魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
首の断面からは肉の筋と骨が見え、胸から臍辺りまでの胴体は楕円状に刳り抜かれていた。
全ての傷口から黒血を吐き出しながら、環いろはの肉体が黒い地面の上で横たわっている。
それに、巨大な双頭が喰らい付いた。
銀の装甲で覆われた巨大な双頭犬、双樹のドッペルは地面ごと環いろはの肉体を喰らい、千切れた腕を互いで分けるように両端に噛み付いて綺麗に二等分してから咀嚼し飲み込んだ。
小さな骨の欠片が腕から飛び、地面に落下し乾いた音を立てた。
そして意識を喪失している双樹と、彼女の卵巣が変異したドッペル、ニコ曰くの『外道のドッペル』は新たな獲物を求めた。
二階建ての家に相当する高さにある巨大な顔は、彼方に立つニコと彼女に抱えられた黒江、そしてニコの肩に立つ獣を見た。
距離はあるが、双頭犬の背には白銀の翼が生えている。
一羽ばたきもすれば、次の瞬間には二人と一匹は獣の口内で肉片となる。
環いろはとは胃袋での再会となるだろうが、それが何の意味を持つのだろう。
本能のみの存在となっている双樹には自制が存在せず、双頭犬は前脚を撓めた。
しかし双頭犬はそこで止まった。
脚を伸ばさず、前に向いていた視線は下に向いている。
装甲の隙間から覗く視線の先には、桃色のラインが入った黒いローブを纏った少女がいた。
それは今、間違いないく全身を喰らい尽くされた筈の環いろはだった。
獣の口内には、柔らかい肉と衣装を噛み潰した感触と鮮やかな血の味が残っている。
「がぁぷ」
双樹の口がそう呟いた。
同時に双頭犬は再び環いろはを貪り食った。
左右の首によって上下半身が引き千切られ、桃色の臓物が撒き散らされた。
噛み砕いて飲み込むと、再び気配を感じた。
先程と寸分違わぬ様子で、環いろはが立っていた。
目元はローブに隠れていたが、小さく開いた口からは荒い息が漏れている。
その姿が白光に塗り潰された。
双頭犬の右の頭からは超高熱が、左からは超低温の魔力が放たれて融合。
対消滅の力と成って環いろはを消し飛ばした。
白光が消えた後には、巨大な大穴とその背後に続く果てしない大溝が見えた。
その溝の淵に、環いろはがいた。
片膝を突き、両手は地面に触れている。
「ああああああああああああああああ!!」
双樹が叫んだ。
狂乱の中にありながら、恐怖を滲ませた叫びであった。
巨体を支える前脚がいろはに振り下ろされる。
少女の華奢な肉体は、ほぼ何の抵抗も無く圧壊された。
眼球、爪、毛髪、歯、骨、肉、血、内臓、衣装。
環いろはという存在を構成していた物体は、地面と混ぜ合わされた血肉の泥濘となって宙に舞う。
そこを白光が貫いた。
破壊された肉体を対消滅魔法で更に破壊する。
対消滅の光は止まらず、連射が続く。
遠く離れたニコたちの元にも轟音に閃光、高熱を孕んだ猛風が吹き寄せる。
地形が破壊されていき、広がる平面が荒涼たる荒れ地に変わるまで時間を要さなかった。
攻撃を放ち続ける双樹は相変わらず混濁した意識に囚われていた。
胎内に宿した三つのソウルジェムから逆流する穢れが、彼女を狂わせている。
一方で穢れは膨大な魔力を宿し、それが双樹に施された自動浄化システムを介して双樹に異常な力を与えている。
今の双樹は無尽蔵に近い魔力を有し、その力で以て暴れ狂っていた。
しかし、双樹の狂乱した心には恐怖が渦巻いている。
眼の前にいる小柄な少女に怯えていた。
魔法少女の再生能力は強力だが、それでも何かがおかしい。
怯えながら、双樹は攻撃を続けた。
もう何度目、何百回と破壊した環いろはの肉体が閃光の中で弾けるのが見えた。
肉体が崩壊し、どこかの肉片の一部が炭化し煤となるのが見えた。
その微粒な黒い粒に変化があった。
黒い煤が突如として白に変わった。
次の瞬間にはミリ以下の大きさだった白は人型ほどの大きさになっていた。
双樹にはその過程が見えた。
恐怖によって狂乱が吹き飛び、理性が戻っていた。
自身の眼とドッペルの眼、都合六つの眼が環いろはの変化を見た。白く見えたのは、白い線の折り重なり。
楕円形をした白い糸の玉に見えた。それが蠢き数を増やした。
その様子は、無数の蟲が蠢いているようにも見えた。
また或いは……その蟲たちが生み出した繭のような。
無数の繭の発生は、一瞬で行われていた。
人体に等しい大きさを瞬時に形成するほどに。
白い人型は次の瞬間には白は皮膚と衣服で覆われていた。
「………そうか」
その様子を視覚強化をしたニコも見ていた。
そして、呻くように呟いた。
「あれが……エンブリオ・イブか」
ニコの呟きに、黒江の歯軋りが重なった。
そして閉じられていた眼が開き、桃色の瞳を嵌めた眼球が覗いた。
開いた瞼からは、煌々とした光が溢れた。
その光は環いろはの全身を覆った。
光は体表を幾重にも覆い、彼女の姿を覆い隠した。
その形は、蚕蛾の繭に似ていた。
それを前に、双樹も動きを止めていた。
そして沈黙が再び狂乱を呼び起こした。
桃色の繭を前に、双樹は攻撃を再開した。
双頭犬の口から対消滅の力を放った。
異変が生じたのはその瞬間だった。
「あ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁああああああ!!!!」
苦痛に満ちた叫びが上がった。
叫びと同時に、大量の赤黒と黄色の液体が噴き上がる。
それが発生したのは、双頭犬の口からだった。
赤黒と黄色のそれは悪臭を放つ粘液、血膿だった。
更にそれは双頭犬の全身を覆う装甲からも発せられた。
装甲の継ぎ目から膨大な量の血膿が弾けた。
更には装甲が膨張して砕け、その下からは血膿で濡れた肉が盛り上がった。
肉の泡とでも言うべき形状に変異した肉が、ドッペルの全身から生じ始めた。
銀の装甲が血膿で濡れ、太く巨大な手足は崩壊し、巨体を支えきれずに崩れ落ちた。
血膿に塗れて地に伏した双頭犬が苦痛に身を捩る。
その間も肉の膨張は止まらない。
増え続ける肉が装甲を覆い、装甲は肉に圧されて体内へと押し込められていく。
今の双樹のドッペルは、犬の面影を僅かに留めた赤黒と黄色の悍ましい肉塊となっていた。
双樹本人は形としては無事だが、ドッペルは彼女の卵巣が変異した存在であり、双樹の両脇腹から伸びた鎖で繋がっている為に双樹も苦痛を感じていた。
口から血雑じりの泡がぼこぼこと吐き出され、眼は白目を剥いて痙攣している。
肉塊はなおも膨張を続け、大きさは既に元の数倍となっていた。
そんな動くことも出来ずに苦しみ続ける双樹の前で、桃色の繭が弾けた。
繭の中からは眩い光が漏れた。
眩いが、光量によって人を傷つけることのない、柔らかく優い白光だった。
白い光は、一人の少女の姿の輪郭を照らしていた。
全てが白に飲み込まれていく中、双樹は苦痛が急速に引いていくのを感じた。
苦痛が彼方へ連れ去られていくかのように、痛みの感触さえも消えていく。
双樹は再び理性を取り戻していった。
視点の定まった双樹は、自らに向けて両手を伸ばした白い衣装の少女を見た。
優しく抱かれた時、双樹の心を安堵が満たした。
「環……いろは様……なんて……お美しい……」
聖なる者に対する信徒のような口調で双樹は呟いた。
そして少女から再び光が放たれた。
それは周囲の闇を駆逐し、プレイアデスの本拠地の全てを包み込んでいった。
無限の光が、闇を圧するかのように。