魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
照明を落とされた室内には、水音が響いていた。
ぴちゃぴちゃ、くちゅくちゅ、ちゅるちゅる、ずぞぞと。
何かを啜り、舐め廻している音だった。
幼子が無知なる純朴さゆえに、心の赴くままに食事を楽しんでいる音にも聞こえる。
確かに、それは例えとして合致していた。
この音を発している者は、純粋な欲望のままに好意を楽しんでいるが故に。
ただしそれは、食事ではなく唇の交差。
寝台の上に座る黒髪の少年と真紅の髪の少女。
その二人が重ね合わせた唇から、その音は響いていた。
胡坐をかいて座るナガレの正面に、膝立ちの姿勢で身体を傾けた杏子は彼の唇を心の赴くままに貪っていた。
いつも通りナガレは好きなままにさせ、杏子も好きなままにシている。
しかし、今回は少し趣が違った。
「ぷはっ」
杏子が唇を離した。
共にパジャマ姿となった二人の間で唾液が跳ねる。
因みにパジャマは御揃いの柄で、赤を主体とした色だった。とことん赤が好きらしい。
離れた間に息を大きく吸い、再び彼の唇にむしゃぶりつく。
その様子が、普段と異なっているのだった。
「ん……ふぅ」
吐息を漏らしながら、杏子の舌先がナガレの口内に入り込む。
そして歯茎や頬の裏、上あごまで丹念に嘗め回していく。
「(…しつけぇな)」
その様子に彼はそう思った。
普段の杏子は、力任せというか肉食獣が肉を引き千切り噛み砕くと言った風のスタイルを好む。
こんな感じにねっとりとしたやり方は、彼女のそれでは無かった。
しかしこの動きには覚えがある。
彼の脳内で天と線が結ばれ、回答が導き出された。
『随分とねちっこいじゃねえか。またエロ本でも読んだのかよ』
皮肉を込めて彼は思念を送った。
この状態が開始されて既に二時間が経過している。
苛立ちも溜まっているのだろう。
『ああ、最近だと惣流が監禁されて何日も輪姦されるの読んだよ』
質問には答えず、杏子は彼の言葉に悪意で返した。
彼の言葉が皮肉であるとは理解しており、ついでに彼の好きなキャラであり大嫌いな架空の女を愚弄できると一石二鳥の発言だった。
破滅的で、当人ら以外には理解不明なやり取りだった。
多分当人らもよく分かっていないのだろう。
不愉快さを示す唸り声を上げるナガレ。その様子に満足する杏子。
仲良くはなっていても、こういった喧嘩への道筋を描くのは絶えないようだ。
仲が良くなり、より悪化したのではないだろうか。
彼の頬の内側をねっとりと舐め廻し、杏子は再び思念を送った。
『キリカの奴は嫌いだけど、あいつのお袋さんには感謝しねぇとな』
やや遠回しだが、それが答えだった。
杏子は普段からキリカ母の昼寝の抱き枕、着せ替え人形、入浴の同伴者等々とキリカ母の玩具にされていたがその際に習ったらしい。
どうやって?という妄想を彼は放棄した。
女同士が交わる事に対し、別に関心事は無いからだ。
そうしていると、杏子がぐいと接近した。
より深く貪欲に彼を貪るべく、舌を伸ばして口内を漁る。
眼球同士も互いが触れそうな距離になる。
その様子に彼は少し前に暇潰しでやった喧嘩にて、十数回の頭突きを繰り返し合った事を思い出していた。
額に広がる鈍い幻痛。
頃合いだと彼は思った。
『時間』
そう思念で伝え、ナガレは杏子の両肩に手を添えて押した。唇が離れ、どちらのともつかない唾液が垂れた。
寝台の上に厚く敷かれたタオルの上に滴り落ちた。
杏子も押し返し、彼を求めて最接近を図ろうとする。
眼には殺意と憎悪にも似た輝き。
愛を感じているのは間違いないはずなのに、何故相反する感情が湧くのか。
それを発現させている杏子は特に疑問に思わず、ナガレもまた同じだった。
壊れている。
狂っている。
この二人はそのどちらでもなく、さらに悍ましい関係なのだろう。
そしてそれに対し、二人は特に異常とも思わない。
ある意味で完成された二人であった。
暫くの間、力の拮抗は続いたが杏子の方が力を緩めた。
勢い余って押し倒す、コトにはならずにナガレも力を消した。
一度似たようなことがあった際に押し倒してしまい、全身を使って抱き締められたことがあるのだった。
全身から甘い雌の香りを漂わせ、大蛇の如く獰悪な圧搾をそれ以上に悪辣で可愛らしい顔で行ってきた杏子の顔はその晩の夢に出てきた位に印象的だった。
それ以上に負の記憶として残るのは、拘束を剥がす為に背中を撫でた瞬間の蕩けた顔。
それに至らせてしまったのが自分という事実は、少女に対して性的関心の一切を持たない彼にとってトラウマ三歩手前くらいの嫌な記憶だった。
今回はそうはならず、ただ平和に事案が終わった。
少しホッとし、彼は小さく息を吐いた。
「ふんっ」
杏子の吐息。息の最後に♪が付随してそうな、勝ち誇った音だった。
滲む敗北感に、彼は「覚えてろよ」とリベンジを誓った。
何をする気なのかは考えていないが、どうせロクでもないことだろう。
杏子はと言えば、寝台を降りて少し離れるとホットパンツを脱いで下着を取り換えていた。
彼の視界の端で、しかしながら確実に見える場所で。
変身の度に裸体を晒してるので今更珍しくもなく、欠伸を噛み殺しながら彼は虚空に眼を泳がせていた。
杏子のこの態度に関しては、流石に彼も少し心配になっている。
良い男でも見つけて幸せになって欲しいもんだと彼は思った。
断言するが、もう手遅れである。
恋愛模様を取扱説明書に例えて謳われた歌を、彼は聞いた方がいいかもしれない。
「おい、ナガレ」
「ん」
呼びかけに彼はそちらを向いた。
上はパジャマ、下はパンイチ姿になった杏子が立っていた。
左右のレースに指を引っ掻け、水気を帯びた下着を手で持った杏子が。
「大事に洗ってくれよな。こいつが濡れたのはあんたのせいなんだからさ」
サディスティックな笑みを浮かべて杏子は言う。
その手の趣向の持ち主には堪らない表情だった。
「ま、そういう当番だからな。洗濯篭に入れとけ」
親指をくいと動かし、部屋の隅の篭を示すナガレ。
全くの平常心そのものだった。
「ふーん…」
下着を丸めて投げ入れると、杏子は不思議そうに首を傾げた。
つられて彼も首を傾げる。
その様子に杏子は『この性癖破壊兵器め』と心中で呟いた。
単純な動作だが、彼の外見は可愛いに過ぎるのだった。
男らしすぎる中身と相俟ってそれは彼への執着対象には毒のように強烈に作用する。
彼女はその様子を兵器であると例えたのだった。
「篭ってさ、なんで竜の文字が入ってんだろな」
「知るかよ」
そりゃそうである。
というかそもそも、篭の漢字に竜の文字が入っているなど彼は今初めて知った。
「同じ竜ならそのぐらい知ってろよ、竜馬」
「もうちっとマシなこじつけしろよ、杏子」
全く以て虚無の会話を、二人は重ねる。楽しそうな様子であるのが、申し訳程度の人間性を示していた。
ほどなくして彼は床に敷いた布団に潜り込み、杏子は寝台の上に身を横たえた。
「「おやすみ」」
そう言って目を閉じ、眠りの世界へ落ちた。
その後、彼は杏子から三回の接近を受け、最後には遂に我慢が出来ずに身支度を整えて二人そろって市内をうろつき魔女結界へと移動。
魔女を半殺しにしてから、魔女が死ぬまでの間に凄惨な剣戟を繰り広げた。
死の寸前まで殺し合ったところで魔女が死に、結界が消えて勝負はドローとなった。
その後は傷を治癒して魔法で身を清めてから帰宅し、何事も無かったかのように今度こそ眠りに落ちたのだった。