魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「違う」
「違う」
遠く異なる場所で、されど極めて近い場所で二つの声が唱和した。
示し合わせたのではなく、偶然であった。
前者は佐倉杏子の声だった。
一面に広がる鮮血の上に彼女はいた。
芳醇で酸鼻な香りが充満する血の絨毯の上で、彼女は抱かれていた。
黒髪の少年が血の上で胡坐を組み、赤いドレスを纏った杏子を抱き締めている。
左手は杏子の後頭部、右手は腰に回されていた。
杏子の身体が上下運動を繰り返し、その度に彼女の口からは嬌声が溢れた。
ここだけを見れば、性行為に励んでいるだけに見える。
だが今も鮮血は滴り、血の範囲と新鮮な血の匂いを振り撒いている。
その発生源は杏子の四肢、があった場所だった。
筋肉と脂肪と骨。赤と黄色と白の色を見せた断面から、杏子の動きに合わせて鮮血が噴出している。
肩と足の付け根から、杏子の四肢は切断されていた。
切り離された手足は、血の池の傍らに石突を突き刺された槍の穂に貫かれて重ねられていた。
「あっ…あ……あっ……」
振動に合わせて杏子の口から声が漏れる。
苦痛と悦楽が、挽肉のように混ぜ合わされた声だった。
彼女を抱く少年の手は、杏子の桃色のスカート越しに彼女の尻を掴んでいた。
動きも激しさを増し、体内を抉る感触も強くなる。
当然のように、杏子の声も激しさを増す。
「これは」
嬌声の最中で杏子は呟いた。
得られる快楽とは真逆の、冷たい声だった。
「違う」
言葉を繰り返しながら杏子は前を見る。
黒い瞳が見えた。
何の感情も無い、虚無の瞳。
「違う」
もう一つの声が鳴る。
鈴の音の音の様な美しい声だった。
黒く美しい少女の声帯が奏でた声。
しかしその姿と状況は、異常という概念すら超えていた。
呉キリカはナガレの幻影の首に歯を立てていた。
鋭さを有し、牙となった歯が彼の肉を貫き鮮血を溢れさせている。
それを一滴も逃さぬように、血色の唇をナガレの肌に吸い付かせてキリカは血を啜っていた。
ここまではいい。
異常ではあるが、彼女にとっての常である。
異常なのは、立ち尽くすナガレの足下に黒い奇術師風の衣装を纏った肉体が横たわっている事だ。
呉キリカの身体だった。
仰向けになったその身体には首が無かった。
豊かな胸の前は開かれ、肉の中身を露出させた赤黒い空洞となっている。
肋骨は外側に向けて折れ曲がり、肉の断面は繊維が引き千切られていた。
力任せに強引に肉体が破壊されていた。
そして呉キリカの首が、ナガレの首に噛み付いていた。
ナガレは両手をだらりと下げている。
その胸に白い物体が突き刺さっていた。
胸から溢れた血が、それを紅く染めている。
というよりも、それが彼の血を吸っていた。
その白はナガレの身体をぐるりと一周し、キリカの首に繋がっていた。
それは、キリカの脊柱だった。
首を抉り抜かれたキリカはそれでも動きを止めず、背骨を彼の身体に蛇のように絡めて骨の末端でナガレの身体を貫き骨で血を吸っていた。
背骨の節が赤く発光し、肉と血をこびり付かせた骨の表面は体内に血を巡らせる血管のように脈動している。
異常が常で、狂気を空気のように纏っているキリカであったが今回は特に異常だった。
異形の蛇となりながら、キリカは血を啜り続けている。
それでいて、首の断面からは一滴の血も零れていない。
されど、グロテスク極まりない姿ながらに可愛らしい彼女の喉は液体を飲む度にびくびくと動いていた。
血を飲み続けるキリカの顔には朗らかな笑みと、淫猥な表情が浮かんでいた。
彼の身体に絡まる彼女の背骨も震えていた。
ナガレの血を一口飲む度に、性的な絶頂を迎えているようだ。
肌を重ねるとは性行為の比喩表現だが、この場合は更に距離が近い。
何せ、骨を相手の身体に潜り込ませているのだから。
本当の意味で、『身体を重ねる』という事象をキリカはある種の究極的に体現していた。
「違う」
口を付けながら、流れる血を一滴も漏らさずにそれでいて明瞭な発音でキリカは言った。
器用な少女である。
「これは、違う」
ナガレの身体に絡ませている背骨を震わせながら、顔には悦びを浮かべながら、そして眼からは涙を流しながら言った。
涙は、哀しみによるものだった。
「あいつなら、あたしの手足をぶった切っても安心しねぇ。手足と一緒に胴体も槍で貫くだろうさ」
「友人なら、首を引き抜いたなら頭も握り潰す。背骨も踏み砕くか切り刻むかをするだろう」
別の場所で、同時に二人の女が言う。
瞬間、それぞれが抱かれ、抱いている少年の形が崩壊した。
杏子を貪るナガレは、その首に齧りついた杏子によって首を喰い千切られた。
キリカに貪られるナガレは、キリカの背骨から発せられた無数の触手によって内部から崩壊させられた。
黒い霧となって消え失せるナガレの身体。
その奥から、五体満足となって闇の中に立つ杏子とキリカの姿が見えた。
別々の場所、それぞれの心の中で、二人は合わせ鏡の様な同じ姿勢となっていた。
両腕をだらっと下げ、顔を上向きにして立ち尽くしている。
真紅と黄水晶の瞳の先には、果てしない闇があった。
そして闇よりも昏い光が、二人の眼には宿っていた。
「あれは、あたしの願望だ」
「あの友人は虚像に過ぎない」
二人は同時に言った。そして同じく両膝を着き、落下の衝撃に身を任せるままに尻を地面に置いた。
「あいつにこうされたい、だから思い描いた都合のいい妄想」
「友人と交わりたい、血を飲みたい。それが簡単にできる相手としての虚像」
言葉を紡ぐ二人。
コールタールのように粘ついた声での言葉だった。
「こんなのは」
「単なる」
続く言葉を二人は発しなかった。
聴くものが誰もいないとは言え、惨めになるだけだからだ。
二人が内心で思い浮かべたのは、自慰行為という言葉だった。
身体を抉られる感覚は自分の指と戦闘の際に刃で身体を刻まれる感覚からの疑似体験。
吸血行為は単なる思い出し。
そう認識した時、不安感が二人の心を満たした。
それから逃げるように、または塗り潰すように、二人は叫んでいた。
言葉すらない、ただの叫び。
生れ落ちた赤ん坊が行う原初の呼吸の様な、本能のままの叫びだった。
叫びに合わせて、闇が震えた。
震えは激震となり、それぞれを取り巻く世界を覆った。
闇が罅割れ、砕けて消えていく。
形も何も無い世界であったが、崩壊が始まっていた。
上も下も左右も無く、全てが壊れていく。
その中で叫び続けた。
やがて二人は、自分以外の声を聞いた。
瞬間、二人は叫びを止めた。
音の発生源へと視線を送る。
それぞれの瞳には哀しみは既にない。
あるのは、絶対的な敵意と殺意。
そして見る前から分かっていた。
だから手には得物が携えられ、凶器の矛先が向けられていた。
そして激突する。
より一層、色を濃くした闇の中で佐倉杏子と呉キリカが各々の得物を噛み合わせて向き合っている。
歯を剥き出しにし、威嚇の表情を見せながら対峙する。
二人の感情の叫びによって心の垣根が崩壊し、同じ場所となって繋がっていた。
それに対し、二人は何とも思わない。
言葉を交わす気も無い。
分かっているのは相手が本物であるという事だけ。
ならば、争い合って殺し合う。
近くにいた、ただそれだけで十分であるし理由なんて不要である。
得物を激突させ、互いに蹴りを放って相手を打つ。
肉が抉られて骨が折られつつ身体が背後に向かって弾け飛ぶ。
そして次の瞬間には再び激突を再開させる。
一瞬にして鮮血が二人を覆う。
しかし苦痛と損傷程度でこの連中は止まらない。
動き出した永久機関のように、佐倉杏子と呉キリカは溶け合った心の中で殺し合う。