魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第10.5話 魔なる者達の平凡な休息

「こいつらガキの癖に、無茶しすぎだろ」

「うるせぇな。黙って見てろよ」

 

真昼間から寝床に座りつつ、少年と魔法少女はテレビを観ていた。

修理を兼ねて改良された映像機器は、更に異形化が進行していた。

本体から伸びた複数のケーブルが、同様の異形さを備えた薄い箱状の物体に接続されている。

時間経過と共に、そこに表示されている時間が目減りしていくところを見ると、

これはプレイヤーであるらしい。

 

その上には複数のディスクケースが積み重ねられている。

色鮮やかなジャケットの表紙と背には、可憐な少女たちの姿が描かれていた。

テレビからは常に激しい音と光が生じ、時折烈しい爆発音も鳴り響いた。

今日も今日とて、彼らが見ているのは空想上の魔法少女達の物語であった。

 

普段は杏子は祭壇の上、ナガレはその下に寝床を構えているが、

今日は隣同士に寝床を配置していた。

 

「黙らねぇと、寝床ごと叩き出すぞ」

 

家主の言葉に、ナガレは反論を飲み込んだ。

放出しかけた言葉の分だけ、表情には苦みが浮かんでいた。

物理的に縮まった距離に反して、両者の仲は相変わらずだった。

 

室内にて着実に高まりつつある非日常の雰囲気とは裏腹に、

映像は朗らかな日常風景のそれとなっていた。

戦闘を終え、変身を解いた魔法少女たちは学生の本分を全うすべく、

仲良く登校をし始めていた。

 

その様子に、ナガレの表情に怪訝の色が浮かんだ。

何かを言いたげに口を開きかけ、即座に閉じられた。

そして何かの拍子に、またそれが繰り返された。

その様子は、陸に挙げられた魚の呼吸を思わせた。

言葉を封じられた少年は、とても息苦しそうだった。

 

「…見苦しいツラしてんじゃねぇよ。もういいから好きにほざきな」

 

感情を分析すれば、百パーセントの呆れによって出来たかのような声で

魔法少女が許可を出した。

 

「こいつら、別空間で魔物を爆殺した次の瞬間に登校しやがってるな。

 脱出とか学校の用意とか、今までの過程はどうなってんだ?」

「場面転換ってヤツだろ。色々省略してるんだろうさ」

「なるほどな。そういうトコはあやかりてぇもんだ」

 

確かに移動やら回復やらは面倒くさい。

そもそもこの鑑賞会も、休憩を兼ねたものである。

場面は更に移り変わり、学校での授業の一場面となった。

窓際の席に座る主人公が、眠たげな眼付きで蒼穹へと視線を送っている。

 

本来の、また外見上での年齢を考えれば、その光景を眺めている二人も

現実でのこの場面に加わっている筈なのだが、それについては言及は無かった。

不毛な議題だと、互いに察している。

 

「お、こいつ生きてたか」

「主人公の意中のお方みたいだからねぇ。死なれたら不味いんだろさ」

「モテる野郎は得だな」

 

揶揄の先には、俗に言う美少年な男子生徒の姿があった。

画面の中にて彼を眺める魔法少女の宝石のような眼は潤み、視線には熱が込められていた。

だがそれと反するように、視聴者二名は勘弁してくれよといった表情となっている。

 

「にしてもこいつ、今んところ2~3話に一回は事件に巻き込まれてやがるな」

「話の都合とは言え、底抜けの間抜け野郎って事だろうさ」

 

魔法少女の言葉は抜身の刃であった。

言葉遣いが気に入ったらしく、ナガレは小さく嗤った。

 

「で、主人公と仲間が敵の魔物をぶっ潰して、

 本人は気絶したまま敵の基地から救出されるってのが定石か」

「どうしようもねぇクソ間抜けだな」

 

ナガレも顎を引き、杏子の意見を肯定した。

場面は更に移り行く。

下校途中、爆発と共に魔法少女たちの敵対者が出現。

気絶した美少年を小脇に抱えた毒々しい紫の衣装を纏った道化が電柱の上に立ち、

宙に生じた謎の空間の入口へと跳躍する。

 

絹を引き裂くような魔法少女達の叫びと共に光が発生。

緊迫した場面だと云うのに、五人組の魔法少女が変身する様は、

一人ひとり丁寧にはっきりと描かれていった。

全員が変身し、舌を噛みそうな長ったらしいチーム名を声高々に叫ぶ頃には、

美少年が連れ去られてから三分ほどが経過していた。

 

魔法少女たちはそれぞれのイメージカラーと同色の光となり、空間へと飛び込んでいった。

雄々しき号令と共に一枚絵が表示され、そして。

 

「て、おい!」

 

反射的と言った具合に、ナガレは叫んでいた。

 

「っざけやがって!ここで終わりかよ!?」

 

喧しい声だったが、杏子は反論をしなかった。

彼女も同じことを言い掛けていたのである。

 

「冗談じゃねぇぞ。今の話で、戦ったのはほんの数分じゃねえか」

「映画じゃねぇんだから、普通はそうだろ」

「だってこいつはアニメだろ?普通の事やってどうすんだよ」

「何ムキになってんだよ、テメェ」

 

言いつつ、理由は分かっていた。

彼女自身も同様の苛立ちを感じていた。

空想の魔法少女達の日常風景を楽しめるほど、彼女の神経のささくれは癒されていない。

 

「日常回って奴だよ。いい加減慣れな」

「ああそうするよ。よく考えりゃ、喚いてもしゃあねぇや」

 

言葉を投げ合っている間に、物語はエンディングへと差し掛かっていた。

快活なオープニング曲とは真逆の物憂げな曲に合わせ、

魔法少女とサポーターの珍獣が画面の中で跳ね廻る。

 

「ま、実のところそんなに嫌いな訳じゃねぇしな。

 気に喰わねぇトコもあるけど、群像劇ってヤツはそこまで退屈しねぇ」

「なら黙ってろよ」

「好きに喋って良いって言ったのはお前さんじゃねえか」

「気が変わった」

 

ソファに腰かけた魔法少女の左手が霞む。

真横に突き出された繊手は、長槍の柄を握っていた。

柄の先端には穂は無く、丸い断面を見せている。

打ち据えるべき相手は刹那の差で前に出ていた。

 

「あと八巻、大体三十二話ってとこか」

 

腰を屈め、プレイヤーの上に重ねたディスクケースを手に取りながらナガレは呟いた。

 

「長いね」

「全くだ」

 

狙いを外したものの、杏子の声は平然としていた。

元より、この程度の速度では当てられるとは思っていない。

回避に成功したのは切断ではなく、激しくど突く程度の加減がされていた。

最初に会ったころなら当てられただろうなと、魔法少女は思った。

今の一撃は彼を試したものだった。

 

「それにしても、空想とは言えこいつらも無茶してやがんなぁ」

 

新しいディスクを機器に挿すと、ナガレは再び席に着いた。

 

「何がさ?」

 

穂の無い槍を消滅させ、杏子は尋ねた。

 

「魔法『少女』が活躍する為ってな分かるんだけどよ、子供に責任を押し付けすぎだろ。

 別の世界から侵略されてるってのに、国や大人は何してやがんだよ」

 

突っ込みとしては禁忌だろうが、至極真っ当な言い分だった。

利己主義且つ現実主義者である杏子もまた、その言い分には同意する部分があった。

 

「単純に気付いてねぇか、或いは知ってて放置してるとかじゃねぇの?」

「だとしたらえげつねぇ連中だな。

 そういや、俺らん時も政府の方々は基本的に役立たずだったな」

「昔話かい?」

「あぁ。まぁ、政府の連中はあの一家の尻に敷かれてたみてぇだが」

 

嘘か誠か知らないが、彼の嘗ての居場所は相当に物騒なところらしかった。

一家という単語が彼女の中で引っ掛かっていた。

その組織は家族経営によるものなのだろうかと。

画面ではちょうどオープニングが終わり、タイトルコールが流れていた。

だが彼は話を続けた。

杏子もそれを止めなかった。

関心事が移った理由は、彼女にも分からなかった。

 

「流石にこいつらほどじゃねぇけど、俺もガキの頃、親父に結構な無茶をやらされてたな」

「山籠もりとか?」

「よく分かったな」

 

予想の敵中に、杏子は露骨に顔をしかめた。

やはりというか、そうならない筈はないのだが、

ロクでも無い話になるだろうなと、この時に悟った。

 

「日がな一日中、山ん中歩きまわされて、適当に開けた場所に着いたら空手の稽古だな。

 組み手以外にも、杉の木に藁を巻かされて、そいつを延々と殴る蹴るしてた」

「木に何の恨みがあるんだよ」

 

今の時点でガキなのに更にガキとは、恐らくは三、四年前くらいかなと彼女は思った。

彼の年齢は不明だが、自分と同じとしたら十一か十二くらいの時の事だろうと。

その時の自分は、という考えは思考の外に追いやっていた。

幸いながら彼の話に耳を傾けていたため、追憶の傷に触れた痛みは少なかった。

 

「で、そいつをへし折ったらまた近くのやつに同じことをやって…とまぁ、

 延々とそんな事を繰り返してたな」

「地球に優しくねぇ野郎だな」

「しかも殴りがいがある木がねぇと、別の場所に移動してたな。

 地図も持たずにやってたから、親父の気分次第で何処までもよ」

 

熊に喰われればよかったのに、と言い掛けたが、

逆に熊が喰われそうだと思い言葉を取りやめた。

昔のこいつはまだしも、こいつの親父が一緒である。

杏子の想像力では彼の父親の姿は思い浮かべなかったが、

同様に熊がそいつに勝てるビジョンも見えない。

ひょっとしたら、というよりも恐らくは実際に喰ってたんじゃないかと、杏子は思った。

 

「で、親父さんはテメェを更に山奥まで連れてって、今度は何をしたのさ?」

「崖から俺を突き落としやがった」

 

淀みなく応えられたそれに、魔法少女は沈黙した。

当然だろう。

 

「失礼な言い方するけどさ、テメェの親父、イカれてるんじゃないのかい?」

「俺もそう思う」

「少しは言い返せよ」

「とっくの昔に死に別れたけど、未だに親父についてはよく分からねぇんだよ。

 流石に一応抗議したけどな、そしたら野郎

 自分で行かなきゃ突き落とすとか言いやがったから、

 思わず破れかぶれになっちまってな。気付いたら崖から真っ逆さまよ」

「…崖の高さは?」

 

僅かに生じた沈黙は、発言の過激さと彼の家族構成の一端を知った事によるものだろうか。

 

「四十メートルってとこだな。

 ちなみに前にお前さんに見せた、赤マントの奴の高さも大体そのくらいだ」

「あの鉄塔猫野郎、んなデケぇのかよ!? つうか今言う事じゃねぇだろ!?

 あーもうワケ分からねぇ!とりあえずテメェ、その高さから落ちて何で生きてんだよ!?」

「それは」

 

異界の情報を流し込まれた魔法少女は、先に感じた虚無感を燃焼させるかのように激昂した。

だが彼が言葉を止めたのは、それに気圧されたからでは無かった。

どう言うべきか、彼なりに少し悩んでいたようだった。

そして、彼は再び口を開いた。

魔法少女が再度の槍を召喚するのと、同じタイミングだった。

変な所で、呼吸の合っている連中だった。

 

「親父に助けられたからな。俺が飛び込んで直ぐに自分も飛び降りたらしいや。

 気付いた時には、枝にぶら下がった親父に空手着の首根っこを掴まれてた」

「…そうかい」

 

返事をしつつ、杏子は光景を思い描いた。

軽く考えただけでも、常軌を逸した行為だった。

だが、それを息子に課した男は彼を死なせずに守ったのだった。

脳の一部が何かに刺されたような、そんな幻の痛みを杏子は感じた。

そこで彼の話は終わりだった。

最後に彼は、

 

「七歳のガキがする事じゃねぇな」

 

と、続ける積りだった。

取りやめた理由は、自慢ぽくてなんか嫌だと不意に思った為だった。

また彼にとっても、幼年時の記憶は弱味を晒すようでこれ以上口にすまいと思ったようだ。

 

「結構進んだな」

 

空想世界の魔法少女たちは、前回からの敵を打倒していた。

焼け焦げた道化を踏み付けながら、声高らかに勝ち名乗りを挙げている。

コミカルな様子で涙を流す道化に、両者の顔に仄暗い笑みが宿った。

何に思いを重ねているのかは、言うまでも無いだろう。

 

「巻き戻すか」

「あぁ、ちゃんと観とかないとね」

 

ナガレが巻き戻し作業に取り掛かった時、魔法少女は大きく息を吐いた。

この数分で、やけに疲労が溜まった気がしていた。

多数の情報が精神と脳に負担を掛けたんだろなと、杏子は自嘲気味の笑みを浮かべた。

 

自分の生い立ちと比べる訳でもないが、

世の中は広いという事を、現実の魔法少女はなんとなく悟った。

また、生まれて最初に所属を課せられる家族という関係は、

どうしようもなく理不尽な存在であるということを。

 

「おい、始まるぞ」

「分かってるよ」

 

だが今は、以前ネットカフェに行った時同様、この幻の世界を眺めていたかった。

何時また訪れるかも分からない戦いを前に、少しでも休んでおきたかった。

例えそれが、敵と成り得る存在の隣での、一時の安息だとしても。

 









両者にとって、若干の安息になれば幸いです。

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