魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第10話 獣

黒い魔法少女と、その参謀らしき道化との悪戦苦闘及び

後者への虐待行為から三日ほどが経過した。

負った傷も粗方癒えた真紅の魔法少女は、今日もまた廃教会にいた。

他に行く場所も特にない。

時刻は午後の三時頃。

世界を昼の光が覆っている。

 

「くそが」

 

口汚い罵りと共に顔を歪める己の顔を、杏子は見ていた。

昼光を友として、物質に投影された姿であった。

 

彼女の前には、薄い厚みのメカニズムがあった。

彼女の顔を薄闇の中に映す画面とそれを乗せた支柱。

ハの字に広がった足。

回りくどくなったが、要はテレビである。

というよりも外見で見れば、「らしきもの」とした方が正しかった。

 

魔法少女の顔を反射している画面こそ鏡のように磨き上げられ、

ミクロ単位での歪みすら感じられないほどに滑らかであったが、

全体的にねじ曲がっているというか、絶妙にいびつな形状をしていた。

 

例えるならば、現世と異なる物理法則の世界に通常のテレビを縄で結んで放り込み、

その縄を引いて戻ってきたのがこれであった、と他者に説明しても露骨な否定を拒めるような、

それは、そんな形だった。

 

大昔に学校の図書館に置いてあった海外の怪奇小説の中に、そんな描写があった気がしていた。

確か異界の神の都市や居城だったかなと、杏子は記憶の糸を僅かに辿った。

 

異形のテレビの電源は内蔵型らしく、コードの類は見当たらない。

薄っぺらい画面の前と後ろのカバーの隙間から伸びた二本のアンテナが、

昆虫の触覚か触手を思わせる角度と長さで左右の斜め上に向けて伸びていた。

 

どう見ても出来損ないにしか見えない胡散臭い映像機器ではあったが、

杏子の記憶では昨日までは鮮やかな画面と明瞭極まりない音で以て、

彼女の数少ない娯楽となっていた。

 

『彼女の』というのは、独占したためである。

よく見れば白いカバーの端にごくごく薄い朱の色があった。

何があったのか、想像は容易い。

ひょっとしたら、彼女らにとってはそれすらも娯楽だったのかもしれない。

 

それが数時間前、少年が外出すると言い出した直後、

ぶつんという音と共に光を失ってしまったのだった。

 

「急ごしらえが祟っちまったか…」

 

と、異界を垣間見た挙句発に狂したかのような造形をした、

異形のテレビの製作者は言った。

苦々し気な口調だった。

外見についてはあまり気にしておらず、単に機能停止したことについて悔やんでいるようだった。

なおこのテレビは、彼が粗大ゴミを回収・分解・結合させて形成したものであった。

金属加工技術といい火筒の製作といい、歪に進歩したとしか思えない技術の持ち主である。

 

何処からともなく工具箱を取り出し修理に掛かったところで、彼は不意に

 

「やってみるか?」

 

と家主に尋ねた。

背中から後頭部に掛けて突き刺さる、槍のような視線を感じたためである。

恐らくは人間であると思われる存在からの問いに魔法少女は

 

「寄越しな」

 

と短く応え、差し出された工具箱を、相手の手ごと刈り取るように荒々しく受け取った。

後悔は少年の後ろ姿が消え去った瞬間、水に撒いた油のように彼女の心に広がった。

だがその場のノリで受けた自分にも責がある。

「テメェのケツはテメェが拭け」とは彼女の信条の一つであった。

 

気分を切り替え、教わった手順通りに機械の腹を開き、

工具というメスを煌かせた…ところで彼女の思考は停止した。

外見よろしく、その内部構造も複雑怪奇を極めていたのである。

少なくとも杏子はそう思った。

 

因みに実際は、外見の異様さに反比例して内部は市販品よりも幾らかシンプルであったが、

機械にまじまじと接するのは今この時が初体験であったことと、こういう分野が杏子にとって、

根本的に苦手であったことが災いし、施術者の脳髄は瞬時に沸騰した。

 

「確か、『俺でも出来るんだから、お前さんにも出来るだろうよ』…とかほざいてやがったな」

 

熱が沸き立つ頭脳で演算される思考と、脳からの熱伝導により灼熱の宿る声帯から

ぽつりと言われたその言葉は、地獄の業火で描かれていた。

震える手で、彼女は右手の荷物を床に降ろした。

 

「嗚呼、そうかい。つまり、つまりあたしは…」

 

すうと、魔法少女が息を吸った。

そして。

 

「あたしゃ、猿以下か!」

 

ロングブーツを履いた右足が、踵を尻に付けるくらいの勢いで後ろに引かれた。

直後、それは薄い紅の線を引いて暴虐の振り子となった。

つま先が工具箱に激突した次の瞬間には、憐れな犠牲者は教会の入り口を抜け、

嘗ては信者達で埋め尽くされていた空き地を飛翔していった。

 

落下の音は、また最初の激突音すらも遥か遠くから聞こえた。

ちなみに、工具箱の重さは二キログラムを軽く超えていた。

魔法少女恐るべし、としかいいようがない。

 

「やめたやめた!機械いじりなんざ、あたしの性に合うもんじゃねえ。

 つうかモノ造んなら、ちゃんとしたモン造れってんだよ。クソガキが」

 

ずかずかと歩き、軽く跳躍。

獲物に飛び込む猫のように、彼女は寝床に身体を投げ出した。

そして仰向けに寝転がると、ポケットから数個の飴玉を取り出し、

包みを離すが早いか一口に口内へと投じた。

鋭い八重歯を含む白い歯の群れが、それらに一気に襲い掛かった。

寝転ぶ紅竜のような暴君に捧げられた贄が微塵と化すまでに要した時間は、

ほんの二秒程度だった。

 

「ちっ」

 

寝転ぶと、不在者の寝床が視界に入った。

距離を隔て、互いに向かい合うような具合なので当然といえばそうだが、

やはりいい気分はしなかった。

舌打ちはそれによるものだった。

いっそ寝床を逆向きにしようかとも思ったが、

何をしでかすか分かったものじゃない気がしており、現状維持とされていた。

 

相方の寝床を、汚してやしないかと確認したが、それはすぐに杞憂だと分かった。

魔法少女ものの漫画や小説などの私物は幾つかあるが、割と丁寧に片づけられており、

何時の間にか調達されたと思しき棚に収納されていた。

しかも作者やシリーズ毎に整然と。

存在は異次元的だったが、所々でまともな常識のある少年だった。

 

こう言う処は見習った方がいいんだろうなと、杏子が自嘲した際に、

彼女の紅い眼が本棚の上に置かれた数冊の雑誌に気が付いた。

寝床の手すりの上に掛けられた新聞はまだ分かるが、

それは意味不明というか、(彼が所有しているという意味で)少々薄気味悪いのものだった。

本棚の上に重ねられていたのは、数冊の科学雑誌らしきものであった。

 

杏子にとっては無縁極まりないものであり、また同居人も科学に縁があるとは思えなかった。

そういえばと、杏子はある場面を思い出した。

これと思しき書物を読書中の彼の姿だった。

記憶が正しければ、

 

「…ワケ分からねぇ事ばっか書きやがって。読者に分かるように書きやがれってんだ」

 

と言いながら、地獄の責め苦を受けているかのような苦悩の表情を童顔に浮かべていた。

理解の範疇の外にあるものが、彼の思考を焼いているらしかった。

ざまぁみろと思う背後に、嫌な気分が寄生虫のように貼り付いていた。

ふと脳裏に「同族嫌悪」という言葉が掠めた。

そしてその愚痴がつい先ほど、今自分が言った事と似ているということが思い返された。

 

感情を無視し、右手の先に魔力を集中。

長槍を顕現させると、ぶんと振るった。

多節が発生し、槍の長さを一気に伸ばす。

 

室内を旋回する槍の穂先が動き、光となって迸る。

槍の穂は、何かを貫いていた。

 

更にもう一度、杏子は手首を軽く振った。

槍の鎌首が主へ向き、そこへと一気に舞い戻る。

残った左手が槍の切っ先に向けて振られ、捕獲されたものを受け取った。

用が済んだ槍は虚空へと放られ、紅い粒子となって消え去った。

 

紅い粒子の散らばる中に、ふわりと広げられた新聞紙があった。

両手で左右をひっ掴み、寝転びながら一瞥した。

思わず小さな溜息が出た。

 

「変わらねぇな、やっぱ」

 

皮肉気な笑みを見せ、頁を捲った。

今の言葉がもう一度、彼女の脳内に反響した。

蛾の羽のように広げられた新聞。

そのどの部分でもちらと覗けば、所狭しとロクでもない事件やら事故などが書き連ねられている。

それは外国の様子を書き連ねた部分でも同じであり、

別の新聞を読んでも主張や表現の差異はあれ、陰鬱な事実自体は変わらなかった。

 

何に対してどう変わるという事を、自分は言ったのだろかと。

破り捨てるべく力を入れたが、上下に振られるはずだった手はそこで止まっていた。

異常が満ちたロクでもない世界の、平凡な日常は続いていく。

 

ふと、開け放たれた入り口から一陣の風が吹き込んだ。

別に珍しい事では無かったが、その風は杏子に変化の訪れを感じさせた。

数日前は至る所に、主に彼女の寝床の傍に幾つかのゴミが落ちており、

風が入るたびに室内に拡散されていたものだ。

 

だが今は、先の清掃作業もあり室内にゴミが皆無であった。

風が運んできたほどよい熱と相まって、杏子は悪い気がしなかった。

 

「寝ちまうかな」

 

誰にともなく言い、ほくそ笑む。

言葉を実行に移すべく、目を閉じる。

意識を身体の赴くままに任せ、束の間の休息へと向かう。

 

 

 

「…いや」

 

一分ほど経ち、杏子は呟きを漏らした。

そして眼を開いて起き上がる。

寝床に座ったまま、杏子はソファの下に手を伸ばした。

 

「やるコトがあったな」

 

右の人差し指と親指が、小さな袋を摘まんでいた。

掌ふたつ分ほどの面積をもつ、白い布地の巾着袋だった。

但し、形状がやや奇妙であった。

 

杏子もそれを理解してるのか、「ハァ」と大きなため息を吐いていた。

それを言語化すれば、

 

「あたしの周り、変なの多過ぎ」

 

となるか。

 

件の変なもの、その袋の表面には布の切れ端が幾つも生じていた。

触手か、或いは植物の根に見えた。

袋自体も、妙にずんぐりむっくりしている。

 

袋の上部には、小動物の眼を模したビーズがはめ込まれ、

口らしき部分には黒糸で×印が縫われている。

袋の糸が結ばれた部分の直ぐ近くでは、葉のような耳が垂れていた。

 

数年前に流行った、「うさぎいも」なるゆるキャラだと、杏子の記憶にはあった。

要はうさぎとジャガイモの中間雑種とうことである。

確かそれなりに売れ、現在でもアニメが放映されているそうだが、

なぜ人はこんな物を好きになるのか、杏子には全く分からなかった。

無意識とは言え、それを買った自分という存在も含めて。

 

杏子の自嘲を他所に、袋に変化が生じていた。

純白の布の表面から、黒い光が湧き始めた。

黒光が白を喰らったかのように、布の色の支配率が置き換わっていく。

黒く染まった袋の内部が、薄っすらと透けて見えた。

 

卵よりもやや小さい、丸い形の物体の影が浮かんでいた。

その数は、五つほどあった。

 

「流石にこいつは、ゴミに出すわけにもいかねぇしなぁ…」

 

先日の清掃によって、彼女のねぐらは廃墟なりに清潔になっていた。

だが、清掃では除けない穢れもある。

憎悪や怒りと同じく、処理する相手が必要だった。

 

「来やがれ」

 

心の中で、そして実際に口でも呟き短く念じた。

返答は直後であった。

彼女の直ぐ傍から。

 

「やぁ、佐倉杏子」

 

抑揚のない、女のような声が鳴った。

大気を震わせて生じる音では無く、それは彼女の心に直接響いていた。

 

袋を手にぶら下げたまま、杏子は気怠さを隠そうともせずに、

声の発声した場所へと顔を向けた。

彼女から見て左側。

彼女がよく枕とする、ソファの手摺の部分の上にそれはいた。







やっと登場しました。

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