魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
眼を開いた。血色の眼が見えた。その中に映る自分の顔をナガレは見た。
「おはようさん」
「…おはよう」
眼の前、どころではなく触れ合うまで数ミリ程度の距離の先にいる朱音麻衣へとナガレはそう言った。
麻衣も返し、ゆっくりと身を退いていった。
寝床としているのは合わせたソファ。
羽織っているのは一枚の毛布。その中にナガレと麻衣はいた。
後退する麻衣の姿がナガレには見えた。
上は黒いタンクトップ、下は白の下着一枚。
白く艶やかな肌で覆われた、引き締まった肉体が露わとなった姿だった。
「どうだ?久々の身体は」
麻衣の肉体は二週間ほど前に魂を双樹に奪われ、空となった肉体はナガレの所有する魔女の中で冷蔵保存されていた。
魂の距離が無制限となった杏子の通信に相乗りし、肉体とのリンクを再び繋いでいたのである。
異常な状況であり突っ込みどころ満載だが、ナガレはその事よりも麻衣の復活を喜んでいた。
「問題ない。強いて言えば少し空腹な程度か」
「じゃあ何か食うか?缶詰とか菓子パンとかになっけどよ」
ナガレの提案に、麻衣はふふっと笑った。
隔てた距離は握った拳二つ分程度。
麻衣の吐息がナガレの鼻先を掠める。
蜜を蓄えた花のような甘い香りだった。
「残念だが遠慮しておこう。夜中の間食は控えている」
「なるほどな。そういうとこは俺も見倣っとくか」
「君の参考にされるとは光栄だ」
「大袈裟だ。つうか恥ずい」
「そうは言うな、君は私にとってのある種の理想だ。その君が私に倣うというなら光栄だ」
「人様が俺をどう思おうと勝手だけどよ、俺はそんな立派なもんじゃねえぞ」
「立派だとかどうかはいい。私は君に敬意を払っている」
優しく微笑みつつも、麻衣の眼差しは真剣であった。
その様子にナガレは疑問を覚えた。
「お前を馬鹿にしてるわけじゃねえんだけど、俺のどこがそんなに魅力なんだよ」
ナガレの言葉に麻衣は首を傾げた。
未知の言語を告げられたかのような反応だった。
彼は具体例を挙げることとした。
「俺はよく主人公とか言われるけど、やってる事はお前らをぶん殴ったり殴られたり、切ったり切られたりの毎日。お前らが抱えてる問題の解決とかにも関われてねぇし、なんの役にも立ててねぇ。こんな主人公があるかよ。つうか色々と終わってんだろ」
彼にしては珍しく、長々とした言葉だった。
表情に苦々しさがあるあたり、彼なりに魔法少女と付き合っていく上での悩みはあるようだ。
それに対して麻衣は
「なんだ。そんな事か」
と言った。
あっけらかんとした言い方だった。
例えるなら多数あるうちのペンを一本忘れたとか、自販機で買おうとした飲み物が売り切れになっていたとか。
そんな些細な、幾らでも替えが効く物質的な悩み以下の悩みに対するもののような。
そして麻衣はにこりと笑い、身体を前に進めた。
当然、顔同士の距離が近くなる。空いた距離は五センチも無い。
前に大きく張り出した麻衣の両胸はナガレの胸板に接触し、形をくにゅっと僅かに潰させた。それでいて形は崩れていない。
柔らかな形状と女体の持つ美しさは形を変えても保たれていた。
「私の意見だが、君と交わす暴力の交差は最高だ。今まで多数の魔法少女や魔女、それと絡んできた不埒者相手に拳や刃を交わしたが君ほど苛烈な相手には会ったことが無い」
麻衣の血色の眼には羨望と敬意が映えていた。
「全く以て褒められた事してねぇんだけど」
「私が褒める。今の君との関係は奇妙であるが、これで最良なのだと思う。なんだかんだで共に戦っているし、何よりお互いに命を交わしている」
麻衣の言葉は熱い。
奇妙な関係であると認めながら、狂気を肯定している。
「君と交流するのは好きだ。こうやって顔を見つめ、身体を寄せ合って言葉を紡ぐのはとても素敵だ」
麻衣が更に接近する。胸が大きく潰れ、彼の身体の両脇を通って麻衣の両手がナガレの背に回される。
彼の背後で両手が交差し、ナガレの両肩に細い指が添えられる。
もはや顔の距離は数ミリ程度しかない。
その顔が動いた。
下方に向けてするりとスライドし、先程まで自分の胸を押し付けていたナガレの胸へと麻衣は左頬を重ねた。
柔らかな二つの双球は、今度は彼の腹に密着している。
「おい」
「ああ、いい感触だ」
体勢的に少し危険になってきたので、ナガレがやんわりとした程度に注意をした。
麻衣はそれを聞き流した、のではなく耳に入っていなかった。
小動物のように頬を摺り寄せ、彼の肉の感触を恍惚とした表情で愉しんでいる。
「見掛けでは分からないが、頑強な筋肉とそれを搭載するに足りる頑健な骨格の感触が堪らない」
そう言って、麻衣は顔の向きをナガレの胸から見て横から垂直へと変えた。
鼻先を彼の鳩尾の辺りに軽く埋め、思い切り空気を吸った。
途端に、彼の背を抱く麻衣の手が震えた。
手だけではなく、身体全体も痙攣していた。
「いい……香りだ。私達とは違う、異性の匂い。雌である私の本能を撃ち抜く、雄の香りが脳天を貫いている」
「汗臭かったか?」
「いや、そうじゃない。君という存在の香りを満喫している」
顎を彼の胸に乗せ、見上げる姿勢で麻衣は言った。
表情には普段の凛々しさがあったが、眼の奥には欲情の炎が揺らめいている。
「君は……良いな。実に良い」
肩に添えた手に力を込めて麻衣は言った。
逃がしはしない。そう伝えているかのようだった。
ナガレはその様子に怯えもせず、真っすぐに麻衣を見ている。
その様子が麻衣を更に興奮させた。
少しずつではあるが、精悍な表情に淫靡なものが混じり始める。
それは熱病のように、彼女の表情を蕩けさせていった。
「もし、仮に……今、お互いが裸体であったなら……私は今頃、口を使って……君の……」
途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
顔は紅葉のように紅潮し、舌が絡んだような発音となっている。
言葉を言うのも恥ずかしく、そしてその光景が鮮明に脳裏に浮かんでいるのだろう。
舌が絡むような発音は、実際にその様子をシュミレートしているからかもしれない。
二人が羽織った布団の中では、興奮した麻衣から発せられる雌の香りが溜まりつつあった。
思春期の男子なら、麻衣へと本能のままに襲い掛かっていたかもしれない。
しかし、彼は違った。何時もの通りに。
「直球だな。素直で何よりだけどよ」
馬鹿にしてる訳では無く、彼の認識だとそういう年頃かという感じだった。
麻衣もそれを理解している。
その態度を示した彼を、血色の瞳で見つめている。
紅い視線は放射線のように彼の内面を探るようだった。
彼の外見を眼で見て、中身を意識で探る。
美少女のように整った外見ながら、眉毛の太さや眼の鋭さや力強さが分かりやすいほどに彼の性別を主張する。
その要素を認識しつつ、彼を探る。
一度だけ垣間見た姿を、朱音麻衣は思い出す。
彼の本来の姿。
意識した時に、麻衣の心は弾けた。
憧憬と渇望、そして……恐怖。