魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
朝の温泉宿の中、一人の少女が歩いていた。
浴衣に身を包んだ小柄な姿。
備え付けのスリッパを通した足並みは早く、それでいて履物特有のペタペタという音を立てず全くの無音で歩いていた。
身体からは湯気の熱気が湧いていた。
長い髪も、湯煙と湯船からの水気を孕んでいる。
並ぶ部屋の一つの前で少女は歩みを止めた。
ドアは開け放たれ、内部の様子が見えた。
複数の靴が入り口に並んでいたが、人影は一つとしてない。
まだ湯気を微かに立てる湯呑と食べかけの茶菓子が、少し前まで人間が存在していたことを示していた。
部屋の奥に少女は眼をやった。
桃色の瞳の奥に、黒々とした空間の歪みが見えた。
次の瞬間、少女はそこへと跳んでいた。
部屋の入り口から奥までを軽いステップで飛翔する。
空間の歪みへと、少女は躊躇なく飛び込んだ。
少女が纏った甘い香りと温泉の熱の残滓が室内の空気と交わり、それらを纏わせた桃色の髪から僅かな水飛沫が飛んだ。
それらを彼女という存在の痕跡として微かに残し、桃色髪の少女は異界の中へと消え失せた。
熱と破壊が吹き荒れる異界の中。
その破壊が生じる場所から遠く離れた地点に、みらいとサキはいた。
かずみによって四肢を貪り食われたサキは、かずみによる投擲を受け、今もみらいの胴体に身体を埋め込まれている。
血だらけ、どころか脳漿と体液に塗れたサキの銀髪にみらいは手を添えていた。
みらい自身もかずみによる攻撃で四肢を喪っていたが、右手だけは再生させたようだった。
みらいの肉に埋もれながら、サキは謝罪の言葉を紡ぎ続けている。
愛する存在とこの上なく触れあうという嬉しさと、謝罪の矛先への嫉妬を同時に受けながら、みらいは破壊の中央に視線を送っていた。
中央から発せられれる、常識外れの威力と範囲の雷撃が巨大なドーム型の障壁を構築していた。
その大きさは、一つの学校の校庭と宿舎を覆い尽くすほどだった。
半球状に形成された障壁の頂点を、みらいは見ていた。
『あいつ』
脳内で呟く。
そう言った時、障壁の頂点で凄まじい光の炸裂が生じた。
光の炸裂は一度ではなく、連続して発生した。
光の中央に、縦長の黒い物体が見えた。
それが光に激突し、障壁の表面を砕いて散らしているのであった。
魔法少女の視力は、その物体を槍の様な黒い渦と見た。
渦という通り、それは激烈な勢いで回転していた。
切っ先を障壁に突き刺し、光を破壊している。
『アタマおかしい』
言い終えたのと、光の障壁の一部が崩壊したのは同時だった。
穿孔する漆黒の槍、下方へと飛翔する斬撃がなおも絡みつく雷撃を引き剥がして千切っていく。
『……』
みらいは思念でも無言でその光景を見た。
サキに手を置いたまま、人差し指はそちらに向けた。
そのまま魔法を使う、というよりも魔法を消す、という意識を抱いた。
あとはその行為を認めればいい。
一秒考え、そしてこう言った。
『…アホくさ』
障壁の表面を破壊し、完全にその内部へと入った時に漆黒の槍は翻った。
巨大な黒い翼となって広がる。
それを羽織るのは黒髪の少年。
その下方では、黒と真紅の魔法少女が身を絡めている。
黒の少女が紅の少女の肉を貪り喰らい、紅の少女は治癒魔法を全開発動させて消滅から必死に抗っている。
「かずみっ!!杏子!!」
血深泥になって絡み合う二人の少女の名を、ナガレは叫んだ。
叫びの元へ、漆黒の沙幕が向かう。
杏子を投げ出し、かずみはマントが変形した翼を刃として振るった。
「かずみ!!」
ナガレが叫び、同時に彼の背からも翼が広がる。
共に蝙蝠を思わせる、悪魔の様な翼だった。
金属の絶叫が鳴り響く。地に立つかずみが空中のナガレを捉えたのか、空中のナガレがかずみを地に縫い留めたのか。
噛み合う翼は互いに絡み合い、相手を捩じ切ろうと力をぶつけ合っていた。
かずみの翼の表面で、波のように黒が蠢く。
蠢いた黒の形は、かずみの顔によく似ていた。
かずみの顔に黒い幕を張り、輪郭を曖昧にさせたような造形。
開いた口からは無音の絶叫が響いていた。
翼を伝い、彼にもそれが伝わった。
憎悪と悲しみを直に寄せられる経験は、杏子の絶望を喰らった時に似ていた。
だがしかし、彼女から伝わるこれは。
「グアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
かずみが叫ぶ。途端に力が倍加。
ナガレの黒翼が引き千切られる。
一切の瞬きをしない、狂気の渦を巻いたかずみの紅い瞳は破壊される翼を見た。
蝙蝠に似た翼。どことなく獣の姿に似た姿の中央からは、彼女の見覚えがある物体が突き出ていた。
みらいがかずみに向かって振った大剣。
それが、蝙蝠の翼の中央から生えていた。
障壁を貫き、破壊した力の一部がこれだろう。
主に変わり、大剣は一矢報いたということか。
これは彼本来の、牛の魔女かその使い魔と融合することで発する翼ではない。
蝙蝠型の魔女モドキにみらいの大剣を接続させて造った翼だった。
となると。
「もう一丁!!」
彼の背中から漆黒が迸り、再びかずみの黒翼と噛み合う。
即席且つ、障壁の突破によって消耗した翼と異なり、今度は複数の使い魔を束ねた本来の翼。
かずみの魔翼相手にも負けはしない。
「があああああああああああああ!!」
苛立つように叫ぶかずみは両手を振り上げ、そして降ろした。
手の落下に合わせて十時の剣が形成され、渦巻く猛風と共に降ろされた二本の剣をナガレは斧槍である牛の魔女で受け止める。
みらい以上の剛力に、一撃で彼の膝が崩れて右膝が地面に激突する。
「がう!!ガウ!!ウウウウ!!!!」
得物と翼を組み合わせながら、かずみは血みどろの顔を咆哮と共に前に突き出す。
唾液が溢れる口を開き、血と唾液塗れの歯をガチガチと組み合わせて噛み付きを見舞い続ける。
回避し続けるが、ナガレの頬が齧られ腕からも出血する。
当然、肉が減れば二本の剣を押し留める力も弱まる。
この拮抗状態は長く保たない。
「か、ず、み、ぃぃいいいいいい!!!!」
かずみの背後から、杏子が血深泥の叫びを伴い飛び掛かった。
地面を蹴った瞬間、彼女の腹は裂けた。
かずみの怪力で延長させられていた背骨、そして内臓で辛うじて上半身と繋がった状態で下半身は地面に落ちて跳ねた。
手も殆どが喰われ、手首から先は骨が突き出た肉の断面となっている。
残る腕と肘を使って杏子はかずみを背後から抱き締めた。
外套が蠢き、かずみと酷似した貌が彼女の肩に、杏子の顔の眼の前に形成される。
黒い顔の口が大きく開いた。口内には米粒のように綺麗で並びの良い黒い歯が見えた。
その顔が杏子の顔に喰らい付く瞬間。
「ぐぅぅあああああああああああ!!!!!」
杏子の咆哮。びちっという音が鳴った。
その音は、杏子の口が裂けた音だった。
喰らわれたのではない。
喰う為に耳の辺りまで一気に広がったのだった。
かずみから生じた、かずみの顔を喰らう為に。
そして流血を伴って開いた口が閉じられた。
悍ましい音を立て、杏子はかずみから生じた闇を喰らった。