魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第6話 紅黒乱舞⑥

ぶつんと云う音が鳴った。

ごく小さな音であるのに、それは聞くものの耳に何時までも残るような、

そんな粘着性を宿した音だった。

 

呉キリカの発達した犬歯がナガレの肌を突き破り、赤い雫を浴びていた。

上顎のものは首筋に、下顎の方は喉元に。

傷を与えたのは、その四本のみだった。

 

「邪魔だね」

 

その意志は、彼の精神に直接届いていた。

テレパシーというやつだろう。

 

「佐倉杏子の綽名は、間女2とでもしようかな」

 

顎の力を込めながら、思念にてキリカは続けた。

彼女の白い歯に、紅い菱形が触れていた。

それがナガレの首自体を締め上げつつ、キリカの歯の侵攻を妨げている。

だが菱形の隙間を縫って届いた犬歯によって、彼の喉は鮮血に染まりつつあった。

 

「まぁいいだろう。その、なんだ。些細だ」

 

彼の首を噛みながら、キリカはにぃっと唇を歪めた。

魔法少女の咬筋力が、紅の呪縛ごと彼の喉を潰しに掛かる。

犬歯に触れている紅の一部が、乾いた音を立て割れた。

彼の喉は潰れるのか、千切られるのか。

どちらにせよ、あと数秒しか持たないだろう。

 

鮮血色の唇を他者のそれで染めた黒い魔法少女は、数センチ先で渦を巻く黒を見た。

渦の中心を追うように、黄水晶の瞳がそこを凝視した。

渦を巻いているのは、少年の黒い瞳であった。

首の圧搾にほんの僅かな緩みが生じたのは、その時だった。

 

異物に貫かれた肩が上げられ、傷付いた左手が魔法少女の首へと回った。

後頭部を抱くような、それは見様によっては、慈しむような絡まり方だった。

 

並行し、残る右手が動いた。

少年の手は水平に伸ばされていた。

手刀の形であった。

直後、そこに閃光の速度が乗せられた。

ざしゅっという音が鳴った。

右手が手前に引かれた直後に生じたものだった。

 

「ほんとに…ここが好きだな…きみは」

 

口から血泡を吹きながら、明瞭な発音でキリカが告げる。

裂傷から血線を引きつつ打ち放たれた少年の手刀は、キリカの豊かな膨らみの下の鳩尾を抜け、

黒と白の布を引き裂き、その下の柔らかい皮膚を貫いていた。

絶え間なく溢れる新鮮な血潮が、少年の半身を染め上げ、両者の間に濃厚な香りとなって立ち昇る。

肉と骨を抜けた先に、脈打つ心臓が待っていた。

魔法少女の首に回されていた手に力が籠り、更に強く抱き寄せる。

 

それが最後の一押しとなった。

内臓の弾力性など意に介さず、まるで水であるかのように、

キリカの心臓はナガレの指に貫かれていた。

はぁ、というため息を被害者は加害者へと送った。

 

「甘えたい年頃なのは分かるが、私達には無意味だよ?」

 

甘ったるい香りと響きが乗せられた声に、柔らかな女体を貫く少年の唇が小さく痙攣した。

開きかけた唇の奥で、血に染まった歯が食い縛られた。

苦痛の叫びを噛み殺したのだった。

この時、女体に身を埋めた少年の右手を何かが貫いていた。

角度はほぼ全方位から無数の針が彼の手へと殺到していた。

針の形状には、キリカの手から生じる斧の面影が宿っていた。

 

肉が刻まれる感触から、ナガレもそれを感じ取った。

キリカは自らの肉を、魔力で変成させたのであった。

その状態で、彼の両手に宿る力はその強さを増していた。

 

「捕まえた」

 

少年の顔に浮かび上がり、そして口から漏れたのは、

正気のままに形成された狂気の声と表情だった。

 

 

ひゅん、ひゅん、ひゅん。

 

 

キリカの鼓膜が、そんな音を捉えた。

空気が切り裂かれる音だった。

そしてそれは、自らに迫りつつあった。

 

「きひっ」

 

黒い魔法少女が漏らした一声は、悲鳴かそれとも嗤いの一種か。

その直後に、キリカの背から縦一筋の朱線が飛んだ。

少し遅れて、彼女の身の半ばを横一文字の一閃が走った。

縦と横で交わる二つの朱線が、彼女に紅の十字架を背負わせた。

 

「かはっ…」

 

潰れた肺が絞り出した最後の一息のようなそれに、彼は苦痛の響きを感じ取った。

同時に、魔法少女の体内にある右手の痛みが熱へと変わった。

そして血染めの唇の拘束が彼の首から離れていた。

間髪入れずに、ナガレは頭突きを見舞った。

キリカの額を打ち抜き、背に十字の傷を負った魔法少女が衝撃によって後退する。

 

空いた隙間から、二つの円が彼の元へと飛来した。

両肩を穿つ魔の牙の破片も、キリカの苦鳴が生じたときに消え去っていた。

ロクに狙いも定めずに、彼は手を振った。

ぱしっという子気味のいい音と共に、冷え冷えとした輝きを宿す二丁の斧が、彼の両手に握られていた。

二つの斧には、刃と腹の部分に浅い傷が刻まれていた。

キリカはそれに見覚えがあった。

 

「芸…達者…だね」

 

少年の血で染まった歯を、寒さに震えるようにがちがちと鳴らしながらキリカが告げる。

蒸気のように、口からは苦痛が漏れていた。

 

「あぁ…散々投げたせいで…生身でも覚えちまった」

 

ナガレもまた、喉に空いた四つのうじゃじゃけた傷口から血を垂らしながら返した。

首の戒めであり守護の呪縛も消えていた。

血の流出を妨げるものは何もない。

 

そして彼の手は傷口を押さえるよりも、強敵に歯向かう武器を携えることを選んでいた。

だが刺し刻まれた右手は、骨も神経も、何もかもがずたずたになっている筈だった。

武器を握れるはずもない。

 

その表面で、黒い靄が蠢いていた。

「ずたずた」の間に這入り込み、神経と骨を繋ぎ合わせ、皮膚の代わりに表層を覆っている。

仮初の手を与えられた彼の背後に、巨大な槍斧が横たわっていた。

斧の中央に浮かぶ虚ろな眼が、少年の背を見つめている。

視線に宿る邪悪な意思が何であるかは、異形本人にしか分からない。

 

その上に影が落ちた。

そして地面に、そして少年に。

 

血みどろの少年の背後から、何かが姿を顕した。

細く華奢な印象で、されど巨大な質量を有する全身が見る間に上昇し、

異界の光を遮る巨体がキリカの視界を埋めていく。

 

「…でっかいね。それは…君の不安の現身かい…?」

 

それはとぐろを巻きつつ上昇し、地上二十メートルほどの高みにて動きを止めた。

鎌首を曲げた蛇のように、鋭利な先端の矛先は地に這うものを見つめている。

 

大型車ほどもある紅の十字架の上に、真紅の光が灯っていた。

光は人の姿をしていた。

 

「こいつで…」

 

声の主もまた全身に傷を負い、溢れ出した血が全身に黒い斑を作っている。

地を這う者たちと似た様相だった。

 

「黙らせてやる!!」

 

足元の巨槍と同じ形の槍を携えつつ、真紅の魔法少女が飛翔する。

その後を紅の槍が追った。

槍が主を追い抜かし、黒い魔法少女へと迫った。

 

黒い魔法少女と対峙する少年の横から、小柄な影が飛び出した。

 

「ひ、きゃぁあああ!!!!!」

 

槍が少年の傍らを通る寸前に、奇声と共に細い手が少年の腰に絡みつき、

彼を真横へと押し倒す。

言うまでも無く、実行者は道化であった。

異界に身を横合いに打ち付けた時に、ナガレは苦鳴を放った。

道化を避けるほど、というよりも巨槍の接近に対応できないほどに彼は憔悴していたのであった。

顔の前で歪んだ少年の顔を、道化は早くも歪んだ視線で見つめていた。

更に、しなやかな血塗れの腰に触れる手つきもいやらしい。

邪悪さと欲深さで言えば、彼女は異形に負けてはいない。

 

「ひぎっ!?」

 

その顔が苦痛によって更なる歪みを付与された。

道化の剥き出しの背中に、黒い塊が突き刺さっていた。

菱形を描いた結晶らしきものから、斧の刃が突き出ていた。

 

「そこを動くな、我が参謀」

 

冷たく言い放ったキリカの両手に、再び得物が纏われた。

人間ならともかくとして魔法少女なら軽傷の傷に、

「ひぎゃあ」「ぐぇえ」と泣き叫ぶ参謀を意に介さず、黒い魔法少女の両手が霞む。

その瞬間には、迫る槍との間を赤黒い波濤が埋めていた。

 

紅黒の刃が一閃し、受けた槍は真一文字に裂けた。

だがそれは破壊に依るものではなかった。

接触の前に、槍は自ら身を裂いていた。

 

生じた隙間が更に開いた。

口だ、とキリカは思った。

そしてその口を有するものが何かも。

魔法少女は、自らに迫る槍に幻想の怪物の姿を見た。

 

「竜…か」

 

そう評して微笑んだキリカの顔を、閃光が叩いた。

鮮烈な赤の光は、万物を焼け焦がす熱が宿っていた。

 

光に触れた長大な吸血の牙は、接触面から溶け崩れた。

黒い魔法少女の身体を巨人が愛でるが如く、光がキリカの全身を撫で回す。

服は溶け、肌が爛れる。

傷口から流れ込むものや、気道に吸い込まれる息は炎となっていた。

地獄のような灼熱の中、少女の唇が歪みを見せた。

熱による肉の収縮のものではなく、自らの意志によって。

 

閃光の一角に亀裂が生じた。

裂け目を割り、黒い魔法少女が上空へと飛翔していた。

熱に愛された全身からは、朦々と黒煙が昇っている。

通常時よりも更に黒の面積の増したその姿は、絵物語の悪魔の姿を思わせた。

だがそれでも、肌が無残に焼け爛れようが、彼女は美しかった。

自らから剥離する炭化した皮膚や衣を鱗粉として、巨大な蝶のように舞っていた。

 

飛翔した先で、キリカは異界の光源を背負った十字架を見た。

それは人の肉で出来ており、魔の法衣を纏っていた。

佐倉杏子は、手にした十字架を突き出した。

呉キリカは魔斧を振った。

 

両者の身に、無事な個所などない。

だがそれを全く感じさせぬほど、一対の魔の肉体は正常に作動していた。

刹那の後、命の火花が散った。

 

砕け散る斧と槍の穂の一部が、宙に舞った。

それらはまるで仲の良い友人同士のように、相手の身に己を絡ませていた。

破壊の落し子達の中心に、槍に胸を貫かれたキリカがいた。

その両手は肘の辺りから切断され、主に先んじて地に堕ちていた。

 

そして彼女たちもまた、地へと落下していく。

 

「魔法少女同士は、しんどいね」

「あぁ、全くだよ」

 

落ちながら、両者が短く言葉を交わす。

行為は別として、不思議と悪意のない会話であった。

その時、杏子の槍が輝き始めた。

 

「魔法少女ってのは、救いがねぇ存在さね。楽に死なせてももらえねぇ」

 

会敵の際、道化が言い掛けた言葉が杏子の脳裏に木霊する。

『簒奪』という言葉が。

気に入った訳ではないが、それがぴったりだと彼女は思った。

 

全て奪いつくしてやると。

眼の前の同類の命を、魂を。

果てしない戦いを、ここで終わらせる為に。

 

「だから、何度でもくたばってもらうまでさ」

 

疲弊感で出来たような、それでいて力強い言葉であった。

それに対し、キリカは顔を綻ばせた。

こればかりは、杏子ですら可愛いとさえ思えるほどの、朗らかな笑みだった。

穂先を黒い魔法少女の肉体に埋めたままに、紅の簒奪者の熱線が槍の先端より撃ち放たれた。

 

 


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