魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第7話 虚無を経て

時刻は昼の一時半。

昼の光が世を支配し、何者もがその配下にて生を謳歌している時刻であった。

ここでもまた、その無数の内の一つがあった。

 

寂れ切った廃教会の中で、その営みが行われていた。

赤髪の少女と黒髪の少年が、少々ボロめのソファに座りつつ、

互いに己の寝床を根城に、それぞれの食事を摂っている。

両者は肌が露出した部分に包帯を巻き、大きめの絆創膏を所狭しと貼り付けていた。

数時間前に行われた激戦の名残である。

 

戦闘中は魔の衣に身を包む杏子は平素の服を着用していたが、

少年は血みどろの服を脱ぎ棄て、新品に着替え直していた。

入手経路は不明だが、それなりのストックがあるらしい。

 

魔法少女と少年は、一応向かい合ってはいるものの、

少年の寝床は今にも剥がれ落ちてきそうなほどに劣化した壁に背を向け、

少女のそこは小高く積もった瓦礫のような祭壇の上に横たわっていた。

両者が隔てた距離は凡そ十メートル。

二人が座る寝床には、丁度人が二人は余裕で座れるスペースがあった。

そこに歩み寄って一緒に食事をしない理由は、そういう仲では無いためだった。

それに、独りの時間を邪魔されたくないのであった。

 

「残すなよ」

 

言うが早いか、赤髪の少女は飴色になるまで煮込まれた牛肉を箸で捕獲すると、

出汁の移った白米と共に口へと運んだ。

今日の昼飯は牛丼のようだ。

ラストスパートとばかりに汁の一滴までもを飲むと、杏子は次のものに手を伸ばした。

彼女の傍らには、こんもりと盛り上がったビニル袋が山のような形を成していた。

薄っすらと透けた袋の奥には、テイクアウト用の容器に入れられた丼ぶりが七つほど見えた。

取り出したものと入れ違いに、空き箱と化したそれを床へと放ると、先に食べ終えた空き箱の上にすとんと落ちた。

新入りも含めて、空き箱の数は既に四つに及んでいた。

 

「食い物を粗末にする気はねぇよ」

 

傍らに置いた、バケツのような紙箱に手を伸ばしつつナガレが言った。

杏子は返事を返さず、一心に牛丼をかっ喰らっている。

こちらも返事は期待していないのか、

包帯から露出した指先が箱の中身を掴み取り、開いた口が餌食を噛んだ。

口を開ける瞬間、僅かに眉が細まった。

 

彼の右頬には大きめの絆創膏が貼られていた。

そこからの痛みによるものだろう。

中央のパッドには、赤黒い染みが浮き出ている。

 

拭い去るように、一噛みにて食い千切る。

小麦色に揚げられた鶏肉が、その断面から芳醇な肉汁を溢れさせ、

彼の乾いた唇を濡らし、彼の顎に向けて数条の小さな滝を滴らせた。

何処ぞの妄想力豊かな道化なら、それに淫らなものを感じたかもしれない。

 

当然ながらそんな事は微塵も考えず、唇の汁をぺろりと舐め取り、

残りの半分を口の中に放り込む。

掌サイズのフライドチキンが、僅か二口で貪られていた。

今の彼の真横に近づき耳を澄ませば、肉を潰す音に混じり、

ガリゴリという破砕音が聞こえただろう。

彼は肉を骨ごと噛み砕いているのである。

 

「それも喰えとは言ってねぇだろ。つうかさ、食感を無視すんなよ」

「俺だってやりたかねぇけど、こうでもしねぇと血が足りねぇ」

 

同居人というより家主の指摘に、彼は自論で返した。

数度咀嚼し呑み込むと、また次の餌食に手を伸ばす。

既に空になったバレルが二つ重ねられていた。

数十秒ほど後に、そこに更にもう一つが重ねられる。

 

「もっと買っときゃよかったな」

 

自分にも当て嵌まる言葉に対し、杏子も軽く頷いた。

そこからは自分の判断ミスと、この少年と同調したことによる忌々しさが見てとれた。

彼女の方もまた、既に牛丼の残りは二杯となっていた。

完食するまで、三十秒と掛からないだろう。

 

食事を終えると、否が応にも時間が生じた。

血肉となるまでは時間がかかる。

食欲が満たされると、別の欲求が湧いてくる。

疑問という形で心に去来したそれを、彼は尋ねることにした。

 

「一つ聞いていいか?」

「手短にね」

「魔法少女ってのは、どいつもこいつもあんなに不死身なのか?」

 

予想できた問いであった。

杏子は首を小さく左右に振った。

悪夢を拭うように。

 

「それは無ぇ。あいつはどうかしてやがる」

 

声が震えないように、魔法少女は気を引き締めた。

 

「頭を真っ二つにして、心臓も串刺しにしてやった。それに内臓のほとんどをぶっ壊した」

 

その時の手応えは、今もまだ両手にはっきりと残っている。

明らかに、相手に致命傷を与えた感触だった。

 

「最後は完全に燃え尽きて、ドロドロの中に灰になって落ちてったな」

 

杏子の言葉をナガレが引き継いだ。

愉しさの響きは一切無かった。

戦いは好きだが、相手の死に同じ価値を見出すことはないのだろうかと、杏子は思った。

少しだけだが、この物騒な少年の一面を見たような気がした。

そして杏子も彼の言葉の場面を思い出した。

確かに自分達は、あの魔法少女の最期を見届けた。

 

それなのに、不安感は続いている。

今もなお、黒い魔法少女の哄笑が耳の奥で鳴っているような気さえした。

 

「今度はこっちが訊くけどさ、テメェはあいつが死んだと思うか?」

 

問い掛けつつ、杏子は自らへの憤りを感じていた。

不安感を相手に押し付けたような気がしたためだ。

それも、この感情を最も悟られたくない相手に対して。

 

「信じるかはお前さん次第だがよ、似た連中を知ってる」

 

少し待ってから、彼は口を開いた。

 

「そいつらは顔面をズタズタに引き裂いて、胴体を真っ二つにして、

 そんでもってビームで消し飛ばしても平然と蘇ってきやがった」

「…しつこい連中だね」

 

正体は何か知れたものではないが確かに似てるなと、杏子は思った。

一部、何やら物騒というか非現実的で魔法少女的な単語が聞こえたが今は放置する。

 

「で、どうしたのさ」

「くたばってもらった」

 

聞く限りのことと矛盾する回答に、杏子は首を傾げた。

 

「テメェの話だと、そいつら不死身みたいなんだけど?」

「だから、くたばるまでくたばってもらったんだよ」

 

一瞬、杏子は自分の中で緊張感が緩んだのを感じた。

「あぁ、馬鹿なんだな」と、配下のように段下に座る少年に対しそう思った。

言葉が嘘か誠かは定かではないが、不死身相手に戦うのなら、適切な無力化をするか、

或いは矛盾である事極まりないが、彼の言葉通りの手段しかないだろう。

 

それに何より、眼の前の存在ならそうするだろうと、これまでの経験で思い知らされている。

こいつはとことん諦めが悪く、そして忌々しくも便利な事に、闘志は微塵も衰えないのだからと。

彼が相手をした存在が何かは皆目見当つかないが、これだけは分かった。

そいつらは不運であったと。

少なくとも、この面倒な存在に関わるべきではなかったろうにと。

現か虚か定かではない存在に、杏子は微細ながら憐憫の意を抱いた。

 

「ま、あぁいう連中はくたばったってより、滅ぼしたって云う方がいいのかね」

「あいつもその類だってのかい」

 

その表現は妙にしっくり来た。

黒い魔法少女が高らかに叫んでいた必殺技にも表れていたが、

外見や不死性など、古の魔物の特徴を備えていたというものがあるだろう。

また吸血鬼絡みの創作ものは、今日においても多く描かれている。

昨日に読み耽った漫画の中にも、そういった題材のものがあった気がした。

 

「安心すんのは早ぇだろうな」

「ムカつくけど、同感だね」

 

結論は出なかったが、用心に越したことはない。

これ以上の会話は無駄と判断し、討論を打ち切ることにした。

それについては言葉は出さず、目配せで両者ともに察していた。

以心伝心というよりも、双方の勘が鋭いためであった。

また、疲労感もピークに達し始めていた。

自己修復能力の高低差により、それは少年の方が先だった。

 

「弱ぇなりによくやったよ。お疲れ」

「お前こそな」

 

相変わらずに仲は良好とは言えず、隔てた距離がそれを物語っている。

だがそれでも、必要な言葉を交わす程度の心が互いにあった。

 

「首のあれ、ありがとよ。無かったら多分死んでた」

 

首に巻いた結界は、本来は少年を拘束する為のものだった。

呉キリカが彼の喉を咢に捉えた際に発動したのが、偶然か操作によるものだったかは、

正直なところ自信が無かった。

 

「礼はいらねぇよ。態度で返しな」

「あぁ」

 

受け取ってから少し経ち、杏子は自らの言葉と彼の返事の意味に気が付いた。

淀みなく返された一言に秘められたものは、よく考えると恐ろしいどころかおぞましい。

自分の為に死ねと言われて、平然と返せる者が、果たしてそうそういるのだろうかと。

感慨深い言い方ならまだ分からなくもないが、少年の声は淡々としていた。

 

「見張りは先にやってやる。二時間経ったら眼ぇ覚ましな」

 

絞り出すように告げると、「悪いな」と彼は返し、ソファの上に横たわった。

荒めの呼吸音は、すぐに小さな寝息へと変わった。

 

先に眠りの世界へ堕ちた、一応の相棒から眼を外し、彼女は教会の入り口に視線をやった。

忌々しい程の陽光が、世界に光を送っている。

 

ふと、杏子は自分の尻に当たる硬い感触を覚えた。

太腿が完全に露出するほどに切り上げられたミニデムニのポケットを

手で探って取り出すと、それは折り畳まれた紙であった。

何気なく広げ、中身を見た。

 

「…こいつか」

 

唸るような声を、少女の声帯が絞り出した。

A4サイズの白紙に描かれたものは、二日前に自分の怒りの原因となった物体だった。

角ばった頭部、その左右から伸びた二等辺三角形に似た角、または耳。

石柱のように太い手足と、それらを従えるに相応しいどっしりとした重量感のある胴体。

人型をしているようだが、皆目正体が掴めない。

強いて言えば、これは鎧の一種だろうかと彼女は思った。

 

しかしながらに、その姿にはどこか禍々しいものを感じた。

全体的な形状としては、手足を有する鉄塔か、或いは直立した猫にも見えるため、

ユーモラスであるといってもいい。

だが猫か或いはデフォルメされた兎の耳に似た頭角を見ていると、

何かを呼び覚まされるような気分がした。

 

前に一度だけ、こんな気分というか気配を感じたことがあった。

それを知ったのが何時だったかは忘れてしまった。

もしくは、最初から知っていたのだろうかとさえ思った。

外見は知らず、その名前だけが忽然と脳裏に浮かび上がっている。

魔法少女の中で語り継がれる存在という事だけが、何故か記憶の中にある。

そう思う理由も分からず、先の通り、何処でその知識を覚えたのかも分からない。

 

馬鹿々々しいと、彼女は思考を振り払う。

眼を閉じ、浅い呼吸を数回繰り返す。

動機は止まらず、不安感も拭えない。

浄化を済ませた筈の宝石にも、相変わらず奥底に薄い濁りを湛えている。

それがどうしたと、彼女は心の亀裂を意思で塞いだ。

震える心臓すらも、意思と魔の力で強引に黙らせる。

 

「…けっ」

 

全ての不安定さを取り除き、小さな悪罵を吐き捨てると共に彼女は紙を握り潰した。

丸められたそれを、ソファの裏へと投げ捨てる。

交代までの二時間の間、杏子は見張りに専念することにした。

有るか無きかの不安に怯えるより、現実の脅威に警戒する事の方が

遥かに重要であるというのは、考えるまでも無い。

 

そして再び、外の世界に紅の眼光を送った。

彼女の心に宿る闇の残滓とは裏腹に、

太陽は万物を照らす残酷な光を、世界に向けて注いでいた。

 




新年初投稿となります。
それでは今年もまた、どうかよろしくお願いいたします。





最後の最後の存在につきましては…ほんの少しですが部分的にはあの伝説的な方に似てるかなと。
またあれもある意味、主の現身という点ではまどかで云う魔女やドッペルに近い存在かなと、
個人的には思っています(新ゲの場合は特に)。

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