魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第12話 覚醒の時

「これを、まってた」

 

 

 十字を模した、ねじれた槍に身体を貫かれた佐倉杏子は、血染めの顔でそう言った。

 赤く染まった顔には、殺意や凶暴さと言った本能からの表情ではなく、彼女の確たる意思の元で作られた、獰悪な狂気に満ちた笑みが浮かんでいた。

 そして彼女を貫いた槍は杏子の背からは先端を出さず、その体内に完全に没していた。

 完全に異常な状況に、巨大な異形の騎士は右手で掴んだ槍をさらに圧した。

 

 槍は前進し、更に深く女体の内に没した。

 そして槍の前進は止まらなかった。

 槍は自ら進んで、杏子の体内を目指していた。

 

 騎士は両手で槍を握り締めた。止まらなかった。

 槍は手の表面を滑りながら、前へ向かって進んでいく。

 危機感を覚え、騎士は両手を離そうとした。

 離れなかった。

 

 何時の間にか、槍の表面は粘液状の物体で濡れていた。

 先程は滑ったそれが凝固し、膠のように手に張り付いている。

 

 

「逃がさねぇ」

 

 

 口の端から血を滴らせながら杏子は言う。

 槍は既に穂どころか柄に達しており、柄の直径は彼女の胴体を超えている。

 それが、杏子に触れる手前から形が蕩けて細まり、杏子の腹へと吸い込まれていく。

 

 捕食行為。

 彼女が異形の槍に、いや、赤紫色の異形の騎士に対して行っている行為はまさに捕食であった。

 40メートルを超える騎士の身体が、槍に貫かれている杏子に向かって引き摺られていく。

 杏子からの力は殆ど無い、どころか皆無。

 

 しかし泥の上に置かれた小石が沈みゆくように、物理法則に従うかのように槍は自ら杏子に向かって吞まれていく。

 ついに手元までが杏子へと沈んだ。穿孔が開始して、二十秒足らずの事だった。

 

 

「で、どうするよ。ええ?」

 

 

 苦痛に満ちた貌で、それでも獰悪な表情を崩さずに杏子は言った。

 騎士の身体が、嘶くように震えた。

 槍に指を曳かれながらも、強引に指先を広げた。

 

 鋭い爪を有した五指が、口から血を滴らせながら騎士を睨む杏子を包んだ。

 杏子の姿は完全に消え、五指が握り込まれる。

 指の間からは血が滴り、指の内側では肉が潰され骨が砕け、それらが合わさったものが餅のように捏ね回されていた。

 

 だがやがて、それが消えた。

 磨り潰し切る前に、忽然と消失したのだった。

 殺意で満ちた思考以下の思考しか持たない騎士に困惑が生じた。

 それは、子供が玩具を失くしたような感覚に似ていた。

 

 ふと、その身体が硬直した。

 指先は、その中にいる杏子を磨り潰したままの形で停止していた。

 その様子はまるで、祈りを捧げている様子にも見えた。

 

 異形の甲冑で全身を覆った騎士の中、二つの眼が開かれた。

 赤紫の毒々しい色に染まった髪の奥にあるのは、爬虫類の瞳孔のような感情の無い赤い瞳。

 異形の騎士の胸の中、残虐性の化身とでも言うべき杏子は縦横を赤紫色の粘塊に覆われた場所にいた。

 

 粘塊の表面からは泡が弾け、毒色の飛沫を飛ばしていた。

 その塊に背を預け、腰から下をその中に埋めている。

 赤紫の杏子は粘塊と半ば同化していた。これを介して、彼女は騎士と同化し動きを操っていたのだろうか。

 

 その背後、壁のように拡がる毒色の粘塊が大きく膨らんだ。

 そして一気に弾性張力の限界まで押し広げられ、先端が弾けた。

 

 顕れたのは血みどろの手に肩、血浸しのドレスを纏った胴体。

 そして、たっぷりと血を含んで濡れた真紅の長髪。

 最後に、血染めながらに美しい顔。

 

 

「よぉ。来てやったぜ」

 

 

 そう言って、赤紫杏子の背後の粘塊から半身を出した杏子は、両手を前に絡めた。

 赤紫杏子の胸と腹を、杏子は抱いた。

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

 赤紫杏子は叫び、胸に回されていた杏子の左腕に噛み付いた。

 牙のような歯が突き立てられたその瞬間、杏子の腕はどろりと蕩けた。

 

 形は壊れず、ただ赤紫杏子の歯と唇がその中へと沈んだ。

 口を杏子の腕の中に埋没させたまま、彼女は首を左右に激しく振って、言葉にならない声を上げた。

 

 引き剥がそうとするが、全くとして動かない。それでいて、顔が次々と腕の中に沈んでいく。

 既に鼻梁の大半が飲まれ、下瞼にも腕が接している。

 杏子の身体と触れている、または飲まれている部分からは、焼けた鉄のような熱を感じた。

 苦痛でも嫌悪感でもなく、ただただ熱かった。

 

 

「-----------------------------ッ!!!!」

 

 

 熱の中でくぐもった叫びを上げ、赤紫杏子は両手を背後の杏子の腹に押し付けた。

 そして魔力を発動。

 右手からは灼熱の光球、『ストナーサンシャイン』が、左からは掌に発生させた結界から放つ複数の槍、『異端審問』が放たれる。

 

 それらは杏子の肉を貫き、内臓を焦がして貫き…彼女の中に消えた。

 しかしなおも止めず、赤紫杏子はそれを何度も繰り返した。

 

 既に両眼も吸い込まれ、頭頂が僅かに見える程度まで頭部が飲まれている。

 そして次いで首が、肩が、胸がと吸い込まれていく。

 杏子の腕と、胸と、そして腹に。

 

 やがて両腕の手首だけが残り、その状態でも破壊が行使されていた。

 槍は体内で縦横を問わずに展開され、蕩けた肉体を貫いた。

 

 最後の足掻きか体内の槍は溶けるのが遅く、体内で何度も新しい槍として生成された。

 一本の槍の柄から何本も槍が生まれ、枝葉を別れさせながら杏子の体内を切り刻む。

 

 腕は勿論の事、腹に下半身に、更には顔の内側や頭の中に至るまでが刻まれた。

 それはまるで、体内で際限なく生え続ける針の群れだった。

 

 だがそれは、所詮は最期の足掻き。

 

 それらもやがて、杏子の肉の内で蕩けて消えた。

 消えた後には、苦痛だけが残った。

 

 赤紫杏子の全てを体内に収めた杏子は、大きくため息を吐いた。

 吐かれた息は白い蒸気であり、濃厚な血と胃液の香りがした。

 

 

「…手間かけさせやがって」

 

 

 疲労そのものと言った声だった。

 しかし、まだやるべきことが残っていた。

 熱病に犯されているような気だるさを振り払い、杏子は腰から下を覆い隠している毒色の粘塊に手を触れた。

 粘塊は、杏子に触れた個所から杏子の身体に吸い込まれていった。

 

 そしてそれは更に続いた。地面が、壁面が、全てが杏子に向かって落ちていく。

 莫大な質量が、杏子の身体に取り込まれていく。

 

 手だけではなく、杏子の全身に向けて、周囲を構成するあらゆる物体が触手の様に伸びて触れた。

 杏子の身体自身が強大な重力を発し、全てを取り込んでいるかのようだった。

 

 その姿はまるで、大勢の人間に寄って集られて肉を貪られる様か、または性的な陵辱を受けているようにも見えた。

 しかし杏子の顔には、苦痛がありつつも、牙を剥き出しにした表情があった。

 喰われるのではなく喰う側の、捕食者の笑みがそこにあった。

 

 やがて、内部のものは全て取り込まれた。

 最後の壁面が、彼女に向かって蕩けて流れていく。

 壁の厚みが減り、そして孔が無数に空き始める。

 外の世界を覆う、白煙で覆われた世界が見えた。

 

 異形の騎士の頭部がぐしゃぐしゃになりながら杏子に取り込まれ、胴体や下半身も飲まれていった。

 最後に、先程「食べ掛け」だった槍が杏子の腹に飲まれた。

 

 そして足場を含めて全てを喰い尽くした杏子は、静かに異界の地面に降りた。

 疲労感は更に濃くなり、全身が鉛のように重かった。

 

 茫然としたように、辛うじてといった具合に杏子はふらつきながらも二本の足で立っていた。

 右手で魔力を使い、斧槍状に変形した愛槍を呼び出し杖として地面に突き刺す。

 あと数秒遅かったら、倒れてただろうなと彼女は思った。 

 しかし、今の彼女に休んでいる時間はなかった。

 

 次に何をすべきかは、身体と魂と、本能が教えてくれた。

 心の赴くままに彼女は身体を動かした。

 

 顎を上げるだけでも、莫大な苦痛を感じた。

 全身を血に染め、体内に熱と痛みを我が子のように宿した杏子は、白で覆われた世界の空を見た。

 月明かりのような光が見えた。

 

 その光は杏子の目の前で輝きを増していった。

 杏子はそれを求めるように、左腕を伸ばした。

 自らの半身を喰らった腕を。

 

 伸ばした手の先から、杏子の姿は光に包まれていった。

 光の中。

 これで終わりだと、彼女は思わなかった。

 これが始まりであると、彼女は確信していた。

 

 白い光に包まれる杏子の瞳の中、赤と紫の光が見えた。

 それは渦巻く暴風のように揺れていた。

 暴れているような様子はまるで、彼女の中から出たがっているような、杏子から逃げたがっているようにも見えた。

 

 黙らせるように杏子は眼を閉じ、再び開いた。

 そこに赤紫の色はなかった。

 ただ、真紅の輝きが宿っていた。

 

 苦痛の表情のままに杏子は微笑んだ。満足そうな笑みだった。

 

 

 

 

 

 














久々の更新となりました

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