魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第31話 母を求めて③

 佐倉杏子は眼を開いた。

 光より前に、鼻孔が甘い香りを捉えた。

 自分の身体から発せられる匂いだった。

 普段は意識していなかったが、いつも感じる体臭は不快ではないがどこか塩気を孕んだような、そんな匂いだった。

 今はそれが微塵も無い。

 もぎたての果実のような、気を和やかにするような匂いを感じた。

 

 

「お疲れさん」

 

 

 開いた眼が最初に見たのは、こちらに顔を向けたナガレの顔だった

 少し心配そうな彼の顔の奥に、電燈が見えた。

 次いで体の感触に意識が寄った。

 寝かされている事に気付いた。体を覆う毛布を退けながら上体を起こす。

 

 

「風呂に入って疲れるって、どういうコトなんだかな」

 

 

 杏子は自嘲気に笑った。

 しかしそれでいて、肉体的な疲労は皆無。寧ろ爽快極まりない。

 身体の汚れと共に、心を蝕む毒も吐き出された様な、そんな気分だった。

 

 

「にしてもまぁ……随分とキレイになっちまって」

 

 

 垂れ下がる長い赤髪を右手で摘まみ、杏子は言った。

 自画自賛にも聞こえるが、杏子は自分の髪の様子に心底驚いていた。

 艶々と輝く、赤い絹のような赤い髪。

 手触りは柔らかく、一方でしっとりとした硬い質感も備えている。

 髪の一本一本までが滑らかで、少しなぞるとさらさらとした感触と共に細かい粒子の砂のように流れる。

 そこで杏子は動きを止めた。自分に寄せられる視線に動きを奪われたように。

 

 

「…恥ずかしいから、あんま見るなよ」

 

「なんでだよ。可愛いじゃねえか」

 

 

 悪意のないニヤついた笑いと共に放たれたナガレの言葉に、杏子は反射的に拳を突き出した。照れ隠しである。

 彼の顔面を狙ったそれは、ナガレが首を少し引くだけであっけなく躱された。

 当たれば彼の顔面はネギトロばりに砕けていたが、どちらも慣れたものである。

 

 杏子は当てる気はそんなに無く、彼も受ける気は無いし受けたら死ぬ。

 日常の一部で無意識の内に命を奪い合う関係。

 異形だが、これが二人の平凡な日常なのであった。

 このことに関して、疑問も何も抱いていない。

 

 

「…可愛い、か」

 

「ああ。可愛い」

 

 

 そう言われ、杏子は自分の姿を見た。

 見るのには少し勇気が要った。

 黒と白のフリルが見えた。

 フワフワとした、まるで上品なお菓子のクリームのような膨らみ方。

 

 

「ゴス衣装…ってヤツか」

 

「邪王心眼のに似てるな」

 

「言うなよ。っていうかそのものじゃねえか。キリカの奴、覚えてやがれよ」

 

 

 呪詛を吐く杏子。表情が愛憎と喜怒哀楽入り混じり複雑そのものとなっているのは、彼からの評価と恥ずかしさ、そして元の持ち主への嫌悪感によるものだ。

 風呂場での『洗体』ののち、杏子はこれに着替えさせられていた。

 元の服は選択に回され、今は主同様に汚れを落とされて乾燥される時を待っている。

 風呂場を出ても身体を覆う女体の感触は、杏子の自意識を一時的に奪っていた。

 その間に手早くてきぱきと、キリカの母は杏子に服を着せた。

 結果が今の状態である。

 

 

「加えて…コレときたもんだ」

 

「似合ってるぜ。ほんと」

 

「ネギでも振り回す練習しようかねぇ」

 

 

 皮肉気に言いながら、杏子は両手で赤髪を弄ぶ。

 普段は背後に回されている長髪が、今は彼女の頭の両サイドから伸びていた。

 ポニーテールからツインテールへと、髪型がチェンジされている。

 髪を束ねるのに用いられているのは、闇のように黒い細リボン。

 服同様、誰の趣味かは一目で分かった。

 

 それによる負の感情が、ナガレから受ける高評価を皮肉の吐露へと変えている。

 あいつは此処にいなくてもあたしの心を穢しやがる、と杏子は思った。

 何を勝手な、といった意見だが、杏子はそれほどにキリカが嫌いなのだから仕方ない。

 

 

「服が小鳥遊で髪型が歌姫か」

 

 

 ナガレが現状を呟く。

 反射的に、もう一発殴ろうかと杏子は思った。

 こんな格好と髪型に自分がなるなど、予想も予測もしていなかった。

 恥ずかしさのあまり、今すぐ虚無に還ってしまいたいと彼女は思った。

 

 

「それをやるのがお前じゃな、可愛いに決まってる」

 

「あああああああああああ!」

 

 

 杏子は叫んだ。恥ずかしさと嬉しさで。

 割合は7:3。なので彼女は打撃の嵐を彼に見舞った。

 彼は事も無げに躱し、或いは手先で殴打の矛先を逸らして無害化する。

 杏子の動きが羞恥心によって大分粗く、また衣装の破損を嫌ったものだったので御しやすかったのである。

 

 ふぅふぅ、と杏子は肩で息をした。

 そうしていると、腹が鳴った。

 腹時計を確認してから、室内の時計を探して時間を見た。

 

 

「九時か…六時間も寝てたのか、あたしは」

 

「でも飯ならあるぞ。明日礼を言っておきな」

 

 

 ナガレが指差した先には、ラップで包まれた複数の皿とお椀が見えた。

 透明な膜の奥に見えるのは、白米とサラダとから揚げ、そしてクラムチャウダーであった。

 ラップの裏側には蒸気が溜まり、それらが熱を保っている事が伺えた。

 どうやら配膳されて、大して時間が経っていないらしい。

 

 

「かずみは?」

 

「一階の部屋で寝てる。キリカのお袋さんと一緒にな」

 

 

 所在を確認でき、杏子はホっとした思いを抱いた。

 その一方、一つの事実に心が硬直した。

 

 

「お袋…そう言ったのかい?」

 

「ああ」

 

「それって、玄関であたしらを出迎えてくれた…」

 

「そうだよ。あの人が」

 

「いやいやいやいやいや」

 

 

 おかしいだろ、若すぎる。

 突っ込みが杏子の脳裏を駆け巡る。

 それを察し、ナガレもどうしたもんかなと言った表情を浮かべた。

 キリカ曰く、自分の母は30になったばかりだと。

 単純な逆算で、娘を宿したのは15の頃。

 

 今のキリカと一つしか違わない時である。

 年齢的には熟れた年頃だが、外見的には二十代の半ば。前半と言っても通じるだろう。

 一時の母で夫を持つ大人の女であり、そして若々しいに過ぎるキリカの母であった。

 この事実を言われるまで、杏子は彼女の事をキリカの姉と思っていた。

 その年齢差は五歳くらいかなとも。

 

 また身長で言えば、148センチのキリカよりは大分、160センチの杏子とナガレと比べたら少し大きな165センチくらいであった。

 この少しの差が、杏子にはかなりの差に思えてならなかった。

 それを誘発させているのが、先程の湯船での出来事だったが。

 

 

「………」

 

「おーい、佐倉さーん」

 

 

 それを思い返すと、思わずぼーっとしてしまう杏子であった。

 今もなお、ふにふにぬるぬる、もちもちつるりとした感触は杏子の体表に呪いのように絡みついていた。

 

 

「冷めちまうぞ、料理」

 

 

 その一言が、杏子を夢の世界から現実に引き戻した。

 素早く立ち上がってすたすた歩いて着席し、いただきますとちゃんと言ってから杏子は食事を開始した。

 丁寧に作られたことが伺える外見同様、用意された食事は身体と心に染み入る味だった。

 

 それを食べつつ、『なんであの人からあんな悪魔が』と彼女は疑問に思った。

 

 そう思った時、同時に理解もした。

 その例は正に、他ならぬ自分自身でもあるからだ。

 

 

 

 

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