魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第67話 無明②

「闇というか、宇宙だな」

 

 

 自分を内包する空間を眺めながら、キリカはそう言った。

 上も下も横も無い空間を彼女は漂っている。

 佐倉杏子の心の中を。

 彼女はそこを闇、そして宇宙と評した。

 無数の小さな光点が浮かぶ一面の黒。確かにそこは宇宙に見えた。

 光点と黒が集積する巨大な渦は、さしずめ銀河と云った処か。

 

 

「いつも偏愛ヤンデレな度し難い思考に満ちてる佐倉杏子に、こんな想像力がある筈ない」

 

 

 キリカは辛辣で冷静な意見を呟いた。

 無限とも思える空間の中、気配を探る。

 何を、という訳でもない。ただ本能に従い、行くべき道を探っていた。

 当てずっぽうとも言う。

 

 

「そこか」

 

 

 幸い、彼女の勘は鋭かった。

 目星をつけた場所へと、闇の流星となって飛翔する。思うだけで速度は幾らでも出せた。

 次の瞬間、彼女は闇の中ではなく大地の上に立っていた。

 といっても、輪郭は定かではない。実体らしい、という雰囲気だけが感じられた。

 足裏の感触は無い。

 それどころかあらゆる感覚が喪失している。

 常人なら発狂する状況だが、キリカは何とも思っていなかった。

 既に狂っている、のではなく彼女にとってこの世の事象は無関心な事柄が多過ぎるのである。

 

 

「へぇ」

 

 

 僅かだがその声には興味の成分が混じっていた。

 視線の遥か先にあるのは奇怪な物体。

 金属や肉、植物や昆虫の要素を詰め合わせた異形。

 明らかに自然の存在ではないと思えるのに、その形が適切なものと思えてならなかった。

 形とは言うが、それの形状の認識は曖昧である。

 キリカには理由が分かっていた。

 

 心の中とはいえ、網膜から入る情報は見たままを示している。

 それが脳で認識される際、誤変換を起こして曖昧に映っているのだと。

 理由は、認識による狂気から心を護る為。

 万物に無関心を示し、メンタルも強靭なキリカをして、この世界の事柄は精神を汚染するに足りる狂気で満ちているのだった。

 

 キリカがそう認識した存在は、遥か彼方、地平線の先にあった。

 ほんの数舜で、彼女の前方数百メートルの地点まで迫っている。

 それは大津波の如く高さと幅を備えていた。

 見上げても足りない高さ、視界の隅に収まらない範囲。

 振動は感じないが、地面が揺れているのが見えた。

 異形の大津波は進路上の全てを破壊し進んでいく。

 地形、山脈、文明、生命。

 全てが蹂躙され、異形の波に飲まれていく。

 

 流石に不愉快そうにキリカは美しい顔を少し顰めた。

 細首を回して周囲を見る。

 異形の波は全方位から迫っていた。巨大に過ぎる存在だったが、それはキリカが立っている場所を目指しているように思えた。

 何が起きているのかを理解し、キリカは空を見上げた。

 瞬間、黄水晶の瞳に深紅が映った。それは光の帯となり、異形の波へと降り注いだ。

 

 音も何も無いが、絶叫が響き渡るのをキリカは感じた。

 光が着弾した個所の異形は瞬時に形を崩壊させた。帯は横に一閃され、接近するもの全てを薙ぎ払った。

 光と熱風がキリカの身体に叩き付けられた。

 例によって何の衝撃も無いが、キリカはそれに圧倒された。

 されながらも、煌々とした光で満ちた空を見上げた。

 眩いに過ぎる光の中、形を備えた深紅を見た。

 それは光の先にある蒼穹へと吸い込まれていった。

 キリカは即座に地を蹴って跳んだ。

 黒い閃光となって、深紅を追い求めて飛翔する。

 

 大気圏内を抜け、宇宙に出た。

 既に深紅の姿は無い。

 本能に従って彼女は飛翔し続けた。

 その間、彼女は無言だった。

 思考も無に近かった。

 ただ本能に従って飛んだ。

 本能とは、『愛』でもあった。

 

 

「う……」

 

 

 飛翔し続けるキリカの耳朶は少女の声を拾った。

 少し考え、寄り道をすることを選んだ。

 こういうあたり、キリカは善人であった。

 

 

「やぁやぁ、久々だね朱音麻衣」

 

 

 接近するまでも無く、キリカには正体が分かっていた。

 宇宙空間の中、朱音麻衣が座り込んでいた。

 体育すわりになり、肩を、全身を震わせていた。

 仕方ないねとキリカは思った。

 

 

「何を見たか知らないけど、ここはヤバいんだよ」

 

 

 努めて優しい口調でキリカは言った。案外、保育士的な仕事が似合っているのかもしれない。

 キリカの言葉に、麻衣は大きく肩を痙攣させた。そしてゆっくりと振り返る。

 うわぁ、と言うのをキリカは堪えた。

 今の麻衣の顔は、幽鬼の如き虚無感と憔悴感で満ちていた。

 無念の内に世を去った亡霊でも、まだ明るい表情をしている。そう思わせるような貌だった。

 

 

「ここは佐倉杏子の心の中だけど、あいつは友人から記憶を掠め取ったみたいだ。つまりここは友人の過去さ」

 

「…くわしいな」

 

「一度、いや二度ほど経験があるからね。詳しくは言わないよ。精々たっぷり妄想しておくれ」

 

 

 麻衣は歯軋りをした。嫉妬の炎が燃え上がり、麻衣の意識を正気に戻す。ちょろいなぁとキリカは思った。

 

 

「あいつは此処に来る前は地獄みたいな世界にいた。そこで延々と戦ってたのさ」

 

「素晴らしいな。私もぜひ行きたいものだ」

 

「本心、そこに羨望と嫉妬が混じってるのが丸分かりだね。でも今そこにいるから叶ってるか」

 

 

 幽鬼から悪鬼の表情となった麻衣にキリカは呆れていた。

 自分の周りはどうしてこう、戦闘狂ばかりなんだろと彼女には疑問で仕方なかった。

 

 

「で、君は何を見たんだい?」

 

「それは」

 

 

 キリカの問いに麻衣は答えられなかった。

 麻衣の表情は戦意に燃える悪鬼から、虚無を宿した幽鬼へと戻りつつあった。

 めんどくせぇえええええ、とキリカは叫びたくなった。

 

 

「あー、うん。分かった。言葉にするのはやめとこ。理解するの無理」

 

「……そ、う、だな。うむ、そう、そうだな」

 

 

 口内に溜まった泥でも吐き出すように麻衣は言った。

 しばらくそのまま息を吐き続けた。

 待ってるのも暇だったのでキリカは麻衣の背を摩った。

 その甲斐あってか、麻衣の呼吸は落ち着きつつあった。

 さて、何を話そうか。

 キリカが今後の方針を考えていると、繊手の先でドクンと跳ねる心臓の感触を覚えた。

 

 麻衣の顔にも変化があった。

 眼は驚愕に見開かれ、口がわなわなと震えている。

 恐怖に慄く朱音麻衣の姿は、流石にキリカも初めて見た。

 恐らくは、この世の誰もが見た事のない表情だろう。彼女の親ですらも。

 麻衣にそんな顔をさせたものが何か、キリカには察しが付いた。

 麻衣の視線の先をキリカも追った。

 途端に、彼女の顔にヒビのような痙攣が奔った。

 

 視線の先には宇宙がある。

 そこに亀裂が走っていた。

 宇宙空間を切り裂く赤の線。

 それは縦に横にと拡がっていく。

 際限なく、空間を埋め尽くすように拡大する。

 瞬く間に、視界で納められる大きさではなくなっていた。

 

 だが二人にはその様子が確認出来ていた。

 視認という概念を超え、魂にそれが情報として注ぎ込まれているかのように。

 線は線と合流し、巨大な形を描いた。

 近くで渦巻く銀河と思しき集合体ですら、その形の先端と比較すれば指先で拭われる埃のようだった。

 そう、それは巨大に過ぎる指だった。

 それも指の第一関節であり、その後に更に関節が連なった。

 その後は手の甲になり、腕となった。

 

 そして、その先は。

 

 

 魔法少女、魔女。

 異形と接することが日常である魔法少女達の認識を、眼の前の存在は遥かに超越していた。

 文字通り別次元の事象であった。比較対象にもなりはしない。

 知らずの内に、叫びが放たれていた。

 恐怖と絶望。

 それが声となって吐き出されていた。

 しかし、眼の前の事象は魂に流れ込んでくる。

 以前にあった、異界の狂気から自分の心を護る為の本能的な防御も発動しない。

 ただただ、狂気を越えた狂気に浸されていく。

 宇宙を巨大に過ぎる深紅が汚染していく様が、まざまざと見せつけられる。

 

 叫ぶ中、二人は一つの光を見た。

 際限なく巨大化していく深紅の巨体。

 そこに向かって行く、深紅の姿を見たのだった。

 その形状には見覚えがあった。

 

 それは…。

 

 

 

「うるせぇぞ、雌餓鬼共」

 

 

 鬱陶しそうな声が、叫ぶ二人に投げ掛けられた。

 それが耳朶を打った時、二人の視界は急速に歪み始めた。

 そして全てが歪み、肉体や心と言った自身を構成する要素すらも曖昧となり、意識は虚無へと落ちていった。

 

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