたしさ。さっきの焼き肉屋で、周りの連中相手にキレかけちまった」
「そうか。でもよ、何もしなかったじゃねえか」
「邪魔が入ったからね」
邪魔という言葉に、彼女は胸の痛みを覚えた。
周囲から寄せられた小声の悪罵、穢れた欲情の想い。
魔法少女の感覚機能はそれらを鮮明に捉えていた。
それらを前に激情に陥りかけたとき、彼はグラスを素手で握り潰して猥雑な音を黙らせた。
その事について、彼は一切何も言わなかった。
何も無かったかのように彼女に話しかけ、そして会話と食事を重ねた。
それを邪魔と表現したことによる負の感情を自らの内に押し込めるように、コンビニの袋からペットボトルのお茶を取り出して一息に飲む。
500mlの水分が、まるで一気に蒸発したかのように杏子の体内に入り込む。
「それが無かったら、何してたか分からねぇな。魔法少女に変身して、殺しちまってたかもしれねぇ。あの店にいた奴、全員」
夜の光景を見ながら杏子は言う。紅い眼の先には、あの焼き肉屋がある
かなりの深夜まで営業している店なので、街を彩る光の一つになっている。
「してねぇだろ。お前は誰も傷付けてねぇ」
彼も街を見たまま杏子に言った。風見野を見る彼の眼に、一瞬刃のような光が掠める。
怒気を孕んだ眼光だった。
「…弱くなったな、あたしは」
「強さと関係がある話とは思えねぇな」
切って捨てるように彼は言う。思い出すなと、彼はそう言っているのであった。
彼女もそれは理解している。だからこそ、彼女は想いを吐き出したかった。
「あの音が、あんたがグラスをブチ壊した時、あたしはあんたの顔を思い浮かべたんだ」
記憶に踏み込み、彼女は語る。
前ではなく、横にいる彼の顔を見ながら。
「その黒い眼が、あたしを見てた。咎めてる訳でも、バカにしてるって感じの眼でもねぇのに、それがあんたの眼だと思ったら気分が萎えちまった」
杏子は溜息を吐いた。
「行動、ていうか衝動をさ。変えられちまったんだよ、あんたに。だから、弱くなったって言ってるのさ」
「生憎だが、俺は何もしちゃいねぇよ。こいつら相手に何かするのはバカらしいって、そう決めたのはお前だろ」
「まぁ、確かにバカらしいって思ったさ。あんな連中、ゴミでも散らすように吹っ飛ばせるからさ。でも、そう決めさせたのはあんただ」
「いや、だからよ。決めたのはお前だろ」
「あんたさ」
「お前だ」
「あんた」
「お前」
「ナガレ」
「杏子」
言葉を重ねる。しかし互いに譲る様子は無い。
「頑固だね、あんた」
「お前もな」
そう言われ、あーもう!と杏子は叫んだ。そして傾斜に背を預けて寝転んだ。
「あんた、妙に生真面目って言うか、主人公って感じなところあるよな」
「主人公ってのが何だか分からねぇが、俺に言わせりゃお前の方が俺よりよっぽど強ぇんだよ」
杏子は寝転がりながら、ナガレは座ったままに言葉を重ねる。
その二人を、風見野の夜風が弄ぶように撫で上げる。
冷たい夜風であったが、両者の高い体温を下げることは出来なかった。
特に今なお触れあっている手と手には、互いを溶かし合うような熱が宿っていた。