魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第74話 静かなる狂気⑨

「麻衣ちゃん、自分がした事分かってるの?」

 

「…すまない」

 

「下を向かないで。眼を逸らさずに私を見て」

 

 

 正座をし、俯いていた麻衣は顔を上げた。

 同時に、その両頬に手が優しく添えられた。

 

 

「そうなの。麻衣ちゃんには私を見て欲しいの。私だけを見て欲しいの」

 

 

 そう告げたのは佐木京。

 風見野の魔法少女自警団の一因であり、朱音麻衣の仲間である。

 赤ずきんに酷似した魔法少女衣装を纏い、麻衣の前に立っている。

 

 

「そうしないと麻衣ちゃんは遠くに行っちゃうから。そんなの嫌なの。近くにいて欲しいの」

 

 

 笑顔で語る京。

 視線は真っすぐに麻衣を見つめ、片時も瞳が動かない。

 瞬きさえせず、栗色の瞳は麻衣だけを映している。

 当の麻衣はと言えば、顔は蒼白になりかけである。

 

 

「ねぇねぇ麻衣ちゃん。どうして意識が戻ったのに私に教えてくれなかったの?ねぇ、どうして?」

 

 

 どうして?どうして?と京は同じ言葉を繰り返す。まるで壊れた人形のように。

 

 

「それは……」

 

 

 麻衣は言い淀み、顔を傾けて視線を逸らそうとした。が、両頬に添えられた京の手はぴくりとも動かず、更には京は自分の顔を麻衣の顔へと近付けていた。

 顔同士を隔てる距離は、二センチも無かった。

 

 

「答えてよ麻衣ちゃん。麻衣ちゃんは私の大切な人なんだから。他の人を見るなんて許さないんだからね」

 

 

 麻衣の瞳孔が大きく開いた。栗色の瞳、栗色の闇が麻衣の眼の前に広がっている。

 何か言おうとした麻衣の口元が震えた。

 

 

「…………ごめんなさい」

 

 

 か細い声で麻衣は言った。

 途端、京の瞳を光が帯びた。ひっ、と麻衣は心の中で悲鳴を上げた。

 

 

「ふーん、そっかぁ。謝っただけで許してもらえると思ってるのかな?駄目だよそれじゃあ。もっと誠意を見せないと。そうだよね麻衣ちゃん?」

 

「……どうすればいい?」

 

「簡単だよ」

 

 

 そう言って、京は麻衣の額に自分の額を押し付けた。

 眼と眼同士が、接触寸前まで肉薄していた。

 

 

「私…ずっと麻衣ちゃんの事が好きだったんだよ」

 

 

 京の告白。

 言い終えた時、彼女の眼は潤んでいた。

 滲んだ涙が眼球を覆い、その体液は麻衣の血色の瞳も濡らした。

 麻衣は瞬きさえできず、自らの眼に触れる涙の熱さを感じていた。

 

 

「だから、謝るのなら私だけのモノになってほしいの。そうしたらもう何も言わない。約束してくれる?」

 

「……」

 

 

 絶句する麻衣。

 唐突に過ぎる展開に、彼女の脳が理解を拒絶し、それでも現実に立ち向かうべきだと稼働を始める。

 意を決して、罪悪感に身を焦がしながら、血反吐を吐く想いで口を開いた。

 

 

「なーんちゃって」

 

 

 麻衣が言葉を放つ前に、京はにぱぁっとした輝く笑顔でそう言った。

 おどけた様子はその衣装と相俟って、明るいミュージカルの一幕にも見えた。

 

 

「もー、麻衣ちゃんったら本気にしちゃうんだからぁ」

 

 

 茫然とする麻衣に飛びつき、京は麻衣の頭を撫で廻しながら彼女の身体に頬擦りをし始めた。

 対格差がある為に、その個所は麻衣の胸となっている。

 京の顔が触れる度に、大きな胸が左右に揺れた。

 恥ずかしさを感じて抗議をしようとするも、これまで連絡を怠っていた罪悪感が麻衣の胸に痛みを与える。

 そして実体の麻衣の胸は京に弄ばれることによる刺激が蓄積していった。

 無様は見せられまいと食い縛った歯の隙間からは、喘ぎのような声が漏れている。

 少し前に、性欲に身を焦がされていた事が影響しているようだった。

 

 

 

『怖ぇなあいつ。あれがヤンデレってやつか』

 

『灯台下暗し、と言っておこう』

 

『バカ言え。あたしはツンデレなんだよ』

 

 

 部屋の中央で繰り広げられている京と麻衣の遣り取りを、杏子とキリカは離れた場所で見ていた。

 京が乱入した際に破壊した窓ガラスは既に床には無く、破壊された筈の窓にはガラスが嵌めこまれている。

 傷一つなく、また新たに調達して嵌め込んだとも思えない。となると答えは一つだった。

 

 

「お騒がせして、申し訳ありません」

 

「ホントにな」

 

 

 発せられた謝罪の言葉に杏子は同意した。

 やんわりとした態度に、謝罪を発した当の本人、風見野自警団の団長である人見リナは思わず驚いていた。

 良くて殴打、悪くて斬撃か刺突。そしてどの道開かれる戦端を覚悟しての謝罪であったからだ。

 

 

「で、一体何の用なんだよ。自警団長さんよ」

 

「実は」

 

「そこ!」

 

 

 リナが口を開きかけた時、鋭い叱咤が飛んできた。

 

 

「今、麻衣ちゃんと大事な話してるの!小さな声でしゃべって!!」

 

「…悪い」

 

「…申し訳ありません」

 

 

 叫ぶ京。その声は杏子とリナの会話の数倍は大きな声量であった。

 リナが魔法で直したばかりのガラス窓がビリビリと震えたほどである。

 異様な様子に、杏子とリナはそれ以上の刺激を与えないように言葉を選んだ。

 怯えた、というのは正しいが事態は少々複雑だった。

 

 

「麻衣ちゃん……私の麻衣ちゃん……麻衣ちゃん…麻衣ちゃああん……」

 

 

 名前を繰り返す京。

 その度にぴちゃぴちゃと水音が鳴った。

 今の京は両手で麻衣の胸を揉み、彼女の顔を舌で舐め廻していた。

 既に麻衣の顔は唾液に塗れ、淫らな光沢で輝いていた。

 麻衣は既に視点が定まっておらず、血色の瞳は靄がかかったように霞んでいた。

 ただただ黙って、京の愛撫もとい陵辱に耐えていた。

 

 

「なんて卑しい連中なんだ」

 

 

 沈黙を続けていたキリカが呟いた。

 遥か彼方にいる蚊が飛ぶような音だったが、京にはそれが聞こえていた。聞こえてしまった。

 

 

「……これ、見せようかは迷ってたけど」

 

 

 麻衣の顔を舐めながら、京はキリカを見て言った。

 彼女の口は、亀裂のような笑みを刻んでいた。

 

 

「京、それは」

 

 

 リナが狼狽した様子で口を挟んだ。

 静止の為に京へと駆け寄る。一体何事だと、杏子とキリカは思った。

 霞む意識の中、麻衣も同じ思いを抱いた。

 

 

射出(イジェクト)

 

 

 京は右手を掲げた。金のフリルが通された赤い上着の裾が膨らみ、何かが飛び出した。

 それは黒い翼を持った鳥類。カラスを模した人形だった。

 ふわふわとした輪郭ながら、猛禽類にも劣らない精悍さを湛えた存在だった。

 それは室内を旋回すると、京の右手に軽く爪を立てて着地した。

 

 

「何を」

 

 

 攻撃かと思い、杏子は既に槍を召喚し握り締めている。

 状況を伺っていると、カラスの両目が輝いた。

 紅い宝石を嵌めこまれた眼が輝き、嘴が切っ先を向けている天井に光が満ちる。

 やがて、天井に映像が映った。この鳥はどうやら、射影機のような機能を有しているようだ。

 

 

「あ」

 

 

 杏子とキリカと麻衣の三人は、同時にその声を漏らした。

 リナは顔を両手で覆い、

 

 

「…神よ」

 

 

 と嘆いた。

 京は相変わらず笑っている。朗らかで純真で、そして無邪気な邪悪に満ちた笑顔であった。

 

 投影された映像は、あすなろの街を映していた。

 昼の中でも派手な外装をした建物の中に入っていく少年と少女の姿が映っていた。

 美少女のように可憐でありながら精悍な雄々しさを湛えた少年と、毒々しくも美しい色彩の長い緑髪をした少女の二人の姿が。

 

 廃ビルの中を、三つの絶望の叫びが満たした。

 

 

 











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