魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第10話 獣⑤

「もう帰ってもいいかな?」

 

廃教会に到着して十分ほど経過したのち、白毛の獣はそう言った。

遭遇時は処女雪のような清涼感と、一種の触れ得ざる者のような神聖さが伺えた体毛は、

烈しい戦闘の余波により、今では使い古しの縫い包みのような野暮ったさを帯びていた。

 

「好きにしな」

 

彼らから見れば配下にあたる真紅の魔法少女が下した許可は、暴君の口調によるものだった。

許しを受けた獣は、彼女の寝床から軽やかに身を翻して跳躍すると、

音も無く床面へと着地した。

清掃を施され、廃墟にしては小奇麗となった床を獣の四足が闊歩していく。

 

「ちょい待ち」

 

何時の間にか獣の隣に立っていた少年が、獣に声を掛けた。

獣が傍らを向くよりも早く、白手袋で覆われた両手が獣の首を包みこんだ。

 

「中々似合うじゃねぇか」

 

少年の手は直ぐに離れた。

彼の両手が触れていた部分、獣の首には赤い首輪が嵌められていた。

ご丁寧にも、ロープと接続するためと思しき小さな鉄の輪までが付けられている。

何時用意したのだろうか。

獣は首を左右に小さく振り、手の甲で革製の首輪に触れた。

 

「行動に支障は無さそうだね」

 

感謝でも、拒絶でもない言葉であった。

しかし少なくとも、外すつもりは無いらしい。

 

「じゃあ、気ぃ付けて帰れよ。カラスとかに突かれねぇようにな」

「その心配は無用だよ。動物たちには僕の姿は見えないからね」

 

やり取りを終えると、獣は振り返らずにとことこと歩いて行った。

そして獣は扉を通り抜け、降り注ぐ陽光の中へ溶けるように消えていった。

 

「バカだからってのは分かるけどさ…なにやってんだ、テメェは」

 

獣を見送った少年の背に、家主は言葉の槍を放った。

罵詈雑言は最早、両者の間では挨拶に等しい。

耐性があるのか強がりか、少年は小さく鼻を鳴らした。

 

「獣には首輪を着けるもんだろ」

 

寝床へと戻り、寝転びながら彼は言った。

適切か不適切か分からぬ言葉に対し、杏子は沈黙を選んだ。

獣の扱いについては、どうでもいいと思ったのだろう。

 

「にしてもテメェ…随分と魔女と息があってたじゃねぇか」

「一緒にキリカの奴とやり合ったからな」

「ああ…」

 

思わず口に出したところで、杏子は一旦口を閉じた。

『納得』と続けるつもりだった。

強引な理屈であるし理解できなくも無かったが、それは口にしたくは無かった。

嘗められるに決まってると、彼女は思ったのだった。

 

「あたしとしちゃあ、役に立つんならそれでいいけどさ。

 精々取り込まれねぇようにしなよ」

「御忠言、ありがとよ」

「ところでテメェ、今日は随分と気合入ってやがったな」

 

素直に礼を言われたためか、寝入ろうとしていた杏子は更に言葉を続けた。

今日の『勉強』のために本棚へと伸ばされていた少年の手は、虚空にてぴたりと止まった。

 

「あんなもんを見せられりゃ、そりゃな」

 

短い言葉の後に、小さな歯軋りが続いた。

 

「魔女ってのはそういうもんさ。人を結界の中に連れ込んで、弄んでから殺しやがる。

 …これからも、ああいった場面には出くわすだろうさ」

 

杏子自身も、今回のような場面は無数に目撃していた。

魔女や使い魔によって生きたまま咀嚼される子供の姿は、

何時まで経っても鮮明な記憶として魔法少女の脳裏に浮かんでいる。

 

それを思い返す事は普段は滅多に無かったが、

今回の犠牲者の年齢層にはそれらに近いものが含まれていた。

自意識を蝕む地獄絵図に、魔法少女は耐えていた。

 

「新聞でやけに行方不明や自殺が多いと思ったがよ、やっぱりそういう事かい」

 

ああ、そうだよと、魔法少女は肯定した。

今頃気付いたかという罵倒を続けようかと彼女は思ったが、結局言葉には成さなかった。

 

「ふざけやがって」

 

少年の呟きは、憤然とした怒りの炎に覆われていた。

悪に歯向かう気持ちは強いというところだろうか。

 

嫌いなのは変わらないが、悪鬼のような同類と比べれば彼の内面は比較的にまともであると、

杏子はここ最近思うようになっていた。

比較対象たちの性格や存在が、最悪に近いというせいもあるが。

 

時間はまだ五時頃であったが、魔法少女は急激な睡魔を感じていた。

先に落ちて堪るかと眼を見開くと、視線の先には既に寝入りに入った少年の姿があった。

やや息苦しそうな様子からは、魔女との同居には、

それなりの苦痛と疲労をもたらすという事が伺えた。

獣を呼び出した要件の事が頭を掠めたが、彼女を引き戻すことは出来なかった。

 

眼を閉じた杏子の瞼に、閉じる前に見た光景が一瞬だけ浮かび上がった。

少年の首に新たに巻かれた包帯には、早くもどす黒い血の点が浮き上がっていた。

 

見栄を張る相手を蝕む、毒々しい赤黒に魅入られたかのように、

魔法少女の意識は虚無の底へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼の立場は、風見野市の魔法少女群における最上級個体の一体、

 佐倉杏子の従僕であると推察される」

 

抑揚のない声が響いた。

声は水面に落ちた水滴による波紋のように、空間を伝っていった。

 

「これまでの人類の進化を鑑みるに、現時点での人類の肉体性能を数世代ほど超越している」

 

無明の闇の中で、二つの丸い光が灯った。

一瞬光が遮られ、直ぐにまた灯った。

瞬きである。

 

二つの丸は、眼球だった。

一組の眼球の中には、血色の光が満ちていた。

 

「出生は不明なものの、一種の突然変異個体であると仮定される」

 

それが一つ増えた。

 

「とは言え自然界からの産物と判断するのは早計であり、

 何者かに依って造り出された可能性も否定できない」

 

言葉と共に、更にもう一つ。

 

「性能は劣るものの、『箱庭』内における魔法少女の奇形、

 ないしは模造体に近しいものとも考えられる」

 

空間の中に、ぽつぽつと赤い光が連なっていった。

 

「特筆する点とすれば、魔女と共にあるという事である」

 

同じ間隔と光量で、同じ声と共に続いていく。

 

「『牛の魔女』と命名された斧状の魔女の眷属或いはその子孫と思われる個体を振り回し、

 武器として使用する事が確認されている。

 また件の個体より魔力を供給されている事を確認した」

 

何時しか、闇は駆逐されかけていた。

無数の血玉の光が、闇の中に佇む白い身体を照らしていた。

猫に似ていて、それでいて決して異なっている純白の獣が薄闇の中にひしめいていた。

 

純白の体毛の上に、血に似た赤と、絶望を思わせる闇色の黒が映えていた。

 

「恐らくは魔女による寄生を受けていると思われる。

 魔法少女たちの言葉を借りれば『犠牲者』ということになる」

 

異形の獣たちの談合は、誰が主でもあり、誰もが聴者であった。

 

「しかしながら犠牲者にしては意識が極めて明確であり、共生関係との見方もある」

 

無数の提言は、何処からともなく流れていた。

 

「この存在の名称は?」

 

書に記された事実を確認するような淡々とした言葉の交わりの中で響いた、

抑揚無き音による疑問は、鮮烈ですらあった。

 

「不測の事態が続いた為、現状では未確認。便宜上の呼称名として『竜の戦士』を進言する」

 

言葉に呼応したかのように、幾つかの赤が明滅した。

 

「これは人類における冷戦下の国家同士にも似た関係ながら、

 『仲間』という間柄を構築している佐倉杏子に由来する。

 先の戦闘において彼女が使用した巨大槍による熱線は、

 空想上の生物である『竜』の外見に類似していた。

 また、嘗て存在した魔法少女の中にも自らの魔法に『竜』を用いた個体がおり、

 部分的な類似性が伺える。そのため分類上の利便性を鑑みて、

 両者を関連付けるものとする」

 

長口舌ではあったが、解剖刀が意識を持ったかのような、冷ややかな声だった。

 

「観察に於いて件の異形は魔女の力を得ているものの、純粋な戦闘力は佐倉杏子に劣っており、

 両者の関係は必ずしも同等ではなく、先の通り佐倉杏子の方が上位であるものと考えられる。

 なお現時点での拠点は前者の廃教会であり、住居を提供していることからも、

 佐倉杏子の方が立場は上であると云ってよい。

 よってここでは両者を主従関係にあるものとし、主である佐倉杏子を『竜』とし、

 眷属をそれの『戦士』とし、『竜の戦士』するものと定義したい」

 

淡々とした弁舌はそこで終わりを告げた。

ほんの少しの間、獣たちの議論は途切れた。

そして。

 

「承認する。

 各魔法少女及び素体共々同様、引き続き件の異形、『竜の戦士』の観察を継続せよ」

 

これまでの例に漏れず、その声は何処からともなく去来していた。

だがそれに反し、無数の血色の眼は一つの方向に視線を向けていた。

 

「了解」

 

赤い首輪を架せられた獣は、至極淡々とした様子で無数の同胞へと答えた。

獣の微細な動きに沿って揺れた鉄輪が、鈴のような音を響かせていた。

無機質な音であるはずのそれは、獣たちの声よりも、遥かに肉感的なものだった。









今回は比較的短めになりました。
また首輪は、「まどかえんがわ」でのそれと見ていただいて大丈夫です。

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