魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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番外編 赤と黒の祭典

深夜零時。

分厚い黒雲が立ち込める、月の光が薄い夜だった。

 

「毎度の事、なんだけどよぉ…」

 

少女の声に音が重なる。

コンクリートが剥き出しとなった廃ビル内の一フロアを満たすのは、

無数の針を無限長の管の中へと落としたような、鳴り止まない金属音。

地上から七階にて、鐘のように音を鳴らしていく。

 

だがそれらはほんの僅かな音さえも、ガラスの無い窓の外へは漏れなかった。

ガラスの代わりに、黒い結晶のような輝きが窓枠を皮膜のように覆っていた。

 

そして室内に満ちる音よりも遥かに速く迸る光が、

異界の皮膜を介して室内に広がる夜の帳を切り裂いていく。

 

「テメェはやっぱり気に入らねぇ」

 

光の根源には、長槍を振う魔法少女の姿があった。

 

「ガキくせぇツラを見るのも、その女みてぇな声を聴くのも飽き飽きだよ。

 テメェに会ってからもうそろそろで一か月にもなるし、あたしの我慢も限界だ」

 

激しい音と光の乱舞の中でさえ、紅の少女の姿と声は、

はっきりとした輪郭を保っていた。

音と光が、彼女に怯えているかのように。

 

「ここで終わらせてやるよ」

 

静かな声と共に、大振りの一撃が見舞われる。

巨竜による、尾の一閃を思わせた。

 

激烈な音と共に、半月を描いたあたりで紅の槍が停止した。

紅の柄に、同じ太さの黒い直線が絡みついていた。

 

「黙って聞いてりゃ好き勝手ぬかしやがって」

 

得物を挟んで対峙するのは、魔法少女と同じ背丈の黒髪の少年だった。

ジャケットは青、長ズボンは白を基調としているというのに、

彼の姿は凝縮した闇を思わせた。

 

魔法少女とは逆に彼の肌に近寄るに連れて、色の濃度が増しているように見えた。

しかしそれでいて、彼女同様に彼の姿は闇の中へと溶け込まず、

くっきりとした姿を暗がりの中に顕していた。

 

人型の闇のような少年の姿の中で、格別に黒が凝縮された部分があった。

細長くしなやかな、白手袋で覆われた両手が握り締めたもの。

魔法少女の槍を受け止めている、黒柄の斧槍であった。

 

「こう見えても俺の神経は繊細なんだ」

 

鍔迫り合いの最中の言葉に、魔法少女は耳を疑った。

繊細という言葉の定義を根底から覆しかねない発言だった。

 

「あたしに分かるように説明しな」

 

殺意という名の気を取り直して問い詰める。

世界の理の外に身を置く杏子であっても、聞き捨てならない言葉であった。

 

「毎度毎度馬鹿にされて、黙ってられるほどお人好しじゃねぇ」

 

地の底よりも更に深く、冥府から湧き上がってきたかのような声だった。

魔法少女と共闘を始めて早一か月。

その間に蓄積された鬱憤は、怨念へと進化しかけているらしい。

 

「御託はいいからさっさと来な。遊んでやるよ」

「ああ」

 

牙を見せ、獰悪な竜の微笑みを浮かべた魔法少女に、

少年は魔を屠る戦士の顔で笑みを返した。

 

両者とも既に体の各部に裂傷と打撲を負い、若い肌に血潮を纏わせている。

相応の痛みが身を苛んでいる筈なのだが、両者の動きには一切の衰えが見られず、

寧ろ苛烈さが増していく。

 

切り結びの最中、互いの得物が上空へと跳ね上げられた。

槍と斧が絡み合い一瞬の停滞を見せた瞬間、両者の脚が、

相手の得物を蹴り飛ばしたのだった。

偶然か故意かは定かではないが、一対の魔なる者達はそれを勝機と受け止めた。

 

「くたばれぇぇええええ!!!!!」

「おらぁぁああああああ!!!!!」

 

熱き怒りの嵐を抱いて突き出された両者の拳が

憎い相手の顔面に激突、する直前に双方の頸が傾き緊急回避。

それでも消し飛ぶように肌が削れ、頬骨の表面を軽く砕いた。

互いの腕が細い肩の上を這い、血の滲む顔が文字通りの眼前に浮かんでいる。

吐息が顔に触れるほどの、超近距離。

 

「オラァ!」

 

咆哮と共に魔法少女が竜の剛腕の一撃を繰り出し、少年の肋骨の何本かをへし折った。

 

「てめぇっ!」

 

痛みを堪え、ナガレが蹴りの応酬を見舞う。

紅の邪竜を転倒させるべく、彼女の足元を狙った血染めの白雷が落ちる。

 

その直前に魔法少女は飛翔していた。

生来の勘と、魔法少女特有の超身体能力が発動していた。

それを誘発させたのは、背筋から尻までを貫いた激烈な悪寒だった。

 

ナガレの蹴りはコンクリの床を深々と抉っただけに留まらず、

下の階層の天井部分を貫いていた。

これまでの激戦による損傷と老朽化も手伝ったのだろうが、尋常ではない破壊力だった。

 

魔法少女は両手を振り下ろし、少年はそれらに手刀を突き出した。

耳をつんざく破裂音は、重なり合った両手同士の隙間から零れていた。

組み合わされた互いの指の間から、また手の甲に突き刺さった爪先からは

鮮血が溢れ出していた。

 

「ぅうぅぅううう…」

「あぁぁぁぁああ…」

 

魔法少女と少年の喉から生じる唸り声は、最早人類のそれではなかった。

狂犬どころか狂獣、或いは狂竜とでもするような悍ましい声が夜の大気を震わせる。

 

また物騒さを同じくする声と同様に、両者の思考は同一であった。

こいつには、こいつだけには負けたくない。

少なくともこの一時に於いては。

 

そして両者は、最後の攻撃に移った。

 

赤と黒の髪を頂いた双方の頭部が、ゆっくりと後方に引かれていく。

両手は塞がれた。

そして両足も使えない。

蹴りを放った瞬間に拮抗は破綻し、

繰り出した方が相手に押し切られると、両者は察していた。

 

となれば残る武器はただ一つ。

そして。

 

「うぅぅるぁぁ!!!!!」

「うぉああああ!!!!!」

 

咆哮と共に、全身の力が込められた頭部が真正面へと撃ち出された。

 

 

激突に際し誕生したのは、形容しがたい音であった。

 

ドワ』という衝撃音が、闇の皮膜を波打たせ、『』の音が延々と、

果てしない余韻を衝撃と共に建物内を駆け巡る。

無理矢理に言葉にすると、『ドワォ』とでもなるような、破壊的な音だった。

 

壊れてはいけないものが、無残に破壊された際に生じる音のようだった。

音と衝撃が廃ビルを蹂躙していく最中、物体が二つ、どうと倒れる音が鳴った。

 

だが今この時も鳴り響く破壊音の前では、それらはあまりにも脆弱で矮小な音と衝撃だった。

大河に生じた激流に一滴に落とされた一滴の雫のように、それは音の中へと蕩けていった。

 

 

 

 

「ほらよ」

 

場所は変わって廃教会。

時刻は朝の七時半。

夜の間に天を覆った黒雲は雨と化し、尚も続く曇天の下で黒い雫を降らせている。

元の位置へと戻った寝床に座りつつ、ナガレは紙袋を投擲した。

その手は包帯に覆われ、全身の各部も絆創膏や包帯で包まれていた。

 

似た様子の手がそれを荒々しく掴み取り、袋を開いて中身を漁る。

細指が黒い塊を摘まみ、可憐な口元へと運ぶ。

 

「苦っ」

 

顔をしかめつつ、杏子は更にもう一つを口に運んだ。

こちらもナガレと似た姿となっていた。

偶然か単に面倒なのかは定かでないが、両者の額にはバッテン状に絆創膏が貼られている。

体の所々で血を滲ませた姿の中で、そこだけはコミカルかつ間抜けな具合となっていた。

 

「そうか?俺はこのくらいがちょうどいいんだけどよ」

「テメェの好みなんざ知るか」

 

杏子が噛み砕いて嚥下したのは、チョコレートの塊だった。

挨拶同然に罵倒しつつ、新たな贄を袋から引き抜く。

 

「何だコリャ」

 

手のひらほどもあるチョコレートには、緩い丸みが生じていた。

注視すれば、表面は滑らかさの他に幾つかの隆起を伴っていることが見えた。

 

「元の形は地球儀らしいぞ」

 

それのユーラシア大陸の部分を、彼は齧っていた。

世界を喰らいながら、彼は言葉を続ける。

 

「スーパーのおばちゃん曰く、無駄にデカいから売れ残ったんだと」

 

巨大大陸は一瞬で砕かれ、次に彼は太平洋へと取り掛かった。

こちらも先と同様、牙のような歯列によって速攻で粉砕される。

 

「俺の持ってるやつは、そいつらを砕いて詰め合わせたものらしいや。

 他にも売れ残りを適当に寄せ集めて袋にブチ込んだとか言ってたな」

「ふぅん、道理で色んなのが混ざってるワケだ」

 

袋を覗く紅の瞳には、多種多様な包装と形状をしたチョコの群れが映っていた。

見ようによっては、敗者達の群れとも言える。

 

「こっちはデカゴン某とかいうアニメのだったかな」

 

野球ボールほどもある球状のチョコを真っ二つに引き裂き、一つを魔法少女へと放った。

ロクに見もせずに杏子はそれを受け取った。

しげしげと見まわした後、ほぼ一口で大半の部分を齧り取った。

 

戦闘以外は漫画とアニメに一日の大半の時間を費やしている両者であったが、

同じくアニメ原作の商品については何も言及しなかった。

どうやら、魔法少女もの以外には興味が無いらしい。

現実と関係が無いからだろう。

 

「で、なんでチョコなのさ?そんな時期でもねぇだろ」

 

自分で言いつつ、杏子は背筋に悪寒を感じていた。

程度で言えば、先程の戦闘中のものよりも酷かった。

 

「安売りしてたからな。あと色んなのがあって楽しかったから、つい買い過ぎちまった」

 

同様の感覚を覚えつつ、されど表には出さぬようにしてナガレが返す。

動揺を示さなかった代償として、彼の舌には血が滲んでいた。

 

「あっそ」

 

この短い遣り取りだけで、両者はそれなりに疲弊していた。

当たり前といえばそうだが、一縷のロマンスの欠片も無い会話であった。

 

「そろそろ食い終わるか?」

「寄越しな」

「あいよ」

 

再び袋が宙を舞い、杏子はそれを受け取った。

そして再び甘く、時にほろ苦い菓子を口に運んでいく。

先程の疲労感と、全身にわだかまる苦痛を払い落とすかのように。

 

そしてまた一つ、杏子の口中でチョコが蕩けた。

思わず、魔法少女の口元が綻ぶ。

地獄の底のような漆黒のチョコは、眩い輝きを思い浮かべさせるほどに甘かった。

 

ソファに座るナガレの傍らには、まだ大量の袋が残っていた。

もうしばらくは、甘味の祭典は続きそうだと杏子は思った。

 

 









日替わり前に間に合いました。
このタイミングで使うのもどうかとは思いましたが、
石川賢作品伝統の擬音を使わせていただきました。
個人的に、破壊を表す擬音としてのインパクトは最強レベルだと思います。
(字の連なりと、空間の裂け目のような字の描かれ方と相俟って)

前回に引き続き(半分は戦闘ですが)、日常描写を描かせていただきました。
一応、時間的には前話の後の出来事です。
駆け足と思い付きからの番外編でしたが、お楽しみいただけたら幸いです。

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