魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

35 / 455
第10話 獣③

 

「全く、このタイミングで近所に湧くたぁ…間がいいんだか、悪いんだか…」

 

身に叩きつけられる猛風を浴びながら、杏子はそう呟いた。

視界の先には広大な空間が広がっていた。

彼女はそこを、走るのではなく落ちていった。

風とは、異界の重力に引かれる彼女に当たる異界の大気であった。

下方からの風により、彼女の紅の髪と衣装が炎のような靡きを見せている。

ここ最近に踏み込んでいた異界は唯の平地であったが、今回は深い竪穴状の結界だった。

 

目指すは結界の主の待つ最深部。

そこに招かれたものは、主の贄と化すことを想えば、

この竪穴は魔女の胃へと続く食道だろうと、杏子は粘ついたタールのような黒い思いを抱いた。

また同時に、毒のような笑みが彼女の口角を尖らせた。

それは贄に捧げられた乙女の悲痛な顔ではなく、

逆に結界の主を喰らわんとする魔なる女の貌だった。

 

落下していく最中、彼女は常に空間の中央にいるように己の身を保持していた。

底に行くに従い、空間は性根の悪いとしか思えないようなねじ曲がりを見せていく。

その度に杏子は身を捩り、また得物を壁面に激突させ、常に身を中央に置くようにしていた。

何があっても、中央ならば身を遮る者も無く、万象に対処しやすいと思ってのことだった。

 

また彼女がそこにいるよう心掛けている理由には、もう一つの事象があった。

結界に挑む、もう一つの存在から距離を取るためだった。

 

「きっちり掴まってな。落っこちるんじゃねぇぞ」

「無茶を言わないでおくれよ。ご覧の通り、僕の手は何かを掴むようには出来てないんだ」

 

女にしか思えない声が二つ。

彼女の後ろで、正確には上空で生じていた。

声の合間には、破壊の音が挟まっていた。

ががが、ががが、と。

間近にいれば、さぞ喧しいだろう。

 

異界の壁に金属が突き立つ音だった。

壁の表面は生物の鱗かコンクリの粗い断面のようにざらついていた。

彼はそこを蹴ったり右手に握った手斧で制動を掛けるなどして、

孔状の異界を進んでいるのだった。

 

自由落下に身を任せるよりは安心かもしれないが、

これは果てしなく高い崖を滑り落ちているようなものである。

これ以外にいい方法があるとは思えないが、正気の沙汰とは思えない。

ついでに、胡散臭い珍獣を残った片手に抱きながらの行為であった。

 

「斧を武器にする子は多いけど、斧ってそういう風に使うのかい?」

「道具ってのは使ってナンボだからな。使い方なんざ、いくらでもあるんだよ」

「なるほど、興味深いね」

 

異界の中で繰り広げられる異次元の会話に、杏子は溜息をつきたくなった。

というよりも、実際に吐いていた。

原因としてはこの会話のせいでもあるが、

魔法少女の息に含まれた感情を精査すると幾つかの事柄が挙げられただろう。

 

その内の筆頭が、この少年の生命力というかしぶとさである。

魔法少女ならこういった異界を下るのは階段を利用する程度の些事だろうが、

一応とはいえ彼は人間の筈である。

いきなり足場のない場所に出た瞬間こそ驚きの声を挙げたが、

十秒程度した後には既に順応していた。

 

また以前、地上四十メートルほどの高みに浮かぶ道化の魔女から落下し、

地面に着地した瞬間を杏子は見たが、その時も精々足が少し痺れたといった程度の様子だった。

構造からして、いや、肉や骨の材質からして常人と異なっているのだろうかと、

彼女が疑ったのも無理はない。

 

第一、魔法少女の杏子なら兎も角、数日前に黒い魔法少女に散々に痛めつけられたにも拘らず、

もう戦線復帰している事がどうかしている。

今では激戦の名残を留める場所は、彼の細首に巻かれた包帯しかない。

他の場所の包帯が取れて、そこだけがまだというところが妙に引っ掛かった。

 

疑問を宿した彼女の元へ、声は更に降ってきた。

 

「斧の多様性と万能性、そして道具の使い方についての理論は、君のそれを認めよう。

 だが君の行動は理解できないよ。新米なら兎も角、佐倉杏子はベテランだ」

「そりゃ強ぇ訳だ。っていうかてめぇ、獣の癖に研究員みてぇな口の利き方だな」

 

若干悔し気とはいえ、素直に認めるところは矢張り、この少年の長所だろう。

そこは杏子も認めざるを得なかった。

後半の一文は兎も角として。

だが杏子の悪意以外の思いには気付かずに、獣と少年のやり取りは続いた。

 

「つまり、彼女には僕のサポートは不要だよ」

「だからてめぇを連れてく必要は無ぇってか?今更ゴチャゴチャ言ってんじゃねぇ。

 それにてめぇがこいつらの元締めなら、監督責任ってのを果たしやがれ」

 

意外に真っ当な言い分だった。

そこに彼は、

「あの非常識なクソジジイだって、そこんとこはしてたんだぞ」、と続けた。

当然だが、獣には意味が分からなかった。

しかし、杏子は僅かながら察した。

よく覚えていなかったが、嘗ての保護者だか雇い主だかを彼はそう呼んでいた。

 

「先程と同じく、一理ある事は認めるよ。でも僕の戦闘力は皆無だ」

 

理解不能の事柄は無視し、獣が言葉を返す。

脇下に少年の左腕を通された獣は、彼に見せるように右手を差し出した。

犬の芸なら、「お手」に相当するポーズだった。

 

「あぁ?ケダモノらしく、牙や爪とかねぇのかよ?」

「君は僕に何を期待してるんだい?」

「じゃあ口から毒出したりとか…あぁ、ビームやミサイル、他には酸の大嵐でも構わねぇぞ?」

 

己を抱く少年から、異次元的な問答を受けた獣は、二度三度と血色の眼を瞬いた。

生物としての機能が行使されている筈なのに、その様子は何故か機械の動作不良を思わせた。

その様子を見て、少年は愉し気に唇を歪ませた。

杏子は背を向けていたが、「悪役みてぇなツラしてんだろうな」と思っていた。

そして実際、その通りだった。

 

「ところで、なんで獣みてぇな外見してやがる」

 

飽きたのか、取り外すように邪悪な笑みを消して少年は尋ねた。

探るような声だった。

 

「人間とのコミュニケーションには、この外見が適しているからさ」

「やっぱ得体の知れねぇ野郎だな、てめぇ」

 

距離的には二十メートルほど背後。

だが声量と壁を引っ掻く喧しい音の所為で、

すぐ隣か頭の後ろに貼り付いているような感覚だった。

悪霊に憑りつかれたらこんな気分だろうと、魔法少女は思った。

 

だがその一方で、獣への彼の返事には思わずぞっとするような嫌悪感の響きがあった。

本来の女のような声に、錆が吹いたような声だった。

 

「おい、杏子。こいつは何処まで降りりゃいいんだ?」

 

頭を切り替えたのか、魔法少女へ問い掛ける声は平時の甲高い声に戻っていた。

 

「あたしは魔女でもねえし、バスの運転手じゃねぇんだ。何時辿り着くかなんざ知った事か。

 精々ノシイカにならねぇように黙って堕ちてろ」

「また腹減ってんのか?」

「黙れバカヤロウ」

 

獣なりに両者の関係を観察しているのだろう。

 

「君らは敵対してるのかい?」

 

観測結果の足しとでもいう風に投げられた獣の問いに、

少年と魔法少女は互いに沈黙を守った。

気が合ったのではなく、彼らもいまいちこの関係が、

何に当て嵌るのかが分からないのだった。

 

「ちなみに、そろそろ結界の最深部だよ」

「気が利くな」

「事実だからね」

 

その言葉が合図となったかのように、うねっていた縦の回廊がやや真っすぐに伸びた。

そして回廊は、開いた空間へと結合した。

 

「でかいな」

 

ナガレの評に、杏子も思わず喉を鳴らした。

視線を降ろした先に見えた全体的な形状は、細長い花瓶かグラスに似ていた。

生物で例えると、「ウツボカズラ」という名の食虫植物のフォルムが近いか。

但しそのサイズは彼の言葉の通り、桁外れのものだった。

忽然と出現した結界の底部に根らしきものを張ったその体長は、

目測にて二十メートルは下らない。

六階建てのビルほどもある異形だった。

 

未だ滞空中である三者の元へ、光るものが向けられた。

花瓶なら花の挿し口、先の食虫植物ならば獲物を招く口に当たる部分には、

輝くものが敷き詰められていた。

宝石の輝きだった。

 

一片が三メートル程もある巨大な金剛石やルビー、

そして無数のカットによって、内部に複雑な深い青を湛えているサファイアなどの群れだった。

魔力で形成されているとしても、

現世の価値では価格すら付けられないような宝玉たちが山を成していた。

だが彼らに向かう光は、それらのどれよりも眩しく、そして仄暗い色を宿していた。

 

宝石の山がぐらりと揺れたかと思うと、幾つもの欠片を零しながら一気に隆起。

輝きを押し上げて盛り上がったのは、どの宝石よりも巨大な眼球であった。

中央の黒瞳に向けて四方八方から走る血管は、離れていても分かるほどに脈動し、

血走った視線を彼らに向けて飛ばしている。

 

常人なら、向けられた瞬間に気が狂いそうな『想い』が異形の眼球の視線に乗せられていた。

絶対的な悪意と敵意、そして浅ましいまでの食欲である。

 

「はっ」

 

二つの息はほぼ同時に鳴った。

魔法少女と少年による、嘲笑の吐息であった。

 

「こいつぁいい的だな!」

 

彼が叫ぶと同時に、杏子は真横へと跳んだ。

ナガレはというと回廊を蹴り、魔女の住まう空間の壁へと足を運んだ。

壁面には、先程の回廊と似た傾斜が設けられていた。

そこを滑り降りながら、ナガレはジャケットの裏へと右手を入れた。

戻ってきた手には、斧の代わりに長さ四十センチほどの円筒が握られていた。

 

「それは…何だい?」

 

言葉の隙間は、眼の前で生じた異変に対する疑問のためだろうか。

獣の想いはいざ知らず、彼はそれの底部に設けられたグリップを握り締めると、

先端を異業に向けて引き金を引いた。

 

直径十五センチほどの孔から拳大の弾丸が撃ち出され、魔女の胴体に着弾。

その瞬間に光と爆風、そして炎を撒き散らした。

口から煙を吹くそれを彼は投げ捨てず、再び引き金を引いた。

直後、魔女の身体を再度の破壊が襲った。

改良が加えられたのか以前の単発式では無く、幾らかの連射が可能となっていたようだった。

 

「成程、火筒というやつだね。でも、何処に仕舞っていたんだい?」

 

獣の声を再度無視し、彼は連射し続けた。

爆炎が魔女の体表に幾つも炸裂していく。

 

掛け降りるナガレが不意に跳躍を稼行した。

腹を強く押された獣が、

 

「きゅぷ」

 

と体内から空気をひねり出されたような声を発したが、彼が気にする様子は無かった。

気付いてすらいなかったのかもしれない。

 

三メートルほど飛翔したとき、彼は空中にて、先程まで自分が足場としていた

壁に深々と減り込む巨大質量を見降ろしていた。

根源へと眼を走らせると、それは魔女の胴体の左右に身を添えており、

更に深く見れば、地上二十メートルの高みの付近から生えていた。

 

形としては繋げられたビーズか真珠のネックレスのようだが、

本体同様、その大きさは洒落に成っていなかった。

真珠色の珠の大きさは、一つ一つが直径一メートルほどもあった。

また当然ながら破壊力も本体と作用点のサイズに準じており、

異界の壁は無残にひしゃげていた。

それまで足場としていた感触から彼は、少なくとも威力は大型車のフルスピードからの

激突に相当するだろうなと思っていた。

 

だが例によって恐怖を感じた様子は無く、

廻ってきた触手を身を屈めて回避すると、再び応射を開始した。

既に彼は最下層に辿り着き、両足は結界の底を踏んでいた。

 

秒も置かずに疾走し、異形の側面へと弾丸を撃って撃って撃ちまくる。

 

 

「おおおりゃああああ!!!!」

 

甲高い叫びが異界を震わせた。

空間に連なる黒煙を抜け、真紅の魔法少女が紅の閃光となって魔女へと向かう。

伸ばされた両手が、長大な十字槍を前面へと突き出している。

魔女が両腕を旋回させて迎撃するが、巨体ゆえか魔法少女の動きに数段劣っていた。

それでも視界を塞ぐ巨大な珠の群れを、獣からベテランと評された魔法少女は

難なく潜り抜けていく。

 

そして遂に、魔法少女が己の得物を異界の巨体へと突き立てた。

 

だが。

 

「なっ…!」

 

軽い音と共に、叩きつけた切っ先は魔女の体表から弾かれていた。

そこへ飛来した腕を足場に駆け上がりながら、杏子は再び槍を見舞った。

結果は同じであった。

陶器を思わせる魔女の体表には、掠り傷一つ付けられていない。

少し見渡せば、何処も彼処もその様子であった。

つまり、先程の爆撃も効果を挙げられていないのだった。

破壊の効果を探す魔法少女の視線が、ある者を捉えた。

 

「硬ぇな、畜生!」

 

直ぐ近くで、彼女と同年代の同性に似た声が挙がった。

何時の間にか、彼もまた魔法少女と同じ視点の場所にいた。

異界への掛け降りと逆のことをしたのだろうが、相変わらず運動能力が人間にしては高すぎる。

 

両手には戦闘用に改造された手斧が一丁ずつ握られており、彼の苦い表情と言葉からは、

それもまた弾かれたのだろうということが伺えた。

獣はというと、彼の背中に背負われていた。

常に携帯されていると思しき白い包帯によって、

雑な様子且つ精緻な雁字搦めにて少年の背に拘束されている。

それはどこか、赤子を背負う保護者の姿を連想させた。

例えるならば、保育士の体験に来させられた不良中学生といったところだろうか。

 

「似合ってるよ」

 

獣を背負う少年の真紅の魔法少女が、

魔女へと槍を振いつつ嘲笑の表情と共に揶揄の声を投げ掛けた。

 

「うるせぇ」

 

受けた少年が、さも嫌そうな顔で応じた。

こちらもまた、手近な個所へと両の斧による斬撃を見舞う。

 

「訳が分からないよ」

 

背の獣が無感情な様子で発した言葉は、自分の立場を理解していないとも、

或いは拒否しているようにも聞こえた。

 

獣が声を発したのと、魔女の巨体が打ち震えたのはほぼ同時の事だった。

己の上に這いつくばる不逞の輩達への、怒りの報復であった。

連結した珠で出来た魔女の両腕が、彼女の体表を獲物を喰らう百足のように覆ったのは、

その直後の事だった。










QBの様子が難しい…。
あとなんというか、前回からQBについて延々と考えていますが、
彼らはやはり、ゲッター線など宇宙的な存在との比較をすると結構面白いですね。
宇宙規模の事業を成し遂げようとしてて、その過程で無数の悲劇が生じるあたりとか、
作中の悲劇の原因が他でもない彼らだったりですとか(俗にいうマッチポンプとやらですな)。
他には罪状を追及しても死生観の違いなどにより話が通じなかったりとか…。

とりあえず、また両作品を読み返そうと思います(小説版まどかやゲッターロボ號など)。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。