魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第6話 紅黒乱舞④

異界の地面の上に、傾いた十字架が転がっていた。

真紅の縁取りの真ん中には、四肢を拘束された道化がいた。

咎人の左手と足を拘束する部分が異界の床に触れ、十字はバツ印と化していた。

あたかも、不良品の烙印を押されているようだった。

 

「な、なんだぁ…」

 

魔女で口を塞がれたまま、道化が呟く。

道化が口をもごもごとさせる度に歯で小突かれ、口中の魔女は奇声を発した。

 

「なんなんだよ、あいつら!?」

 

声にならぬ声であったが、それを正常に記すと上記となる。

既に数十回ほど繰り返した思考であった。

 

道化が転がる場所の地面は、ガラスや金属の表面を思わせる滑らかさと硬質感を湛えていた。

それが、ある地点から変容していた。

無数のヒビや断裂が、道化に差し迫るかのように、道化から見て奥の方から伸びていた。

更に奥に進めば、数十センチからメートル単位の深さの円形状の陥没が幾つも生じ、

金ヤスリやおろし金に似た粗々しい断面を晒している。

それは無数の牙の群れが、餌食を求めているかのようにも見えた。

『あいつら』はその上にいた。

 

「ハァッハハハ!」

「おらよ!」

 

影の一つが、哄笑と共に両手を振った。

もう一つの影も、似たような挙動で返した。

振られたものの種類は同じく、されどサイズと形状が異なっていた。

 

赤光の線を引いて、少女を基点に大円を描いた六振りの斧の斬撃を、

漆黒と白銀の光を煌かせて振られた、巨大な両刃の斧が迎え撃った。

 

激突の結果、赤黒い欠片となって砕け散ったのは魔法少女の魔斧であった。

しかし、少年は背後へと飛ばされていた。

二秒ほど飛翔した後、その口からは苦鳴が漏れた。

少年の背が激突したのは、嘗ては異界の地面の下であった部分であった。

何によるものか、無残な破壊により地から切り出され、巨岩のようになっていた。

見れば、周囲にはいくつも似たような塊が転がっている。

 

衝撃を契機としたか、彼の額より一筋の紅が垂れた。

それはそこだけにとどまらず、上着の裾からも溢れ出した。

先程、苦鳴を吐き出した口元も、そこから覗く白い歯を深紅に染めている。

 

それを見た黒い魔法少女の唇に、残忍な円弧が浮かぶ。

 

「寂しい思いはさせないよ、友人」

 

口調だけは親し気だが、既に両手に獰悪な凶器を携え、体は追撃に移らんと身構えている。

そのキリカの視界に、紅の影が掠めた。

その直後には、眼の前へと迫っていた。

人型の火柱が、黒い狂気の前に立ち塞がる。

呉キリカは溜息を吐いた。

 

「…年下の、先輩であり後輩でもある我が同胞よ。空気を読む事を覚え給え」

「うるせぇ!このゴキブリ女!!」

 

真紅の魔法少女が槍を振い、黒い魔法少女の魔斧が迎え撃つ。

魔法少女同士の激戦が展開され、互いの得物が掠めた周囲の塊が、

鋭利な断面を見せて次々と切断されていく。

 

「よくも友人で遊ぶのを邪魔したな。

 さささささほどではないが、流石に私も君に不快感を覚えたよ」

「なぁにが『流石に』だ。頭に蛆が湧いたようなことばっかほざきやがって」

 

呉キリカが斧を振う度、佐倉杏子が槍を見舞う度に異界が砕け、

引き裂け、ヒビが亀裂となっていく。

杏子の槍の切っ先がキリカの手の甲を抉り、斧が肉ごと落下する。

キリカより発せられる不可視の魔法、速度低下を自身の強化で強引に振り払い、

杏子は槍を振い、突きの連打を見舞う。

 

「グリーフシードはさささささから調達したのだろうが…無理をするものだ」

 

皮の下の桃色の肉に黒い燐光が映えた次の瞬間、新しい皮膚と手袋と共に、

三本の魔斧が出現した。

即座に振るい、真紅の魔法少女と切り結ぶ。

 

「其処までして、玩具をとられるのが厭なのかい?」

 

玩具とは、己が友人と呼ぶ黒髪の少年の事だろう。

さも不思議だとばかりに首を傾げての問いに、杏子の心中で炎が弾けた。

 

「いちいち…」

 

にやけ面を浮かべた同類へと、杏子が呟いた。

キリカが返事を紡ぐために口を開いた刹那、彼女の身体は逆海老反りに跳ねていた。

苛烈な一閃が、キリカが見舞った斬撃ごと、彼女を弾き飛ばしたのだった。

 

「言う事が気持ち悪いんだよ!!この…」

 

仰け反った細い体が、その逆の動きを描く前に杏子はその懐へと跳んでいた。

 

「ゲテモノ魔法少女!!」

 

怒りの咆哮と共に、真紅の槍が突き出された。

それはキリカの腹の真ん中を貫き、一瞬で背後に抜けた。

そして即座に引かれた。

だがすぐにまたその傍らが貫かれた。

それが十数回と繰り返された。

 

キリカの胸から腹にかけて、一瞬にして大量の孔が穿たれた。

背からは鮮血と肉と、背骨の欠片が放射状に飛び散った。

苛烈な衝撃により宙に浮いたその様は、異形の翼を生やした、異界の天使のようだった。

グロテスクでありながら、どこか美しい姿でもあった。

 

だが杏子の頭には、美を感じる気も余裕も無かった。

速度低下に抗う為に行使させる魔力の消耗が激しく、肉体の再生は後回しにされていた。

それ故に佐倉杏子は全身に傷を負い、それらからは鮮血が滔々と溢れ出し、

異界の地面に滴っている。

軽く身体を動かすだけで、意識が朦朧としていった。

彼女を支えているのは、強靭な精神力に他ならなかった。

倒れかける度に、脳内で道化の哄笑が聴こえた。

『死んでろ間抜け』と、地に伏せた自分を見降ろしながらドヤ顔でほざく少年の顔の幻視が見えた。

前者はまだしも、後者は彼女の創作であった。

 

兎も角として、それらは杏子が倒れることを幾度となく救った。

「こいつらを滅ぼすまで、死んで堪るか」と、杏子は思っていた。

 

「おらぁあああ!!!」

 

殊更に強い叫びを放ち、裂帛の突きが放たれた。

だがこの時には既に、槍の穂の前面に複数の鋭角が群れを成していた。

 

「謂ってくれるじゃないか…この、クソガキ」

 

斧を半分ほど砕かれつつも、キリカは杏子の槍を止めた。

黄水晶の瞳には相変わらず虚無が浮かんでいたが、その声は怒りを孕んでいた。

言葉を紡ぐ口からは、毒々しい色の血泡が零れた。

豊かな胸元の白いレースを、赤と黒が無残に穢す。

 

「逃げるなよ」

 

口から血泡を吹いたままに、キリカはゆっくりと、まるで何かを教えるかのように言った。

胸と腹の傷に黒い燐光が走り、治癒が開始されていく。

そしてそれは、一瞬で完了していた。

異常な治癒力は、衰える兆しすら見せていない。

 

白い肌によく映える鮮血、同類というか人間とは思えない狂気の思考、

更には理不尽なまでの不死性を前に、杏子は古の怪物の姿を連想した。

そしてそれは奇しくも、彼女もまた同様であった。

 

「ヴァンパイア…」

 

血塗れの口が、血に飢えた不死の種族の名を口遊む。

地の底から、冷たい土の中に埋められた棺から発せられる呻きのような声だった。

声以上に、槍から伝わる魔力に悪寒を覚え、杏子は退避を選んだ。

 

「ファング!」

 

叫びと共に、キリカの両手が漆黒の光に輝いた。

直後、光を喰い破り、赤黒い波濤が杏子の元へと殺到した。

 

「この…化け物がっ!!!」

 

悪罵と共に杏子が槍を旋回させ、二つの波濤の切っ先を弾いた。

僅かにそれたそこに、多節棍と化した槍による、紅の縛鎖が襲い掛かった。

縛鎖が捕獲したのは、連結した斧だった。

一直線に連なった斧は、正に無数の牙の列であった。

 

「緩いな」

 

キリカの声と共に、赤黒の牙ーーー「ヴァンパイアファング」に更なる魔力が宿る。

牙の太さ、長さが共に倍加し、紅の拘束を一噛みに砕いた。

拘束を振り払った牙は、貪欲に新たな贄を求めた。

真紅の魔法少女へ、佐倉杏子の元へと降り注ぐ。

槍と牙の激突する金属音が聴こえたのち、軌道を逸らされ勢い余った牙は、

異界の地面と接触するや、易々と地を穿った。

 

「そうれっと」

 

両手から長大な凶器を出したまま、キリカは軽く腕を振るった。

地を抉る牙の群れが旋回し、地面を軽々とくり抜いた。

あまりの衝撃により宙に浮いた岩塊の直径は、十メートルを軽く越えていた。

それさえも、無数の牙の旋回に巻き込まれ、一瞬にして木っ端微塵に打ち砕かれる。

周囲の破壊の原因の大半は、呉キリカが放ったこれによるものだった。

 

やがて異形の牙は蹂躙を終え、主の元へと巻き戻される。

周囲に異界の粉塵が巻き上がり、異界の靄が立ち込める。

その先に薄っすらと見える戦場の光景も一変していた。

それまでそこにいた筈の、真紅の魔法少女の姿も消えていた。


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