魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第10話 獣④

六階建てのビルに匹敵する巨体が動くたび、それが例え体表を珠状の腕が

擦るといった些事であっても、耳を聾する大音声となっていた。

 

全身に巻き付けた両腕を、魔女はゆっくりと振り解く。

頂点に据えられた眼球がぎょろりと動き、周囲を見渡していく。

眼球は一つであったが周囲に並べられた宝石を介し、無数の視線が発生していた。

どのような仕組みか、魔女はそれらの視線を全て把握しているらしく、

異常は無しと判断したか長大な両腕をだらりと垂らした。

 

己を害する小さな不届き者は、これまでに大勢見てきた。

だがその誰もが、白磁の肌を傷つける事は出来なかった。

眼球が再び動いた。

地に根を下ろした己の身体の周りを、舐めるように一瞥する。

 

魔を宿した視線に呼応し、魔女と同じ白磁の地面を突き破りながら何かがぬるりと生えた。

その一本を皮切りに、魔女の周囲から幾つもの同類が生じていった。

 

今にも枯れそうな細さの節くれだった極彩色の木々が立ち並んでいる。

ねじられた枝の先には、角ばった白色の結晶がぶら下がっていた。

異界の樹木の果実とでもいうのだろうか。

生まれる前から死しているような果実であった。

 

それに混じり、一本の枝の先端からは粗末な荒縄が垂れ下がっていた。

荒縄の先には何かがぶら下がっていた。

大きさは一メートルからその倍より少し小さい程度まで。

遠目で見れば、枝から垂れ下がる巨大な蓑虫に見えたかもしれない。

 

自分の周囲に整然と並んだそれらを見渡し、魔女は身体を震わせた。

異界を震わす地鳴りが生じ、蓑虫の群れも同様に揺れた。

宝石越しに、魔女は無数の視線でそれらを眺めた。

 

幼稚園の制服を着た子供がいた。

寝間着姿の老婆もいた。

バスケットボールのユニフォームを着た、大柄な男もいた。

勤め人と思しき、老若男女も大勢いた。

その中で最も多いのは、可憐な洋服や制服を纏った中学生程度の少女達であった。

 

どれもみな、乾ききりひび割れた唇から凝り固まった血で赤黒く染まった舌を出し、

眼窩から零れ落ちる寸前まで、両の眼球を盛り上がらせていた。

 

だがそれでいて、死者達の口元は半月の形に吊り上がっていた。

誰一人として、苦悶の嘆きでは無く満足げな笑みを浮かべているのだった。

 

「dandada陀壇☆」

 

鈴が鳴るような音が鳴った。

それは宝石の山の中から発生していた。

 

「陀壇団堕男♪」

 

濁音を内包した音を、魔女は軽やかな女の声で何処とも知れぬ場所から放出している。

音を浴びせられた宝石が震え、冷ややかな美しい接触音を響かせる。

数十の死体を聴者として、異界に魔の音楽が満ちていく。

 

音に乗じて、死体の表面で何かが蠢いた。

それらは彼らが纏った衣服の隙間や、または腐りかけた肉の中から蛆虫のように湧いていた。

幼子の口を強引に広げ、腐臭と共に這い出てきたものさえもいた。

 

「薔薇婆螺婆盤蛮♯」

 

歪な四角形を基調とした体表は、古い麻布のようにゴワついていた。

ささくれだった表面の二か所に、丸い翡翠色の宝石が埋め込まれていた。

ぎょろぎょろと蠢くところを見ると、それが眼球であるらしい。

 

枕程の大きさのそれらは、主の奏でる音楽に合わせて体の側面に設けられた触手を振い、

死者の身体や地面の上で体を楽しそうに転がせた。

 

使い魔が魔女の子だとすれば、これは親と子の戯れということなのだろうか。

そして大勢の人間の死体は、異界の遊戯に招かれた客人ということか。

 

「堕段暖堕…」

 

ふと、魔女が歌を止めた。

同時に使い魔達もまた触手の動きを停止させた。

魔女の巨大な瞳孔が大きく開き、そして上へとぐるんと動いた。

二十メートルを越える魔女が眼球の焦点を合わせていたのは、

自分よりも更に十メートル程高い場所に浮かぶ虚空であった。

正確には、虚空であった場所となるか。

 

少なくとも、そこには先程までは何も無かった。

己が支配する空間に不意に湧いた違和感に向け、魔女と使い魔は眼を向けた。

 

薄闇色で空間に彩られたそれは、魔女の巨体を見下ろすように忽然と生じた紋章であった。

ある場所は毅然とした線で、また或いは水墨画のような茫洋とした線で描かれていた。

頂点と最下を小さく丸くくり抜いた円は、左右に切っ先を向けた刃に見えた。

 

左右に円弧を描いた薄闇の刃の下には、

それに向けて両手を伸ばす、抽象化された人間らしき姿があった。

また人間の胴体を支柱とし、刃を頂くように伸ばされた両手を器と見れば、

茫洋と霞む刃から滴る液体を受け止める杯にも見えた。

 

魔女はすぐに正体を察した。

己以外の、魔なる空間への入り口だと。

初めて見るものであったが、魔女の内なる記憶がそれが何かを知っていた。

 

直径五メートルほどの異空間の出口を目一杯に用いて出現した、

大型自動車にも匹敵する巨大な十字の槍穂。

続いてそれを支えるに相応しい、数本の鉄骨を束ねたような厚みを持った柄。

それらが魔女の眼に映るとほぼ同時に、それは紋章の内部から全身を抜き放っていた。

 

一種の遅れて飛来した魔女の両腕が巨大な槍の尻を掠め、勢い余って異界の壁を大きく抉る。

 

「嫌な気分てな、続くもんだな…」

 

粉塵が舞い落ちる中、巨槍は悠然と魔女の周囲を飛翔していた。

等間隔で柄を鎖へと変え、蛇が獲物を巻くように魔女の周囲を取り囲む。

槍の長さは、魔女の巨体を二回りは余裕で巻けるほどに伸びていた。

 

「魔女の結界に逃げ込む魔法少女なんざ、洒落にもなりゃしねぇ」

 

不満に満ちた少女の声は、魔女の眼球よりも上に滞空する巨大な槍穂の根元から発せられていた。

少し遅れて、魔法少女が宙に身を躍らせる。

天空を背にして舞う真紅の花を、魔女の無数の視線が射抜く。

 

吹き付ける悪意に、杏子は牙を剥いた。

獣のような笑みと共に、飛翔する杏子の傍らに付随する巨大な槍穂が、

「がきり」という音を立てた。

 

「喰らいやがれ!」

 

獲物を前にした雌豹の貌で告げた瞬間、巨槍の穂の中央に亀裂が生じた。

正しく真っ二つになるように開いた隙間には、赤色の魔力が宿っていた。

そしてそこから、破壊光が迸った。

 

真紅の竜の口と化した槍穂より赤い炎を纏った紅の熱線が吐き出され、

魔女の身体の中腹へと着弾。

そして魔女の体表より滑り落ちた熱と光が、魔女の根元へと滴り落ちる。

地表を舐め廻す灼熱の舌が憐れな犠牲者達を絡めとり、

遺骸を弄ぶ使い魔達を一瞬にして無慈悲な炎で焼き尽くす。

 

だが。

 

「ちっ!」

 

舌打ちと共に、蛇のようにうねる柄を足場に杏子は跳んだ。

そこに、炎を纏った珠の群れが襲い掛かった。

煉獄と化した異界の中央には、炎を受けても平然と聳える魔女の巨体があった。

周囲に浮かぶ槍の柄を足場に、撞球反射に似た挙動で杏子は魔女の周囲を駆け巡る。

 

「そらよっ!」

 

叫びと共に魔女へと跳躍。

空中にて、槍の連打が見舞われる。

だが高硬度の魔女の体表に弾かれ、白い火花が虚しく舞い散る。

魔女からの追撃が飛来する前に体表を蹴って離脱、

そして腕をやり過ごした後に再び接近し刃を走らせる。

 

この様子を見る者がいれば、魔女の巨体の表面を紅の光が奔っているように見えただろう。

やがて槍の穂は自壊の傷に覆われ、乾いた音と共に砕け散った。

だが魔法少女は槍を再度召喚し、雄々しき構えと共に光となって駆け巡る。

痛痒に届かぬ攻撃ではあったが、魔女の動きは硬直していた。

 

元々魔女自身の動きが鈍いという事もあるが、

それ以上に真紅の魔法少女のスピードが速すぎたのである。

これまでに吊るしてきた魔法少女達を遥かに凌駕した速度に、

魔女の思考はパニックを起こしていたのだった。

 

乱れた異界の思考にふと、一筋の光が這入り込んだ。

それは理性の光であったが、今の魔女には分からなかった。

だが、嘗て所持していた思考体系の名残が魔女の思考に変化を与えた。

 

悪意に満ちた猜疑心が、魔女の眼球を動かした。

猜疑心を、疑惑を晴らすべく、魔女は狂ったように眼球を上下左右に激しく蠢かす。

 

「こっちだウスノロ野郎」

 

視界よりも先に、紅の魔法少女とは別の声を魔女は捉えた。

その発生源へと視線が重ねられた時、魔女の思考に再び理性の残滓が灯った。

紅の魔法少女と彼女の従者たる巨槍すらも囮だったと、魔女はこの時に悟った。

上空に舞うのは、黒髪の少年の姿であった。

 

その更に上には、先程の紋章が浮かんでいた。

刃を頂く人型か酒杯を模したかのような抽象画。

宙に浮かぶ少年は、それを常世に出現させたかのような姿をしていた。

 

疾走する駿馬のたてがみのように靡く、豊かな黒髪を抱いた頭の上に掲げられた両手が、

魔法少女の槍にも匹敵する黒く細長い柄を握っている。

柄の先端には、巨大な円が待っていた。

紋章と同じく、左右に円弧を描いた巨大な両刃の斧槍であった。

 

「おおおおうりゃあああああああ!!!!」

 

高い声による雄々しき叫びと共に、少年が両腕を振り下ろす。

黒い刃が向かう先には無数の宝石の山と、それに守られた眼球があった。

形容しようのない高音が生じたのは、次の刹那であった。

 

紅い宝石が砕け散った。

翡翠が微塵と化した。

そして金剛石へと、巨大な刃が食い込んだ。

 

刃の表面で何かが蠢いた。

巨大な眼球の視線は、そこに吸い寄せられた。

斧の中央に浮かぶ黒い球体へと。

 

魔女は見た。

悪意と食欲に満ちた視線を。

自分のそれと同じく、本能的な欲望に満ち溢れた魔の眼を。

 

怯えか驚きか、金剛石に守られた巨大な眼は、瞳を縦に縮めていた。

嘲笑うように、斧の眼からは黒い靄が発生し、斧槍の柄から少年へと伝って行った。

形としては細いが、鋼線のように鍛え上げられた腕に黒い力が纏わりつく。

 

更に黒は少年の身体を地虫のように這っていく。

腕から肩へ、肩から首へ。

そこで、黒い波濤が停止した。

彼の首に巻かれた白い一線へと触れた途端に。

白い包帯には、四つの個所に赤黒い点が浮いていた。

 

一旦停止した黒は、次の瞬間そこへと導かれていた。

迸る黒により、少年の首の包帯が弾け飛ぶ。

細首には、赤黒の真下と思しき個所に四つの傷が孔となって空いていた。

うじゃじゃけた傷跡であるそこへ、魔なる者の力は吸い込まれていった。

 

「くたばりやがれぇええええええええええ!!!!!!!!!」

 

少年の口から迸った獰悪な言葉は、

魔に魅入られた魔槍の操者の狂気の叫び声となっていた。

それが魔と共鳴したのか、先程までの停滞が嘘であったかのように、

巨大な斧は金剛石を一気に切断した。

最後の防壁を突破した後に、斧は眼球に刃を立てていた。

 

少年の破壊的な叫び声が鳴り響く中。

真っ二つにされた眼球は、己の体液で染まる視界の奥に浮かぶ異形を見た。

黒髪の少年の眼の中に宿っているものを。

瞳の中に浮かぶ、黒々とした禍々しい円環。

如何なる感情によって生じるものなのか、悪意の権化たる魔女ですら分からなかった。

 

魔女から溢れ出した体液と飛び散る血肉が、発生源の最も近場にいる彼の元へと降り掛かる。

だがそれらは僅かに彼の顔と服を染めたのみだった。

そして、眼の中に渦を宿していたのは彼だけでは無かった。

彼の眼には、斧の中央へと渦を巻いて吸い込まれていく異形の血肉が映っていた。

 

「共食いかよ。てめぇもいい趣味してんなぁ」

 

吐き捨てると、彼は両手に力を籠めた。

宝石の破片もろとも魔女の血肉を啜る黒い眼が、偽りの操者に瞳を向けた。

感情の宿らぬ、鮫のような眼が何を謂わんとしているのか、

皮肉なことに彼はよく分かっていた。

何をする為かという違いはあれど、得物と操者の望みは同じであるために。

 

少年が再び叫ぶと、斧は眼球を抜けていた。

そして刀身は更に下降し、超硬度の魔女の胴体に喰い込んだ。

 

喰い込む刀の周囲を、無数の紅が迸った。

そして次の瞬間、彼の身は一気に魔女の体表を滑り落ちていた。

 

彼が通り過ぎた一閃は、魔女の体表に縦筋の傷となって刻まれていた。

その傷に向かい、魔女の全身から無数の紅が向かって行った。

杏子が魔女の身体に無数に走らせた、突きと斬撃の跡だった。

 

白磁の肌を真紅の傷が埋め尽くすと、それらは無数の裂け目と化した。

そして裂け目から生じた光が、異界を白へと塗り潰していった。

 

 










書いててなんですが、恐らくお二人はタイトルの存在の事を忘れています。
また魔女さんの歌は、一部で有名な某磁石サイボーグのテーマを拝借させていただきました。

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